![]() | 私説三国志 天の華・地の風 1巻 (fukkan.com)江森備ブッキング |
なんか前にリクエストされたのでちょっと思い出しながら書いてみる。
JUNE史上に燦然と輝く三国志JUNEの傑作長編。
なんと元の単行本で全九巻、復刊されたバージョンでは全十巻にも及ぶ長編っぷり。
JUNE系の歴史の中で十作選べといわれたら間違いなく入るであろうし、入るべき作品。
ストーリーを簡単に述べるなら、三国志に出てくる天才軍師・諸葛亮孔明が超美形のホモだったら……という孔明の一代記。
ここだけ聞くと「ただのホモパロかよ!」と云いたくもなるだろうが、そこはグッと我慢だ。
この作品が優れている点は、大きく分けると三つある。
まず一つに、エロい。
JUNEなのでエロくないとダメだという需要をがっちりキャッチ。
まあねこれはどうでもいいので置いておくとして。
二つ目に、文章が普通に上手い。
JUNE・やおい・BLの抱える最大の難点に、基本的にたいていの人は文章が下手だというのがある。
勘違いしないで欲しいのは「面白い作品」や「萌える作品」はある。ただ「文章が上手い作品」は少ないのだ。
しかしこれは、ジャンルのもつ宿命的なものでもある。
このジャンルは、結局のところ、若者の勘違いだの鬱屈だのパトスだのが原動力になっていて、読者と作者の深い共感こそがもっとも重要な点になっている。
簡単に云えば、読者が中学生レベルなので、作者の感性も中学生レベルなのが望ましいのだ。
ゆえに、上手い老練な作家よりも、下手だが情熱のある若い作家の方が受け入れられやすいのだ。萌えが同じだから。
しかし、どのような道であれ、技術的に熟練するということは精神的に熟練することに通じる。ましてや創作は一応は思索的活動だ。小説が上手くなるということは、精神的に大人になるということと密接な関係がある。
よって、その構造上、小説の上手いやおい・BL作家というのは、あまり存在しない。
栗本薫の稀有なところは小説技術はあれだけ上手かったのに、やっていることは中学生の妄想から一歩も出ていない恥ずかしい内容だったところで、そのちぐはぐな変態さが彼女の最大の魅力であった。よって技術が衰えた今は名実ともにただの中学生の妄想になってしまい、しかも実際はもう歳なので勢いもなくぐたぐだしているだけのつまらない話になってしまったわけだが、閑話休題。
とにかく、JUNEでありながら文章が上手いということは、それだけで稀有なことなのだ。
そして江森備は単純な筆力なら全盛時の栗本薫に比肩、時には凌駕している。
しかし、ここまでなら単に「上手いやおい作品」だ。
この作品を名作たらしめてるのは三点目の特徴。
明確な史観が最後まで完璧に貫かれていること。
この一点に尽きる。
すなわち、彼女の提示する史観によって、三国志のできごとが、すべて綺麗につながってしまうのだ。
では彼女の提示する史観とはなにか?
「歴史上に残る英雄たちはみな欲深い政治家にすぎない」
これだ。
この夢も希望もない真実を、英雄豪傑たちの物語である三国志にあてはめ、それですべてがうまく説明できてしまう、このおそろしさが今作の最大のすごみだ。
この作品の人物はみな、己の欲望やメンツを大事にしている。己のプライドに振り回されて生きている。そして政敵の足をひっぱることにばかり全力を尽くしている。
なにも不思議なことではない。現実の政治の世界がそんなものだってことは、みんな知っている。だがそれを三国志の世界にかくも見事にあてはめるとは。
もう少し詳しくストーリーを説明する(ネタバレする)
この話は大きくだいたい四つの部にわけられるだろう。
赤壁編、成都編、南蛮編、五丈原編、といったところだ。
赤壁編(一巻、二巻)は、周瑜と孔明の愛と確執を描いている。
孔明は幼少時、その美貌ゆえに董卓に捕らわれ、陵辱の限りを尽くされていた。
その痴態の描かれた絵を手に入れた周瑜は、かねてより危険な存在であると考えていた孔明を脅迫、犯すことによって肉体的にも精神的にも支配しようとしていたが、やがて孔明を愛しはじめてしまう。孔明もまた周瑜を愛してしまうのだが……
と、書くと、本当にもう一山いくらの頭の悪い作品になるから不思議w
だが、ここで特筆すべきは周瑜のキャラクター。
顔がよくて頭も良くて育ちが良くて金と地位があり武に優れ将の才覚があり、でも人間としての器だけはすっげえ小さかった、としか表現のしようがない彼の無様さは、まさに失敗するエリートの典型という感じでたまらない。
己の才覚を誇ってはばからない傲慢さ、そのくせ自分より優れた存在を認めない矮小さ、セックスしただけで相手を手に入れたと思いこむ身勝手さ、一方的に関係を結びながらに相手にも好かれていると信じこむ厚顔さ、愛していると囁き相手にはすべてを捨てることを強要しながら、自分はなにひとつ捨てる気のない都合のよさ。
これらはすべて、世の男性原理の縮図となっており、あまり誇張表現されることもなくさらりと描かれている。なにより怖いのは、作者自身がそういう男が魅力的であるということを百も千も承知で書いているところだ。
というより、どんなにダメな奴だと思っていても、そういう身勝手なエリートにこそ惹かれてしまう作者自身の因果な性質ゆえにこの部は描かれているのではなかろうか。
冷静に読むとここまでダメ人間だとわかるように書かれていきながら、普通に読んでいるぶんには周瑜がけっこう素敵な人に見えてしまうのが面白い。
が、そうした作者自身の葛藤があるからこそ、周瑜は恋人に謀殺されなければならなかった。
しかし、周瑜の一番みじめなところは、孔明の本命が劉備であり、自分は愛人でしかなかったことを最後の最後までまっっったく考えたこともなかったことだろう。
必要なものはほとんどすべて持っておきながら、自惚れゆえに足元をすくわれてあっさりと死ぬ。まったくもってエリートらしい生き様だ。
そもそも三国志における周瑜というキャラクターは、赤壁という大舞台で曹操を負かして孔明に負かされる、まさにそのためだけに存在しているようにしか見えない。
赤壁まで特にたいしたエピソードもないくせに、やたらと仰々しい肩書きと、しかも美形であるという設定までをもってあらわれるし、すべてがプンスカ死するという恥ずかしい死に様のために用意された壮大な仕掛けにしか見えない。
この周瑜のたぐいまれな負け犬属性を掘り下げている作品は、不思議なことにあまりない気がする。
周瑜を謀殺した孔明は荊州に帰るのだが、彼の本命である劉備は単に気まぐれで男も女もたらしこむのが趣味の人間道楽の人で、しかもたらしこんだあとはぜーんぜん見向きもしないという、いわゆる「釣った魚に餌をやらない」タイプの人。
この辺も典型的なよくあるタイプの男を絶妙に描いている。
しかも孔明さんは調教されているので夜な夜な身体がうずいちゃうタイプなんだが、劉備さんは真顔で「ホモはキモいな。でも一緒に寝ようぜ」とか云っちゃうタイプなので、色々と困るのだが、もちろんなにも察してくれない。
孔明は夢の中で周瑜と思い出しエッチしちゃうくらい溜まっているのだが、バカと朴念仁と欲深ばっかりの周囲の人間はなにも察してくれないし、プライドの高い孔明さんはそんな素振りをまわりに察せられるようなドジな真似はしないのであった。
孔明を一方的にライバル視しているスーパーブサイクの龐統は、偶然に赤壁での孔明の謀略を見ていて、ちくちくと嫌味と脅迫を繰り返して孔明に嫌がらせするし、劉備にとりいって孔明を馬鹿にして感じ悪い。のでどさくさにまぎれて殺したりもした。
とにかく周りは若く手美形な孔明に嫉妬して足を引っ張ろうとするばかり。
が、朴念仁だと思っていた関羽が「おれってそういうのわからないタイプだけどさ、なんかお前が大変なのはわかるよ。うちの君主もたいがい困った人だよね、まあ一緒にがんばろうよ」とか云い出したのでちょっとよろめくが、そういう真面目ちゃんはやっぱりタイプじゃなかったのでよろめききらなかったし、そもそも関羽はスーパーノーマルな人だった。
「でもお友達としてはいいかも」とか思っていたら、そんな関羽はゴタゴタがこじれて男らしくあっさり無駄死にました。
この辺、本当にいい人は無駄死にするから困る、というところを見事に描いている。
赤壁での周瑜と孔明の密謀の不審さと、その後の周瑜のあまりにもタイミングのいい死はもとより、孔明が洛陽で育ったことや龐統の死、関羽の死など、史上に残る蜀漢の出来事を、すべて孔明の裏事情とうまく絡めている。
スーパー周瑜さまタイムについて語っていたら長くなってしまったので、三巻以降の続きはまた今度。いつになるか知りませんが。

天に華、地には風、うなに愛を
ちょっと前に新版を買って、ちょろちょろ読んでいるところです。
周喩をまったくもってかっこいいと思えなかった私は、大人になってしまったってことなのね…。
この作品とは関係ないんですが、三国志に不案内なusaは、孔明と言えば『蒼天航路』の孔明が脳内でイメージされてしまうので、読んでてちょっと困ってます…。
周喩さんのカッコ悪いに注目して読むと途端に面白くなる。マジオススメ。
孔明さんのイメージを変えたいなら『一騎当千』と『恋姫無双』と『ジャイアントロボ』を見ればいいじゃない!