昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[ブルーの住人]第四章:蒼い友情 ~まーだー~

2023-09-16 08:00:24 | 物語り

これは、昭和の御代、40年代の話だということを、先ずもってお知らせしておきたい。
令和という現代のみよとはそぐわぬ事例や、思考回路が出てくるやもしれぬことをお知らせしておきたい。

(一)朝

 それは、ここちよい朝の目ざめだった。
きのうの朝のことが、まったく嘘のようにさえ思える。
これほどにも土地柄のちがいというものが、人間に影響をあたえるのであろうか。
いまにして街でのむなしさを知り、また街での処し方がいかにむずかしいかを知った。
それは次に来るべきあすの予測をあやまった者が味わう、
惨めすぎるほどの挫折――仮に想像の域をだっしないものだとしても――が、多大な不安をあたえる。

 真っ青な空に、二つ三つの白い雲。その間をぬって風は流れ、その風の流れにのって雀も飛び交う。
いま、畑のあぜ道をくわをかついで歩く腰のまがった老人がいる。
こびりついた泥を見れば、畑たがやしおえての途次だろうか。
土ぼこりの舞う道のさきに、老人の家がある。
平屋建ての家屋をいけ垣がぐるりとかこみ、庭には柿の木がう植えられている。
秋になるとカラスやらが飛んできて熟した実をついばんでいくだろう。

 道の両端には重くこうべを垂れる稲穂がある。もうすぐ刈り取りの季節となるだろう。
春にはれんげ草が咲きみだれ、多くの子どもたちがそこに寝ころび、蝶々とたわむれるのだろうか。
しかし今は、老人が歩いている。
しっかりとした足取りで、老婆の待つ家に向かって一歩いっぽ力強く歩いている。

 入り口をすこしまわって鬼門の東北には別に建てられた厠があり、そのそばにはおきまりの南天の木が植えられている。
えんがわで洗濯物をたたむ老婆の目が老人のすがたをとらえると、おおきな声で「おかえり。たいへんじゃったろう」と迎えてくれる。
「おおっ!」。片手をあげて、破顔一笑の顔をみせた。
ゆっくりとした歩が、とたんに速くなった。まがっていた腰も、心なしか伸びたように見える。
 
 十年前の自分にもどりたいとは思わない。
しかしもう一度、故郷のれんげ草のにほいをかぎたいとは思う、自分だ。



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