山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

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アベノミクスの破綻(国債が危ない)

2018-07-15 23:38:31 | 日記
国債が売れず…ついに売買不成立が今年6回目の異常事態


2018年7月11日

支持率維持のためなら…(C)日刊ゲンダイ
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 国債市場に異変が起きている。7月4日、長期金利の指標となる「10年モノの新発国債」は、値がつかず取引が成立しなかった。売買が成立しないのは今年になって6回目だ。

 売買の不成立は、2001~13年には1日もなく、昨年も2日だけだ。半年間で6回もあるのは、やはり異例である。値がつかないのは買い手がいないからで、国債市場はもはや死んだも同然だ。

 いま生保や大手銀行は資金をどんどん海外に流している。欧米の中央銀行が、金利政策の正常化に舵を切り、ドルやユーロの金利が上昇し始めているためだ。このままでは、戦時中と同じように日銀が国債を直接引き受けをするような事態になりかねない。

 一方、日銀によるETF(指数連動型上場投信)買いもすさまじい勢いだ。6月の中旬以降、ほぼ連日買っている。1回当たり703億円買っているので、2週間で7000億円も株を買い上げている計算だ。そして、年金、共済、ゆうちょから国債を買って株を買わせる。安倍内閣の支持率を下げないためだろう。
 中央銀行が株バブルを演出することは異常だ。株はリスク資産なので、ひとたび下落すると、国の経済を支える中央銀行が巨額の損失を抱えることになるからだ。逆に言えば、日銀が株の大量買いをやめた途端、株価が急落する恐れがある。日銀はまるで出口を失ったネズミ講のような状態だ。

 アベノミクスはナチスのアウトバーン建設と同じ手口ではないのか。ナチスは、アウトバーン建設で若者の雇用を増やしたと宣伝していたが、実際には軍備拡張で景気を回復させていった。安倍首相は「アベノミクスが成功している」と喧伝しているが、実態は中央銀行が株の「偽装相場」をつくり、超低金利政策で倒産件数を減らしているだけなのではないか。出口がないのもナチス経済とそっくりだ。行き着くところまで行くしかない。末期的なのは、日銀が保有している株は、専門の引受機関をつくって買い取ればいいとか、富裕層に割り引いて売ればいいなどというプランが真面目に語られていることだ。そろそろ国民は、株が上がっているから安倍政権を支持するという発想はやめた方がいい。


日銀のインチキ株操作によって、いよいよ破綻の兆候が表れてきた。年金・郵貯・共催の資金を使って株を買い続けて、株高が続いていたが、経済の裏付けがない株高など行き詰ることは当然のことである。日銀が国債を買い支えることができなくなれば株の大暴落が起きる。この大暴落が起きることを予測して安倍は憲法9条を廃棄し、軍事予算を大幅に伸ばし、どこかで紛争が起きれば、膨れ上がった兵器の大量消費ができて、景気も回復できる。こんな予測が現実にならないよう祈るのみである。20代、30代の新聞も読まない若者が自民党支持であるという。NHKの番組で「チコちゃんに叱られる」があるが、若者に「ボーっと生きてんじゃねーよ」と叱って欲しいくらいだ。

尾附北城

2018-07-15 22:50:27 | 山城ー上州
尾附北城は生活改善センターの北東にあります。

生活改善センターの北東にある、手前の山です。

生活改善センターの駐車場から入ります。北東に見える山です。

この山城は確認した中では未登録です。神流町の教育委員会に報告してみます。

峠になると、本丸西側に着きます。

本丸

本丸西側の土塁

本丸東虎口

虎口に下って見上げています。

本丸東城壁

土屋山城守高久伝説(武田信勝の生涯)

土屋山城守高久伝説(武田信勝の子孫)

土屋山城守高久伝説(武田信勝の子孫の痕跡)




穴太衆②

2018-07-15 22:44:35 | 日記
穴太衆(2)石垣作り400年の歴史で唯一の教え「石の声を聴け」
戦国時代から続く石工集団「穴太衆(あのうしゅう)」の系譜を受け継ぐ粟田純徳(あわた・すみのり)さん(47)は、大津市北部の比良山系の麓にある採石場を数カ月に1回訪れるという。
さまざまな形の石を加工せず、パズルのように
 四角、扁平(へんぺい)、角がとれた石…。無造作に置かれた石の間をゆっくり回る。石は一辺が1メートル以上から数十センチ。石に離れたり近づいたり、ときには触ったりとひたすら観察する。その作業は短くて1~2日、長ければ1週間。穴太衆が最も大切にする石との“対話”だ。
「石の声を聴け。石の行きたいところに持って行け」
 これは祖父の万喜三さん(故人)の唯一の教えだ。数百年たっても崩れない穴太衆積みの神髄ともいえる。大小さまざまな形の石を加工せず、そのままの形で設計図もなく、パズルのように当て込んでいく。穴太衆積みの特徴だ。積み方はひたすら見て覚える。400年の系譜はこうして受け継がれてきた。
教えられるのは礼儀だけ 何もかも見て覚えた
 粟田さんは中学卒業後、万喜三さんに弟子入りした。だが、何度もやめようと思った。教えられるのはあいさつや礼儀だけ。道具を少しでも雑に扱ったとみられると、鉄拳が飛んだ。
祖父の仕事は実に“正確”だった。一つ一つの石をとってはピタリとはまる行き先を見つけ積み上げていく。コツを聞いても「石の声を聴け」としか言わない。祖父のやりようを見て覚えるしかなかった。
 ようやく仕事を任されるようになったものの、ここだと思うところに石を積んでも、うまくかみ合わない。何とか積み上げても、注文した石をすべて使い切れない。一方、祖父は数えるほどしか「余り」が出ない。石を残すたびにこう繰り返された。
 「石がどこに納まりたがっているかをくみ取れる石匠だけが、美しい石垣を造ることができる」
「人間と同じ」 1つ1つ性格が違う
 いつごろだったろうか、あることに気付いた。祖父は石を凝視し、時間をかけて選んでいた。「石を見る目を養え」。祖父が言っていた「石の声を聴け」はそういう意味だった。
 平成8年、粟田さんは岩国城(山口県)の修復工事を担った。採石場で大きさや形を確かめながら石を見ていくと、一つ一つがどこにはまるか、鮮やかな映像が浮かんできた。「あの場所に行きたい」。石が語りかけてきたように感じた。
 頭の中の設計図通りに進めると、石が次々とはまっていく。ようやく聞こえた「声」だった。修業を始めて12年がたっていた。粟田さんは「石も人間と同じ。一つ一つ違う性格がある」と言い、こう続ける。
 「石と対話し、石の声に耳を傾ける。石と長く付き合っていると、石の方からどこに行きたいか教えてくれる」
 穴太衆となって30年。それでも石と十分に会話できていないと感じるときがある。歴史をつなぐ職人の仕事はいまも静かに続く。産経west記事より