Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

周りを見ない、見ようとしない運転手

2006-12-01 08:15:20 | ひとから学ぶ
 通勤時間帯に限ったことではないが、ときに渋滞で進まなくなるときに「なぜ動かないのか」などと思うことはよくある。だいたいが右折車が曲がれずに留まっているために進まない、なんていうことが多いのだが、この場合右折しようとしている車に問題があるよりも、対向車に問題があることが多い。もちろん以前にも触れたことがあるが、右折する車が後ろの車のことを考えて、横をすり抜けるだけのスペースができるのに作らない、というケースもあるわけだが、あくまでも対向車が少し気を使ってくれれば、スムースにゆくものだ。先日も目にしたが、前進している先に信号機があって、明らかに赤色になっているのに、右折しようとしている対向車を曲がらせてあげない運転手がけっこう多いのだ。赤色になっているということは、無理に進まなくてもよいわけで、とくに交差点でもないところで曲がろうとしているのだから、対向車を曲がらせてあげたからといって、そこへ「ちょうど空いたから」と割り込んでくる車だっていないわけだ。にもかかわらず、曲がろうとしている車を曲がらせてあげない、「誰が入れてやるか」みたいな雰囲気でどんどん車間を詰めてゆく対向車見ていると、「なんだこいつらは」と思うわけだ。

 もっとひどいのは、前方が赤色だからといって、のろのろと車間を詰めてゆくため、ただでさえ渋滞しているのに、ますます時間が経過して渋滞に輪をかけていってしまうことだ。のろのろ走っているから、ちょっと反応さえ示してあげれば、対向車はいとも簡単に曲がれるはずなのに、そのスペースをとってあげないのだ。いや、もっとひどいのは、右折しようとしているのに、そして対抗車線も詰まっていて動いていないのに、そろそろっとやってきて、曲がろうとしてる空間を遮って停まる車である。そんな車に遭遇すると、「馬鹿やろう」と怒鳴りたくなるし、モノでも投げたくなったりする。

コメント    この記事についてブログを書く
« 下長井の大日如来像 | トップ | 真夜中の誘導 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ひとから学ぶ」カテゴリの最新記事