In simple childhood something of the base 原点、時の初め
第71話 杜翳act.7―another,side story「陽はまた昇る」
久しぶりの屋根裏部屋は、温かい。
実家に帰って来た夜に佇んで、けれど翌朝から寝込んでしまった。
そのまま佇めなかった空間を素足のまま踏んでゆく、その一歩ごと分厚い床が頼もしい。
この部屋には父と祖父の想いが残っている、それが今なら気づけるまま周太は揺椅子の住人を抱き上げた。
「ね、小十郎…小十郎はオックスフォードから来たんでしょ、お父さんが友達に頼んで…僕のために、」
僕、そう久しぶりに自分を呼んで肩の力が解ける。
今も目上の人の前では「僕」とも言う、けれど独り呼ぶことは敢えて避けていた。
「小十郎、僕ね…僕、って言うと弱いみたいに想ってたんだ、」
ぽつり、本音ようやく声になる。
もう14年ずっと着こんだ鎧をまた一つ外す、この想いごとテディベア抱きしめる。
ふわり頬ふれる優しい毛並に懐かしい時間が温かい、あの幸福に微笑んで周太は揺椅子に坐った。
「小十郎は知ってるよね、お父さんのことで僕が意地張ってたこと…だから僕、俺って自分を呼ぶ方が強いみたいで変えたんだ、
お父さんのこと色んな人に色んなこと言われるのが嫌で、そういうの突っぱねるしか解らなくて…ただ強く成りたかったんだ、ずっと、」
強くなりたい、
父のことを誰に何も言われないほど強い自分になりたい。
そんな想いに呼び方まで変えて生き方を変えた、あの頃の記憶が抱きしめる温もりに映りだす。
「ね、小十郎?ほんとうの強さって何だと想う、僕ずっと考えてるんだ…お父さんが亡くなって泣いた分だけ考えてるの、だから教えて、」
教えて、そう問いかける事すら自分はずっと出来なかった。
父の想い籠められたテディベアごと全て忘れる、それしか自分には出来なかった。
それでも癒せなかいままの哀しみごと抱きしめる温もりを見つめて、その優しい瞳に周太は微笑んだ。
「小十郎を僕のためにオックスフォードから送ってくれたのは、お父さんの友達だよね?その人が何か言ってたなら教えて、お父さんのこと。
お父さんもお母さんを亡くしたでしょう?きっと泣いてたと想う、オックスフォードで…それをお父さんはどうやって超えたのか知りたいんだ、僕、」
知りたい、父が涙を超えた方法を知りたい。
それが自分の本音だったと今ようやく認められる。
今この時だからこそ認められたのかもしれない、その素直な想い笑いかけた。
「僕ね、お父さんが抱えこんだ秘密を一緒に分けてほしくて警察官になったよ?でも、本当に一番知りたかったのは涙を止める方法なんだ、」
涙を止める方法を知りたいなんて女々しいだろう。
じき24歳になる男がこれでは恥ずかしい、それでも等身大の本音に周太は微笑んだ。
「覚悟した分だけ素直になれてるのかな、僕…えいじがいるから」
あのひとがいるから、そう想えることは温かい。
こんな温もりも忘れかけていた、そんな時間たちが宝物に映ろう。
「…英二と光一のこと本当に僕…哀しかったんだね、小十郎…」
小さく笑いかけた真中でつぶらな瞳が見つめてくれる。
この宝物が生まれた場所へ自分も行ってみたい、いつか行けるだろうか?
そこで父の想いと出逢えるかもしれない、そんな想いに梯子が鳴り綺麗な声が微笑んだ。
「周太、」
綺麗な低い声が呼んで、見あげた向こう笑顔に光ふる。
天窓から陽光きらめいてダークブラウンの髪が黄金透かす、その切長い瞳が幸せに笑った。
「こっちにいたんだな、ベッドにいないから驚いたよ?」
「ん…こじゅうろうにあいたかったんだ」
応えながら気恥ずかしくて首すじから熱くなる。
この笑顔とすこし前に過ごした時間が気恥ずかしい、だから今も困ってしまう。
―どんなかおでおばあさまにあえばいいのかな?こういうのはじめてだものぼく
心ひとり途惑って抱きしめる毛並に顔埋めてしまう。
こんな癖は子供の頃から変わらない、けれど今この問題は初めてだから困る。
いま20分ほど前に全身ごと愛された、そんな時間の直後に他の誰かと会うなんて初めて。
それ以上に今この自分を愛撫した相手の祖母と今すぐ顔合わせるなんて、恥ずかしすぎて困る。
―あんなことしたあとすぐおあいするなんて…どうしよう、
陽だまりの席に浴衣姿で座りこんだまま20分前が紅潮に変わる。
あんなことの後は父の気配すら気恥ずかしいから書斎にも入ったことが無い、それなのに今から食事を共にする。
こんなに恥ずかしい想いをするなんて知らなかった、こんな自分の無知すら羞んだ前に端整な笑顔が屈みこんだ。
「周太、昼飯だから下へ行こうな?」
優しい笑顔ほころばせシャツの腕が抱えてくれる。
抱き上げられながらテディベアだけ椅子に残して、ふと恋人の衿に周太は首傾げた。
「…あの、シャツってブルーだった?」
「うん?ああ、」
微笑んで切長い瞳が見つめてくれる。
その眼差しが悪戯っ子になって綺麗な低い声が教えてくれた。
「タオルと盥を片づけに行ったついでにシャワー浴びて来たんだ、でも周太の匂いは残ってるだろ?」
そんないいまわしほんとにやめて?
そう言い返したいのに声が詰まって出てこない。
ただ逆上せだす意識に深呼吸ひとつ何とか声を押し出した。
「あの…おばあさまにほんとのことはなした?」
「大丈夫、」
ひとこと微笑んで梯子ゆっくり降りてくれる。
抱えてくれるまま寝室に着いて、端整な唇そっと重なり微笑んだ。
「周太の心配するようなことは何も無い、おいしく飯食ってくれたら大丈夫だから、」
「…ん、はい、」
素直に頷いて、そのまま唇ふれてみる。
いまキスの残像は温かい、この温もりすら暫く消えていた。
―アイガーの後から僕、ずっと…キスも信じられなくなってたんだ、ね、
七月の終わりの一夜、あのときを境に自分は心ひとつ眠らせた。
唯ひとり唯ひとつ想いたい、けれど想えなくなった現実に鎖された幸福がある。
あのとき自分こそ英二を光一に任せたくて望んで、それでも本音は裂かれて泣いた。
あのとき零せなかった涙ゆるやかに瞳を温めて、唯一滴そっと俯いた頬すべり落ちた。
―僕は自分勝手だね…こんなに哀しむくせに喜ぶくせに、あんなこと…ごめんね光一、
自分は身勝手、だから幼馴染を傷つけた。
あの透明な眼差しの真実を自分は何も気づけていない、だから頷いてしまったのだろう。
あのとき光一が告げた願いは光一自身すら欺くまま傷つけて、それを自分は止められなかった。
あれから幾度も考えてしまう後悔と自責ごと幸福な今に佇んでいる、その罪悪感ごと周太は微笑んだ。
「ね、英二…今日は特別があるよ?」
「どんな特別?」
綺麗な笑顔が尋ねてくれる、その眼差しは幸せに温かい。
この笑顔をもっと温めてあげたい、そんな願いに周太は笑いかけた。
「ん…英二をだいすきって伝えるための、とくべつだよ?」
大好きな人、その時間の初まりこそ自分の特別。
その特別な日を本人は忘れているだろう、だからこそ自分が憶えていたかった。
誰より大切で世界を共に暮らしたい、そう願える相手に抱かれたままダイニングに入り、その向こう綺麗な箱が嬉しい。
―おばあさま支度して下さったんだね、よかった…喜んでくれるかな?
そっと想いながら見つめてしまう箱、あの中身を自分は知っている。
それは少し子供っぽいかもしれない、けれど子供らしいからこそ贈って笑わせたい。
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」】
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第71話 杜翳act.7―another,side story「陽はまた昇る」
久しぶりの屋根裏部屋は、温かい。
実家に帰って来た夜に佇んで、けれど翌朝から寝込んでしまった。
そのまま佇めなかった空間を素足のまま踏んでゆく、その一歩ごと分厚い床が頼もしい。
この部屋には父と祖父の想いが残っている、それが今なら気づけるまま周太は揺椅子の住人を抱き上げた。
「ね、小十郎…小十郎はオックスフォードから来たんでしょ、お父さんが友達に頼んで…僕のために、」
僕、そう久しぶりに自分を呼んで肩の力が解ける。
今も目上の人の前では「僕」とも言う、けれど独り呼ぶことは敢えて避けていた。
「小十郎、僕ね…僕、って言うと弱いみたいに想ってたんだ、」
ぽつり、本音ようやく声になる。
もう14年ずっと着こんだ鎧をまた一つ外す、この想いごとテディベア抱きしめる。
ふわり頬ふれる優しい毛並に懐かしい時間が温かい、あの幸福に微笑んで周太は揺椅子に坐った。
「小十郎は知ってるよね、お父さんのことで僕が意地張ってたこと…だから僕、俺って自分を呼ぶ方が強いみたいで変えたんだ、
お父さんのこと色んな人に色んなこと言われるのが嫌で、そういうの突っぱねるしか解らなくて…ただ強く成りたかったんだ、ずっと、」
強くなりたい、
父のことを誰に何も言われないほど強い自分になりたい。
そんな想いに呼び方まで変えて生き方を変えた、あの頃の記憶が抱きしめる温もりに映りだす。
「ね、小十郎?ほんとうの強さって何だと想う、僕ずっと考えてるんだ…お父さんが亡くなって泣いた分だけ考えてるの、だから教えて、」
教えて、そう問いかける事すら自分はずっと出来なかった。
父の想い籠められたテディベアごと全て忘れる、それしか自分には出来なかった。
それでも癒せなかいままの哀しみごと抱きしめる温もりを見つめて、その優しい瞳に周太は微笑んだ。
「小十郎を僕のためにオックスフォードから送ってくれたのは、お父さんの友達だよね?その人が何か言ってたなら教えて、お父さんのこと。
お父さんもお母さんを亡くしたでしょう?きっと泣いてたと想う、オックスフォードで…それをお父さんはどうやって超えたのか知りたいんだ、僕、」
知りたい、父が涙を超えた方法を知りたい。
それが自分の本音だったと今ようやく認められる。
今この時だからこそ認められたのかもしれない、その素直な想い笑いかけた。
「僕ね、お父さんが抱えこんだ秘密を一緒に分けてほしくて警察官になったよ?でも、本当に一番知りたかったのは涙を止める方法なんだ、」
涙を止める方法を知りたいなんて女々しいだろう。
じき24歳になる男がこれでは恥ずかしい、それでも等身大の本音に周太は微笑んだ。
「覚悟した分だけ素直になれてるのかな、僕…えいじがいるから」
あのひとがいるから、そう想えることは温かい。
こんな温もりも忘れかけていた、そんな時間たちが宝物に映ろう。
「…英二と光一のこと本当に僕…哀しかったんだね、小十郎…」
小さく笑いかけた真中でつぶらな瞳が見つめてくれる。
この宝物が生まれた場所へ自分も行ってみたい、いつか行けるだろうか?
そこで父の想いと出逢えるかもしれない、そんな想いに梯子が鳴り綺麗な声が微笑んだ。
「周太、」
綺麗な低い声が呼んで、見あげた向こう笑顔に光ふる。
天窓から陽光きらめいてダークブラウンの髪が黄金透かす、その切長い瞳が幸せに笑った。
「こっちにいたんだな、ベッドにいないから驚いたよ?」
「ん…こじゅうろうにあいたかったんだ」
応えながら気恥ずかしくて首すじから熱くなる。
この笑顔とすこし前に過ごした時間が気恥ずかしい、だから今も困ってしまう。
―どんなかおでおばあさまにあえばいいのかな?こういうのはじめてだものぼく
心ひとり途惑って抱きしめる毛並に顔埋めてしまう。
こんな癖は子供の頃から変わらない、けれど今この問題は初めてだから困る。
いま20分ほど前に全身ごと愛された、そんな時間の直後に他の誰かと会うなんて初めて。
それ以上に今この自分を愛撫した相手の祖母と今すぐ顔合わせるなんて、恥ずかしすぎて困る。
―あんなことしたあとすぐおあいするなんて…どうしよう、
陽だまりの席に浴衣姿で座りこんだまま20分前が紅潮に変わる。
あんなことの後は父の気配すら気恥ずかしいから書斎にも入ったことが無い、それなのに今から食事を共にする。
こんなに恥ずかしい想いをするなんて知らなかった、こんな自分の無知すら羞んだ前に端整な笑顔が屈みこんだ。
「周太、昼飯だから下へ行こうな?」
優しい笑顔ほころばせシャツの腕が抱えてくれる。
抱き上げられながらテディベアだけ椅子に残して、ふと恋人の衿に周太は首傾げた。
「…あの、シャツってブルーだった?」
「うん?ああ、」
微笑んで切長い瞳が見つめてくれる。
その眼差しが悪戯っ子になって綺麗な低い声が教えてくれた。
「タオルと盥を片づけに行ったついでにシャワー浴びて来たんだ、でも周太の匂いは残ってるだろ?」
そんないいまわしほんとにやめて?
そう言い返したいのに声が詰まって出てこない。
ただ逆上せだす意識に深呼吸ひとつ何とか声を押し出した。
「あの…おばあさまにほんとのことはなした?」
「大丈夫、」
ひとこと微笑んで梯子ゆっくり降りてくれる。
抱えてくれるまま寝室に着いて、端整な唇そっと重なり微笑んだ。
「周太の心配するようなことは何も無い、おいしく飯食ってくれたら大丈夫だから、」
「…ん、はい、」
素直に頷いて、そのまま唇ふれてみる。
いまキスの残像は温かい、この温もりすら暫く消えていた。
―アイガーの後から僕、ずっと…キスも信じられなくなってたんだ、ね、
七月の終わりの一夜、あのときを境に自分は心ひとつ眠らせた。
唯ひとり唯ひとつ想いたい、けれど想えなくなった現実に鎖された幸福がある。
あのとき自分こそ英二を光一に任せたくて望んで、それでも本音は裂かれて泣いた。
あのとき零せなかった涙ゆるやかに瞳を温めて、唯一滴そっと俯いた頬すべり落ちた。
―僕は自分勝手だね…こんなに哀しむくせに喜ぶくせに、あんなこと…ごめんね光一、
自分は身勝手、だから幼馴染を傷つけた。
あの透明な眼差しの真実を自分は何も気づけていない、だから頷いてしまったのだろう。
あのとき光一が告げた願いは光一自身すら欺くまま傷つけて、それを自分は止められなかった。
あれから幾度も考えてしまう後悔と自責ごと幸福な今に佇んでいる、その罪悪感ごと周太は微笑んだ。
「ね、英二…今日は特別があるよ?」
「どんな特別?」
綺麗な笑顔が尋ねてくれる、その眼差しは幸せに温かい。
この笑顔をもっと温めてあげたい、そんな願いに周太は笑いかけた。
「ん…英二をだいすきって伝えるための、とくべつだよ?」
大好きな人、その時間の初まりこそ自分の特別。
その特別な日を本人は忘れているだろう、だからこそ自分が憶えていたかった。
誰より大切で世界を共に暮らしたい、そう願える相手に抱かれたままダイニングに入り、その向こう綺麗な箱が嬉しい。
―おばあさま支度して下さったんだね、よかった…喜んでくれるかな?
そっと想いながら見つめてしまう箱、あの中身を自分は知っている。
それは少し子供っぽいかもしれない、けれど子供らしいからこそ贈って笑わせたい。
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI[Spots of Time] 」】
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