集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

リニューアル・わが青春の吉田道場(吉田道場フィジカル斯く鍛えり 編)

2015-09-02 20:37:50 | わが青春の吉田道場
 まず、先の記事にコメントいただきましたお三方、大変ありがとうござます。いつも助かっております。
 彼方様、さすがのご考察です。うちの会社の「逮捕術」という名のラジオ体操(ラジオ体操に失礼でした)がありますが、あれは彼方様の言われる「これさえやえば」のうち、完全によくないほうです(^_^;)。
 還暦過ぎ武道オヤジ様、またまたわけわからん話ですみません。今回はきっと大丈夫と思います・・・うう、心配・・・。
 (°-°)さま、いつもメッチャ詳しいご意見ありがとうございます。勉強させてもらっています。初めて聞く名前をググって・・・「おお、本当だ」と知る楽しさをいつも教えてもらっております。T植オヤジやM利さんの経歴詐称はまあ・・・古き良き時代の遺産、ですかね???
 M利さんより、元奥さんの「N野Aね」さんのほうが、コンビニ売りのエロ漫画で大活躍していると思うのは、私だけでしょうか。たぶん、単純な著作数だけでも、N野さんのほうが多いのではないかと勝手に思っていますが・・・

 今日は久々の吉田道場!です。

 今では和術彗舟会くらいでしかやっていませんが、私がいたころの吉田道場では「みんなで一緒にフィジカルトレ」をやっていました。
 やり方は極めて単純なアマレス式のもので、腕立て、腹筋、スクワットといった単純な運動を、30秒やって20秒休む、あるいは30秒やって30秒休む、これを10セット繰り返すというものでした。
 現在「20秒+10秒の運動を6~7セットで、より効果的に最大酸素摂取量と、最大酸素借(無酸素状態で爆発的に動ける閾値)が向上する」ということをウリにした「タバタトレーニング(同志社大学スポーツ健康学部長・田畑泉教授の提唱したトレーニング)」なるものがポピュラーになっていますが、伝統と経験に裏付けられたこっちのレスリング式トレーニングも、負けず劣らずのキツさでした。
 タバタ同様、1~2セット目はなんちゃないのですが、3セット目あたりからだんだん動きが鈍くなり、時間内にこなせる回数がだんだん落ちてきます。
 それでも同じ回数ができるよう頑張っていると、7セット目あたりから使用する筋肉にバーン(焼け付くような感じ)が起きてきて、変な叫び声が、頼みもしないのに喉から勝手に出てきます。10セット目が終わると、皆無言でひっくり返ります。
 
 部活のような強制力はないので、気分が悪くなったり、辛くなったら回数をセーブしたり、やめたりしてもぜんぜん構わないのですが、なぜか皆、必死でこなそうと努力していました。
 一人では投げ出してしまうつらい練習でも、みんなでやるとなんとなく、自分の限界値を超えている。そしてまた強くなる。いい傾向でした。

 むろんこれが一人でこなせる人もおり、精神的にも肉体的にも、凄まじい強さを手にしていました。以前このブログでも紹介した、吉田道場開闢以来の強豪、タカダヤ選手なんかは全盛時、このキツいメニューを毎日、ひとりで黙々とやっていましたね・・・スゴイ!
 
 私がいたころの吉田道場の選手は「極めが甘いが、土壇場の体力がハンパない」という評価を、関西の他の道場から得ていました。その一因は間違いなく、こうしたシンプルながら優れた練習がになっていたことを、当時ヒーコラ言いながらついて行っていた私としては、とても嬉しく思っています。
 
 そういえば、私とほぼ同期入門の「ピンク先生」という方がいました。今も道場の門人なので、「いました」という表現はおかしいのですが、このフィジカルトレを語る上で、ある意味欠かせない人物です(笑)。
 今では地域でも有名な整骨院の名医なのですが、この方、いつも練習のしまいころに、ちょろっとだけ出席するという奇癖がありました。
 このフィジカルトレは、組み技クラスの一番最後に「力を出し切る!」という感じでやっていたので、練習の終わりの頃に出席してくるピンク先生も、当然そのエジキになる・・・と思うかもしれませんが、ピンク先生はなぜか、不定期に行われるこのフィジカルトレのある日には、私が知る限り、なぜかまったく出席してきませんでした。
 たまたまなのか、独特の嗅覚で嗅ぎ分けたのかは知る由もありませんが・・・。

 まあそれはともかく、今では「タバタ」とか「HIIT」とか言われる、出し切るトレーニング、私も美容と(笑)健康のため、未だにやっております。

 
 
 

 
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リニューアル・わが青春の吉田道場(はじめにキャラ紹介)

2015-06-26 19:10:45 | わが青春の吉田道場
 前にやっておりましたブログ「兵隊芸白兵」でも、当ブログでも頻繁に名前を出しておりますが、私の格闘技修行歴の「入門編」が、芦原会館中国本部であるとすれば、格闘技の本当の楽しさ、怖さ、奥深さに気づかせてもらったのは、大阪は泉佐野市にある格闘技吉田道場であるといっても過言ではありません。
 同道場での正式な修行歴は満5年。事後、大阪を離れてからも籍を置かせてもらい、チョコチョコと練習に顔を出させてもらい続けているという状態です。
 吉田道場は間違いなく私の格闘技母港であり、そこで習得した技術、であった強豪、教えていただいた師匠は何者にも代え難い、貴重なものです。

 前ブログでも、吉田道場の思い出をサミダレ式に語っていましたが、現在のブログになってから、組織的な記事を書いていなかったことに遅まきながら気づき、今回もういちど、あの思い出を書きおこしてみたいと思い、またまた「わが青春の吉田道場」を書く事にいたしました。
 また、前ブログでは「我が青春の吉田道場」と題していましたので、今回は「リニューアル・わが青春の吉田道場」と題することとします。
 先般亡くなられた、作詞家の山口洋子先生が「女はザブトンを身にまとってでも大人のふりをしたがり、男は年を取っても青春のシッポをかじり続ける」みたいなエッセイを書いておられ、まあ、身につまされるとこ大で多少気恥ずかしくはあるのですが・・・

 まずお話の冒頭に、爾後頻繁に登場するであろう、主要登場人物を紹介しておきます。

・ヨシダ代表
 吉田道場の一番偉い人。レスリング、SAW、サンボ、BJJ、フルコン空手、グローブ空手、本部流空手なんでもござれの達人。
 審判やレフェリーとしても、関西全域で活躍。私の大師匠です。
・タカダヤ選手
 入門時期は筆者よりちょい先輩。もとはサッカーをしていた。体は頑丈だが動きは固く、技術はひたすら努力で練り上げた、本当の努力の人。吉田道場で最も活躍した総合選手。
 吉田道場四天王の1人。
・キタノさん
 先輩。体は小さいが、天才的な動きを見せたグラップラー。だんじりの大工方(屋根の上で踊る人)でもあったため、「だんじり休会」の常連さんだった。女にもモテモテ。
・ジンちゃん
 入門時期は筆者よりちょい遅い。筋力、柔軟性、スタミナ、技術とも非の打ち所のないブラジリアン柔術家。ただ試合では凡戦を繰り返す、典型的な「稽古場横綱」
・ナカニシ先生
 大先輩。元おまわりさん。年齢に似つかわしくない力強く、しぶとい組み技に定評がある。なのにめっちゃ腰が低く、こっちが恐縮する。
・ハブ氏
 入門は筆者の3年後。若い頃の勝新太郎に似ているちょっといい男。スタミナ、根性とも申し分なし。練習では諸先輩にやられるが、なぜか試合ではいい勝負をして勝つという、勝運にも恵まれていた。初期の頃、シューズがちょっと臭かった。
・イマナカ先生
 入門はほぼ同時期。整体の先生。富木流合気道の達人。
・ピンク先生
 入門はほぼ同時期。イマナカ先生と同じく、富木流合気道の名人・・・ではあるが、いろいろと面白い方。
・チバさん
 入門は3年後輩。レスリングのチョー名人、果たしてその正体は・・・!
・ヤマグチさん
 先輩。吉田道場初期のころの指導員。お世話になりました。
・オオキタさん
 先輩。吉田道場初期の謎の名人。取れそうなところで取れず、びっくりするところで取る!
・カワナカさん
 先輩。プロボクサー公務員。パンチのセンスは抜群。殴られて顎が外れかけました。
・私
 格闘技に救いを求めて入門した迷えるオッサン。

 また、ぽつぽつと書いていきます・・・。
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