萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第82話 声紋 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

2015-01-26 22:40:00 | 陽はまた昇るanother,side story
sonagram 君の軌跡



第82話 声紋 act.4-another,side story「陽はまた昇る」

湯原の父親と似てたからだよ、あの画像の男。

そう言われてしまった人を今、どうやって庇えば良いだろう?
そう想うけれど知りたい、何を目的で監視カメラに映ろうとしたのか?

「伊達さん今言いましたよね、あの画像の人は僕の兄じゃないのかって。同じことを新宿署にいる時も訊かれました、でも僕は兄の存在なんて知りませんし父が母以外の人がいたなんて考えられません、それに、なぜあの画像の人が復讐で動いてると考えるんですか?」

一息に問いかけ並べた食卓は湯気が温かい。
のんびりした食事の風景、それなのに言葉は緊迫するまま周太は穏やかに尋ねた。

「僕の兄が復讐のために蒔田さんの部屋へ行く、そう考えるだけの情報と理由が伊達さんにはあるんですよね?僕にも教えてくれませんか、」

伊達は優秀だ、その頭脳は信じられる。
けれど頭脳を使う動機と根拠は解らない、それなら訊いてしまえば解かるだろう。
あの人「画像の男」英二が何を考えているのか、そして伊達が何を知り何を考えているのか?

「伊達さん、僕のこと心配して援けるつもりなら教えてくれますよね?伊達さんがこの画像を探しだした理由を話してください、」

なぜ英二の画像を探しだしたのか?
それを聴けば伊達の理由と事情がうかがえる、そんな意図に沈毅な瞳がすこし笑った。

「画像を探した理由は湯原が心配だからだ、庁舎の外壁に何かを見たなんて怪談話か精神疾患の前兆だろ?湯原の精神状態がまともなのか知りたかった、」

去年12月の映像だ、湯原、窓の外に見えるモノは何だって俺に訊いたこと憶えてるか?

隠された監視室で伊達はそう言っていた。
あの言葉あらためて投げかけられる、その理由に問いかけた。

「僕が幻覚を見たと疑ったんですか?それにしては調べるのが遅いですよね、あれは12月のことで今もう2月ですよ、」
「あの部屋を使う時間の問題だ、この2ヵ月チャンスは少なかったの湯原も解かるだろ?」

穏やかな冷静が問い返してくれる。
もう空いてしまった土鍋はさんだ向こう、かちり卓上コンロを消すと伊達は言った。

「あれは勝山さんの事があった直後だったろ?あのとき、血だまりの中で叫んでた湯原がまともに見えると思うか?」

勝山の事、血だまり。
その言葉から2ヵ月前の事件が映って、そして自分が叫ぶ。

―…お願い死なないでお父さんっ、僕が待ってるからいかないで!

銃声、赤い飛沫、鉄じみた匂いと青い制服姿。
喘息の発作が起きそうで駈けこんだ洗面所、その真中で制服姿の青年が倒れこんでゆく。
首から血を流して右手は拳銃を握って、声も無く床へ倒れた横顔は他人のはずが父に見えてしまった。

「憶えてるか?お父さんって湯原は叫んだんだ、他人でまだ若い勝山さんに父親を呼ぶなんて普通じゃないだろ?だから庁舎の外壁のことも調べたんだ、」

低く透る声が話してくれる、そのトーンが穏やかに落着かす。
ことん、納得ひとつ肚に落ちながらも尋ねた。

「その結論を教えてくれますか?僕が見たものは幻覚じゃない人間だとしたら、何のために彼は現れたんですか?」

何のために「彼」英二は現れたのか?
その目的を知りたい願いに食卓ごし、沈毅な眼差しは言った。

「たぶん幹部端末の使用が目的だ、あの日の翌日に蒔田部長のパソコンはメンテナンスに出されている、キーボードの指紋鑑定されたんだろう、」

なぜ英二は蒔田の部屋を訪れたのか、わざと痕跡を残して?

―きっと英二は指紋なんて残していない、でも監視カメラに入室する顔だけ残して…なぜ?

告げられた事実にもう考えだす、なぜ「顔」だけ残したのだろう?
思案めぐらせながら確かめたい一点を訊いた。

「その情報って伊達さん、どうやって手に入れたんですか?」
「部長付のヤツが同期にいる、」

答えて、シャープな瞳すこし笑ってくれる。
その言葉に今日までの行動を伺い尋ねた。

「あの画像を見つけてから同期の方を誘導尋問したんですね?」
「おかげで湯原に質問するの遅くなった、」

言いながら土鍋のなか浚えてゆく。
残っていた中身すべて椀ふたつ盛り、片方こちら渡して言った。

「画像探しはそんなに手間じゃない、あの日あの時間の前後で庁舎内を調べれば済む。でもあのワンショットしか写ってないんだ、幽霊画像みたいだろ?」

幽霊画像、だなんて?

「…ふっ、」

あのひとが幽霊、そう言われて笑ってしまう。
つい吹きだした食卓ごし精悍な貌も笑いだした。

「笑っちゃうよな、幽霊とかって子供じみてるだろ?でも他に写って無かったらそう思うぞ、」

確かにそう思うだろう、だから「わざと映った」んだ?
こんな子供だましでも影響力はある、その実例に笑いかけた。

「そうですね…でもあの部屋でゆうれいって怖そうですね?」
「正直ちょっと怖かった、でも安心のが大きかったな、」

笑って箸動かしだす。
椀から白菜を口入れて、飲みこみ伊達は言った。

「もし幽霊だとしても湯原が見たものを俺も見たってことだ、なら湯原は精神疾患の幻覚を見たんじゃない。まあ俺もオカシクなってるかもだがな?」

恐怖より安心、そう伝えてくれる言葉は温かい。
だって「俺も」と言ってくれた、その言葉ひとつ見つめ微笑んだ。

「集団催眠でしょうか?今のところ僕と伊達さんだけですけど、」
「それも思ったけどな、他の人間にも確かめれば解かるけどさすがに無理だろ?でも湯原には確かめてほしかったんだ、」

話してくれるテーブルは出汁の香ゆるやかに温かい。
こんな匂いも少し前まで消えていた、すこし緊張ほどけるまま口開いた。

「壁で見たときは遠目で顔まで見ていません、でも伊達さんは地域部長の廊下の人が同一人物だって思うんですよね?」
「辻褄が合うからな、監視室でも言った通りだ、」

応えながら椀をとり口つける。
呷りこんで、ほっと息吐くと俊敏な眼差しが言った。

「ただ幹部の端末を使うならIDとパスワードが要る、それに、あの画像より前に蒔田部長は部屋に戻っているからな、部長と面識があるヤツじゃないとパソコンに触ることは出来ないはずだ。でも部長はあの画像後すぐ退室して部屋の前で俺の同期と話していた、そのまま男は部屋から出ていない、」

すぐ退室して「部屋の前で」伊達の同期と話していた。
その事実は強固なアリバイになってしまう、そう気づかされて息そっと呑んだ。

―蒔田さんが協力してるってことだけど、でもどうして?

蒔田は父の同期、それだけで英二に協力するだろうか?
考えて、思いだした「過去」にまた思案しながら明敏な声が続けた。

「アルパインクライマーなら外壁を伝う技術がある、非常用の侵入口を使って部長の部屋から他の階へ壁から移ることも可能だ。パソコンに触らせてもらえるほど蒔田部長と親しくて外壁を伝う技術がある男が幽霊の正体になる、その該当者は山岳救助隊なら複数いるだろうけど、でも顔が不思議だろ?」

不思議じゃない、その条件すべて合う人は一人いる。

―やっぱり英二なんだ、あの壁にいたひとは…でも何のためにパソコンを?

確信して、そして疑問ひとつまた起きる。
その答ほしくて優秀な先輩に尋ねた。

「顔も不思議ですけど…蒔田部長のパソコンを使いたいことも、壁から外に出る理由も不思議ですよね?」

英二、あなたの動機は何?

そう何度も訊いて、けれど答え本当には返してくれない。
それなら自分で探してしまえばいい、そして信じたい願いに聡い声は言った。

「幽霊として探してるんだろな、」

湯気のむこう沈毅な瞳まっすぐ見つめてくれる。
冗談を言っているのではない、その真摯な視線が口開いた。

「湯原の父親と同じ顔で同期の部屋に現われたんだ、そして部屋から出てこないで消えている。どれも幽霊の行動そのままだろ?幽霊がいることを見せつければ死に関わった人間は正体を探そうとするはずだ、その動いた人間を炙りだして真相を掴もうとしているのかもしれない、」

ほら、伊達は英二の意志を辿れてしまう。
こういう存在が「あの男」観碕の側にいる可能性だってある、そんな現実の声が言った。

「湯原の父親は警察内部による暗殺の可能性がある、それは高架下の弾痕と拳銃が2丁ある可能性から湯原も解ったろ?だから幽霊の男も庁舎に現われたんだと思う、警視庁に証拠があると考えている。その根拠が何か解らないが、蒔田部長も同じ考えだからパソコンを使わせたんだろ、」

暗殺、

言葉にされて鼓動から軋む、だってなぜ?
なぜ父が暗殺されるのか、その自問に答すぐ映る。

“ J'ai enterre un autre nom. ” 私はもう一つの名前を埋葬した。

祖父が遺した小説は現実の記録だ。
そう今は信じている、それくらい警察官になって色んなことが解かりすぎた。
そして今も新しく知ろうとする、そうして追いたい父ともう一人の軌跡に問いかけた。

「伊達さんは、蒔田さんが幽霊の協力者だと考えてるんですか?」
「他に考えようがないだろ、幹部の端末を使うのにも蒔田さんのIDがいるはずだからな?」

答えて、けれど沈毅な瞳が考えこむ。
眼差しは相変わらず澄んでいる、その眼に尋ねた。

「さっきパソコンのキーボードを指紋鑑定したって言いましたよね、その結果はどうなったんですか?」

もし英二なら指紋など残さない。
そういう男だと今はもう知っている、そのままに伊達は言った。

「メンテナンスの担当者から部長の部屋に幽霊がでる噂はないか訊かれたらしい、同期は有得ないって笑ってたけどな?」

キーボードの指紋照合をした、それがなぜ幽霊の噂になるのか?

なにが指紋照合から解かったというのだろう?
その可能性いくつか考えるまま尋ねた。

「なぜ指紋鑑定で幽霊の噂になるんですか?」
「変だろ?だから湯原に画像を確かめてほしかったんだ、」

考えこむよう土鍋ごし見つめてくる。
なにを確かめてほしいのか、その目的に先輩は口開いた。

「指紋が似る可能性を調べたけど、生れたばかりの一卵性双生児でも95%の一致で全く同じにならない。でもキーボードを確かめた結果に幽霊の噂を訊くのは、過去に亡くなった誰かと指紋が似ているからだろ?でも顔が似ていても指紋まで似る可能性は全くの他人では有得ない、」

指紋は「隆線」と呼ばれる線で識別されている。
隆線は指の表皮内側にある真皮にある乳頭により形成されており、そのため表皮を削ってもまた戻ってしまう。
乳頭は無数の小さな突起物で部分的に連続し、山になる「皮野」と谷の部分「皮溝」で形成したラインが指紋の隆線になる。
この隆線が切れ・分かれ・渦を巻くなどおよそ百の特徴点が存在し、そのうち15点ほどが一致する確率は100兆人に1人ともいう。

だから伊達が言うよう「全くの他人では有得ない」けれど血縁者でも一致率は低い。
それでも少ない可能性に低く透る声が言った。

「指紋鑑定するくらいなら監視カメラの画像も確かめているはずだ、その結果として幽霊の噂を訊くなら指紋は一致したんだろう。だから俺も湯原の兄弟がいる可能性を考えたんだ、親子でも指紋一致は無いが、まったく無縁のヤツが14年前に亡くなった指紋を残すなんか不可能だろ?あとは本人の幽霊だ、」

父の指紋を残す。

それは英二になら可能だろうか?
それとも今言われた通り「本人の幽霊」かもしれない、そんな想い微笑んだ。

「逢いたいです、父の幽霊なら、」



(to be continued)

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