萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.51 another,side story「陽はまた昇る」

2018-03-23 21:14:16 | 陽はまた昇るanother,side story
Have from the forests shook three summers’pride, 熱情の先は、
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.51 another,side story「陽はまた昇る」

いきたい、行きたい、生きたいから。
誰もそうだ、この自分も、あなたも。

だから今、そこに。

「雪、ふってきたね、」

かすかに渋くあまく湿度が薫る、フロントガラス白銀やわらかに舞う。
銀色モノトーン流れる車窓、すぐ後ろ座る声に周太はふりむいた。

「ごめんね美代さん、巻きこんで僕…、」
「私が勝手についてきたのよ、湯原くんが謝ることじゃないよ?」

明るい大きな目くるり笑ってくれる。
けれど忙しいはずの女の子に訊いた。

「だけど美代さん、入学の支度あるでしょ?これから住むところとかも、」

進学が決まったばかり、その慌ただしさ知らないわけじゃない。
そんな彼女の時間に気遣わしい窓、雪やわらかな湿度に言われた。

「住む場所ならとりあえず大丈夫なの、入学の手続きも週末明けで平気、」

きれいな明るい目おおらかに笑って、また窓を見る。
タイヤチェーン静かに廻る音、座りこんだ助手席で訊かれた。

「で、周太?宮田の行先って見当つくかね?」
「うん…」

答えながら自信なんてない。
それでも記憶に周太は口ひらいた。

「…雲取山なんだ、」

あなたが独り、座る場所。

『好きな場所に好きな人を佇ませて、眺められたら幸せだろ?』

そう言ってくれた秋の黄金、あなたは眩しかった。
苔ふかい緑に樹影きらめく、金色かわす森に深紅の登山ウェア。
たたずんだ白皙の横顔ただ美しくて、きれいで、ただ幸福な時間の場所。

「雲取山か、たしかにアイツ常連みたいだね。どのルートか解るかね?」

ざりりざり、タイヤチェーンが雪を噛む。
応えてくれる運転席の横顔に周太は続けた。

「光一が教えてくれたルートって言ってたよ、落葉松が多い道で…そこから逸れたブナの林の奥に、たぶん、」

なつかしい道そっと鼓動ふれる。
森深い空気まだ忘れていない、けれど幼馴染は言った。

「ソコってさあ周太、雪だとフツー迷うポイントだよ?」

ざりりざり、

雪噛む音が響く、言葉と鼓膜ふるえる。
その示される現実をテノールが続けた。

「今って雪ふってるだろ?降雪だと視界が悪い、踏み跡も雪どんどん消しちまうからさ?道迷いで体力ゼロの低体温症でアウトだよ、」

明朗いつもどおり澄んだトーン、けれど微かに硬い。
このまま安易な賛成などしない、そんな横顔に口ひらいた。

「心配させてごめんね、でも…雪道での追跡も僕、訓練を受けてるから、」

銀色おおうフロントガラス、自分の声が告げる。
こんなことあまり言いたくなくて、それでもテノール笑ってくれた。

「俺も忘れんぼシツレイだね?周太がエリート警官だったコトわすれちまってたよ、」

運転席のテノールからり笑ってくれる。
雪白おおらかな頬にやり、幼馴染は言った。

「でもねえ周太?アイツが追われたがってるかドウかって、迷わないかね?」

ざりざりり、タイヤチェーン響いて軋む。
こんな質問ずっと廻っている、その本音と口ひらいた。

「迷うから僕、今、あいたいんだ、」

あなたの眼を見て、声を聴いて。
ただ願うことにポケット探して、スマートフォンそっと開いた。

「たぶん英二も迷ってる…藤岡にメールもらって気づいたんだ、」

届けられた返信、そこに辿る想い。
そんな受信ボックス開いて一通、ふたたび開いた。

……
From  :藤岡瑞穂
Subject:Re:湯原です、番号変わりました
本  文:
返信遅れてごめん!
山行ってて着信が遅れてさ、ごめんなー、
スマホに変えたら大切な番号が消えたってあったけど、宮田に番号教えといたよ?
テレビ見たけど体まじ気をつけてな?
奥多摩にまた来いよ、湯原が好きそうなデカい木を見つけたんだ。
……

警察学校の同期、その縁たどって辿り着く。
あなたを知る、ただそれだけの願いに言われた。

「宮田に周太のアドレス教えたよ、って藤岡メールにあったワケ?」

息つまる、図星で。
それでも呼吸ひとつ肯いた。

「…僕のアドレス知って連絡してこないのは、迷ってる…英二も、」

すぐ連絡してくれたなら、うれしかった?

そんな自問めぐっている、着信からずっと。
だから答え探してしまう雪空、かちり、しずかにカーステレオ流れだす。

……

大切な人々その優しさに
包まれて歩み出す あなたへと

輝かしい思い出 刻まれたまま
風はあおる港へ続く道へ

愛しいその人を想う
気持ちは冬を越えてゆく

……

この声は知っている、前も聞いた。
けれど新しい歌詞ゆれて、唯ひとり軌跡なぞる。

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」L'Arc~en~Ciel「Anemone」】
第85話 春鎮act.50← →第85話 春鎮act.52
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