前回、クルシャ君はこの夏の夏至エクリプスを経て後
飼主の夢見に介入してくる技法をついに会得した
というお話をいたしました。
今回は、その仔細について、とはいっても話せる部分のみ
彼の魔法がどのようなものなのかといった普遍性についての指摘だけ
要に触れつつお話いたしましょう。
Dream a Little Dream of Me Vocal and Piano | Bonus 7 mins Piano Solo Improvisation Lullaby
Dream a Little Dream of Me
戦前に流行した名曲です。
演奏も曲調も最高のものを選びました。
歌詞も付いてます。
優雅で上品で且つ高い知性を伴う曲は、それ自体が魔法のようなものであります。
最初はささやかな愛する人への形容と求愛から始まるのですが、
この歌詞の語り手は、そこから急に異世界へと介入します。愛する人を
救うために、離れた場所から星を見上げつつ夜明けまで
「自分の夢を見るように」祈るわけです。
お休みを言って別れた後、外をうろつきながら。
まあ、当の「愛する人」が語り手の自己の夢への出現そのものを、何か
災いのようなものだと思ってしまうと、この魔法は成立しないわけであり
ますが、そんな条件を言い立てていると、そもそも歌が成立しなくなるので
野暮なことを言ってはなりません。
「君の夢の中に何があろうと、私の夢をちょっとは見てもらいたい」、これです。
意志と行動で、特定の誰かの夢を操ろうとしている。
恋でもしないと、そんなこと思いつかない。
しかし
これがクルシャ君が飼主に毎朝使ってくる、ふわふわの夢魔法なわけです。
飼主を起こしたいと思う時刻の、一時間ほど前から、素足をふわふわの
腹に当てて、爪を立てずに包み込むようにすると、飼主の夢が何やら
ふわふわになってしまいます。
なぜそれが分かるのか、クルシャ君の長年の観察による結論、としか
言い様がありません。
飼主の夢は外からでも見えるんですよ。
愛すべき価値ある者に愛される、これが飼主の人生の目標でした。
達成したようです。ありがとうクルシャ君。