集成・兵隊芸白兵

 平成21年開設の「兵隊芸白兵」というブログのリニューアル。
 旧ブログ同様、昔の話、兵隊の道の話を続行します!

あー夏休みと夏合宿

2015-03-31 19:58:08 | 芦原会館修行記
 今は昔、芦原会館は愛媛県北条市(今は松山市の領地になりましたが)のスポーツセンターで、4日間に亘る夏合宿をしていました。
 4日間、といっても、某フルコン流派のように、バカ高い参加費を取られた上、全部参加しないと昇段審査も受けさせてもらえない…なんていう、カツアゲ寸前のようなことは全くなく、1日間からでも参加OK、参加費は1日単位でリーズナブル、1日の練習練習は2時間程度(そのかわり体育館は常に開けており、マジで練習したい人は朝から晩まで練習しても大丈夫・・・でした)、レクレーションもいっぱい、ご飯もおいしい、という、夢のように楽しい合宿でした(今はやっていませんよ)。
 そういえばあの当時でも、目を三角にして、どエライ人数で参加していた東京本部は、何か秘するところがあったのでしょうか(謎)。まあ今はただの部外者なので、どうでもいいのですが。

 合宿の楽しみといえば、まるで違う支部のおもしろい人と、酒を飲みながら聞く昔話。合宿はいちおう建前としては禁酒だったのですが(汗)、そこは社会人の多い芦原会館の合宿、飲酒は黙認、という状態でした。当時の話ですよ!
 
 平成10年、緑帯(4級になりたて)のころから、平成13年(初段取って満2年目)まで参加し続けた夏合宿。
 伝説の中元師範(現・中元会館館長)にお会いさせていただいたり、同じく伝説の原田師範(現・如水会館館長。そういえば平成11年3月には、芦原会館をご退職なさる数日前に広島に来ていただき、原田師範に直々に稽古をつけて頂きました。そのときの写真はいまでも宝物です。ボッコボコにされましたが・・・)にお会いできたり、その他他支部の有名支部長様や、強豪様と出会わさせて頂きました。おもに西日本の方ばかりでしたが・・・・。
 合宿でお会いできた東日本の「有名支部長」といえば、4年目の合宿の時班長だった、藤田田園調布支部長くらいでしょうか。
 知る人ぞ知る「ムチムチ会館のムチムチ空手」という出し物の実施者です。これを知っている方は相当コアな芦原空手ファンです。

 平成27年2月。船をドックに回航する道すがら、北条の沖を通りました。スポーツセンターは何も変わらず建っており、海の水は、私が21歳の時と変わらず、綺麗なままでした。
 あそこに集った人々の間にはあれからいろんな離合集散があったのになあ。おっと、私も今は部外者だったなあ。

 強豪が集い、楽しく、リーズナブル、そして強くなれる合宿。
 空前にして・・・・絶後(しみじみ)。
 

 
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学問と人格と人生の余裕

2015-03-27 20:50:07 | 兵隊の道・仕事の話
 本当の有識者(自称「進歩的文化人」という、極左暴力集団のスポークスマンじゃない本当の学者)の本では、「日本がシナから輸入しなかったのは、纏足、宦官、科挙である」ということを主張しております。
 専門的な理由はそちらの専門的な本に譲りますが、弊ブログでも全面的に賛同し、同様の主張をしております。
 私は先人がそれを輸入しなかった理由として、「纏足は問題外、科挙と宦官はいびつな人間が、退路を絶たれた絶望感からやけくそなやる気を抱き、ろくでもないことをする。最後は必ず国を転覆させるから」というふうに理解しています。

 江戸時代までの日本人はこれをかたくなに守っていました。江戸期に教育を受けた明治の元勲が生きていた時も、これは徹底して守られていました。
 江戸時代の大哲・中江藤樹は「翁問答(慶安2年=1649年)」の中で、学問についてこのように述べています。
「世俗の取り沙汰に、学問は坊主衆、あるいは出家のすることで、武士のすることではない。学問をしすぎた人は軟弱(ぬるく)て武士の役にたたない、などといって武士の中で学問をする人があれば、かえって悪口を言う」。
 意訳では「書物を読むだけが学問と思っているからそのような評判が出る。学問は心の汚れを清め、身の行いをよくすることを本意とする。その心を明らかにして身を修める思案工夫のない人は、四書五経の本を手放さないで昼夜読んでも学問する人とは言えないし、ならない」となるそうです。
 学問の持つ中毒性・悪魔性をわかっている中江藤樹だからこそ、学問に修身・修行の心を求めたのでしょう。すばらしいことです。

 しかし、明治以降に高等文官試験(今の国家公務員1種。「キャリア」と呼ばれるやつ)登用組が幅を利かせるようになってから、おかしくなっていきます。日本人がついに「科挙」に手を染め、社会的に認知されるようになってしまったのです。
 これは軍の幹部を育てる学校も例外ではなく、戦前は「一高、三高、陸士、海兵」と呼ばれるくらいの偏差値でしたから、軍の高級幹部も結局は単なる「科挙」の及第者と考えても不思議はないでしょう。まあ、戦前の日本軍は、いくらペーパーテストの成績が良くても、図上演習や武術の成績が良くないと陸軍大学や海軍大学に行けなかった、というだけ、多少はマシだったのでしょうが・・・。
 結局大東亜戦争は、挙国一致すべき事案に対し、本当の「軍国主義」に徹しきれず、官僚と、官僚化した愚かな官僚軍人がセクショナリズムに走りまくり、故意に挙国一致をせず、貴重な精鋭部隊や資源を無駄遣いし、国を滅ぼしたというのが、真相とはいいませんが、ある程度の現実だと思います。だから極左が言う「戦前の日本は軍国主義!」などというのは、モノを知らない真のアフォの戯言です。それはともかく。
 
 では、国が始まってから延々と「科挙」、要するに、ペーパーテスト以外に何もしていないような青白い受験秀才がのさばる試験をして、若者に勉強、勉強、また勉強を強いているシナ・韓国(南朝鮮)と呼ばれる地域は、さぞかし有為な人材を輩出しているのでしょうか?????
 単純に分かりやすいノーベル賞受賞者の数を調べてみましょう。
 名目上は「科挙」を実施していない日本は、自然科学分野だけで19名。平和賞や文学賞などをいれると22人が受賞しています。
 自然科学分野受賞者。韓国は・・・・ゼロ!お情けの平和賞が1人。、シナもゼロ!お情けの文学賞が1人。
 ちなみにシナから国として認められていない台湾(私は国と思っていますが)は、自然科学分野で2名の受賞者がおります。人口が少ないこと、国の成立の歴史が浅いこと、シナにいじめられ続けていることを考えますと、これは驚異的な受賞者数だと思います。
 シナは13億人、南朝鮮は5000万人の人口。互いに5000年の歴史とか言っているのに、一体何を教育し、テストで何を見ているんでしょうか。「受験秀才が、優秀な頭脳でなんでもやる」ということが真実であれば、シナや南朝鮮はノーベル賞受賞者を何百人も出していなければいけないはずですし、また、有史以来、シナはあれだけ異民族に征服されることも、朝鮮にあっては「国の歴史=どこかの属国」という事態にはなってないはずなんですけどねえ。不思議なこともあるもんです。

 余談ですが、江戸時代の日本でも、シナにならって、科挙をしたことがあります。江戸時代、寛政の改革と呼ばれる時期に、アホの老中松平定信がシナの科挙に倣った官僚登用制度を敷いたのですが、これに挑んだ岡山藩の中川某という侍が、寛政6年に勉強のしすぎで気がふれ、岡山城下で「後ろから提灯がくるぞ」という意味不明なことを言いながらフルチンで走り回った、という記録が残されています。
 こんなことをするから、松平定信は落首で「世の中に かほどうるさきものはなし ぶんぶといいて夜も寝られず」なんてバカにされるのです。

 要するにペーパーテストだけでは、人格や発想力の優劣、上下、そして仕事をしていく上で何よりも大切な、メンタルタフネスや精神的な余裕は審査できないのです。
 勉強、勉強、また勉強をして偉くなった奴は何をするかというと、最終的には既得利権を守るためのコロニーを作ります。
 要するに、勉強以外に自己のアイデンティティがないので、そういう「受験村」みたいな講をつくり、そのなかで偉そうにする以外、自己の優位性を保てるものがないのです。そこに学問を活かそうという心は一切ありません。だから、どんな難しい試験も、爾後の意味を成さないのです。
 1つしか自慢できるものがないから、同じ価値観の仲間で講を作り、その中での既得利権を守ろうとする。官僚のみならず、ヤクザ、チンピラ、極左、ハングレ、みんな同じことをしています。

 結局、学問の悪魔性を理解せず、あるいは出世や立身のためだけのツールとしてしか認識せず、学を有効に生かしきれない下劣な人に、いくら高級な勉強をさせてもムダだということと、学問はあくまで、道楽か修行としてやっているうちが楽しいし、一番身になる、ということなんでしょうか。
 私も在野の好事家として、気楽に学問を道楽として、長く楽しみたいもんです。
 出世?マジでいやですよ。めんどくさい・・・・・。
  
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飛べ、ヒコーキ!!

2015-03-26 20:19:39 | 兵隊の道・仕事の話
 うちの会社は社用飛行機をたくさん持っています。たくさん、とは言っても、所詮田舎の三流会社のうちのことなので、自衛隊さんなどには比べるべくもなく、逆にパイロットは自衛隊さんに預かってもらっているほどなのですが。

 私はうちの会社の飛行機には縁が深く、2機種を除き、全て乗りました。
 詳しくは書けませんが、尋常ならざる方法で降りたこともいっぱいあります。まあ、そんなことはどうでもよろしい。
 そんな中で、思い出に残る「飛べ、ヒコーキ!」と思ったお話を2題。

 1話目。
 今からおよそ10年ちょっと前のことです。
 突然の用事で、北海道の果てに飛ぶことになりました。乗った機体は「ふぁるこん」という名前でした。もちろん、「シティーハンター」に登場するスキンヘッドのもと傭兵「海坊主(ファルコン)」とは、なんの関係もないっすよ(笑)。
 「ふぁるこん」は機内がメチャメチャ狭く、たくさんの荷物を積めません。荷物を積む場所に困っているところ、「北海道までは2時間ちょい。大丈夫っすよ!」との整備士の言葉。私たちはこれを信じ、荷物という荷物を便所に詰め込みました。
 そしてフライト。しかし機内は、0.85気圧(通常の旅客機の与圧もこの程度です)。地上との気圧の違いがたかだか0・15気圧と馬鹿にしてはいけません。人体は正の加圧(地上の1気圧から徐々に増えていく)には強いのですが、負の加圧には弱いのです。これは宇宙飛行士の訓練が、水に潜る潜水士の訓練よりよほどきつく、大変な理由にもなっています。
 ものの本によりますと、0.85気圧でワインを1杯飲めば、地上の3杯分に相当するそうです。

 それはともかく、0.85気圧になった私の膀胱は、離陸後約1時間にして、早くも限界を迎え始めました。
 「なんとか便所が使えないか・・・」と思いましたが、立錐の余地もなく詰め込まれた荷物に、あとは我慢以外に何の方法もないと悟りました。
 「飛べ!ヒコーキ!!」と念じ、考えうるありとあらゆる奇妙なポーズをとり、尿意をこらえる私。もはや地獄絵図の様相でした。
 機体が紋別オホーツク空港に到着し、トイレ休憩をとった時には、地獄から極楽に行く気持ちでした・・・・

 2話目。
 この仕事が終わったあと。
 紋別オホーツク空港から帰路の機体に指定されたのは、今は亡き「YS11」でした。
 言わずと知れた、戦後初の国産旅客機。うちの会社も保有していました。もう持ってませんが。
 紋別オホーツク空港から、うちの会社の近くの空港まで6時間弱・・・・・・・・・・・・・・・
 寝ても寝ても機上。寝ても寝ても機上。歴代先輩の臭いが染み付いた、獣臭いシートに腰掛け、「飛べ!ヒコーキ!!!!!!」と、来る時以上に強く念じました。でも、フライト時間は予定通りでした・・・・・ガックシ。

 しかし、私のような田舎者にとって、ヒコーキは永遠の憧れでもあり、何度乗っても新たな発見があるすばらしいものです。
 そして、それを動かし、あるいは整備する神業のような技術を持つすごい人たちもまた、素晴らしいものです。
 私は命ある限り、こう思うでしょう。「飛べ!ヒコーキ!」

 
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押さえ込み復権論

2015-03-19 19:20:27 | 格闘技のお話
 現在、格闘技は本当に多種多様化し、約20年前に私が格闘技を始めた頃から見れば、隔世の感があります。
 その当時の格闘技といえば、メインとして「柔道、剣道」があり、ちょっと社会的認知度のあるものとして「空手」「ボクシング」がある程度でした。
 私が格闘技を始めた当時、山口県徳山市で一般人が学べるものといえば、極真、芦原、大道塾、ボクシングしかありませんでした。私が芦原会館を選んだ理由は、実はそんなものです。結果的には正解でしたが・・・。
 しかしイマドキの格闘技ジムでは、打撃ならフルコン、キック、伝統派が学べるのは当たり前、グラップリングならBJJに総合が学べるのが当たり前、といった時代になりました。平成1桁の末期から、平成10年代の末期にかけ、PRIDEなどに代表された総合格闘ブームなるものがあったことも大きいと思いますが、いやはやいい時代になったもんです。

 しかし、習える格闘技が多様化した反面、格闘技に必要な「地力」がどんどん薄く、小さくなっていくような気がしてならないとも思っています。
 組み技の話だけで恐縮ですが、立ち技で言えば「組み勝つ力」、寝技で言えば「押さえ込む力」が、どんどん弱くなっているような気がするのです。

 いまは常設道場に通っていないのですが、2ヶ月に1回程度、組み技のガチスパーをする機会があります。
 ぜんぜん押さえ込まれないのです。
 例え抑えこまれても、すぐに逃げることが出来るのです。
 最初は「BJJは押さえ込みがないから、わざとやらないのかな?????」と思っていましたが、そうではなく、要するにトップをホールドする能力がないのです。
 関節や締めもいろいろと狙って来られますが、組み力がないので全然極まりません。うーん・・・・。
 皆が皆そうとは言いませんが、仮にも組み技の初伝を学ぶのであれば、「組み勝つ力」と「押さえ込む力」の早期習得は必須です。
 これができていないのに、あるいはポジションを取る、あるいはくるくる回るといったムーブだけを教えるのはいかがなものかと、古い修行者である私は首をひねったものです。

 格闘技は力が全てではありません。バカみたいに筋肉を付けても、あるいはバカみたいにスタミナだけつけても意味がありません。しかし、その技能に特化した強い力は間違いなく必要です。格闘技に特化した強い力の上に初めて、精密な技術が成り立ちます。それなくしてムーブもポジションもあったもんじゃありません。
 ではその強い力とは何か。先述のとおり、立った状態であれば組み勝つ力、寝たら押さえ込む力です。
 ルール的には、相手を押さえ込んでポイントを取れるのは柔道、アマレス、サンボ。
 BJJはそうなっていませんし、逆に押さえ込んだ状態で動かなかれば、押さえ込んだ方がポイントを取られます。

 押さえ込みを排除する理由は様々にあるでしょうが、私はそういう組技格闘技が好きになれません。
 押さえ込んでトップを取る、というのは、ただ体力がある、ただ体重が優っているというだけではダメです。
 相手の体のセンターを瞬時に感知し、常に相手のセンターを抑え、かつ、逃げる方向を封じるという、まさしく「感じる力」が重要になります。
 道着がない状態でやれば、それば本当に顕著に分かります。 
 この感じる力と、その上で相手を封じる物理的な力。これは組技格闘技の本当の基礎基本であり、これなくして相手を圧倒することは不可能です。
 逆ににこれを習得すれば、戦略が全く変わってきます。
 無論その習得には、楽しい技練や、楽しいスパーにない苦しさがあります。私も修行の初期段階に、嫌というほど「袈裟固め返し」や「ネルソンの受け取り」をやりました。苦しくて死ぬかと思いました。しかしその先には、すばらしく芳醇な組技の世界が待っていました。

 やっている人は当然やっていると思いますが、やっていない方はぜひ今一度、押さえ込みを錬成されてはいかがでしょうか。
 きっとすばらしい出会いが待っていると思います。
 
 


 
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月刊?少年?のざきくん

2015-03-14 21:35:38 | 兵隊の道・仕事の話
 ガンガンONLINEで好評連載、昨年7月~9月にかけてアニメ放送もされた、椿いづみ先生の人気コミック「月刊少女野崎くん」とは、まったく関係ない話であることをまずはお断りしますよ(汗)!!!!
 コミックは全巻持っていますが・・・・(汗)
 
 平成18年。私が今の職場の大阪支社5年目を迎えた年。21歳の若者が配属されてきました。
 苗字を「のざき」と言いました。以後、先述の人気コミックの主人公に倣い、「のざきくん」と呼称します。

 のざきくんは、三重県の南部にあるスゲー田舎の支社からの転属でした。出身は大阪府。その名を聞けばみなさんも「ああ、あの学校!」とすぐに思い浮かぶような、甲子園常連校の野球部出身でした。
 そのため、体力と根性は人一倍あったのですが、彼には壮絶な欠点があったのです。
 頭が悪かったのです。しかも、超ド級の頭の悪さでした。
 彼が特に苦手としたのは国語で、漢字検索能力の低さは、TVに出てくるバカ芸人もびっくりのレベルでした。
 最初は彼にバカにされていると思い、火が出るぐらい怒り飛ばしていたのですが、「そういう人間なんだ」ということが判ってから、怒ることも少なくなりましたが・・・今思い出しても本当に、おバカでしたね。

 彼のおバカエピソードはめちゃめちゃたくさんありますが、一番印象に残るエピソードは、こんなものです。

 あるとき私は、のざきくんが手帳に書き物をしているのを見かけました。
 その表紙には、謎の言葉が記載されていました。
 「ノモ張」

 私はその言葉の意味が全くわかりませんでした。
 ノモ張?何のおまじない?え???わざわざ表紙に暗号を書くの??????こいつまさかフリー○ーソン????

 頭の中にいくつもの「??」が浮かんだあと、私はその「ノモ張」の意味を、連想ゲーム的に導き出しました。
 その意味を推測し終えた瞬間、私はあまりの面白さにノータイムでその場に崩れ落ちました。

 「のざき!お前、表紙の『ノモ張』っちゃーなんじゃ!『メモ帳』じゃろうがーーーーー!!!!」
 私の言葉を聞いたのざきくんは、私の指摘したことに気づき、顔を真っ赤にして、大慌てで「ノモ張」を「メモ帳」に書き換えていました・・・

 ほかにも彼は、「訓練」を「練訓」と書いたり、「とくしゅ(特殊)」という漢字を、携帯電話で調べるまで書けなかったりと、よくまあ、うちの会社の採用試験に受かったものだという凄まじい漢字検索能力を発揮していたのですが、泉州特設支社の社員としては、裏表がなく、全力で仕事をするキャラクターが重宝がられ、6年間の長きに亘り勤務をしました。上出来だと思います。
 
 そんなのざきくんがこの4月から、名古屋地方本社の、重要物品管理係になります。
 私も平成23年4月から昨年3月まで、広島地方本社で同じ仕事をしていましたのでよくわかりますが、この仕事は小難しい内規をもとに、小難しい書類をいっぱい作り、頭の悪い幹部にお伺いと決済を求めないといけない職場です。
 漢字が苦手で、文章はもっと苦手なのざきくんに務まるか、今はわかりません。
 しかし、若い時はのざきくんに毛の生えたレベルだった不肖の先輩としては、素頭は悪くても、裏表がなく、全力で仕事に当たるその姿勢は、勉強でどうにかなるものではないぶん、その地位を狙うクソのような事務屋の何倍も、のざきくんがこの職に適任だと信じて疑いません。
 私はのざきくんの今後の活躍を、遠く山口県から祈念しています。

 余談ですが、のざきくんの内示を聞いた直後、私の脳裏にはアニメ「月刊少女野崎くん」のオープニングに使われていたオーイシマサヨシさんの「君じゃなきゃダメみたい」のフレーズが頭をよぎりました(名曲なので、気になった方はユーチューブで聞いてみてください。同シングルのカップリング曲「純情可憐書店屋ガール」も名曲ですよ!)。
「今すぐ君に会~いた~い~ 君に会って確~かめてみたい 世界の理 愛の定義 幸せのカテゴリー」
 のざきくんに関しては、こんな歌詞があてはまるのでしょうか・・・・
「今すぐ君に会~いた~い~ 君あって確~かめてみたい 『メモ帳』の書き方 『とくしゅ』という字 『訓練』の書き順~」

  うう、書いててだんだん心配になってきた・・・・のざきくん、頑張ってね!!!!
 重ねていいますが、不肖の先輩は山口県周南市から応援してますよ!
 
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