ヨアンナに青春時代があったように、エヴァにも眩いばかりの娘時代があった。
恋愛が青春の総てとは言わないが、男は女の事ばかり考え、女は男の事ばかり考える。
一般的な青春群像とは得てしてそんなもの。
この物語を読む皆さんはこの物語の流れから、性懲りもなくトンチンカンに生きる
エミルの存在を思い浮かべるかもしれないが、残念!!違いました。
ヨアンナとは違った魅力を持つ親友エヴァ。
彼女は誠実で現実主義で、透き通った青い目を持っていた。
そして何より思慮深く、誰に対しても慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
彼女に見つめられた男はたちまち恋に堕ちる魔力があった。
ヴェイヘローヴォ孤児院 周辺で評判の娘ふたり。
孤高のヨアンナと愛嬌のエヴァ。
いつも一緒に行動するふたりであったが、男どもの熱い視線は不思議と重なる事がなく、上手く住み分けられていた。
やがてエヴァの信奉者たちは自然淘汰され、最後には近所のピアニスト兼ピアノの先生兼、調律師のツェザリと、小学校時代から成績が良かったミロスワフが彼女の愛を競っていた。
男として線の細いツェザリは、善意で小学校に寄贈された古いピアノの調律で度々訪れ、エヴァと知り合った。
さすがショパンの国。
彼の弾くピアノには気品が感じられ、『調律』と称し、エヴァに愛の曲を送り続けるツェザリであった。
それを苦々しく睨むミロスワフ。
彼はエヴァと同じ中学の生活委員会に属する事で親しい関係を構築し、学校行事や孤児院での課外学習でも何かというと傍に居ようとした。
年上のツェザリと同級生のミロスワフ。
エヴァにとってどちらも大切な存在だったが、そのどちらともつかない関係がいつまでも許される訳もなかった。
エヴァとヨアンナにとって17歳のクリスマス。
既に孤児院の世話役的存在のふたりは、先輩のエディッタとハンナの協力もあり、慎ましくささやかな中にも、盛大さを感じさせる華やかな祝いの舞台が整えられた。
そこで居合わせた誰もが忘れる事の出来ない大事件が起こった。
優雅にピアノをつま弾くツェザリ。
負けじと孤児院と学校運営について、盛んにエヴァに語りかけるミロスワフ。
突然ツェザリのピアノが止まる。
ふたりの前にツカツカと歩み寄り、彼は言った。
「君、私が心を込めて弾くピアノの邪魔をしないでくれたまえ!」
ミロスワフは眦をキリッと上げ、年上の彼にきっぱりと云った。
「あなたこそ、今エヴァと大切な運営の話をしているので、入ってこないでください。」
「君、今ここはクリスマスのパーティーなのだよ!
パーティーに無関係な、くだらない話はいつでもできるだろう?
そういう事は終わった後にしてくれないか?」
「あなたの方こそ、神聖なクリスマスにふさわしいとは思えない下世話な曲を弾くのは、止めてもらえませんか?」
どうやら炎の目をしたふたりには、周囲の戸惑いと野次馬的好奇心と、エヴァのどうしたら良いか分からない困惑した表情が入ってこないらしい。
一部始終を目撃していたヨアンナが一言。
「言い争いは外でしてくださらない?
ここには幼い子供たちも居るのよ。
貴方達ふたりとも、クリスマスに相応しくない争いをしているのにお気づきになりませんか?」
はたと我に返ったふたり。
振り上げたこぶしを治めるには、あまりに難しい状況になっていた。
ここでエミルが登場する。
ヨアンナに未練を残す彼は、ここぞとばかりに気が利いた提案をし、名誉を挽回したいと思い、両者に向かって言い放った。
「君たち!私たちが幼い頃行った日本では、神様の前で物事の決着をつける「相撲」という決闘があるそうだ。
衆目の面前で決着をつけ、恨みっこなしとするのはどうか?」
エミルは簡単に相撲のルールを教え、ここにいる全ての参加者に証人となるよう呼びかけた。
するとたちまち皆の興味をそそり、賛同を得た。
「それこそクリスマスのパーティーには相応しくないわ!エミルの馬鹿!!」
ヨアンナは思ったが、時すでに遅かった。
あとに引けないふたり。
エヴァは結果、自分がふたりの勝負の賞品になってしまうのに気づき、言葉にならない金切り声をあげたが、後の祭りだった。
エミルの馬鹿!が行司となり、真剣勝負が始まった。
ポーランド語で「はっけよい!のこった!」とは何と云えばよいのか分からないが、エミルなりの怪しい行司により一進一退の勝負は続いた。
もう見ていられないエヴァは両手で顔を隠すが、指の隙間から勝負の行方を覗いていた。
やがて年下ながら、体力に物を云わせたミロスワフが上手をとり、ツェザリを豪快に投げ飛ばした。
決着がつくなり、一気に会場が湧きたった。
ミロスワフが勝鬨を上げると、力なく立ち上がったツェザリは歪んだ顔で睨みつける。
ミロスワフは右手を差し出し握手を求めたが、歪んだままで固まったツェザリを見て、強引に右手を掴み握手した。
いたたまれなくなったツェザリは走り去り、会場を後にしたまま、二度と姿を見せなかった。
「エッ?!私はミロスワフのものになったの?」
焦りと狼狽がエヴァを襲った。
残ったふたりを祝福する声・声・声!
「エミルの馬鹿ァ!」
エヴァは二度目の金切り声をあげ、エミルを罵った。
結局エミルの評価は上がることなく、エヴァはミロスワフのものとなり、2年後結婚する事となった。
しかし、日本の風習の何と恐ろしい事か!
いやいや!そんなことはないから!!!
馬鹿げた誤解に騙されないで!
エミルの馬鹿ァ!!
こうしてヨアンナとエヴァの青春の幕は開けた。
そしてその頃からヨアンナは、ある活動に興味を持ち始め、次第に没頭した。
つづく