Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

「神願様」前編

2022-01-03 21:00:03 | 民俗学

 

 冒頭の写真は完成した「神願様」である。「じんがさま」と言う。伊那市羽広の天台宗仲仙寺において、寺の入り口に掛けられる、いわゆる道切りの飾りをそう呼ぶ。毎年正月の3日に近年は実施されているが、以前は8日に行われていたという。午前8時半に古い神願様が降ろされて、新しい神願様作りが始まるが、午前中は材料作りだということを聞いていたので、午後から見学させていただいた。

 

 

 午後1時から神願様作りが始まる。午前中に作られていた蛇(ジャ)の頭から尾にかけて順に作られていく。頭は大きな器のような姿で、このあたりでいうオヤスの大型化したものである。この頭に選った藁を周囲に重ねて胴体を作り始めるが、最初は節を作るように重ねた藁を後ろに返して3段の首を作る。そのあと注連縄を結わえていくのだが、首と胴体の繋ぎが難しいようで、この部分を綯い始めるまで手間取る。聞けば昨年はコロナ禍ということがあって神願様作りは行わなかったという。したがって2年ぶりの神願様作りだったというわけである。首に胴体が繋がり始めるとふつうの注連縄と違いわざと上方向に束を曲げ上げて出っ張りをつける。これを鬣と言っていた。竜の背びれということなのたろう。この鬣を綯いながら12個縦列につけていく。神願様には12という数字がいくつも現われる。鬣もそうだが、ハシといわれる梯子状の掛け具も12本構成。ハシ同様に竜に掛けられるすべ縄も12本。鬣に立てられるオンベも12本である。これらは閏年には13本になるという。

 もともとあったのかは疑問だが、この蛇を固定するために柱と重しがある。この材料がけっこう重いため、最終的に「運び」、「吊るす」という作業は大変となる。寺の客殿で行われる作業であるが、柱と重しを横に並べておき、蛇の長さを柱に合わせて綯っていく。胴体から尾まで綯われると、柱の上に蛇が載せられ、まずオンベが立てられ、ついでハシ、すべ縄と掛けられ、頭には角が左右に付けられる。最後に正面、いわゆる重石の正面側に祈祷札が釘うちされ固定されると完成である。頭や胴部の藁は餅米の藁が使われるといい、細部の材料はふつうの藁が使われる。固定する柱や重石は毎年同じものが使用され、藁の作り物とオンベ、そして祈祷札は毎年更新される。

 さて、上伊那でこうした道きり行事を他にみない。もちろん昔はあったであろうとは推定されるが、現状では予想すらできないほど廃れている。あえて言えば、飯島町日曽利の厄神除けの札は同様の意図で立てられているものだろう。また、旧上伊那郡にあたる松川町上片桐諏訪形の厄神除け行事で掛けるられる大草履は、まさに道切りである。そして正月のこうした行事といえば、近江の勧請縄、あるいは大和の勧請吊りがある。神願様はかなりこれら勧請縄行事と類似している。

続く


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