uparupapapa 日記

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鉄道ヲタクの事件記録 第6話 嵐の前の幸せ

2024-05-19 07:26:39 | 日記

 僕が鉄道局技師になったのは人事の都合で予定から一年ほどお預けとなり、正式辞令が出たのは1929(昭和4)だった。

 転勤により職場環境が変わっても、職責の重さは変わらない。

 僕は秀彦の誕生以来、激務をこなしながら出来るだけ早く帰宅するよう習慣がついた。

 その前から職場内では『マイホームパパ』の印象が定着していたが、長男誕生の喜びようと云ったら、思わずニヤケてくる締まらない表情が尚一層の愛妻子煩悩亭主として名をはせていた。

 それにあれ以来、お手伝いさんのおアキさんは影山家に無くてはならない不動の存在となり、なし崩し的に家事全般を任せるようになった。

 夕食等の食事の憂いも解消している今、僕に家庭内の不安材料はない。

 玄関を開け、「帰った。」と云うのももどかしく、秀彦の顔を覗きに行く。

「あなた、お帰りなさい。

まぁまぁ、何ですか、お着替えもなさらずに真っ直ぐ秀彦詣でをするなんて。

まずは着替えてから、手を洗ってください。

そして我が家の王子様に謁見するのはその後にしてくださいませ!旦那様。」

「まぁ、良いではないか、奥方殿。

 我が家の嫡男、竹千代は息災であったか?

のう、竹千代殿。」

「あら、今宵は竹千代という名前ですか?

昨日は確か国松 ぎみ。大層な出世です事。ねぇオットー・フランツ?」

「オットー・フランツ?誰だ?それ?」プ!と吹き出し笑いながら問いただす。

「ヨーロッパの王様ですのよ。ご存じありません?」

「そうじゃなくて。そんな大仰そうな名前、秀彦にはそぐわないだろ?って言っているんだけど。」

「それはあなたの竹千代もご同様だと思いますけど。」

 そこにおアキさんが割って入り、

「さあさあ旦那様、(もうこの時は流石に秀坊ちゃまとは呼ばない)そんなところでいつまでも奥様と親バカ談議に興じていらっしゃらないで、早く御仕度ください。

 もうとっくに夕餉は出来ていますので。」

「ハイハイ、分かりました、ご家老様。」

と名残惜しそうに着替えをしに戻る。

 最近おアキさんは通いから住み込みで仕えるようになり、家事一切を取り仕切る家老というか、大番頭としての風格が増してきた。

 

 食事も早々にまた秀彦の顔を覗きに行こうとすると、

「お風呂が冷めてしまいますよ」と口うるさい。

 

 そんな毎日を半年も過ごしていると、もう秀彦の目は見え始めてきたのか、僕が顔を覗き込むとジッと見つめ返してくる。

 その時の気分により、ムズかる秀彦をあやしながら「べろべろバー」をすると、赤ちゃんなりに突然何が起きたか?とビックリして泣き止むのが面白い。

 そしてべろべろバーをした僕の顔を暫く注意深く伺い、やがて気づく。

 べろべろバーを目撃したところで、ムズかってきた事態の原因と状況は全く好転していないと云う事に。

 不満に思ってムズかってきたのに、現状は何も変わっていないなんて我慢がならない。

 そうして一段と不機嫌になる秀彦。再び「ワ~~ン!」と身をよじりながら泣きだす。

 その心理状態の分かり易い変化が面白く、見ていていつまでも飽きないのが新米パパとして新鮮で不思議で面白く思えた。

 

 そんなある日、僕の兄の秀種と百合子の姉(秀種の妻)有紀子との間に第二子が誕生するとの知らせを受け、僕と百合子とまだ赤ん坊の秀則を連れて入院先の医院に駆け付けた。

 そこには既に兄の秀種、4歳の息子秀夫、僕の両親である秀五郎、ハル、妻の実父 正得まさなり、母ナツの他、僕の弟の恒夫と、両家の家族一同が会していた。

 僕が到着すると兄の秀種が目で頷き、(来てくれてありがとう)と無言の挨拶をくれる。

 僕もそれに応え、無言で頷く。

 東京市の職員に採用されたばかりの弟恒夫は、「兄貴、遅いぞ!」と笑いながら小声で言う。

「まだ駆け出しのペーペーのお前と違い、僕は忙しいんだよ!」

「忙しい?ホントかよ。鉄道局の仕事もそっちのけで、秀彦ちゃんの顔ばかり覗いているって聞いたぞ。」

「誰から聞いた?そんな事。」

 道夫はその場に居る周囲の全員を視線で示す。

「あぁ?!何だよそれ!我が家の様子は筒抜けってことか?

 じゃぁ、もしかして、僕が到着する前にも我が家の噂をしていた?」

 一同、そうだよ!という様に「ウン、ウン」頷く。

 

「百合子ォ~、ダメじゃないかぁ、我が家の最高機密情報を流しちゃぁ~。」

「私じゃありません事よ。我が家の様子は機密情報ですか?大体私はあなたと一緒に到着したじゃありませんか。あなたが到着する前にあなたの噂をいつしたと云うのですか?

 それにこの場には私がイチイチ報告しなくても、我が家を偵察するスパイがウヨウヨ居るじゃありませんか。」

「偵察?スパイとは人聞きが悪い!皆お前たち一家の事、心配しているのだぞ!

 結婚して子供が生まれても相変わらず百合子は口が悪いな。」

 百合子の父正得がたしなめる。

 

 我が家の最高機密情報を筒抜けにされているのに、逆に窘められる僕たち夫婦っていったい・・・。

 

 僕たちが駆けつけた時は、丁度出産したばかりの有紀子さんと赤ちゃんの面会が出来るようになったタイミングだった。

 新生児室に移されたばかりの赤ちゃんと、母親が横たわっている。

「女の子です。母子ともに元気ですよ。」助産婦が明るい笑顔で告げてくれた。

「有紀子、よくやってくれた。ありがとう、ありがとう。」

秀種の目が潤んでいる。

「アラァ~可愛いわねぇ~目元が秀種さんソックリだこと!」

「こりゃぁ~美人になるな。」

 

 身内同士で褒め合い合戦が始まり、傍で見ていても幸せオーラがあたり一帯を包んでいるのが分る。

 後になり、この時が両家にとって一番幸せのピークだったな。そう振り返り思うひと時である。

 

 

 

 何故ならこの年の9月、遠くアメリカ・ニューヨークで株の大暴落が発生、世界恐慌の暗雲が日本まで及ぶようになったから。

 影山家は僕も父も弟も公職だったから、さほどの影響はなかったが、銀行に勤める兄秀種はそれなりの影響があったみたいだし、百合子たちの実家の藤堂家は投機で大損したようだ。

 家が傾くほどではないが、今までのような裕福な生活からは遠のくだろう。

 

 そうした両家の身内の様子より、世界規模で広がった不況の影響の深刻さが今後の日本の命運を決める事となるとは、誰も考えなかった。

 不況とは恐ろしいもので、これがキッカケになり後に世界大戦に繋がるとは・・・。

 

 

 このアメリカ発の大不況が巡り巡って日本の生糸の輸出が打撃を受け、日本は窮地に陥った。

 特に農村は悲惨で、貧困が進み生活のため娘を売るなど、社会の生活基盤が崩壊してきた。

 この危機を救うにはどうしたら良いのか?

 これを期に、閉塞した社会不安や産業を立て直すし活路を見いだすため、日本は『満蒙開拓』へ大きく舵を切った。

 その流れが満州事変に繋がり、日中戦争、太平洋戦争へと繋がった。

 

 但し、この戦争への流れを単なる侵略戦争と断じるのは早計である。

 なぜなら、この時満州はソロシアの進出で半植民地化していたから。

 ソロシアの進出は直接の日本への脅威だった。

 ソ連に限らずヨーロッパの大国は世界中を侵略し、多くの民を征服、略奪と隷属を強制していた。

 満州はまさにその植民地化される過程にあった。

 日本は満州でソ連に対抗し、動きを封じなければ、その国力差から日本がソ連にいつ力で屈伏させられてもおかしくない。

 他国に進出するための言い訳でも正当化の詭弁でもなく、そんな危機感からそうせざるを得ない立場にいたのだ。

 

 と云っても、ただ満州に武力で進出するだけなら、それはヨーロッパの白人の侵略と何ら変わらない。

 日本はこれまでの被征服者であるアジア人やアフリカの黒人の扱われ方に憤慨していた。

 当の日本人もアメリカに移民した際、不当な差別を受けている。

 自分たちはこれで良いのか?傍観は罪である。

 そうした思いが『差別を廃した王道楽土を作ろう!』と『八紘一宇』『五族協和』の理念を掲げた国家建設へと向かわせた。

 ソ連の侵略の動きにくさびを打ち、かの地に理想郷を作る。

 ただの言い訳として、満州進出のスローガンを掲げたわけではないのだ。

 とは言っても残念な事に日本は支配者であると勘違いし、有利な立場を利用し慢心した一部の人間が傍若無人で看過できない行為を働き、現地人の反感を買うような史実も存在したが。

 (因みに、『五族協和』の理念とスローガンは辛亥革命の際、中華民国の孫文が1912年南京演説で提唱している。もしかしてこの言葉、そこからパクった?)

 

 

 

 ただ、この史実は物語のもう少し先の話。

 話が大きく逸れたが、今後の展開の背景として大きく関わってくるのでそのおつもりで。

 

 

 秀則の鉄道局での仕事は、鉄道運営全般に関わる仕組みの構築にある。

 親友である島村の役割が機関車の開発というハード部門なら、秀則はソフト部門を受け持っていると云える。

 だから秀則は多岐に渡る膨大な難問を調整・解決に導くスペシャリストとしての道を歩んでいる。

 同じ技師でも役割が違う。それ故に島村はパートナーとは呼べず、しかし戦友ではあるのだ。

 特に秀則は人事に関わる調整(と云っても、人事異動を直接担当している訳ではない。各部署での人員配置の規模やスキル向上の方策や、技術水準・労働環境の調整などが主な役割である。)が一番の難問で、ここを上手くやらないと、鉄道運営そのものに支障をきたす。

 以前も少々触れているが、鉄道運営とはどの部門・部署が突出していても、どの部門・部署が欠損していても上手く回らない。

 例えば保線区の人員が不足していたり、ばらつきがあったら、安全なレールの確保が難しい。

 風雨などによる災害の復旧や、豪雪地帯の除雪体制に時間がかかるようでは円滑な鉄道運営はできないのだ。

 運転手や車掌の適正配置や駅舎管理、運営に必要な石炭などの物資の流通・管理なども人が行っている。

 それら全般に目を配り、適正に組織運営を構築する。

 

 先ほどの恐慌不況の背景でも触れたが、仕事に携わる従業員たちの生活に支障が出るような報酬(給与)や労働環境では運営継続は難しい。

 多少の不満は仕方ないが、支障をきたす程の劣悪な環境では鉄道に未来は無い。

 働く者、関わる者たちの希望を損なう職場ではダメなのだ。

 

 だから日頃からお互いが助け合い、協力し合う関係と仲間意識の醸造が重要であり、だからこその『鉄道一家』の強固な組織造りが大切なのだと、秀則は信じていた。

 だから机上のプラン作成だけではなく、各地、各部署の詳細な視察と検証を重視した姿勢で仕事に臨んできた。

 と云っても、秀則がひとりで全国を回り、ひとりで全部を背負い込む訳ではない。

 各点検項目を平準化しそれぞれの地方や部署で実施を徹底し、報告させる。

 そうした仕組みを作るのも技師としての秀則の仕事であった。

 

 当然地方への出張も増えてきた。

多忙な毎日が続くが、公私に渡りそれなりに充実した生活を送れてきた。

 

 

 

 僕の息子秀彦は2歳になり、危なっかしくて目が離せない。

「パパ~」

 僕が出張から帰って来ると、凄い勢いで走って来る。

 転びそうになりながら、何とか僕にしがみついてくるときが父親として一番嬉しい。

 但し、鼻水を垂らしたその顔で、僕のズボンに顔を埋めるのは如何なものか?

「アラアラ、秀彦!パパ、お帰りなさいでしょ?」

 妻百合子よ、そこは注意するところが違うと思うぞ。

 でもさすがに今では外国の王様のような変な呼び方はしなくなったが。

 え?僕?

 ぼくは相変わらず田吾作やら与平だの、思いつくまま好き勝手に呼んでいる。

 そういう時だけは、百合子は僕に的確な注意をしてくる。

 目を極限まで細め、厳しい口調で

「あなた!」と。

 

 

 

 昨日、島村が家にやって来た。

「実は・・・、結婚が決まってな。」

「え?誰の」

「俺の」

「誰と?」

「未来の嫁さんと」

「いつ?」

「それって、結婚が決まったのはいつかってことか?それともいつ式を挙げるのかってことか?」

「両方。でもその前に、未来の嫁さんって誰?」

「それは、ホラ、適齢期の女性だよ」

「それは分かってる。お前が男と結婚するなんて誰も思ってないし、子供や婆さんと結婚するとも思ってないよ。何処のどんな人かって聞いているんだろ。」

「お前に彼女の名前を言ってもわからないだろうよ。」

 

 段々イライラしてくる。

 

「そうじゃなくて、どんな人かって事は、どんな仕事をしているか?とか、どこのどういう家の人か?とか、人柄はどうか?とか、美人か?とか、そう云う事だろ!」

「だって以前、お前にお見合いした事を打ち明けたら、いきなり『別れなさい』って言ったじゃないか!おかげであの時のお前のせいで、上手くいかなくて破談になったんだぞ。

 あれですっかり懲りたのさ。今でもお前に報告するのを躊躇しているんだからな。言っちゃったから、もう遅いけど。」

「僕のせいか?だって僕は、お前の見合い相手に一度も会っていないじゃないか。

 むやみに人のせいにしてんじゃないよ!」

「とにかく正式に話が決まるまで、お前には内緒にしとこうと思ってな。」

「何だか複雑で面倒くさい奴だな!

 で?美人か?」

「美人だよ!」

「別れなさい。・・・なんてもう言わないよ。

 おめでとう!幸せにな。で、写真は?」

「これ。」

「オォ~!これは美人!」

「な?」

「性格は?」

「今はそんなによくは解らないよ。ただ、話をして楽しいし、品があって物腰も柔らかく優しいしな。」

「そうか。そんな素晴らしい相手なら、是非結婚式にも出席させてくれ。

 楽しみにしているからな。」

「おぅ!」

 

 こうして腐れ縁の悪友が身を固めた事を、素直に喜ぶ秀則であった。

 

 

 

 

 

       つづく