乱鳥の書きなぐり

遅寝短眠、起床遊喰、趣味没頭、興味津々、一進二退、千鳥前進、見聞散歩、読書妄想、美術芝居、満員御礼、感謝合掌、誤字御免、

広州の 夜の北京路

2007-02-02 | 中国 2006~2019(7回)台湾、ベトナム、

 

        広州の 夜の北京路

 

 ガイド嬢に夜の広州の穴場を訪ねる。

 ガイド嬢は『北京路』と書いたメモを手渡してくれた。

 このガイド嬢はとても美人で優しい。

「タクシーで30元もあればお釣がありますよ。時間は30分位です。もし時間が余れば・・・」

といった具合に親切な方だった。

『広州だが北京路か・・・』とたわいないことにこだわってみるが、日本とて同じような感覚で名付けた土地も多いことを思い出す。

 

 さて北京路に到着して暫く歩くと、なにやら人が40人ほど集まっている。

 人だかりの奥には、救急車が止まっていた。

 何となく2,3分間立ち尽くしていると、タンカーが運ばれてきた。

 どうも男性が(酒か何かの事情で)倒れたらしい。

 40人程の人だかりのみんなの微妙な笑顔に驚いた。

 

 北京路の繁華街は華々しく、人も多い。

 赤い提灯がいっぱい吊り下げられて、中国らしくて楽しい。

 

 北京路の若者はお洒落だった。

 男も女もとてもファッショナブルなスタイルだ。

 男前と美人も多い。

 男の子も髪を立てたりして、ヘヤースタイルも決まっている。

 重ね着が現代的だった。

 

 服屋と食べ物屋は入り口から多かった。

 ユニクロのような服屋が建ち並ぶ。

 中国のブランドらしい服やかばん屋も点在。 

 入り口にアンディ・ラウの大きな看板のかかったブランド店もあった。

 こうなると、テンションがあがる。

 私はアンディ・ラウの歌を口ずさみながら、先へと進む。

 

 映画館があった。

 ちょうど行った時はコン・リー主演、チャン・イーモー監督の映画もあったが、題名は忘れた。

 映画館は確か最終夜の1時頃上演まであったと思うが、定かではない。

 広州の北京路の夜は長いようだ。

 但し服屋や鞄店は9時で閉まる店も多いので、注意が必要。

 

 この北京路には『北京路千年古道遺跡』(南漢以来五調11層の路面と宋代の拱北楼基跡)が残されていた。

 中が見えるように、部厚いガラス張りにされている。

 もちろんガラスの上は歩くことはできない。

 ライトアップされた遺跡をみて、この華やかな北京路の中で、歴史に誇りを持つ中国人の息吹を感じた。

 2002年7月、北京路改修工事の際に発見されたとのこと。

 繁華街の道のど真ん中に大切に保存された遺跡か・・・中国は素晴らしい国だなぁと改めて感じた。

 

 私たち家族は、

    大型本屋

    漢方薬局店

    服屋

    鞄屋

    CD

    1つ2元の時計屋

    果物屋

などを回って歩いた。

 

 鞄店に行って家族の適当な鞄を見つけたので、早速値引きの交渉をはじめたが、店員に、

「ここはそういった店じゃない」

とあきれ返られた。

 この鞄店は中国では知られている、かわいい名前のついたブランドだったようだ。

 

 子どもは洒落のつもりで2元の時計を購入。

 その時計は2週間ばかりで、ねじの部分が外れてしまったという。

 楽しい記念品だ。

 

 メインストリーから外れてわき道に反れると、かなり暗い。

 繁華街とは全く違ったイメージで、生活臭が漂ってくる。

 閉店した店の前には、練炭の灰がほかされていた。

 

 小さな地元の人間が入るのであろうラーメン屋や果物屋があった。

 果物を買っている中国人は他にも2人ほどいた。

 私たちはこの果物屋で金柑をわずか購入し、タクシーでホテルに戻った。

 

 

 

 

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして、コメントありがとうございます (乱鳥)
2007-02-03 00:32:33
もうすぐ広州に行かれるのですね。。
いっぱい楽しんできてください。
またよろしければ広州のお話も、聞かせてくださいね
返信する
参考になります (信州田舎者)
2007-02-02 21:13:12
2/11-2/14広州を訪れます。
参考になりました。
返信する

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