uparupapapa 日記

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鉄道ヲタクの事件記録 第5話 長男誕生

2024-05-12 05:54:08 | 日記

 妻百合子が母ナツに連れられて高輪の実家に里帰りするのと入れ替わりに、通いのお手伝いさんがやって来た。

 彼女はおアキさんと云って、以前藤堂家(百合子の実家)に長年仕えていた元召使い。

 妻の里帰りでひとりになった僕がさぞ難儀するであろうと、母ナツのたっての願いで、秀則の家の掃除、洗濯、食事の支度を任されたようだ。

 ベテランだけあって、高齢ではあるが手際が良い。

 料理のメニューは煮物が多く年寄り臭いが、バラエティーに富んでいて且つ、家庭料理の暖かさと懐かしさがあり、とても美味い。

 ただ僕を「旦那様」と呼ぶのはムズムズして少々こそばゆい。

「おアキさん、その「旦那様」は何とかならないかなぁ~、その呼び名は若輩者の僕としてはとても相応しいとは思えないんだ。」

「アラ、そうでございますか?でも私、以前奉公させていただいた藤堂家では、ご主人さまの事を「旦那様」とお呼びしておりましたので、そうおっしゃられても、他に何とお呼びして良いものやら分かりません。」と困惑気味に応えた。

「そうだね、う~んと、そうそう、秀さんでいいよ。お互い呼び合うときは気を使いっこなしと云う事で。くれぐれも【お坊ちゃま】も無しね。」

「でもそれでは雇用主様に対する礼儀に反します。」

「大丈夫、だって僕は別におアキさんの雇用主じゃないし。給金は藤堂家から出る訳だし。そうでしょ?おアキさんの仕事は僕の身の回りの面倒はみるけど、僕との主従関係は成り立たないし。だから秀さんで決まりね。」

「そうおっしゃるならお言いつけ通りそういたします。秀お坊ちゃま」

「だから、お坊ちゃまは無し!」

「分かりました、秀さんお坊ちゃま。」

「ダメだ、こりゃ!」(この婆さん、意外と頑固で難敵かも?そう思った僕だったが、後に単なる天然と判明する)

 おアキさんが休みの日曜日は、藤堂家から百合子の母ナツや姉有紀子が代わる代わるやってきて世話を焼く。

 生活のサポートをしてくれるのは有難いが、その分口も出す。

「秀則さん、着替えの時は、脱いだ服を裏返しにしたままで放置しないでください。」

「秀則さん、朝起きたら、布団をぐちゃぐちゃにしたままは止めてください。畳んで押し入れにしまってくださいとまでは言いませんが、せめて起きた後くらい、整えてください。」(子供か!)

「秀則さん、トイレはきれいに使ってください。これでは子供が用足しをした後みたいですよ。」(やっぱり子供を躾けている?)

「秀則さん、百合子が居ないのを良いことにして、お酒を召し上がる量は程々にしてください。」(そんなに飲んでいないっしょ!)とムッとして、無言ながら目で抗議した。

「秀則さん、今日はお休みだからと云って、いつまでもボーっとしてないで、シャキ!としてください。」(余計なお世話!普段、仕事で謀殺されているのだから、休みの日くらい放っといて!)と抗えない不満が溜まる一方であった。

 と、休みの日は毎日が散々である。

 出会った当初、妻になる前の百合子は、甘味亭での意地の悪い追及から鬼に見えたが、実際に妻となり身の回りをしてくれるようになったら、女房初心者なりに一生懸命尽くしてくれたのだと改めて現在の境遇と比べ、甘い新婚家庭が懐かしく無様で情けなく感じた秀則であった。

「ああ、天使のような美しい妻が恋しい。」(妻の思い出を美化している?)

まだ里帰りして間もないのに、もう ホームシックに陥る秀則であった。

 

  だが、平日のおアキさんも休みの日の藤堂家の母も姉も、ある秘密の使命を帯びてやってきている。

  つまり、日常の秀則の様子を逐一百合子に報告しているのだ。

  浮気をしていないか?悪い虫がついていないか?

  そういった監視体制を怠らないのが百合子であった。

  もちろん、日常の暮らしで愛する夫に不便をさせるのは、妻として我慢がならないからと云うのが一番の理由ではあったが。

  その辺の意図を全く感じない程、秀則は鈍感ではない。

  でも今はただ、百合子のそうした思いに添った暮らしをしながら、やがて赤ん坊を連れて元気で帰ってくる妻の姿を素直に一日千秋の想いで待ち続けようと決めていた。

 

 そんな日常の中で、気晴らしと云えば、時々やって来る島村の存在。

  彼は立場は違えどこんな時、職場の戦友として頼もしい存在だった。

 

  鉄道省の仕事は国策事業。

 鉄道輸送分野は、殖産興業と国威高揚を支える重要な政策の根幹である。

  だから秀則も島村も、その期待される重圧に押し潰されそうになりながら、それぞれの立ち位置で職責を懸命に果たしてきたのだ。

「島村、今取り組んでいる蒸気機関の開発具合はどうなっている?順調か?」

「いや~ぁ、それが中々手ごわくて・・・。難航しているよ。(島村はその数年後、D51などの設計をしている)それに机上計算で設計が完成しても、実際の製造ラインがその精巧さについて行けるかも大きな問題だしな。

 お前の結婚相手を探した時と同じくらい、奇跡に頼らざるを得ないかも?」

「おいおい、失敬な奴だな。僕の結婚って、そんなに奇跡か?」

「違うんかい?」

「当たり前だろう!こんな好男子で、真っ直ぐな良い性格をしたこの僕を、世間が黙っている訳ないだろう?百合子と結婚したのは奇跡でも偶然でもない、至極当然の成り行きさ。」

「そうやっていつまでもトンチンカンに吹いてろ!」 

「あぁ、勿論さ!ところでそう言うお前の結婚はまだか?」

「ああ!人の傷口に塩を塗りにきたな?」

「そうじゃないだろ?人の恋路を焚き付けておいて、自分は蚊帳の外に居るなんて、許される訳ないって言ってるんだよ!」

「ああ、そうかい、お前にはいつまでも内緒にしておきたかったんだがな・・・。」

「内緒って!何だよ?それ?」

「ここでお前に打ち明けたら最後、一生謂れのない変な事を言われそうだから。」

「だから、そんな卑劣で姑息な事考えていないで、この僕を信じて打ち明けなさい。

 悪い様にはしないから。」

「何だよそれ?何だか悪徳商人かインチキ宗教の教祖様みたいだな。

 迂闊に信じたら、地獄の底に突き落とされそうに感じるんだが。」

 僕はワザと猫撫で声で、

「そんな事無い!信じる者は救われる、さぁ、僕を信じて言ったんさい。」

 そんな異様で危険そうな雰囲気に呑まれたせいか、(ンな訳あるかい!)島村はしんみり打ち明けた。

「実は・・・、先日ある人の紹介で見合いをしてな。」

「フンフン!」僕は思わず身を乗り出した。

「お前んとこのように何処かの御令嬢という訳ではないが、美人で教養があって、俺と話がよく合う優しい人なんだ。」

 

「別れなさい。」

 

「何だよ、急に!何で別れなきゃいけないんだ?」

「だって美人で教養があって、話がよく合う優しい人なんだろ?

 じゃぁ、島村には相応しくない。断言する!別れなさい!」

「何て酷い奴!何で相応しくないんだ?」

「だってな、島村の事は僕がよく知っている。邪悪で姑息で陰険で大酒呑みだってな。」

「大酒呑みは否定できないが、どういう理由で俺が邪悪で姑息で陰険なんだ?」

「忘れたか?三高時代、野球の地区予選で僕がショート、お前がサードだったな。

 あの時打順は、僕が5番でお前が6番だった。

 2対4で負けていた九回表、ワンナウト走者なしの場面で僕がヒットで出塁した後、監督のサインはヒットエンドランだったのに、お前はバントをしたよな。

 おかげで僕は2塁憤死、お前は次の7番バッターの二塁打で生還、一点をもぎ取っただろ?でも次の8番バッターが三振でゲームセットだったじゃないか。

 あの時、僕は皆から「あ~あ、影山がアウトにならなかったら、もしかして勝てたかもしれなかったのにな。」という言葉にならない、チームメイトの無言の圧力と非難に晒されたんだぞ!」

「そんな大昔の細かい事かい!だけどその時のお前の非難は筋違いだぞ。確かあの時、あれは監督が悪い!あの試合、監督はサインについての申し合わせで、事前に眉に手で触る時、右手の指2本ならバント、三本ならヒットエンドランて決めていただろ?

 だから俺は監督の指2本を見てバントしたんだからな。」

「嘘つけ!あの時監督は指三本だったゾ!」

「いいや、2本だった。」

「イヤ、3本だ!」

 ・・・・・。

 

 

 よくそんな昔の細かい事まで覚えているふたりだな。

感心したけど、その堂々巡りの言い合いは、全くの不毛だと思うぞ!

それに、島村の結婚問題からは、激しく逸脱しているんじゃないか?

 

 そんな二人だったが友は友。

 僕はそんな昔のわだかまりを水に流して、島村の結婚を素直に応援する事にした。

 何て僕は心の広い男なんだろう!

 

 後日、島村は相手の見合い写真をワザワザ見せに来た。

 ベッピンだった。

(その写真を見た僕の感想)前途は暗いと思った。(ホントに友か?)

 

 

 あの時の結果を敢えてここでは言うまい。

 

 

 話の舞台を本流に戻す。

 

 あれから月日は経ち、いよいよ百合子の出産のときはやって来た。

 

 知らせを聞いて駆け付けた時は、もう産まれていた。

 藤堂家では僕の両親や兄夫婦まで集結していて、無事出産の喜びに沸いている。

 父親の僕だけが遅れをとり、取り残された気がした。

 

 だってしょうがないだろ!緊急の出張で地方に行った後のとんぼ返りだったのだから。

 

「百合子、お疲れ様だった。よく頑張ったね。ありがとう!」

 部屋に入るなり、隣で横たわる赤ちゃんを見る前に、僕は妻を労った。

 妻は少々やつれた感じだったが、その幸せそうな表情はもう母親のそれである。

「あなた・・・、男の子よ。」

 それ以上の言葉は要らない。

 赤ちゃんは寝ていたが、偶然目を覚ます。

「ア!目を覚ました!」僕は目覚めたばかりの赤ちゃんの小さな掌に自分の人差し指を宛ててみた。すると産まれたてなのに、意外と力強く握り返してくる。

 その時初めて父親としての実感が湧いてきた。

 この子を一生全力で守りたい。そんな愛おしさを覚えたのも初めて。

「どれどれ、生まれたての金太郎のご尊顔をよ~く拝するか。」万感の想いで改めて我が子の顔に近づいてジッと眺める。

 聞いていた百合子の母ナツが直ぐ様反応する。

「金太郎?秀則さん、まさかこの子の名前を金太郎にするんじゃないでしょうね?」

「まさか!今思いついて、仮の名として金太郎と呼んでみただけですよ。」

「それは勿論ですよね。まさかこの子の名前を『金太郎』だなんて。そんな童話のような御ふざけの名前を付けるなんぞ、有り得ないですものね。」

 僕は(親族の前では迂闊に呼べないな)と思った。

 だがこれ以降、僕には変な性癖がある事に気づく。

 我が子の名をその時の気分で、いろんな呼び方をするようになったから。

例えば『桃太郎』とか、『乳乃介』とか、『泣き衛門』とか。

役所に届けるべき肝心な正式の命名はなかなか決まらないのに・・・。

「あなた、この子をいつもそんな変な名前で呼ばないでくださいな。」

 あまり変な名で呼ぶものだから、百合子は笑って抗議する。

「だって仕方ないだろう?ホラ、見てみなさい。今のこの足をバタバタする様子は、どう見てもバタ吉じゃないか!なぁ、バタ吉?」

「そんなにいつも違う変な名で呼ばれていたら、この子が成長しても自分のホントの名を憶えられなかったらどうするのですか?ねぇ、チャールズ?」

「チャールズ?この子は外人か!」

「じゃあ、ジェームス?ヘンリー?アンリ?シャルル?ルイ?」

「全部外人か?しかも王族?そっちの方が変だろ?」

 こういう会話をしているふたりの事を、親バカと呼ぶのだろうか?

 それもちょっと違う気がする。

 

 

 ようやく百合子の産後の肥立ちも回復し、元の我が家に帰ってくる日がやってきた。

 百合子の実家のメンバーは、いつまでも手元に置いておきたいがため、何かと帰宅の妨害工作をしている。

「今日は雨だから、秀彦を外に出すのは止めた方が良いわね。だってお風邪をひかせたら可哀想ですもの。」

(もうこの時は、考え抜いた正式の名を『秀彦』と名付けていた。)

「今日は寒いし、風が強いから明日にしましょうね。」

(いい加減にせんかい!)と僕は心の中で抗議する。

 

 でも流石に良く晴れた暖かい日になると、そのような都合の良い言い訳はできない。

 妨害工作のネタの尽きたナツさんは、観念して百合子と秀彦を渋々僕に返してくれた。

 と云っても僕の家までついてきて、いつまでも名残惜しそうなのは仕方ない。

 もしかしたら、そのままウチに居着いてしまうんじゃないか?と本気で懸念するほど、ふたりを溺愛している様子だった。

 

 ようやくナツさんが帰ると、百合子は

「ヤッパリ我が家ね。ホッとするわ。」

「え?実家より我が家の方がホッとするの?」

「勿論ヨ!だってあなたとこうしてまた二人になれるんですもの。それに秀彦。親子3人で水入らずね。」

「でもお手伝いのおアキさんも暫くは引き続き家を手伝ってくれるから、正確には水入らずとはならないよ。」

 そこへおアキさんがお茶を持ってきて

「アラ、私はもうお払い箱?お邪魔なのでしょうか?秀お坊ちゃま。」

「秀お坊ちゃま?」と百合子は目を丸くして驚く。そして次の瞬間「プッ!」と吹き出す。僕は言い訳しなければならなくなった。

「いやね、僕は『秀さん』で良いと言っているのに、おアキさんったら頑として「坊ちゃま」をつけるんだもの。まいっちゃうよ。

 でもね、おアキさん、勿論ちっともお邪魔なんかじゃないですよ。

 百合子が居ない間、おアキさんが居てくれてどれだけ助かった事か!

 これからも、もう暫くはヨロシクお願いしますね。

 百合子はまだ本調子とは言えないし、秀彦の子育てを考えると、まだまだおアキさんの助けが必要なのだから。」

 ウン、ウンと顔をしわくちゃにして、満足げに頷くおアキさんであった。

 

 

 秀彦が家に帰ってきて、ようやく落ち着いて顔を眺める事ができたような気がする。

 そうして気づいた事がある。

 秀彦は寝ている時間が多すぎないか?

 寝ている時、いつもバンザイの姿勢で手を頭の上に上げるのは何故?

 そんな姿勢でいるのは疲れないか?赤ちゃん特有の姿勢なの?

 何処の赤ちゃんもそうなのだろうか?

 

 秀彦はいつも百合子の傍らの場所を占めていた。

 ここは僕の居場所だ!と当然の如く主張している。

 まだ一言も言葉を発せないおチビちゃんのくせに。

 早く成長したお前と会話したい。

 どんなお話をしようかな?きっと反抗期には憎たらしくなるのだろうな?

 できれば一緒にキャッチボールがしたいな。

 大人になって、父と子でお酒を酌み交わす時が来るのかな?

 

 そのくせ僕は、今の母親が子を抱っこしているひと時を見ていると、この世の時間がこのまま止まれ!と強く願っている。

 

 矛盾しているね、笑っちゃうよ。

 

 この子の将来を全力で守りたい!

 父として夫として、今は明るい未来しか見えない秀則であった。

 

 

 

 

      つづく