集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

デモ、でもデモ

2015-09-20 09:49:48 | 集成・兵隊芸白兵雑記
 安全保障法制が無事成立し、いろいろありますが、まあ、「第一歩」としていい感じに出発したのかなと思います。
 これで、PKOの始まった黎明の時代のように、トラックを武装する機関銃が1丁しかなかったり(しかも、連射で7発弾が出たら拍手が起きるクソ銃・62式)、小銃に満足な弾を装填できなかったり、途中の寄港地に寄港できなかたっり、宿営地が隣り合っているオランダ軍の女性兵士が襲われれも助けにいけない、なんてことはさすがになくなるでしょう(全て実話です)。

 しかし、今回はデモが各地で大騒ぎしていましたね。アカヒ新聞や毎日変態新聞は、デモを針小棒大に取り上げていましたが、いくつかの素朴な質問や、観察結果があります。

①参加人数について、なんですぐにサバを読むの?
 主催者発表では「12万人」が国会を包囲したそうですが、警察発表では「3万人」、多く見積もっても5万人弱だったそうです。
 政治家に「ウソをつくな」「説明しろ」と言っておきながら、自分たちのデモ人数はいくら大嘘を言ってもいいのでしょうかね???

②すぐに底の割れる「自称・市民」(テレビや新聞には出てこない)
 デモの先頭の方は「戦争法案反対」だの、「9条壊すな」などという変なプラカードを持っていますが、後ろの方ののぼり旗を見ると「○労協」とか、「○共連」、「○○ネットワーク」といった団体名が書いてあります。テレビや新聞は、意識的に映していませんが、ちょこっと映ったその名前を覚えて、ぜひ、ネットで検索してみてください。きっと面白い事実が判明しますよ。
 ほとんどすべての団体が「中国韓国のイヌ」あるいは「極左暴力集団のヒモつき」ということがわかります。
 沖縄の基地移設反対運動なんかもっと露骨で、「革マル」なんて旗を堂々と掲げたりしています。若い人のために説明しますと、革マルとは、革共同系列のスーパー極左暴力集団。極左界のニューヨーク・ヤンキースです(←ヤンキースに失礼)。
 こういう、すぐに底の割れる程度の低い「自称・市民」がたくさんいるというのも、このデモの側面です。

③「安保法制」=「すぐ戦争、すぐ徴兵制」という短絡思考
 安全保障は、相手があっての話であり、いくらこっちが「平和憲法」だの「9条」だの言っても、シナが侵略をやめるしょうか。PKOの宿営地で、土人が襲ってくることをやめるでしょうか。そんなことはまず、絶対ありません。シナ人に「9条が」などといっても、そんなもん、中華鍋の具にされるだけです。
 しかも現在の自衛隊は、各種の国際条約の基準を満たす「軍隊」ではなく、単なる国防ユニットです。これが海外で軍事活動に従事した場合、場合によっては「武器を持ったテロリスト」扱いされ、捕虜にもされず、皆殺しにされるおそれだってあるのです。
 逆に言えば、自衛隊員の命を守るためにこそ、安保法制は必要なのです。
 なぜ極左はそれには全く触れず、「戦争」「徴兵」に結びつけるのでしょうか。全く理解できません。
 ちなみに極左は「9条があれば、日本は侵略されない」と勝手に思っていますが、日本が竹島を奪われた昭和27年には、9条はあっても軍備がないという、極左の理想の世界であったにも関わらず、韓国は話し合いすらせず、勝手に竹島を不法占拠しています。9条で国は守れないという、とてもいい教訓です。

④「誰得」を考えよう
 クイズです。
 日本がきちんと国際ルールに則って、国土への直接的な侵略のみならず、間接侵略に対しても武力対処できるようになって、一番困るのはどこの国でしょうか?
 1・シナ 2・南北朝鮮
 正解は1番と2番です。正解した方は、いろいろとわかってらっしゃいます。
 彼らは太古の昔から、正面切っての戦いに弱いので、「間接侵略」をネチネチとやってきます。日本のマスコミは既にその間接侵略にやられているので、誤った意見を垂れ流していますが、今一度安保法制については「誰得」を考えて欲しいものです。

 ともあれ、爽やかな気持ちでシルバーウィーク&めっちゃ遅い夏期休暇を迎えております。



 
 
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歩け歩け大会とトレーニングとスカスカ頭

2015-09-15 20:58:37 | 兵隊の道・仕事の話
 まず、先のしょうもない記事にコメいただきました還暦過ぎ武道オヤジさま、いつもいつもありがとうございます。
 今回はそのコメ内容から発展させたお話をしようかと思います。流用をお許しくださいませ。

 還暦過ぎ武道オヤジさまのコメ内容の中に「歩いているくらいなら、突き蹴りの一本でもやったほうがいい」という話があり、私も大いに賛同するところです。
 走る、歩くということは、生活に密着した当たり前すぎる動作であるがゆえに、そこから発展して、「教える側や監督する側が、特に何も教えなくても、手軽にできるトレーニング」として認知されているところがあります。
 大昔、「野球選手は走っとけばいい」などというバカ監督やバカコーチが大量にいましたが、その理由の7割くらいは「教える側が何も考えなくてもいいから」という理由からだったんじゃないかと、私はマジメに信じています。
 私も数年前までは、各種の専門的なトレーニングをこなしつつも、様々な距離を走り込むことを並行してやっており、「走ることでかなりのトレーニング内容がクリアできる」という考えが、なんとなく残っていました。しかし今は自信を持って言えます。「ただ漠然と走ったり歩いたりするだけでは、よほどの運動初心者を除き、体力向上に資するなんらの効果もない」と。

 トレーニングは、物凄くざっぱに言いますと①「体力を向上させる」②「専門的な動きのレベルを上げる」③「それら以外の複合的なもの(心理的なものなど)を向上させる」という、3つに大別されると思います。
 やはり大切なのは①です。体力なくして技術の積み上げも精神の強さも、存在できません。筋力、体力は、サボればすぐにダメになります。蓄積ができず、維持または向上以外の手段がないので、これはとにかく、折に触れて向上させ続けねばなりますまい。もちろん年をとれば、若い頃のようながむしゃらでハードな体力錬成ができなくなりますので、中年以降は常に、その質を問い続けなければならないでしょう。
 ②については、①で鍛えた体力を、各種のスポーツなり仕事なりに、有効に生かすために必ず要るものです。いくら筋力を上げても、使えなければムダな体重にしかなりません。②は巷でよく言う「使えない筋肉」をなくすため、これまた必要なことです。

 ここで、①②と③を比較すると、面白いことに気づきます。

 ①②は既に、多くの専門機関で「科学的にこうすればこうなる」という結果がかなりの度合いで導き出されており、シロウトの「思いつき」が介在する余地はありません。
 しかし③については、いまだに確立されたものがなく、悪く言えば「経験則」「思いつき」が、いまだに幅を利かせる分野でもあります。
 ①②の専門家がたくさんいる組織では、③についても、しっかりしたものがあるはずです。
 しかし、①②の専門家がいない、あるいはいたとしても、その数が少ないがゆえに発言権がないところでは、③ばかりが幅を利かせる恐れが多分にあります。
 競技というものは理不尽なものですから、③をやることは意味のないことではない。しかし、①②の積み上げがないのに、それをすっ飛ばして③というのは非常によくないことでありつつも、悪い意味で日本の社会に食い込んでいる事象でございます。
 
 私がガキのころは、そんな③のみを推進するバカが山のようにいました。中学校のころまでの自称「指導者」といえば、逆にそんな奴しかいませんでした。
 逆に言えば、私が成人後、の芦原会館や、現在もお世話になっている吉田道場にハマったのは、①②をきちんとふまえた上での③であり、これまで経験してきた、指導者の無能ゆえの③がなかったからといえましょう。
 特に、パワーアップを科学的かつ積極的に推進していたのは、先代の芦原館長であり、その先見性は今も目を見張るものがあります。

 翻って我が社の発行する労働新聞を見ると、なんだかクソみたいな「行軍(数十キロ)をやった」だの、「マラソン大会に参加した」だのというクソのような記事が。これこそまさに、先述の③を誤解曲解した、アホの最たるものです。
 「我が社は体力を必要とする職場だ」というアピールだとは思うのですが、今や一流企業に勤めてるビジネスマンですら、フルマラソンでサブスリー!とかやっているご時世なのです。そんなしょうもないことを自慢して、逆に恥ずかしくないのでしょうか。私だったら恥ずかしくて表を歩けませんね。
 
 怪しげな宗教もそうですが、①②をやる体力もなく、技術も知識もないショボいやつほど、③に逃げます。職務に密着した体力の分析、実施、育成がとにかく何もかも貧弱な我が社は、その最たるものです。なので私は早い時期に見切りを付け、自分で格闘技をやったり、トレーニングをしたりするようになったのですが。そして、それを職場に還元する気がハナクソほどもないのですが。

 みんなでムダに長距離を走ることも、長い距離を歩くことも悪ではない。しかし、その目的が明確でないトレーニングは、話題作り的には意味があっても、肉体的には結局、何の意味もありません。
 そんなクソみたいなことをやるヒマがあったら、還暦過ぎ武道オヤジ様のお言葉ではありませんが、突きの1本、蹴りの1本でもトレーニングしたほうが、何のスキルも持たない、嫌がるクサレ素人を何十キロも歩かせて「訓練達成ニダ」などと、くだらん労働新聞に書き立てるより、よほど意味があることだと思います。
 まあ、突き蹴りはかなり解剖学的にはむつかしいことで、我が社の自称達人どもに、ちゃんと教育できるとは、全く考えていませんがね(*´∀`*)


 
 

 
 
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歩くこととは生きていくこと、そして足上げ腹筋をすること???

2015-09-11 20:41:22 | 兵隊の道・仕事の話
 更新を長々サボっててすみませんでした。先の記事にコメいただきましたお二方、長々と変身せずに申し訳ございませんでした。深く反省しております…。

 そろそろ空気も涼しくなり、スポーツにふさわしい時期になってきました。そんな時期にふさわしく、今日はウォーキングの話題です。
 ウォーキングっちゃあウォーキングですが、その距離は…・゜・(ノД`)・゜・

 泉州支社には、年が明けた早々の頃、恐怖の長距離ウォーキングという行事がありました。
 現在は某国営放送の「ラン☆スマ」とかいう番組などのせいで、巷でランニングとかウォーキングとかが流行っていますが、その流行に先駆けること、10年以上前の話です。そういえばその当時、世間では「デュークウォーク」なる怪しげなストレッチが流行っていましたっけ。

 泉州支社にいた6年間で都合6回、最長は和歌山県田辺市~和歌山県新宮市までの120キロちょっと、最短でも和歌山県の橋本駅から、雪の残る高野山を経由して、和歌山県と大阪府の県境をウロウロしつつ下山する81キロのコースなど、まあ毎年、ダチョウ倶楽部並みにひどい目に遭いました。
 最初にして最悪だった新宮市までのウォーキングでは、長距離ウォーキングのコツがぜんぜん分かっていなかったこともあり、「長い時間休む」だの、「寒いところで仮眠する」といった、長距離ウォーキングで絶対にやってはいけないことを連発し、夜中の1時にあやうく凍死しかかったり、足が動かなくなって、大慌てで足をマッサージしたりなど、様々なアクシデントを経験しました(涙)。
 その後、高野山から降りる道すがら、雪に埋もれて死にそうになったり、某著名殺人犯の死体遺棄場所を夜中に通ったり、などといった、非人間的なウォーキングを繰り返しました。
 最終的には100キロを17時間50分で帰ってこれるようになりましたが、それが何かの役に立ったかというと、実は何の役にも立っていないっす(^_^;)。
 しかし、これによって得た、長い距離を歩くコツだけは教示することができます。
 足にマメを死ぬほどつくり、会得したそのコツとは。
①元気があるうちに、ジョグで距離を稼ぐ
②ジョグができなくなったら、できるだけ早足で距離を稼ぐ
③元気がなくなってきたら、歩数を数えて様々な感情をごまかす
④ご飯はなるべく歩きながら食えるものをチョイスする。おにぎり、ウィダーインゼリー、兵六餅、ボンタンアメがオススメ。
⑤小林製薬の靴下「あるくたすけ」はオススメ
⑥いよいよ足が動かなくなったら、どこでもいいから寝転がって足上げ腹筋をできる回数やる。こうすると大腰筋や腸腰筋にリセットがかかり、30分くらいは歩けるようになる

 4年目くらいに⑥の奥義を人づてに聞き、その効果を実感して、以後やるようになりました。歩けなくなってから足上げ腹筋を30~50回やると、ほんとうにキッチリ30分歩けます。30回でも50回でも、なぜか歩ける時間は30分程度で、これはほとんど変わりませんでした。人体の不思議…。
 ただ、朝の7時ころ、某駅付近で苦しさのあまり、道端に寝転がって足上げ腹筋をしていたら、道行く通学の高校生に「ナニこの変態!」みたいな目で見られましたっけ。でもそのころには、こっちも人間の感情を超越していますんで、全く気になりませんでしたが。

 トッキュウ鯛なる組織の青春群像を描いた「トッキュー!」という漫画では、この100キロ行軍なるものは、何かに気づかされる重要な訓練と位置づけられていました。私にはそんな感情は全くなく、ただ6回歩かされて、つかれた、しんどかった、でも取り敢えず何かの役には立ったかな…という、そんなウォーキングでした。
 
 あのころは、年に一回こんなことをさせられてましたので、足の皮はガッチガチでしたが、今はすっかり柔らかくなり、足の小指が少し巻爪になったことだけが、歩きに歩いた往時の証拠として残っています。
 もう1回やれ、と言われたらちょっと考えてしまいますが…なかなか辛く、怖かったものの、楽しい訓練でした。
 ビバ、100キロ行軍。

 
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リニューアル・わが青春の吉田道場(吉田道場フィジカル斯く鍛えり 編)

2015-09-02 20:37:50 | わが青春の吉田道場
 まず、先の記事にコメントいただきましたお三方、大変ありがとうござます。いつも助かっております。
 彼方様、さすがのご考察です。うちの会社の「逮捕術」という名のラジオ体操(ラジオ体操に失礼でした)がありますが、あれは彼方様の言われる「これさえやえば」のうち、完全によくないほうです(^_^;)。
 還暦過ぎ武道オヤジ様、またまたわけわからん話ですみません。今回はきっと大丈夫と思います・・・うう、心配・・・。
 (°-°)さま、いつもメッチャ詳しいご意見ありがとうございます。勉強させてもらっています。初めて聞く名前をググって・・・「おお、本当だ」と知る楽しさをいつも教えてもらっております。T植オヤジやM利さんの経歴詐称はまあ・・・古き良き時代の遺産、ですかね???
 M利さんより、元奥さんの「N野Aね」さんのほうが、コンビニ売りのエロ漫画で大活躍していると思うのは、私だけでしょうか。たぶん、単純な著作数だけでも、N野さんのほうが多いのではないかと勝手に思っていますが・・・

 今日は久々の吉田道場!です。

 今では和術彗舟会くらいでしかやっていませんが、私がいたころの吉田道場では「みんなで一緒にフィジカルトレ」をやっていました。
 やり方は極めて単純なアマレス式のもので、腕立て、腹筋、スクワットといった単純な運動を、30秒やって20秒休む、あるいは30秒やって30秒休む、これを10セット繰り返すというものでした。
 現在「20秒+10秒の運動を6~7セットで、より効果的に最大酸素摂取量と、最大酸素借(無酸素状態で爆発的に動ける閾値)が向上する」ということをウリにした「タバタトレーニング(同志社大学スポーツ健康学部長・田畑泉教授の提唱したトレーニング)」なるものがポピュラーになっていますが、伝統と経験に裏付けられたこっちのレスリング式トレーニングも、負けず劣らずのキツさでした。
 タバタ同様、1~2セット目はなんちゃないのですが、3セット目あたりからだんだん動きが鈍くなり、時間内にこなせる回数がだんだん落ちてきます。
 それでも同じ回数ができるよう頑張っていると、7セット目あたりから使用する筋肉にバーン(焼け付くような感じ)が起きてきて、変な叫び声が、頼みもしないのに喉から勝手に出てきます。10セット目が終わると、皆無言でひっくり返ります。
 
 部活のような強制力はないので、気分が悪くなったり、辛くなったら回数をセーブしたり、やめたりしてもぜんぜん構わないのですが、なぜか皆、必死でこなそうと努力していました。
 一人では投げ出してしまうつらい練習でも、みんなでやるとなんとなく、自分の限界値を超えている。そしてまた強くなる。いい傾向でした。

 むろんこれが一人でこなせる人もおり、精神的にも肉体的にも、凄まじい強さを手にしていました。以前このブログでも紹介した、吉田道場開闢以来の強豪、タカダヤ選手なんかは全盛時、このキツいメニューを毎日、ひとりで黙々とやっていましたね・・・スゴイ!
 
 私がいたころの吉田道場の選手は「極めが甘いが、土壇場の体力がハンパない」という評価を、関西の他の道場から得ていました。その一因は間違いなく、こうしたシンプルながら優れた練習がになっていたことを、当時ヒーコラ言いながらついて行っていた私としては、とても嬉しく思っています。
 
 そういえば、私とほぼ同期入門の「ピンク先生」という方がいました。今も道場の門人なので、「いました」という表現はおかしいのですが、このフィジカルトレを語る上で、ある意味欠かせない人物です(笑)。
 今では地域でも有名な整骨院の名医なのですが、この方、いつも練習のしまいころに、ちょろっとだけ出席するという奇癖がありました。
 このフィジカルトレは、組み技クラスの一番最後に「力を出し切る!」という感じでやっていたので、練習の終わりの頃に出席してくるピンク先生も、当然そのエジキになる・・・と思うかもしれませんが、ピンク先生はなぜか、不定期に行われるこのフィジカルトレのある日には、私が知る限り、なぜかまったく出席してきませんでした。
 たまたまなのか、独特の嗅覚で嗅ぎ分けたのかは知る由もありませんが・・・。

 まあそれはともかく、今では「タバタ」とか「HIIT」とか言われる、出し切るトレーニング、私も美容と(笑)健康のため、未だにやっております。

 
 
 

 
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