集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

通常営業・「武器」の形づくりに妥協はいらない

2017-03-19 20:12:36 | 格闘技のお話
 武器というものは、千古の昔から、「武器を使うべき仮想敵をしっかり立てること」「その敵の撃滅に最も適した性能・形状を追及すること」を先鋭化させることで成り立っていました。
 元寇のとき、当時の太刀は蛤刃のものが多かったそうですが、それでは蒙古兵の来ている皮のヨロイを叩き切るのに不具合を生じたため、文永の役において、なぎなたが蒙古兵を切るのに意外と効果を発揮したという結果をもとに、身幅の広い刀を直ちに製造。2回目の弘安の役のときには非常に大きな効果を発揮したやに聞きます。
(その後はまた戦いの趨勢が国内戦に戻ったため、蛤刃が復活したそうですが(;^ω^))
 小銃であれば、日本の誇る名銃・三十年式歩兵銃。
 これは有坂少将の苦心作で、来るべきロシアとの戦いを念頭に置き、いかに小さな口径で、いかに最大の低伸弾道能力を維持し、最大のストッピングパワーを発揮するかということを、死馬を何千頭となく射撃してデータを集積し、「6.5ミリ」という世界に類を見ない口径を導き出し、この小銃が結局、薄くて長い防御線を形成することを可能とし、日露戦役の奇蹟の勝利に大貢献したわけです。

 ところが大東亜戦争後、日本は武器作成の大前提である「仮想敵」を持つことを禁じられたため、様々な迷走を繰り返します。
 もっともヒドイのは、64式小銃にくっつけるものであった「64式銃剣」でしょう。

 「幻の自動小銃」(津野瀬光男著・光人社NFノベルズ)によりますと、この銃剣の長さを制定する際、「銃剣は必要」と唱える、旧戸山学校出身者と、「銃剣無用」を唱える者との間で、今にもつかみ合いにならんばかりの激論が繰り返され、最後には決闘騒ぎに発展しそうなところまで事態がが険悪化。
 その事態の解決を強引に図ろうとした結果、銃剣の長さが「旧軍の30年式銃剣と、アメリカのM1銃剣の間の長さを取ろう」という、とても玉虫色な決定がなされたそうです。
 「そこがヘンだよ自衛隊」(大宮ひろ志著・光人社)では、そのことを取り上げて「オイオイ、そんな大事なことをそんなことで決めるんじゃない!」とツッコまれていますが、大宮さんのツッコミは、戦う兵隊さんとして至極当然な話であり、逆にそんな理由で大事たる「銃剣の長さ」を決めた当時の幹部の良識を疑います。

 これはわが社の「タイーホ術」という、韓国で話題のヌルプム体操以下の体操があるのですが、これにも全く同じ病理があてはまります。
 要するに、仮想敵を明確に立てられないから、必要とすべき技の骨子が極めていい加減であり、そのため上達のメゾットも全く定まらない…という、まさしく、お役所仕事の病理です。

 有形無形を問わず、「武器」の形作りには、仮想敵と、それを確実に破るための検証と工夫が必要になります。
 それがない武器は、その時々のエライヤツのワガママと妥協だけが煮凝った、キメラのようなものになるのは必至です。

 武器・そして戦う技術は、実際に戦う人間が全幅の信頼を寄せられるものでなくてはならず、キメラを作るような奴は、死んでから地獄で舌をひっこぬかれることになるでしょうよ(~_~;) 
 
コメント (2)

通常営業・神秘系格闘家との時事放談?

2017-03-14 20:02:35 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 永く武道・格闘技をやっておりますと、ごくまれに、同じ武道・格闘技を嗜みつつも、私の中では全くの「異人種」として認識している「神秘系格闘家」とお話しする機会があります。
 むろん、その中にもたまげるようなツワモノがいらっしゃることは存じ上げておりますが、時折、その神秘の力にやられた幾人かが、無益な論争を吹っかけてくることも、皆無ではございません。

 無益な論争を吹っかけてくる方…それは入門のキャッチコピーに「力が要らない、小さな力で大きな相手を制し得る」を標榜する武道、格闘技を、一定以上深く勉強?している方。
 具体的な名前を挙げますと、合気道、少林寺拳法、日本伝の各種古武道、各種中国拳法…の方が多かったですね(-_-;)
 「無益な論争」の議題はおおむね「武道・格闘技に体力やパワーがいるのか」でしたね。

 以前の投稿でもお話ししました通り、私は「武道・格闘技の上達に体力やパワーはいるのか」という問いに対しては「要るに決まっちょるじゃろうが!コノヤロウ!」という見解を解くことはありません。
 神秘系格闘業界には「施術にはパワーはいらない」ということを標榜するような達人・名人がいますが、それはあくまで、その精妙なる技や心理掌握術が「蘊奥」の域に達して初めて出てくるセリフであり、いやしくも修行の初期の段階から、「体力もパワーもいらない」などと考えるのは、甘え以外の何物でもないと考えます。
 神秘系の論客はたいてい、二言目には「体力、パワーがないとできないような武道は、欠陥がある!万人を救うのが武道である!」みたいな決め台詞を言いますが、それは、考えの根底が間違っています。
 日本の近辺で最も早く、「弱っちい人間でも、できる範囲で少しずつ動くことで、健康を増進でき、その結果レベルの高い鍛錬が階段式にできるようになる」という比較的万人向けの機序を確立したのは、古い沖縄の空手です。
 本チャンの日本伝武道の多くは「武士」でないと学べないものであり、幼少の時からたゆまぬ鍛錬ができる環境がないと、習得不可能なものが多かったのです。
 沖縄の空手ももともとはブサー(武士)の表芸であり、誰彼習えるものではなかったのですが、時代が下るにつれ、富裕な町人層でも習えるようになっていたことを考えると、「誰でも習える階段式武道」を曲がりなりにも最初に確立したのは、空手でほぼ間違いないでしょう。

 ただ、古い沖縄の空手も、古い日本伝武道も「段階的に強度を上げることで、少しずつ体力やパワーを増し、それを窮めた結果名人になる」という点ではすべて一致しており、「アゴマッチョになって、まるで練習しない」というヤツを救う特効薬ではない。
 私に無益な論争を吹っかけてくる人は、まさにその観点が欠如しているのです。
 
 ごく最近、古い沖縄拳法空手を窮め、その術理によって現在、MMAの世界で無人の野を行く某格闘家の教えを頂く機会がありました。
 この格闘家のすばらしいところは、自分の私見を一切挟まず、師匠の教えを愚直に忠実に守り続けていること。
 そしてその師匠が、ただ古いものにしがみついているのではなく、現代格闘技を徹底研究の上、古い沖縄拳法の術理をどんどん、モダン格闘技に応用し続けていること。いずれも、なかなかできないスゴイことです。

 その選手と師匠は、こうおっしゃいました。「武道・格闘技の腕をあげるのに必要なのは、自主練・対練・スパーリング。これはどれも外すことはできません。」
 この言葉はまさに真理です。強くなるには、その3つを避けて通ることは不可能ですし、その方法論を誤れば、たちまちヘタクソ地獄に一直線に落ちていきます(-_-;)

 私に頭痛がするような議論をふっかけてくる神秘系武道家には、「力はいらない」という言葉をタテにとって、「自主練」と「スパー」を省略している、あるいはそれ自体を全くしていない人が実に多いのです。いわゆる「頭でっかち」というヤツですね。
 はっきり申しますが、いくら習っていることがすばらしくても、自分自身に相手に施術できる能力がなく、議論以外で勝てない「武道・格闘家」ほど空しいものはないっすよ!!!!!!!
 神秘系で口ばっかり達者な人というのは、それができないコンプレックスを変にこじらせている、あるいは、それをやらないことを合理化(合理化=要するにヘリクツを垂れて言い訳をすること)しようとしているのでは、という邪推をしてしまいます。

 私は、練習しない理由を探して、自分で自分にヘリクツを垂れるほど頭がよくないので、とにかく、「戦って負けない」ため、蟷螂の斧を振るう覚悟で、良質な「自主練・対連・スパー」のサイクルを回し続けることこそが、みじめな自分にならない唯一の手段と思っております。
 実は異動のため、あと10数日で現住所からめっちゃくちゃ遠い場所に行きますが、そのサイクルは愚直に回し続けようと思っております。

 なお本稿は、冒頭に掲げた武道をバカにする意味で書いたものではなく、その修行の中に、たまにそんな人がいる、という程度の意味でご理解頂きますようお願い申し上げます。
 
 
コメント (2)

霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝(第24回・快進撃の「親しき戦友」!)

2017-03-08 19:41:16 | 霊魂の鐘を打つ人・杉田屋守伝
 第3回全国選抜中等学校野球大会は大正15年3月29日、甲子園大運動場に16代表を集め、華やかに開催されました。
 出場16チームは以下の通りです。

早稲田実業(東京)・横浜商業(神奈川)・松本商業(長野)・静岡中学(静岡)・愛知一中(愛知)・八尾中(大阪)・市岡中(大阪)・甲陽中(兵庫)・第一神港商(兵庫)・和歌山中(和歌山)・島根商業(島根)・広陵中(広島)・柳井中(山口)・松山商業(愛媛・前回優勝)・高松商業(香川)・熊本商業(熊本)

 前年度優勝校・松山商の持つ紫紺の大旗を先頭に、出場16チームの選手は入場行進曲「親しき戦友」に合わせ、堂々の行進。柳井中ナインも、上から下まで真っ白なユニホームに刺繍された「YANAI」の文字を見せつけるよう、胸を張って元気よく行進しました。

 この大会から、同地域の学校同士がつぶし合うことを避けるため、対戦カードが「東西対抗形式」となりました。
 東軍が早実・横浜商・松本商・静岡・愛知一中・八尾中・市岡中・和歌山、西軍が甲陽・第一神港・島根商・広陵・柳井・松山商・高松商・熊本商。
 柳井中学の1回戦の相手は「東軍」の中でも強豪と名高い、横浜商業となりました。
 現在は押しも押されもせぬ高校野球強豪県となった神奈川県ですが、戦前、特に大正時代の神奈川県は、横浜商業がずーっと甲子園出場を独占していました。
 昭和に入ると浅野中学や神奈川商工が台頭してきますが、この時期は完全に横浜商業1強時代。侮りがたい強敵です。

 柳井-横浜商業戦は大会3日目(3月31日)第3試合となりました。
 両軍のスタメンは以下の通りです。
【先攻・横浜商業】
1番ショート山本善次郎・2番サード松下弘美・3番ファースト大野登・4番キャッチャー都築善太郎・5番ピッチャー岡野肇・6番センター林慎悟・7番ライト植村隆治・8番セカンド吉川清・9番レフト鈴木隆次
【後攻・柳井中学】
1番キャッチャー加島秋男・2番レフト田中清人・3番ファースト久甫侃・4番サード杉田屋守・5番ピッチャー清水光長・6番ショート井上高明・7番ライト川近勝・8番セカンド鶴田英雄・9番センター阪本昇

 オッチャン達柳井中野球部2期生をメインとした「親しき戦友」たちは、夕刻近くにプレイボールのかかったこの試合、いきなり爆発します。

 1回裏と2回裏、柳井は横浜商業先発・岡野の立ち上がりを捉えて集中打を浴びせ、各イニング2点ずつ、4点を取ります。
 特に久甫・オッチャン・清水の新クリーンアップは大当たり。オッチャンはヒットを連発し、清水は自らを掩護する三塁打を放ち、一気に試合の主導権を握ります。
 横浜商業は5回、ピッチャー岡野を引っ込め、浅野信二を投入しますが、これまた柳井打線につかまり、5回裏、6回裏にそれぞれ2点ずつを取られてしまいます。
 終わってみれば、8-0で柳井の完勝。エース清水は11奪三振の堂々たる完封勝利でした。

 準々決勝にコマを進めた柳井は4月2日、早稲田実業と対戦します。
 当時の早実は、高橋外喜雄という左のエースがおり、その好投により昨夏準優勝している、まさに東の横綱。
 下馬評では「高橋と、柳井のエース清水の左投手同士の投手戦になる」と言われていましたが、まさにその通りの試合展開となりました。
 先攻の早実は初回、清水の立ち上がりを捉えていきなり1点を先制しますが、柳井も負けじと序盤の2回裏、3回裏に1点ずつを加えて逆転。さらに5回裏にも1点を加え、清水を掩護します。
 清水は2回以降完全に立ち直り、終わってみれば被安打3、四死球ゼロという完璧な投球内容で早実を抑え込み、柳井中学は甲子園ベスト4に進出します。
 なおオッチャンはこの試合、4打席2打数ノーヒットでしたが、これはすべて、チームバッティングに徹した結果であり、かなりひっそりと勝利に貢献しております。
 
 前年夏準優勝チームを下し、さらに、山口県勢初の甲子園ベスト4を果たした柳井中学の活躍は、地元柳井町のみならず、一躍全国の野球ファンの口の端に上るようになりました。
 大正15年4月5日付大阪毎日新聞でも「甲子園のスタンドから『大統領』『清水ッ』 堂々と勝った柳井軍」とのタイトルで柳井のベスト4進出を報じ、にっこり微笑む清水の全身写真を掲載しました。
 地元柳井町も、野球ファンも「このまま、柳井中学が紫紺の大旗をつかむか?」という無邪気な期待を抱き始めたそのころ…実は柳井中学は、痛恨にして深刻な出来事が発生していました。

 早実戦の9回表、キャッチャー加島がクロスプレーで右手中指を痛めたのです。
 ピッチャーと同じくらいタマを扱うキャッチャーの右手負傷はまさしく致命傷。
 柳井・鈴木監督は前掲の4月5日付大阪毎日新聞で、「『加島の負傷で明日の試合が気遣はれてなりません』と勝った喜びをよそに心配顔」とコメントしており、実に深刻な状況であったことが伺われます。

 準決勝を翌日控えた4月3日夜。鈴木監督は、オッチャンを自室に呼び出しました。
 オッチャンが入室すると…口ひげの下の口を堅く結んだ鈴木監督が、深刻な表情で鎮座していました。
 「加島の指のケガは思いのほか悪い…しかし、打撃好調の加島を外すわけにはいかん」
 「はい」
 「かといってほかに、キャッチャーができる人間はおらん。しかも相手は広陵。ヘタな人間をキャッチャーに置けば、大変なことになる」
 「はい」
 「だから今は、お前に頼るしかない。杉田屋、明日、キャッチャーに入ってくれるか。」
 オッチャンの目には、悲壮な決意が宿っていました。

【第24回・参考文献】
・「柳井高等学校野球部史」柳井高等学校野球部史編集委員会
・「山口県高校野球史」山口県高等学校野球連盟
・「毎日グラフ別冊 センバツ野球60年史」毎日新聞社
・「ホームラン2016年9月号臨時増刊 歴代春夏王支援メンバー表大全」廣済堂出版
コメント

通常営業・「強いパンチ」の飛んで行く理由

2017-03-03 21:07:57 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 以下にお話しする話は、各打撃系武道・格闘技流派の「キモ」の一部をかするような話ではありますが、おそらく、きちんと修行した方しかわからないような、実にマニアックでわかりにくい内容ですので、あまり営業妨害にはならないかと思い、記載いたします(;^ω^)。

 強いパンチの飛んで行く科学的な理由。これはたった2つに集約されるそうです。
 それは「重心の確実な移動」と「遠心力」。
 「なーんだそんなこと、オレだって知ってるよ」とガッカリした方も多いと思いますが、その2つを両立させつつ、しかも動きを伴いながら実施することはとても難しいのです。
 
 よく、バカなヤンキー小僧が「テレホンパンチ」と呼ばれる、大振りのフック状のパンチらしきものを振り回しますが、これは人間が「強く殴るためには、重心の移動と遠心力が要る」ということを本能で察知したうえで、自然に選択するものであり、実に本能に根差した動きと言えるでしょう。
 ただ多くの場合「重心の移動」ではなく、「遠心力」しか残らないのが、バカヤンキーパンチの特色でもあります(;^ω^)。
 また、打撃系武道・格闘技でも、疲労がMAXに達したり、あるいはヘタクソ同士が戦うときはたいてい、大振りパンチの応酬になりますが、それもこの原理原則にあてはめれば、無理からぬことと言えましょう。

 とはいえ、本当によくできた武道・格闘技には「重心の確実な移動」と「遠心力」を同調するための機序や知恵がぎっしり詰まっており、非常に勉強になります。
 実は、私もごく最近そのことを知り、その気づきをもとに、先代芦原館長の動きや、その技術のエッセンスであるサバキを「重心の確実な異動」と「遠心力」という2つのキーワードで見たとき、実に驚くべき特色が見受けられました。
 先代の動きは本当に、その2つのキーワードを実現するための動きばかりが見受けられていたのです。
 「ケンカ十段」と呼ばれた先代のKO神話は数限りないですが、数々の激闘を経て洗練された晩年の先代の動きは、まさにその「重心の確実な移動」と「遠心力」のみで形成されていました。
 先代は身長175センチほど、若い頃は痩せており(失礼!)、体重も70キロを超えることがほとんどなかったと聞きますが、そのやせ型の体での数々のKO伝説を支えたのは、「重心の確実な移動」「遠心力」の2つを確実に履行できる体術を体得していたから、としか説明のしようがありません。
 また、芦原門下生必須の「芦原会館の型」は、いずれもその2要素を、どんなシロウトさんでも確実に体感しつつ、そのまま組手や道場での動きに応用できるように考えられており、瞠目させられることしきりです。
 日本国内にフルコンを標榜する道場・流派はたくさんありますが、私が僭越を承知で「芦原会館が、最も完成度の高い型を持つ」と言い続けている理由がここにあります。
 まあ、その素晴らしい技術が、現在の芦原会館の道場経営に比例しているかどうかと言えば、「ノーコメントです」としか言えませんが(;^ω^)

 では具体的にどうやって「重心の確実な移動」と「遠心力」を斉一させるのかという方法論ですが…これはもう、各流派の秘伝に該当する部位なので、私ごときが軽々しくお話ししていいことではございません(;^ω^)。
 私だって、それを本当に気づいたのはここ最近のことなんですよ(-_-;)!
 そんな私がくどくどしく解説する権利なんてないっすよ!

 「オマエごときの気づきでもいいから、ヒントよこせ!」という方にいちおうヒントをお話ししますと、マイク・タイソンの若かりしころの映像を「ようつべ」で探してご覧ください。まさしく「重心移動」「遠心力」の双方がつまった、すばらしい動きがわかると思います。
 耳をかじっていたころのヤツは別ですが(;^ω^)、それでもやっぱり、すごくレベルの高い身体操作をしています。

 下らない事をグダグダ書きましたが、上記の原理原則は本当に真理です。これを踏まえた上で打撃系格闘技を見てみると、今までわからなかった「!」といった気づきがあると思います。たぶん(;^ω^)。
コメント (2)