goo blog サービス終了のお知らせ 

西向きのバルコニーから

私立カームラ博物館付属芸能芸術家研究所の日誌

小平をまだ観ていない

2010年09月28日 20時55分00秒 | ステンショから
 JR東海道(京都)線「茨木(いばらき)」駅。



 先日、ある自主映画のロケに向かう際、この駅が集合場所となったのだが、実は8年前にも一度、この駅で乗り降りしたことがあった。

 あれは確か2002(平成14)年の、まだ寒い時期だったと思う。当時所属していた事務所から、電話が入った。
 仕事は、某大手特撮系制作会社からの依頼だと言う。エキストラということだけは分かっていたが、その他の詳細は分からないまま。私は、恐らくヒーローものではないかと想像し、撮影日を楽しみに待った。

 撮影当日、集合場所のJR茨木駅前に集められた、同じ事務所の10数人とともに、マネージャーの指示で何台かのタクシーに分乗して、とある撮影場所に到着。
 しばらく待つと、そこにロケ本隊がマイクロバスでやってきた。

 広い控室に大勢のキャスト、スタッフが合流。私はその一人一人に「おはようございます」の挨拶をしたのだが、何故か皆さん軽い会釈程度で、返事らしき声は無かった。
 しばらくすると、その部屋で中国語が飛び交い始めたことにまず驚く。そしてまた数分後、控室に入ってきた一人の男性の顔を見て仰天、私は思わず小さく声をあげた。

「え……、小平(とうしょうへい)や!!」

 それはまさしく、中華人民共和国の元最高指導者、小平のソックリさんであった。

 映画はズバリ、中国映画『小平』。撮影は、1978(昭和53)年に小平が来日した時の様子を再現するシーンであった。


 1972(昭和47)年に田中角栄が電撃訪中し、日中国交正常化。その年には上野動物園にパンダがやってきたり、2年後の1974(昭和49)年には大阪万博会場跡地で、大規模な中国展が開催されたりと、日中友好ムードで盛り上がっていた時代があった。(私も父と中国展に行ったが、最終日であった為に大変な混雑で、結局何も見学せずに会場前でUターンして帰ってきたという、苦い思い出もある。)

 私もそんなムードに乗せられてか、一時期テレビラジオで中国語講座を聞いて勉強していたこともあったが……。

 あの日中友好ムードは、いった何だったのであろうか……?


 今……、今……、そんなことを思う。

人気ブログランキングへ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。