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さくらの大学ノート

さくらが日々想うことをつづります。
(旧だいがくしょくいんのたまご・ひよこ)

共感のコミュニケーション

2013年07月08日 | 勉強会・イベント
こんにちは、さくらです。
関東は梅雨明け。暑いです。

昨日は、
「まち暮らしってなんなのよ?
~まち暮らしカンファレンス2013・七夕☆彡~」
というイベントに参加してきました。

登壇したのは、コレクティブハウジングという住まい方を推進する
NPO法人コレクティブハウジング社(CHC)」の活動を通じて
関わり、親しくしていただいている方々。

現在は、「N9.5(エヌキューテンゴ)」という会社を立ち上げ、
それぞれがコレクティブハウジングやまち暮らしの活動を
展開しています。

※私とコレクティブハウジングの出会いは、過去の日記もどうぞ。
あまり具体的ではないですが

イベントではそれぞれが進めるプロジェクトや……
 ・西国図書室(シェアする暮らしのポータルサイト記事より)
 ・ASAGAYA102―おたがいさまキッチン&まちのしごとば
 ・まち暮らし不動産    など

メンバーが素敵だなと思うまちの活動……
・国立 国立本店
・国立 おかんめし
(はっ!あとひとつが思い出せない……!)

などを紹介いただきました。

昨年5月に転職にあわせて引っ越した、西国分寺。
1年2か月の間に、ひとり暮らしの私にもご近所さんが出来た、
不思議なまちです。
仕事を通じて出会った人たちのおかげなのは言うまでもないのですが、
その仕事を離れても仲良しでいられるのは、まちで暮らそうとする
気持ちのある人たちだからなのでしょうね。
ありがたいなーと思っています。

私は根なし草のように引越しを繰り返してきましたが、
何もないはずのこのまちには好きなものがたくさんあって、
離れがたくなっている自分がいます……不思議ですね。


さてさて、そのイベントの中で出会った言葉が印象に残ったので、
ご紹介します。

「説得と理解のコミュニケーションよりも、
遊びと共感のコミュニケーションのほうがずっとうまくいく」

影山知明さん、齊藤志野歩さん、篠原靖弘さんのトークセッションで、
影山さんが本を読んでいた時に出会い、共感している言葉として、
語られました。


これを聞いたとき、大学教育の制度や仕組みと、学生対応についても
あてはまることなんじゃないかと、感じたんです。

例えば教育の現場において、学則よりももう少し下の階層で、
施設やセンターの使い方を担当部署で定める、ということ、
あると思います。
それから外れた学生がいたときにどうするか。

基本、“説得と理解”のコミュニケーションですよね。
「決まりなので、守ってください」とか
「守らないと、……します」といったように制裁を加えるときも。

もちろん、制度や規則を定めた時点で、様々状況や事情を考慮していた
はずですが、それでも、外れる学生がいるということの一部には、
制度や規則が現実の利用の快適さに即していない場合もあると思うんです。

そこを、“共感の”コミュニケーションで、互いが使いやすい
制度、規則にしていけるか。
どうしてこの制度、規則なのか、それによってあなたや他の学生に
どんないいことがあるのか。
それを話せない、話しても共感を得られないということが何度も
あったとしたら、たぶんそれは、制度や規則が理にかなっていないと
いうことなんじゃないでしょうか。

制度や規則も、学生と話をする中で、一緒に育てていけたらいいですよね。


先日、私の職場である施設の利用者さんとお話する中で感じた、
もやもやした気持ちに、光がさしたような言葉でした。

明日からもがんばろうっと

大学の日

2012年10月31日 | 勉強会・イベント
おはようございます!
東京はいいお天気です☀

今日は1日、大学のことを勉強する日にしようと思っています。

夜には、FMICS会報紙の発送作業。
ここ最近、タイミングがあわなくて、参加できていなかったので、楽しみ。

紙を折る、封筒に詰める、という作業で手を動かしながら、大学の話、ワイワイやってきます。

いってきます!

コレクティブ力養成講座

2010年09月20日 | 勉強会・イベント
今日は、NPO法人コレクティブハウジング社(以降CHC)「コレクティブ力養成講座」第3回です。
ただいま、会場に向かう高速バスの中です。


私がコレクティブハウス※ という暮らし方に出会ったのが今年の3月。
※詳細はこちら

年明けに、「50歳くらいに学生寮のオバチャンになりたい!」とひらめいたのがきっかけでした。(当時の日記はこちら


CHCの居住希望オリエンテーションに参加し、実際に聖蹟桜ヶ丘の「コレクティブハウス聖蹟」も見学させていただきました。

その後、体調を崩して実家に帰ることにしたため、すぐに居住することは叶わなくなりましたが、事務局の方とも親しくしていただき、今、事務局のお仕事も、少しお手伝いさせていただいています。


さて、「コレクティブ力養成講座」とは。
これまでCHCが培ってきた、コレクティブハウジングのコミュニティづくりのノウハウを活かして、地域住民のコミュニティ運営を支援し、円滑なコミュニケーションを進めることのできる担い手(コーディネーター)に必要な“コレクティブ力”を養成する講座です。

また、ここでは、「コレクティブ力」について「さまざまな人が快適な環境をつくるために必要な、基本的な、共通する力」と定義しています。
オリエンテーションにおいて、「コミュニケーションは、『発する力』とともに『聴く力』も必要であり、話し合うことへの信頼感と可能性を体感する講座である」との説明がなされました。


講座の流れとして、まずは、3時間の講座を4回受講します。
その後、コーディネーター(インターン)志望者は、CHCが持っているプロジェクトの現場において、現地支援を行い、実践研修に参加することになります。

第1期生ということで、居住希望会員、サポーター会員からメンバーを募り、集まった20~50(60?)代の男女約15人が、受講しています。


1回目は、2グループに分かれて、オリエンテーションで事前に提示された課題「あなたがコミュニティだと思うもの、感じるもの」について、A4判1枚にまとめたものをメンバーに見せながら、説明しました。

私は、私の活動の原点でもある、大学生時代のオープンキャンパス学生ツアーガイドの事例を挙げました。
当時、各学部・学科から大学見学者(受験生)を案内するために集まった、専攻も将来の目標も異なるメンバーと話をするのがすごく楽しかったという経験から、コミュニティ=多様な人々が集い、相手の状況や考えを認めたり、自分のことを伝えたりして、刺激や安心感を与え合う場、といえるのではないかな、と考えたからです。

さらに、ワークショップ体験では、「コミュニティとはなにか」について、各自の考えをポストイットに書き出し、模造紙に貼って整理しました。


2回目は、1回目のカードをさらに整理し、「コミュニティとは○○だ」というタイトルをつけて、グループごとに発表をしました。

同じ「コミュニティとは?」というテーマに対して、整理の方法もつけたタイトルも異なり、そのどちらもが納得できる結論となっていたことを、とても面白いなと感じました。
(どのような内容かは、今後の講座のためにも、あえて伏せておきますね。)


さて、3回目。
今日は「ワークショップ」という手法について学びます。

どんな講座になるのか、楽しみです!

IDE誌特集を深める会「プロとしての大学職員」に参加してきました。

2010年09月19日 | 勉強会・イベント
今日は、IDE誌特集を深める会「プロとしての大学職員」に参加するため、桜美林大学四谷キャンパスに行ってきました。

 詳細はこちら

スピーカーは以下の三氏。
■柴田 洋三郎氏(大学入試センター)「大学職員への期待」
■大工原 孝氏(日本大学)「大学の事務組織と職員」
■鈴木 敏之氏(東京大学)「『行動シナリオ』と職員養成の課題・東京大学」

参加者は、大学院や勉強会で知り合った大学職員の方もいましたし、若い方々も結構参加していたというのが印象的でした。


まず、講演を聞きつつ、そもそもの疑問として、

 「大学職員の『プロ』って、その要素って、何なんだろうなぁ?」

と、Twitterでつぶやいたところ、

@K0Eiさんから
 「プロかは分かりませんが、いわゆる「ナレッジ・ワーカー」は最低条件かと。」
というお返事をいただきました。
ナレッジワーカーについてはこちら
 リクルートWorks No.42(2000)「知的資本とナレッジワーカー」 

続いて、 
私:
「今聞いている話(※大工原さんのお話)にも最低条件や基本的要素が挙げられていますが、最低…は、大学職員に限ったことではない(社会人全体に言えることな)のかな、という思いもあり…難しいです。 」
@K0Eiさん:
「いや、その通りですね!しかし、一方で、無理に分ける必要もないのかと…」
「そういえば、立教学院の寺崎先生が「大学リテラシー」を提唱されていました。 これは大学職員の特色?
アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.315
大学リテラシー試論 大学人 特に職員の基礎知識を考える


というやりとりがあり、さらに、
@twi2er_shinさんより、
「企業も同様です。『効率的な日常業務処理だけに専念するのでなく、大学の全体を視野に入れ、将来の方向についても積極的に提案できる人こそが職員』
アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.315
大学リテラシー試論 大学人 特に職員の基礎知識を考える

というコメントをいただきました。

また、友人の@gine_joyboxからは、
「一つは長期的な経営の視点かなあ…。高等教育とかってすぐに結果を数値化できるもでもないし、投資の概念がない人に教育は語って欲しくない。」
「あと、判断基準の総てにおいて『それは学生にとって良いことか?』が最優先であること。プロ意識。」
という返事をもらいました。


一方、会の方では、ディスカッションの冒頭で、山本眞一先生から、各スピーカーの方々に対して、
「プロである職員とは?プロではない職員とは?」
という質問がありました。

それぞれ
柴田氏
「プロ:リーダーシップをもって主体的に動く。+αのある人。
プロじゃない:事務処理を遂行するのみ。」
大工原氏
「プロ:外向き思考(志向)。企画立案できる。
 プロじゃない:内向き思考(志向)。自大学・所属部署のみを見ている。」
鈴木氏
「プロ:『大学のミッションの実現』に対して主体性を持つ人。」
との回答がありました。


これらのヒントをもらいつつ、帰りに、昨日のあざみ野SDで知り合った方とお話をしていて、さらに刺激を受けつつ、頭の中を整理してみました。


1.大学職員に「プロ」も「プロじゃない」もないのではないか?
会社員や公務員に「プロ」も「プロじゃない」もなく、企業や役所等に就職した時点で会社員・公務員であるように、プロの大学職員と、プロでない大学職員がいるわけではない。みんな大学職員です。
このラインを掘り下げていくと、迷宮入りしてしまいます。
(山本先生の質問を否定しているわけではないです、念のため。今日の議論の場で、「プロとしての大学職員」とは何か、まず語に対する共通認識〔定義〕を持ったところから議論を始めなければね、という意味を込めて、問いを立てたのだと思うので。)


2.職業人としての「プロ意識」は必要。
大学職員に限らず、すべての社会人・職業人が備えるべき「プロ意識」は、やはり持っている必要があります。
ミッションの遂行に対して主体性をもって取り組むこと、幅広く長期的な視野で所属機関の利益を追求する(不利益になることをしない)こと、担当業務に全力であたり、手を抜かないこと、お客様などに誠意を持って対応すること…、などなど帰りがけの話の中でも出てきたのですが、それはなにも大学職員に限ったことではないし、@K0Eiさんの言うように「無理に分ける必要はない」のだと、私も思います。


3.大学で働く上で必要な「プロ意識」を、具体的な言葉に落とし込む
例えば、上記に挙げた、幅広く長期的な視野で所属機関の利益を追求する(不利益になることをしない)ことや、お客様などに誠意を持って対応することを、大学での業務に置き換えてみると、@gine_joyboxが言ってくれた「判断基準の総てにおいて『それは学生にとって良いことか?』が最優先であること。」という言葉になっていくのでしょう。
「学生にとって…」というのは、主として教育大学における視点であり、研究大学の場合は、「研究にとって…」も含まれる(「教員にとって…」ではない微妙なニュアンスの違いを込めています)と思います。


というわけで、結局、今日の私が受け取った「プロとしての大学職員」議論の着地点は、「大学職員各自が『プロ意識』をもって業務にあたる」というシンプルかつ個人に拠るところで終わってしまった感がありました。
ここから、それを実現するためには、人事評価、研修、組織づくりなど、個人を育成できる(個人が育つ)「環境づくり」をどうしていくか、という議論になっていくのでしょう。


「プロとしての大学職員」という言葉を聴いて、「プロとは?プロじゃない大学職員はいるの?」という疑問から始まった思考の旅は、めぐり巡って、自分の中で少し整理がついたような気がします。

大学の設置や規模によっても、また担当業務によっても、職員に求められる能力やスキルは違うから、「プロとはなんぞや」という問いの共通解は見い出せないし、議論しても仕方がないと思っていました。
でも、大きなところから落とし込んでいく思考プロセスを辿ってみたときに、やはり「大学」という教育機関で働く人が共通に持つべき「プロ意識」があるのだな、ということが、実感できました。


ただ、今日参加してみて、やはり私は「大学職員」について、あんまり深く考えない方が良いみたいです。ずっとずっと考えてきて、持っていたひとつの(私なりの)「答え」が現場に入ってガラガラと崩れてから、うまく再構築できていないので。

外側にいて再構築を試みても、崩れたときのインパクトが強すぎて、ネガティブな思考に走ってしまうので、もし「大学職員とは」ということを考えたいのであれば、また大学職員になりたいと思うようになって、実際に就いてからの方が良いみたいです。

今は、今の自分にできることを、やっていこうと思います。


いろいろと考えられる機会を得られたこと、@K0Eiさん、@gine_joyboxをはじめ、多くの方に考えるヒントをいただけたことに感謝します。ありがとうございました。

企画展「ドラえもんの科学みらい展」

2010年02月11日 | 勉強会・イベント
日本科学未来館で、6月から企画展「ドラえもんの科学みらい展」が開催されるそうです。

日本科学未来館は、理系の大学に就職してから、ずっと気になっていた場所のひとつです。

なんだか、ワクワクするイベント名ではないですか?
会期は2010年6月12日(土)~9月27日(月)と長いので、友人を誘って行ってこようと思います。

22世紀まであと90年。
この90年の間に、どれだけ科学技術は進化するのでしょう。

ところで、ドラえもんの道具の中で、手にしたいものは何ですか?

私は、「どこでもドア」がほしいです。
日本全国の大学のオープンキャンパスをめぐるのも楽になるなぁ…というのが理由です(笑)

でも、どこでもドアが存在する世の中を想像してみたら、ちょっと恐ろしくなりました。

現存する交通機関はすべて意味をなさなくなって社会が変わります。
人間はきっとなまけものなので、動かなくなって不健康になります。
足跡を追えない犯罪が増え、被害者が増え、罰することも裁くこともできなくなり、どうにもならない悲しみにくれる人が増えるのでしょう。

一部の人が持っていても、すべての人が持っていても怖い世の中。
(悲観的ですみません…。)

そんな自分の考えをたどっていたら、ドラえもんの世界が平和な状態で成り立っているのは、道具を手にしているのが人ではなく、ドラえもんというロボットだからなのだ、ということに気付きました。

ドラえもんが、道具を使うべき時をきちんと判断して、使う時をコントロールしているから。その判断基準が、ぶれないから。例えば、のび太くんが遅刻しそうになったからといって、ドラえもんはどこでもドアを出しませんよね。
便利なドラえもんの道具たちを使うのに必要なのは、ドラえもん本体なのだなぁ…と改めて思いました。

今でさえ、「いつでも」「どこでも」が可能になる便利な道具が溢れています。
ドラえもんがいない21世紀は、使い方や使い時を誤らないように、自分たちの判断基準を磨いていかなければいけないし、後生に伝えていく必要があるのでしょうね。

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