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Tosh!'s Blog

ただ生きるな善く生きよ(ソクラテス)

Stay With Me

2011-12-12 18:25:08 | 人生

肝心なものだけ いつも見過ごして 気がつけば何にも 残っていなかった
優しさは疑い つき離されれば 寂しさに荷まれていたけど
君を想い 眠るから feel me 君を想い 眠るから so stay with me...
H∧L「Stay With Me」より

昨夜は何時も通り19:00に薬を服用した。昨日は流石に疲れて昼寝も出来るだろうと、横になってみるも、昨日記した様なネガティブな幻想に襲われる。つまりは、向精神薬も服用しなかったから、「うつ」症状が出たのだろう。

故に、今朝は4:00頃に目が覚めたけれど、心地良い目覚めだった。対前日比。昨日が悪過ぎたから、そう感じたのかも知れない。薬の作用を感じる。と云う事はまだ薬の助けが必要と云う事で、治っていない。セロトニンだかノルアドレナリンだか脳内神経伝達物質が上手く分泌されていない。服用薬でハイテンションになる事はなく、それでも通常なら30分もあれば記せるこのBlogも、未だ3時間程掛かっているから、以前の様に頭が廻らない。

脳梗塞で呂律が廻らなくなったりするが、頭自身呂律が廻らないと云った処か。

キーボードを打ち、記している内に次に続く文章を組み立てるのが難しい。手が止まってしまう。思考が上手く出来ないときは日記になる。

今程、禁煙、禁煙と五月蝿くなかった時代、駅の線路は敷石の数程煙草の吸い殻だらけだった。そう云った高度成長時代にサラリーマンだった人達が、その癖が直らず、未だ道路に、川に、ポイポイ吸い殻を捨てる。吸い殻だけでない。しょっちゅう、使い捨てカメラのパッケージが落ちている。デジカメを使えない世代であろう事は容易に想像出来る。「番犬」が頭から離れぬ、動物愛護なる精神も持ち合わせていない世代は、家で糞をされては始末に困るから、散歩に連れて行き糞をさせ始末せずに帰る。それが当たり前で、法改正や条例でルールを変えられてもついて行けぬ。

或る意味、仕方ないのかも知れない。私も、今までそう云う人を見掛けたら注意していたが、逆恨みされ嫌がらせを受けて来たから、それはそれで私也に対処して解決して来たけれど、理屈の通らない人もいる。黙って、ゴミを拾うのみ。私がゴミ拾いをしているのを見て、罪悪感を感じるのなら自ずとゴミを捨てるのを躊躇い、止めるだろう。そうして、ポイ捨てする人が減れば良い。私も義務でやっているのではないから、ウンザリすれば止めれば良いだけの事。

町が汚くなれば、誰かを雇って清掃する事になるかもね。雇うと云う事はコストが掛かる。それが自治会費だったり、税金だったりして、結局は皆の負担が増える。犯罪者が増えれば、警察や刑務所やら、コストが掛かる。コスト負担が嫌なら、皆がモラルを守らなくてはと思う。

比較的モラル意識の高い国だと思うけれど、もっと高かったら、国すら民営化出来ると思う。法的縛りも、取締も要らなければ、国会も裁判所も要らない。そこが「お互い様」なのだと思う。他人を思いやり、誰とも信頼が築ければ、貨幣さえ不要だ。

理想を述べても、現実は違うね。小さい頃からアニメを見て、例えば「鉄腕アトム」には確かお金が登場しない。そう云う世界観を夢見てしまったのだね、私は。

6:30家を出る。今日はゴミは少なかった。対前日比。7:30には紫陽花の下草取りをしていたからね。いい加減、足が痺れる11:20には袋満タンにして、お喋りに来たスズさんと話し乍ら、一服する。スズさんが帰り、片付けをしたら、一旦離れていたミヤさんに捕まる。

私は誰とでも話は出来るけれど、私と話す人達は互いに嫌いだと、誰かと話していると誰かが寄って来ない。今日はミヤさんと話しているのを見たヨっちゃんが不満そうにチラ見しただけで何処かへ行ってしまった。話が止まらぬミヤさんに「帰りますね」と断りを入れてもまだ喋るから、御免と話を切って帰宅する。

私が「うつ」病だとは公言しているが、私に気を遣ってくれる人はケンさんくらいかな。ネガティブな話は聞きたくないけれど、私がポジティブにしていないと、不満のぶつけ合いになる。私がポジティブにしていないと私の周りが騒々しくなる。それが嫌だから、紫陽花の下草取りを黙々と忽忽としたいのだけれど、そうさせてくれないから、私も少し困りかけている。

来年、紫陽花を見た人が「今年は綺麗に咲いたわね」と言ってくれると嬉しいな。

( ´ー`)yー-~

ジャックは隣に住むトムが週末になると何時も自分の芝刈り機を借りに来るのが嫌だったが、お人好しなのでついつい貸してしまっていた。妻のメアリーはこんなジャックの人の好さに呆れて言った。
「あなた、今度トムが芝刈り機を借りに来たら、ガツンと断ってよ!」
「わかったよ、メアリー」
 丁度そこにトムがひょっこりと現れた。
「やあ、ジャック。今日、君んちの芝刈り機は空いているかい?」
 ジャックはメアリーに肘で突かれ乍ら、意を決したように言った。
「今日はダメだ、トム」
「どうして?」
「今日は、俺が一日中、芝刈り機を使うからだ!」
「一日中だって?」
「そう、一日中だ!」
 毅然とした態度のジャックを見直したメアリーの誇らしげな視線をよそに、ジャックはニヤリと笑っていった。
「丁度良かった。それじゃあ午後まで君の自転車を貸してくれ」

On My Way Home

2011-12-10 14:13:13 | 人生

On my way home I remember only good days
On my way home I remember all the best days
And on my way home I can remember every new day.
Enya「On My Way Home」より

昨日は昼過ぎまで寒く憂鬱な雨。ボランティアで身体を動かす事も出来ず、メランコリックな気分に陥っていた。iTunesでダウンロード購入した映画を、何度も観乍ら過ごしたけれど、皮肉にも食欲が出て来て、自分で塩ダレを作り豚トロを漬け込み、焼いて頂く。ご飯も御代りする程食べた。気分が幾分良い時には空腹感も無く、1日1食程しか食べられないのに、自分の身体の調子が良いのか悪いのか混乱する。

先週、私がお節介し過ぎるから同じ「うつ」を患う彼女にお別れを告げたが、翌朝電話を頂き「気にしないで」と言われたから、それなら私が送ったメールは削除して下さいと告げたけれど、その後クロスワードパズルの雑誌を2册買い、クロスワードパズルって何?と言う彼女に送って、同じ問題を解き乍ら、判らない事はメールで聞いてねとするつもりだった。

が、雑誌を送る際の便箋に私のメッセージをどう書くか悩み乍らも記したけれど、彼女を変えようとする私の行為が、烏滸(おこ)がましく、彼女の重荷になると思い、結局は止め、折角モラルハラスメントと云う鳥籠の中から外に出したのに、私が新たな鳥籠になっては意味が無い。「Tosh!の事は忘れ、自由になって下さい」と昨晩メールした。彼女は今、孤独を感じている。故にモラルハラスメントの加害者の元へ帰るかも知れぬ。が、それも彼女の人生。一度はそこから抜け出す方法を示した。今度同じ事があれば、彼女自身が一人でも出来るさ。

私自身も孤独感に苛まされているし、心の拠り所に彼女を利用してはならぬ。「うつ」の回復にグループセラピーなるものがあるが、互いの傷の舐め合いや不満を吐き出して何になる。私はそう云う事が嫌いだ。公園のお喋り友達も、不満や陰口を吐くが、何時も聞き役に徹する。不満を聞いた時に同調する事はあるけれど、その同調が唯一の私の不満の捌け口。Blogを捌け口にしようとしていたけれど、吐くと捌け口は違う。吐くは不満をぶちまけるだけで、その場しのぎ。捌け口は感情の発散の対象や方法で、発散とは内から外に散らばり出る事、故に、ストレスが解消する。

グループセラピーも同調なら意味もあるが、概ねそう云う事に乏しい。表面だけの同調など意味が無い。

孤独を感じている彼女を見捨てるのか?突き放すのか?、否、それ以上に私の行動を恐れているし、疑念を感じている。そう云う状態では心も開いてくれないし、私には言いたくない事、隠したい事が出来る。私が心を開き、相手も心を開いてくれてこそ、悩みも共感出来るし、それは私も苦しみを感じるのだが、隠し事をされては助けてあげられない。私に心を閉ざされては、私の行動が重荷になる。故に、こちらから縁を切った。

私が自由に羽ばたける鳥の止まり木になる事は厭わない。そうして来たし、電話もコールして貰って、こちらから掛け直し、電話代はこちら持ち。それ故、少ない預金も無くなり、ここ数ヶ月、なんとかかんとか凌いで来た。電話代だけで2ヶ月以上の生活費が吹っ飛んだけれど、怨みなど微塵も無い。昔から自己犠牲など厭わぬ性格だから。

そんな最中に親戚の訃報を知らされても「何も出来ない」と答えるのみ。親戚に陰口叩かれるのは読めているし、親の面子も丸潰れで、親からも烙印を押される。が、気にしていないし、そんな親でも長男として、介護が必要になれば面倒を見なければならないのは覚悟している。戸籍上は離縁したのだけれどね。

世の中色んな縛りがある。それを否定しないけれど、自分は自分らしく生きて行きたい。世間様、私に関わりのある人々に色々求められてばかりで、私は求めない。無神論者だけれど「与えよ、さらば与えられん」とは好きな言葉。

今まで愛を持って社会に接して来たつもり。故に、私が「うつ」を患い、窮地に陥っても社会福祉制度で助けて貰っている。私の信念「お互い様」が、有難い事に通用している。そう云った意味で、皆様に感謝をする次第。

ありがとう。

最後に、私の経験やら論理から間違いだと気づいていて、結果その通りだった一例を挙げようか。
元プロ野球選手だった清原和博、彼の肉体改造と称するトレーニングは間違い。メジャーリーグの選手達もジムで身体を鍛え筋肉を増強するが、野球に関係無い筋肉をつけるから故障する。バットを振る為の筋肉はバットを振ってつけるべき、速く走りたいのなら、速く走る為のフォームで走り込んで筋肉を付けるべき。それが、その道を極める道也。

鳥は飛ぶ為の筋肉をつけ、魚は泳ぐ為の筋肉をつけ、地を駆ける動物は速く走る為の筋肉をつける。それが、自然の摂理也。

( ´ー`)yー-~

1人のアジア人が死んで地獄へと行った。地獄の門番が選択を迫る。
「日本と中国の地獄、どちらに行きたいか?」
奈落に落ちた者は迷ったが、先ずは両方を見物させて貰う事にした。
最初に日本の地獄見物する。
そこでは人々は先ず、煮え滾っている油の中に入れられ、次にベルトコンベアーに乗せられ、串刺しにされる機械の中を通らされ、更に、地獄の処刑人達にマシンガンで撃たれるのだ。
その悲惨さに眼を伏せ、次に中国の地獄を見物しに向かった。
中国の地獄の入り口には、長い長い行列が出来ていて、その列が何十にも蜷局を巻いていた。見物出来ないから最後尾の者に訊ねる。
「どうしてこんなに行列が出来ているんですか?中国の地獄はどんな所ですか?」
「日本の地獄と変わらないよ」
「じゃあ、何故行列が?」
「こちらは故障が多いからね」

誰が許すの君のわがままを

2011-12-02 12:37:35 | 人生

誰がジョークを言うの 君が笑うとき 食事するとき
誰が座るの 誰が抱くの 君が眠るとき...
財津和夫「誰が許すの君のわがままを」より

今朝も雨、明日も午前中は雨の予報。気温も明日雨が止む頃には2桁台になる様だから、寒さも今がピーク(9:00)。水曜日の午後から外出していないけれど、部屋の中でも指がかじかむから、指先が出る手袋をしてキーボードを打っている。冷え性だから足や手の指先が凍える。

暖房はまだ用意していない。冬場の電力不足も懸念されているから、もう少し我慢しようと思う。底冷えの厳しい京都で育ったのだから、神奈川なんてまだ暖かい方だ。皮肉にも夏の室温上昇の元凶だった、パソコンの廃熱を抑える為に内部の埃を取り払い、消費電力も抑えたのだから、パソコンを動かしていても部屋が温まらない。

もう、クリスマスの準備があちらこちらで進んでいるけれど、今年は質素な飾り付けに留める所あり、節電を忘れて例年通りあり、イルミネーションを派手に点灯させて電力が持つのか早くも心配してしまう。

Twtter仲間のノブ(@anobutaka)さんは「余り無理しないでくださいね!節電も程々にしてください」と優しいお言葉を掛けてくれる。生憎身体は温まらないけれど、心が温まる。ありがとう。

昨夕買置の煙草を切らしたと思い込んでいた。良い機会だから我慢してみようかと、何とか気を紛らわし昨晩は凌げた。私が吸っている煙草は遠くまで買いに行かなければ売っていないから、冷たい雨の中買いに行くのも億劫だなと我慢していたが、イライラして来て、ふと、無い筈の買置の煙草をしまっている引き出しを開けたら、2箱あるではないか。私は無信心だけれど、神様の思し召しとさえ思ったね。(^O^)

煙草にありついて、漸く落ち着きBlogを記している。以前にも記したが「うつ」を患う者に取っては煙草は或る意味精神安定剤である。煙草を吸うとドーパミンが分泌され、意欲や集中力が増す。欲求が満たされた時にドーパミンが分泌され、身体にご褒美を与える。「うつ」はドーパミンやセロトニン等の神経伝達物質の分泌不足なのだから、向精神薬はそれ等の分泌を増やす働きをし、煙草も同じ。故に精神科医は禁煙を推奨しない。

メンソール煙草を吸っているとインポテンツになると俗説で云われているが、恐らくメンソール云々は関係無く、ドーパミンが関与すると思う。ドーパミンはプロラクチンと云うホルモン抑制因子として働く。プロラクチンは生殖に大いに関与する。男性の射精オーガズム後に急速に性欲を失うのもプロラクチンの作用。煙草と云う外的要因でドーパミンの分泌を促しているから、長年掛けて生理的要因が薄れるのかもと、私は疑う。そう云う意味に於いても、煙草を吸わないで居られるのなら吸わない方が良いと思うよ。何にでもメリット・デメリットはある。

あはは、変な想像しないでね。私がヘビースモーカーだからと云って、まだまだ現役ですよ。ただ、同じ病を持つ知人もそうだと云うから「うつ」は性欲減退を招く様だ。人間の身体も思考も複雑で、ひとつの要因だけで動く訳でない。

理性は性欲も封じ込められる。現代の少子化も或る意味、理性を持ち賢くなって来た証かも知れぬね。勿論、それだけではないけれど、例えば、元原子力安全・保安院の西山審議官の会見を見ていて、東大法学部・ハーバード法科大学院と云う学歴でエリートコースを歩んで来たのだけれど、論理矛盾、屁理屈も捏ねる彼に理性を感じなかったし、やはり私利私欲をコントロール出来ない人物だった。「路チュウ」で更迭されるとは情けない。

何が道理かモラルかも判らぬ理性の無い人物がそう云うポストに就いていては、社会の安寧秩序も守れない。故に、原発事故が起こる。だから、環境省に原子力安全庁なるものを作っても、入れ物を変えても「仏作って魂入れず」じゃ話にならない。

社保庁が出鱈目で、日本年金機構を発足させたけれど、何も変わっちゃいない。日本年金機構の「理事長のごあいさつ」に書かれている「お客様の立場に立ったサービスの提供」も実践されているとは感じない。私も、私の知人も電話の問い合わせで盥(たらい)回しさせられたし、問い合わせ先によって回答が違ったりする。霞ヶ関から外されて特殊法人となり、一応は情報公開は進んだ様に見えるけれど、内実はどうだか。甚だ疑問だね。

子沢山が理性がないとは言っていないからね。誤解しないでよ。すべからく二者択一ではないのだからね。戦争だって善悪だけじゃないからね。複雑な要因が絡むのだから、世の中そんなに単純じゃない。

常に理性的に振る舞えるかと云っても、そこは人間だもの、羽目を外す事もあるだろう。此処に名指しで西山氏の名を書いたけれど、現在は環境省で福島除染推進チーム次長だそうだ。反省し、責任を感じ、志新たに頑張って居られるかも知れぬ。そうであったら嬉しいな。

( ´ー`)yー-~

Programming is like sex: One mistake and you have to support it for the rest of your life.

マニュアル

2011-11-05 18:40:31 | 人生

水平 直角 シンメトリー
ギュッと詰み込まれたフィロソフィー
広い角度でとらえるアンテナ
高感度 低収入チューナー
受信する多彩なデータ
シーンを選ばぬノイズキャンセラー
卓越したクリアな音声
すべらない驚異の再現力
ユーザーのニーズに最適化
そこに居たかのような臨場感
当社比によると2倍以上...
スチャダラパー「マニュアル」より

今日は明け方聴いていたPodcastを最後迄と出掛けるのは6:30になった。7:00を廻ると車の往来が多くなるから、道路を右左と渡り乍らのゴミ拾いはし辛くなる。歩道のある所は片側しかしないし、ちゃんと後ろも気にし乍らゴミ拾いしているから事故に遭う事はないよ。

それに、近付いて来る車の運転手の顔をよく見ているし、フロントウィンドが反射して運転手が見えないときは、車の挙動や前輪の動き等も確認するから、危なっかしい運転だと自分から避ける。時に、信号のない横断歩道を渡ろうとして右から来る車は運転手が右を見乍ら横断歩道に突っ込んで来る。つまり、私の方を見ていない。勿論、横断歩道の手前に停止線があり一時停止の標識もあるが、右から来る車ばかりを気にして、歩行者を見ていない。そう云う人は自分の身が一番大事で、根本的に利己主義なのだよ。万一、そう云う相手にぶつけられても「突然飛び出して来た」と言い張るに違いない。

私は人間不信故に、見知らぬ他人様を信頼などせぬ。故に交通事故に遭った事はない。

昔、阪神高速は前を走る鋼材を運ぶトレーラーの挙動が危なっかしく、後ろに付いていると危ないと追い越して、暫くすると後続車がミラーに写らなくなった。きっと事故を起こしたに違いない。

阪神高速ではもう一つ思い出す事がある。軽トラの焼き芋屋、火を焚いたまま高速を走るものだから、釜から火を吹いていた。当たり前だ。鍛冶屋が火を煽るのに吹革を勢いよく踏む様なものだ。横付けして教えてやる。「燃えてるよ」って。荷台を焦がして次のインターで下りて行った。まだ10代だった私、あんな大人になるまいと思ったよ。どうしてそんな簡単な原理も判らないかなと。

車庫入れ、縦列駐車の苦手な人が居る。後輪を軸にハンドルを切れば良いのだが、後輪がトレースするイメージが出来ていない。だから脱輪や車の横っ腹を凹ます。これは免許証返上だろうと思うのは、どうやったらぶつけるのか私には理解出来ないが、運転席側のドアを凹ました車をたまに見掛ける。ぶつけられた跡ではない、縦に凹んでいるから右折時か後ろを向き乍らバックした時に電柱かガードポストにぶつけたのだろうと思う。それが人でない事を願うよ。

話が「脱線」気味なのはご勘弁を。

雨が降らないから10日休まずボランティア。流石に疲れて来た。けれども、疲労するぐらい動いた方が筋力が増す。それは、小学では柔道、中学では陸上をして来て体験を通して知っている。柔道も練習の後は階段を降りる事さえ侭ならない程、厳しかった。陸上も倒れ込んだら暫く起き上がれない程、自分を追い込んだ。そうして、強くなり速くなった。未だにヒラメ筋は隆起している。

走っている子を見るとベタ足が多い。それでは速く走れない。大学生でもランニングしている姿を見ると、腰が跳ねている。フォームが悪い。これからマラソンや駅伝の季節だ。走っているランナーの腰を見てみると良い。腰の位置は動かないから。それは速く走る動物でも同じで、スキップする様に弾んでいたら速くは走れない。チーターやライオン、追いかけられるガゼル等を見ても腰と云うか背中のラインは弾まないから。

子供の話をもう一つしようか。鉄棒の逆上がりが出来ない子は腕を伸ばしっ放しだから。親が付いてい乍らちゃんと教えられていない。腕を曲げ鉄棒に身体を近づけないと逆上がりは出来ない。その為には腕の筋力も必要だね。小さい頃から木登りは得意で、そう云う経験があるから自然と腕の筋力も付いたし、逆上がりも懸垂し乍ら足を上げ、くるっと廻れたし、弾みを付ける必要もなかった。誰に教わる訳でもなく、自然に出来たけれどねぇ。

だから、少年野球やサッカーでどやし続ける大人を見て、ちゃんとコーチ出来ない癖にと、内心馬鹿にして見ていたりする。「もっと速く走れ!」とは、ベタ足を直すコーチングが必要なのだけれどね。それだけじゃないけれど、大人自身が基礎を判っていない事が多いね。

( ´ー`)yー-~

色んな国々の人々が集まるビジネスの会議でこんな事を言う人が居た。
「日本製品は確かに優秀だ。然しね、日本人にはジョークのセンスがないね」
すると、片隅でその話を聞いた日本のビジネスマンが立ち上がり、斬新で誰も聞いた事のないジョークの数々を披露した。
皆は大笑いし、勘違いしていた事を謝罪した。
すると、日本のビジネスマンはニコリともせず、カタログを配り始めた。
「今のは我が国が今度売り出すジョーク集のサンプルです」

川の流れのように

2011-11-01 19:13:03 | 人生

ああ 川の流れのように
おだやかに この身をまかせていたい
ああ 川の流れのように
いつまでも 青いせせらぎを聞きながら...
美空ひばり「川の流れのように」より

霜月になりましたね。今日も富士山が見えましたが、初冠雪の時の様に薄らと筋状に雪が見られました。多分、昨日の雨雲が富士山に雪を残したのではないかな。富士山頂の年間平均気温は氷点下6.4度だし。富士山頂は北極圏並みなのです。

まだ若い頃、彼女と富士山に行こうかとG.W.に出掛ける際、ジャンパーを持って行くべきだと云う私と、もう5月だから要らないと譲らない彼女とちょっとした口論の後、実際に5合目まで行くと寒くて彼女に私のジャンパーを着させ、温かい甘酒を頂いた。終始彼女は気まずい雰囲気であまり喋ってくれなかったな。

山を舐めちゃいけない。100m昇る毎、大体0.6度下がる。富士山五合目は大体海抜2,300m、0.6×23=13.8。G.W.に気温が23度あったとして、五合目は10度程。半袖Tシャツで行ったなら歯がガチガチと震えるさ。冷え性の私なら。

今の様なインターネットもなかった時代。天気予報も大まかな情報しかなかったし、私達も若かった。知識も情報も不足していたから、或る意味仕方のない事。若い頃の彼女を責める気持ちは毛頭ないけれど、逆に情報過多の時代だから情報の取捨選択は重要だよ。時に命取りになるからね。

今日も朝6:00に出て、ゴミ拾いをし乍ら公園へ向う。或る男性が自動販売機で缶飲料を購入した。その近くでゴミ拾いをしていて、拾った空き缶をその自販機横の空き缶入れに捨てたのだけど、恐らくその男性、ゴミ拾いしていた私を見てマズいと思ったのだろう、自販機の前でゴクゴク飲んでいた。後は知らないけれどキチンと空き缶入れに缶を捨ててくれたと思うよ。

何処かのBlogで書かれていたけれど、年輩者のモラルが悪いとあった。私もそう感じる。だいぶ前だけれど、甥っ子姪っ子がまだ小さい頃、実家の近くの河川敷で花火をした後、私の母親は花火のゴミを川に捨ててしまった。私は激昂したが母親は聞き捨てる。義父も何も言わない。私の所有物は気軽に捨てる癖に、冷蔵庫にあった腐った魚をゴミ箱に捨てたら酷く怒られた。母親の価値観を未だ受け入れられないし、もう何年も実家には帰っていない。先のBlogに書かれていたのは、電車で年輩者に席を譲ろうとした若者に対し「私は席を譲られるのが嫌いなんだ!」と怒鳴ったと云う話。やんわりと断る事も出来るだろうと綴られていた。

どの世代にも良い人、悪い人は居るものだ。どの世代にもKYな人は居る。私が年輩者のモラルが相対的に悪いと感じるのは、戦中戦後の混乱期に育った世代だから、そう云う時代背景があるのだろうと推察する。私の母親は10人兄弟、父も5人兄弟、父方の伯父さんは戦争にも行った。私の世代よりも競争が激しい環境で育ったし、私の世代よりも縦社会は厳しかった。若造の言う事など聞くもんかとは或る意味理解出来る。

さて、今日はゴミ拾いを終えるとさっさと紫陽花の下草取りをした。やる気満々だったが、8:00時過ぎにはヨっちゃんがやって来たから、1袋で終えた。「何、もう終わりか?」とヨっちゃんが聞くので「1~2時間も待ってるの嫌でしょ」と、切り上げた。以前はそんな事も阿吽の呼吸で言葉を交わす事もなかったけれど、私が引き蘢って居る間にヨっちゃんも変わってしまった。

今日は私から散歩を誘ってみた。ちょっと遠出になるけれど、何とか行き来出来る距離だろうと、去年はまだ工事が終っていなかった遊水池に出掛ける。一時はお互い20km位は歩けたが、私も引き蘢って居る間に体力が落ちてしまった。往復すると10kmくらいだろうか。

遊水池は工事もほぼ完了。一部工事が残っている様だが、工事している様子もない。繁殖期には雉子も居るし、カルガモが怪我した振りをするので近くに子ガモが居るぞと探したら、側溝の中に子ガモを見つけた事もあった。整備したての頃は何も居なかった小川にも巻貝のカワニナが住む様になったし、トンボも産卵しているからヤゴもその内見つけられるだろうて。

8:30頃公園を出て帰宅したのは14:00。その間、ほぼ歩きっ放しだったから、帰りは途中でヨっちゃんが音を上げる。きっと明日は公園に来ないな。

私も体力的にキツかったが、弱音は吐かない。明日は歯医者の予約時間までゆっくり紫陽花の下草取りするさ。

( ´ー`)yー-~

或る処に言葉を喋るアヒルが居た。ヨチヨチと歩きコンビニに行き
「川魚おいてアル?」と聞いた。
「申し訳ありません。当店には御座いません」
仕方なくアヒルはヨチヨチ帰って行った。が、15分後また同じコンビニで
「川魚おいてアル?」
「先程申し上げましたが当店にはおいてありません」
またアヒルは帰ったが、15分後
「川魚おいてアル?」
「次来やがったらお前の水掻きを釘で地面に打ち付けてやるからなっ!」
仕方なくアヒルは帰って行った。が、また15分後
「釘おいてアル?」
「コンビニにあるわけないだろ!」
「川魚おいてアル?」