集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

高校野球の応援につき、元応援団長からの一家言(;^ω^)

2018-08-03 19:39:51 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 あといくつ寝ると、第100回記念全国高等学校野球選手権大会の開幕!!!!
 武道・格闘技以外では、野球がとにかくダイスキな私は本当に楽しみにしています。

 さて、学生野球といえば、そのプレーもさることながら、各校の繰り出す特色ある応援も、大会を彩る華でございます。
 一昔前、メジャーかぶれしたクソバカ評論家が、「アメリカは拍手と声援だけで静かに応援するからすばらしい、日本の応援はうるさいだけ」みたいななめ腐ったことを言っていましたが、野球試合での応援は早慶戦創設の昔から(学生野球の応援のはじめは、明治の早慶戦における早大のカレッジエールから始まったと言われています)連綿と伝わる、歴史と伝統に彩られたすばらしいものであり、これを否定するような発言は、日本人としての資質を疑う実に愚かな発言と断じていいと思います。
 ワタクシも過ぐる大昔、山口県立柳井高校の応援委員長として、予選の応援を担当したことがございますので、応援はかなりコダワリを持って見ています! 
 ちなみに硬式野球部は予選3回戦で敗れましたが、軟式野球部が全国大会に出場した関係で、自衛隊一般曹候学生の受験を2週間後に控えた8月末に応援にはせ参じることとなり、名門・作新学院と応援を交換したことは、一生の自慢であります(`・ω・´)ゞ。

 さて、思い出話からいきなり本題に入りますが、ワタクシが昨今「う~ん…」と思っているのが、最近の高校野球では野球部の補欠と保護者が騒ぐだけの応援が激増、学校を挙げた様式美の伴う応援が本当に減った、ということです。

 ご存じない方のためにお話し致しますと、応援の技術は多くのマイナースポーツと同様、完全な東高西低といって差し支えありません。
 関東の名の通った高校は、東京六大学直伝の非常に見事なテク、見事な発声を披露。ワタクシも出張の機会を利用して神奈川・東西東京の予選でその見事な応援振りを見ており、本当に感心しきりでございます。
 そういえば、今年の甲子園には北神奈川代表として塾高(慶応高校)が出場しますので、テレビでぜひ「東の高校の最高峰応援」を見て下さい。きっと、鳥肌が立つ程のスゴい応援が見られますよ!
(ちなみにワタクシは野球ファンであるとともに野球応援ファンでもあり、東京六大学・都市対抗・全日本選手権など、日本のトップクラスの応援を常に実際に見てフューチャーしております!)

 地方でも、関西などでは独特の優れた応援を展開しておりますが、そこから少し離れると、本当に応援のレベルが下がっており、ワタクシは心を痛めております。
 特に最近許せないのが最近、各地の「田舎の伝統校」が、テクに手抜きを始めたこと!

 「テク」とは、簡単に言いますと応援時に団長などが行う腕の振りのこと。
 これは各校、趣向をこらした素晴らしいテクが連綿と受け継がれており、これは伝統文化として厳然として受け継ぐべきものです。

 これは私の卒業した高校の話ですが、今から数年前、応援を見に行きますと…ワタクシが死ぬ思いで覚え、代々の委員長が受け継いできたテクが全て姿を消し、腕を上下するだけの、小学生が運動会の応援合戦でやるような稚拙なテクに姿を変えていました。
 古い人間だとお思いでしょうが…これは本当に許せないことです😡!!!!!!!

 私の卒業した高校はいちおう進学校。そうした学校のガキは口ばっかり達者ですから、応援のテクを「覚えにくい」だの、「時代に逆行している」など、利いた風なことを言って文句を垂れたのでしょう。
 問題なのはそうしたことを言うガキのほうではなく、ガキにその歴史と伝統を教え、昔から伝えられているものをやらせることのできないバカ教師です。学校の伝統を守れない教師など、存在する価値すらありません。

 ワタクシが卒業した高校(母校といいたくないので(-_-;))を筆頭に、テクや応援を堕落させた学校が数々あるいっぽうで、昔ながらのテクや伝統をしっかり伝え続けている学校もたくさん存在し、面白いことにそれらの学校は、校風や野球の成績も、かなり優秀であったりします。
 わが郷土山口県でいえば、手首から先の細かい動作が印象的な徳山高校(山口で1、2を争う賢い学校)、団長の白ランが特徴的な大島商船高専、チアが必ず裸足で応援の宇部商、リズミカルなテクが特徴ある岩国工、バンカラで硬派な豊浦、重松清の小説のタイトルにもなった「熱球」でおなじみの山口高などなどがそれに当たりますね(ローカルなお話でごめんなさい-_-;)


 逆にテクや応援をないがしろにする学校は、学業も野球も本当にダメになっています。これは決して偶然ではない、と私は信じて疑いません。

 以上ゴチャゴチャと変なことを申し述べましたが、100回記念の甲子園の出場校におかれましては、各都道府県を代表する素晴らしい応援を期待しております!!!!!
 
コメント (2)

霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第37回・オッチャンの怨敵はバット?いやバット!)

2018-07-25 20:44:03 | 集成・兵隊芸白兵雑記
本回は、オッチャンの足跡を辿る取材の中で発掘し、一等面白い話題であったことから、特に回を設けてお話ししたいと思います。

 オッチャンはその生涯を通じ、こと野球に関しては極めてマジメな求道者であり、また、学業成績も極めて優秀でした。まさに文武両道を地で行く優等生…だったのですが、その反面、武闘派でバンカラな一面も併せ持っていました。
 柳井中学入学に際し、得意の柔道の腕があり、また、他を圧する「戦闘オーラ」がにじみ出ていたことから、転入生にありがちな「ヤキ入れ」の被害に遭うこともなかった、というのは以前お話ししたとおりです。
 まあ、商都柳井(当時の話です!)の商家のボンボンばっかりの柳井中学にいるお坊ちゃん不良ごとき、所詮、幼少時から厳しい人生を送ることを余儀なくされていたオッチャンの敵ではなかった、というのが本当のところでしょう。それはともかく。

 オッチャンが自らの「野心時代」に苦しんだモノは二つあります。
 まずは野球。柳井中学時代とは比較にならないきつく、レベルの高い練習と、なかなか上達しない自分へのもどかしさ…そしてもうひとつ、実に即物的な悩みもありました。 

 オッチャンは早大の合宿生活を、自著でこう振り返っています。
「当時の早大の規則なるものは、禁酒、禁煙、女人禁制、断髪であった。」
 このうち「禁煙」が、野心時代のオッチャンを苦しめる、もう一つの怨敵となったのです。

 実はオッチャン、中学三年時から喫煙の習慣があり、キツい練習の合間にゴールデンバットをスパ~っ、というのが趣味のひとつでした。
 「中学三年時」というのが、岩国中学にいた1学期ころの話なのか、それとも柳井中学に転校した2学期以降のことなのかは判然としないのですが、それはともかく、甲子園を目指して猛練習に明け暮れていた2年半の間、オッチャンの座右に常にゴールデンバットがあったことは、間違いないようです。 
 現在もタバココーナーのすみっこで連綿と販売されている「ゴールデンバット」。当時は1箱20本入りで7銭。貨幣博物館HPによりますと、昭和2年当時の1銭は平成17年現在の6.05円に相当するそうですので、単純計算すると、ゴールデンバット1箱のお値段は、現在の50円弱ということになります。安い!!!!
 ちなみに当時は酒・タバコといった嗜好品は、現在とは比べて種類もバライティーもお話しにならないほど少なかった時代。国産のタバコや酒は、現代とは比べ物にならないほど安く、だからこそ、中学生であったオッチャンでも気軽に買えて、喫えたわけですね。

 …と、ここまで読んで、現代のタバコ事情しか知らないアタマが短絡的な人は「中学生(年齢としては現在の高校1年生くらいに相当)がタバコ?不良だ!犯罪だ!そんなものをブログに書いていいのか!!!」などと言い出すかもしれません。
 そういうアタマの血の巡りがわるい方々対策のため、戦前のタバコ事情についてもちょっと触れておきます。
 
 「未成年の喫煙ダメ」というのは、古く明治時代から議論の対象になっており、茨城県の名物代議士・根本正(ねもと・しょう)が帝国議会に提出、そのまま承認された「未成年者喫煙禁止法」(明治33年3月7日法律第33号)により、未成年者の喫煙はいちおう、法律で禁止されています。
 ただしこの法律の条文には「●才以下の未成年は…」という、年齢の明文化がなされておらず、ただ「未成年ハ」としか書かれていませんでした。
 当時、「子供」という名乗りを赦されたのは学歴でいえば高等小学校卒業時期、年齢に換算すれば満14歳ころまで(当時、中等学校相当の上級学校への進学率は10%前後)。それを過ぎれば、即座に社会の即戦力「オトナ」となることを強要され、 現代のように、大人でも子供でもない「青年」という時代を過ごすことが許されなかった時代です。
 だから「未成年」という語彙が持つ意味は、潜在的に上記の時期となるわけですので、当時は現在の年齢で15歳くらいでタバコをふかしても、周囲は何も思わない。それが当たり前でした。今の尺度で「未成年の喫煙がナンチャラ」などと訳知り顔に唱えることは、全くの無知から来る驕りであり、片手落ちというレッテルを貼ってもいいでしょう。
 
 余談ですが、超名作文学作品であり、戦前の不良事情?を知るうえで、唯一無二の一級品史料でもある「けんかえれじい」(鈴木隆・岩波現代文庫)によると、当時の不良は硬派軟派取り混ぜてタバコを喫うのが当たり前であり、硬派には硬派の、軟派には軟派の「喫煙流儀」みたいなものがあったことが描かれています。
 ちなみに硬派は「喫煙はいとわざるも、ナタマメ煙管にて、はぎ、なでしこ等、きざみ(タバコ。当時は刻みタバコを袋に入れて売っているものもあった)を服用すれば一段と光彩を放つべし」、軟派も「喫煙(エス)を覚えるは時期は早きほどよし。大陸の支那人は、5歳より喫煙の風習あり」と、硬軟とりまぜ、喫煙にはコダワリがあったことが伺えます(;^ω^)。

 ともあれ、オッチャンの禁煙は野球以上の苦闘を極めます。
 オッチャンの自著には、この苦しい禁煙について全く触れていませんが、「野球界」22巻第6号において、諏訪正穂(この人物については現在調査中です!)がその苦闘を代弁してくれています。そのタイトルはズバリ「煙草・杉田屋・闘志」。そのまんまですね(;^ω^)。以下引用。
 「(オッチャンは早大合宿に入り)中学三年よりなつかしんだ煙草に断然決別を宣言した。
 だが、この訣別宣言の後彼はどんなに苦しんだことか。彼は煙草、煙草とその名を呼び続けた。」
 苦しい禁煙に我慢の限界に達したオッチャンは、遂に外出の帰途、ゴールデンバットを購入。密かに合宿に持ち帰ると、誰にも気づかれない場所で、スパーっと吹かしました。久々の紫煙に、目が回るようなうまさ、快さを感じるオッチャン…。
 しかしふと冷静になったとき、とんでもなく大きな慚愧の念がこみ上げてきました。
「快さと同時に真っ黒い反省が沸き上がってくるのだ。彼は自分の弱さと好意を恥じた。」
 我に返ったオッチャンは、ゴールデンバットを、吸いさしの1本と共に窓から投げ捨てます。
 …しかし、ひとたび紫煙の魅力を思い出してしまったオッチャンのカラダは正直で(;'∀')、「夜中に目が覚め、電灯を点じてみると買ってきた筈の(ゴールデン)バットがない。彼はサッキ捨てたことを忘れているのだ。捨てたことを思い出せば矢も盾もたまらず」屋外に飛び出します。
 さっき捨てたばかりのゴールデンバットの箱を拾い直して1本だけ抜き取り、部屋に持ち帰って火を点けるオッチャン。再び、紫煙の快さに包まれたわけですが…「又も黒い反省は彼を包んだ。」
 オッチャンは1本を喫い切らないうちに決然、タバコをもみ消すと、また屋外に放りだしたのでした。

 この1回だけでなく、「野心時代」のオッチャンは同じようなことを幾度か繰り返し、そのたびに「黒い反省」をするわけですが…
 野心時代のオッチャンを苦しめたのは、野球技術の上達と、まさにこの禁煙であったのです。

※作中、オッチャンが窓からタバコをゴミのように放り投げるシーンがありますが、戦前の当時、ゴミの路上等へのポイ捨ては普通のことであり、オッチャンに非があるわけではありません。
 「ゴミをポイ捨てするのは、いいのか!」という短絡的な抗議をしようと企図している方が居られましたら、まずは当時の事情をよく調べてから文句を垂れるよう、よろしくお願いいたします。

【第37回参考文献】
・「私の野球生活」私家版 杉田屋守著 杉田屋卓編
・「柳井高等学校野球部史」柳井高等学校野球部史編集委員会
・「野球界」第22巻第6号(昭和7年5月刊行)
・「けんかえれじい」鈴木隆著 岩波現代文庫
・「ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~」吉本浩二著 アクションコミックス
・日本銀行金融研究所貨幣博物館HP
 
コメント

マスゴミの立体作戦、失敗!の理由(;^ω^)

2018-07-21 21:02:57 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 以前、原田伊織という、エセ歴史小説家?についてお話ししたことがありました。
 どのような人物かと申しますと、「明治維新は間違っている!薩長がやったテロリズムの延長だ!」「今の政治も薩長閥に繋がっている! だから今の安倍政治も間違っている!」という感じの歴史カルト本を次々に出版している御仁。
 原田の著作を読んだ後、「月刊ムー」を読むと、「ムー」の記事がまともに見えるほど(;^ω^)。
 おそらく同人の頭の中身は様々な意味でもう手遅れ、ステージ4くらいなのではないかと思われます。ご愁傷様です。

 で、この手遅れ爺さんの本を出版しているのは、「毎日ワンズ」という出版社。
 …名前からして、モロに毎日変態新聞(通称は毎日新聞(;'∀'))系の出版社なのですが、ただこの幕末カルトシリーズ、本当に売れていません。
 これは趣味が本屋巡りで、休みの度に本屋に出かけているワタクシ、自信を持って言い切ります。本当に売れていないのです。

 毎日ワンズの親会社・毎日変態新聞は「明治維新という過ち」を出版した際、自分ところの紙面に巨大な半面広告を打って「たちまち〇万部突破!」とかいう宣伝をしてました。
(ちなみに上記「明治維新という過ち」の広告は、前の職場が毎日変態新聞を取っていた関係で、ワタクシ幾度も確認しております。)
 本当に「〇万部突破!」を果たすようなベストセラー本であれば当然、書店の平積みコーナーなど目立つところに置かれているものですし、都会・田舎に関わらず、書店であればきちんと在庫があるはずなのですが…「明治維新という過ち」は、本屋に置かれていること自体が稀でした。
 しかも、たまに置かれてあっても歴史本コーナーのすみっこに1冊だけ、背表紙が日焼けした状態でず~っと置かれてあることがほとんど。とてもとても、「〇万部突破!」などという扱いではありません。
 なぜ毎日ワンズは、誰も買わないカルト本を出版し続けるのか?ステマ広告を打ち続けているのか?以下、あくまで周防平民珍山といういち個人の見解です。

 毎日ワンズの親玉・毎日変態新聞の現時点における最終目標は、盟友のアカヒ新聞とタッグを組んでの安倍総理降ろし、つまり、アカが挙って主張している所謂「アベやめろ」です。これはアカヒや毎日変態だけではなく、時事・共同通信系のソッチ系地方紙(琉球新報、沖縄タイムス、東京新聞、北海道新聞、中日新聞、西日本新聞など)の悲願でもあります(;^ω^)。
 彼らは報道機関としての良心をかなぐり捨て、火のないところに煙を立てて、「アベやめろの世論を作る」ことに精力を注いでおります。

 その流れから勘案しますと、毎日変態新聞の子会社である毎日ワンズが「幕末カルト本」を出版し続ける理由は、「明治維新は間違っている、だから山口県出身のアベの政治も間違っている」という趣旨の、いわゆる歴史スキャンダルを垂れ流すことなのではないか、と思料されます。
 商売を度外視してでも多数の本を販路に乗せれば、中途半端な情弱の歴史好きが購読し、騙されてくれるだろう…そんな一縷の望みを乗せて、です。

 アカヒや毎日変態はかつて、「南京大虐殺」「従軍慰安婦」という歴史戦を展開、歴代の内閣を「シャザイとバイショー」に追い込むという、赫々たる戦果?を挙げています。
 今回も、過去の成功体験をもとに「アベやめろ」世論を形成するための立体作戦の一環として、以前成功した歴史戦を挑もうとしたのでしょう。

 この着目は意外と間違ってはいません。
 歴史スキャンダルは、当事者がとっくの昔に死んでいるので、どんなにおバカな話をねつ造しても、どんなにスキャンダラスなことを書いても、当事者から文句を言わることはありません。当事者から訴えられる危険性も非常に低いうえ、逆に、中途半端な歴史マニアのほうが、逆にスキャンダラスで、バカ過ぎる話題には食いついてきます。その辺の機微を分かったうえで、アカヒなどは「歴史戦」を仕掛けていることを、皆様も覚えておいて損はないと思います。
 またそうしたスキャンダラスなトンデモ歴史は反論しようにも、いわゆる「悪魔の証明」が立ちはだかります。
 「なかったことを証明する」、いわゆる「悪魔の証明」は大変な労苦を伴い、非常な困難を極める…そのためまさに「言ったもん勝ち」の世界。
 発信する側にとって、これほど都合のいい作戦はなかったのです。これまでは…(;^ω^)。

 ただ、愚かな毎日ワンズは、2つも大きなミスを犯してしまいました。

 ミスその1は、今やネット社会であり、1人が1台スマホを持つ時代であることを失念していたこと。
 ミスその2は、あまりにも頭の程度が低すぎる著者を選択したこと。

 スマホ時代の到来は、今までマスゴミが拠り所としていた「知識は一部人間しかないものであり、知識人のオモチャ」という常識を覆すに十分なものでした。
 「南京大虐殺」「従軍慰安婦」のウソ歴史が猖獗を窮めたのは、まだネットもスマホもなく、検証のしようがない時代。だからこそウソもつき放題だったのですが、今は1人が1台スマホを持つ時代であり、ウソは調べればすぐウソとバレますし、ネットやスマホの登場は、「知識だけを持っていること」が何の意味も持たなくなるのに、実に十分な大事件であったのです。
 その辺を完全にマスゴミは読み違えてしまっています。

 ミスその2は、あまりにも頭の程度が低すぎる著者を選択したこと。
 毎日ワンズは「頭が左側にイカレていて、おだてればすぐ調子に乗って、シッポ切りがすぐできそうなヤツ」を探したらコイツに当たり、仕事を依頼したのでしょうが、ネット社会は残酷です。書評ページをいくつかググれば、原田の作品が「歴史小説を読みかじったうえに、妄想と自分語りを付け加えてこね回して作った作品」であることが、残酷なくらいはっきりと検証されています(;^ω^)。
 まあ大体、参考文献に司馬遼太郎の小説を大量に引用していること自体が、バカの証拠なんですがね(;^ω^)。

 かくして、毎日変態新聞の命を受けた「アベやめろ」の世論形成立体作戦は盛大なる失敗に終わったのですが…毎日変態が見誤った作戦失敗の最大の原因。それは、ネット社会と、本物の「民意」だったようです(;^ω^)。 


 しかし、ウソがウソとすぐバレる時代…アカ思想が無意味に垂れ流されることなく、きちんと検証が効くようになった時代…本当に、いい時代になったもんです!
コメント (2)

現代の「陰徳太平記」????

2018-05-10 20:08:51 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 何かのコンサル系書籍の中に、こんな一節がありました。
「善行はアピールしたとたん、帳消しになる」
これはワタクシ、すぐさま「そのとおりだ」と膝を打ちました。

 ワタクシの地元に、Hという県議会議員がいました。今はもう県議をしていないので、「元」がつきますが。
 レスリングだけで大学に行ったため、学歴にコンプレックスのあるH元県議唯一自慢は、「俺は総理大臣も歴任した某著名センセイの秘書をしていた!」こと。
 おエライ先生方にはペコペコ!東京に出ては県選出国会議員のセンセイ参り!センセイ方の選挙応援は率先実施!そして政敵に対しては、なかなか手の込んだ手段を用いてぶっ潰す(←実際に自殺してしまった敵対候補もいました(-_-;))!という、良くも悪くも悪くも(;^ω^)、昔よくいた「ド田舎の剛腕系政治家」です。
 まあ、H元県議の名誉のため、功罪の「功」の部分をいちおうお話ししておきますと、田舎によくある「ムダ使い極まるハコモノ」ではなく、ちゃんと未来に使えるを結構有用なハコモノの作成、産業の誘致などの地域の振興、市立学校の改築費などを国や県から分捕るなどなどしており、単純な政治家としての手腕はなかなか有能ではあったのですが…この人は本当に、地元の人間からのウケが悪かった(-_-;)。
 なにしろこのH、市長選挙に2度立候補していますが、いずれも落選。この一事をもってしても、市民からのウケの悪さがわかろうというものです。

 Hは自分の意見を完全反映する地方新聞の実質的支配人であり、この紙面を用いて、政敵批判と自己の善行アピールを執拗に繰り返しました。
 これに飽き足らないHは、自伝を何冊も書いては自費出版を繰り返します。わざわざ市内の書店に平積みしてたんですよ(~_~;)。
 内容はどの本も、いかに自分が赤貧の身の上から苦労して偉くなったか、皆様のためにいいことをしてきたかということを散々書き倒しただけのものです(-_-;)。ワタクシもHの著書を2冊読んだことがありますが、「うーんもう、オナカいっぱい!!!!!」というレベルで、とても2回読む元気は出ませんでした。

 ちなみに市長選におけるHの対立候補(=市長になったヤツ)は二人とも、どこから湧いてきたかわからないようなボンボン坊ちゃん(いずれも早大政経OB。こっちも田舎者臭がハンパない…(-_-;))。政治家としての力量は当然、Hの足元にも及ばないチャチなヤツのですが…結局Hの過度な善行アピールが「市長はHでさえなければ、誰でもいい」という空気の醸成を呼び、それが自分の首を絞める結果となったとは、なんとも皮肉な話です。
 ちなみに「Hじゃなきゃ、誰でもいい」と選出した2人の市長は、ボンクラ坊ちゃんのキャラを見事に炸裂させ、市政を詐欺師まがいのコンサルに丸投げし、市政を塗炭の苦しみに陥れましたが(特に2人目)…それは本稿の趣旨に合わないので省略します(-_-;)。

 陰徳は陰徳であるからこそ尊い。そんなことを再確認致しました。
(ちなみにタイトルに用いた「陰徳太平記」とは、江戸時代に岩国藩家老・香川正矩と息子景継が著した、主に毛利家の興亡を描いた歴史書…って、ご存知ですよね。すみませんでした。)
コメント (4)

名作自衛隊文学「バグタッド日誌」のひそみにならいつつ(;^ω^)

2018-05-07 20:25:22 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 昨今、そのたくまざる文章の面白さが、ネットで非常に大きな話題を呼んでいる、自衛隊イラク派遣日報内の「バグダッド日誌」「バスラ日誌」。
 ご存知の通り、この日報はマスコミが反日報道の悪意の下、政府や防衛省に強引に開示を迫ったもの。開示と同時にA日新聞が光の速さでPDF化、ネット公開しましたが…この不自然なほどの速さ…何かウラがあるな(~_~;)。
 A日新聞は本社(社屋は築地にあるが、本物の本社はおそらく、北京かソウルかピョンヤンにある)からの指示を受け、この日報を利用し「ほら自衛隊は海外で戦闘をしているニダ!憲法違反ニダ!軍靴の足音がするニダアアアアア!」という世論を形成したかったのでしょうが、この日報ははからずも自衛隊の活躍ぶりや、自衛隊員の苦境に負けない屈強な精神やたくまざるユーモアを開示することとなり、赤いマスコミの思惑とは裏腹に、国民の自衛隊に対する関心や信頼が増したというのは、まことに喜ばしい限りです。

 さて、そんな話題のバグダッド日誌(平成18年7月4日)のなかに、
「(日本隊のコンテナに隣接する)キャンプ・リバティーのPXに日本製のカップラーメン(カップ・ラーメンのラベルも日本語)が販売されるのを●●が発見して来た」
「(部隊ごとにストック量を牽制し合っていた)日本食に対する緊張感が一気に解消し「鉄の団結」も盤石である」
(全て原文ママ)
というものがあり、昔、似たような思いをした者として、かなり笑いました( ´艸`)。

 今から10数年前、おフネでインド・シンガポール方面に出かけた際のこと。
 打ち続く厳しいお仕事、そしてムキムキで色黒の上司(;^ω^)による虐待?に苦しむ航海における私の心の癒しは、日本から段ボール箱いっぱいに持ってきたカンヅメ&カップ麺と、免税で買ったアサヒスーパードライ。夜遅く、ボロボロの心身を引きずってトモのサロンに行き…そこで貴重なスーパードライと鯖缶(場合によってインスタント麺)を開け、チビチビ飲み食い…これはこの行動中、何物にも代えがたい「自由の味」でした(;^ω^)。
 苦節の航海2週間少々で、フネはインドの東海岸にある巨大都市に入港。
 そのころにはカンヅメも、カップ麺も、ビールも、かなりストックが心細い状態となっていましたので「インド東海岸最大の街じゃけー、何かあるじゃろう」と上陸し、補給を試みましたが…この考えは甘かった。ブラジルの黄色いお菓子よりも甘かった(-_-;)。
 その街では、土民が入ってこれない外国人専用ストアに行きましたが、そのストアですらビールはなく(宗教的的な理由?)、インスタント麺はベジタリアン用の「????」とクビをひねるような味のものだけ(即座にレッコ(~_~;))。結局、インドで購入したものでまともに食えたのはプリングルスだけでした(-_-;)。
 
 ストックの少なさから来る「心のざわめき」が収まらないまま、そこからさらに1週間かけてシンガポールに入港。現地の高島屋で日本のカップラーメンやどん兵衛をみたときは…いやはや、心が躍りましたね!!!!!!!!(ヒャッホー!!!!)
 シンガポールには2日しか入港していませんでした(岸壁使用料がバカみたいに高額なため(~_~;))が、カップ麺(日本製)を買いあさり、タイガービールも買いあさり、帰途に就いたのでした(;^ω^)。あの「心のざわめき」はすっかり消えていました。

 日本を遠く離れての日本食(特にジャンクなもの(;^ω^))は、内地で考える以上に、勇気とやる気と癒しを与えてくれるスグレものです!
コメント (2)