SABUROU NIKKI

大阪のとあるパイロット訓練所での訓練日記です

子育て中の方必見  植松努専務のエントリー

2012年08月18日 09時59分44秒 | Weblog
児童虐待をなくすため宇宙開発に取り組む町工場植松電機。
そこの植松努専務のエントリーです。
子育て中の方、必見です
 
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  • 高校生の娘が、宿題をもってやってきました。
    その宿題とは、「仕事について親に聞こう」というレポートです。

    質問内容は
    (1)どんなときに「充実」していると感じますか?
    ...
    (2)仕事で「大変だ」と思う時は?
    (3)子どもの頃の夢と、大人の現実について思うことを。

    僕の答えは
    (1)どんなときに「充実」していると感じますか?
    (答)いつも。
    というか、充実していない状態って?
    充実していない状態の仕事って、考えにくいです。
    いやいや働くこと?そんな仕事はしないです。
    嫌な仕事をしないために重要なのは、
    ・嫌な相手を断れるだけの独自性を維持すること。
    ・嫌なことを要求されないだけの良い人間関係を構築すること。
    ・嫌な相手に関わらないために、不法を利用しないこと。
    ・理不尽に対抗するだけの力をつける努力。
    が必要だと思います。

    もしくは、自分の意志によらない仕事を強制されること?
    それって、納得のいかない仕事ですよね?
    納得がいかないケースとは、相手の要求と自分の要求が
    あっていない場合が多いです。
    でも、この場合に重要なのは、その結果です。
    よりよき結果のためになら、自分の要求を変化させるのは、問題の無い行為です。
    もちろん、自分なりに「もっとよりよくなる方法」を考えている場合もあります。でも判断の基準は「自分がやったことがないケースを試す」だと思うと良いです。そうしたら、自分の過去にとらわれず、新しい経験で成長できます。
    もちろん、相手の要求が、自分の経験でうまくいかないことがわかっている場合は、対処ができるじゃないですか。準備もできるじゃないですか。すればいいだけです。
    納得がいかない仕事とは、多くの場合、自分のくだらないプライドが原因のことが多いです。しかしそれは、自分の成長を妨げるものです。
    って考えると、僕は充実していない仕事はしていません。
    よって、「いつも」充実しています。

    (2)仕事で「大変だ」と思う時は?
    (答)思うようにならない時。
    土砂降りも、酷寒も、相手が自然です。交渉のしようがありません。これは、大変な状況ではありません。対処すべき状況です。
    だから僕は、どんな天候でも「大変だ」とは思いません。
    その状況下で、すべきことをするだけです。
    思うようにならないのを痛感するのは、相手が人間の時です。
    それも、交渉の余地のない人間を相手にした時です。
    相手が人間だけに、交渉できる、と期待するのが悪いです。
    そういう相手は、まあたいてい、行政です。
    「きまりだから」「前例がないから」
    そこには、その個人の思考も意志も愛もありません。
    そう言う時に、悲しみを感じます。
    この人は、どんな思いで仕事してるのかな・・・
    どんな経験で、こういう「無思考」な仕事をするようになったのかな・・・
    この「悲しみ」が、僕にとっての「大変」を感じる状態のように思います。

    (3)子どもの頃の夢と、大人の現実について思うことを。
    (答)子どもの頃の夢=追えばいいしょ?
       大人の現実=現実ってなんだ?
    子どもの頃の夢というのが、あきらめた夢、という定義のように感じました。僕はあきらめ方をしらないから、追い続けるだけです。それで問題を感じたことはありません。

    大人の現実とはなんでしょう?
    前にも書きましたが、「現実を見ろ」という人がいますが、その人の見ている「現実」とは、その人の「過去」です。
    同じ過去を経験することは出来ません。
    現在という状況は、一瞬にして過去になります。
    すなわち、人間は「現在」を見ることはできません。
    見ることが出来るのは、「過去」と「未来」だけです。
    だから、「現実(過去)」とおなじだけ「未来」も重要です。

    夢をあきらめた。という人は、たいてい、そもそも夢を追いかけていません。追いかける前に、追うのをやめた人達です。
    もしくは、そういう人の「夢」とは、「状態」や「結果」であることが多いです。その「状態」や「結果」になれなかったとき、「夢がかなわなかった」という判断をします。
    受験に失敗した。を、夢をあきらめた、と考える人もいますが、それはおかしいです。受験は手段にすぎません。その向こうに夢があります。
    夢とは「状態」や「結果」ではなく、「方向(ベクトル)」かもしれません。

    多くの人が言う「現実」とは、実は家計の収支である場合も多いです。支払い=現実と考えている人もいます。
    でも、そもそもその支払いが適正かどうかを考えるべきです。
    自分の意志によらない支払いは負担です。
    世間体のためのマイホーム。世間体のための子どもの学歴。
    負担を感じるのは、もしかしたら「守りたい世間体」かもしれません。
    僕は、世間体のために支出しません。自分の意志で支出します。そして支出したからには、かならずその支出以上の価値を得るようにしています。だから、僕の支出は「投資」です。価値を生み出します。それはマイナスにならないです。
    そして、そうした支出のための支払いのためなら、頑張れます。

    大人になればなるほど、出来ることが増えます。
    それが成長です。
    しかし、おとなになればなるほど、出来なくなる人が多いです。
    それは、誰かに首根っこをつかまれるような生き方を選ぶからかもしれません。誰かに依存したからかもしれません。
    楽をしようとして、誰かに依存すると、その人に支配されます。

    「できるか、できないか」で行動を判断した場合も、成長が止まります。それを何歳でやるか、が重要です。
    やった時の年齢で成長が止まるからです。
    小学校の段階でやってしまっている人も多く見かけます。
    そういう人の思考は「小学生」のままです。
    嫌なことから逃げ出したり、寝坊したり、忘れたり、自分を正当化するために必死になるし、嫌なことはなにかのせいにするし、思考が「自分中心」だし、そして「できない」ことが多い。
    こういう人が、年齢だけで上司になってると悲劇です。

    娘は、ほぼワンワードの僕の回答に
    「まあ、こうなると思ったけど」と苦笑いです。
    彼女は、もしかしたら学校で困っているのかもしれません。
    間違いなく、僕の常識と、学校の先生の常識はかみ合いません。
    そして、学校においては、先生の方が強制力があります。

    だから、娘には、僕が素敵だな、と思う多くの大人に出会ってほしいです。その機会を作るのは僕の役目です。
    だから僕自身が、「素敵だな」と思える人と出会い続ける努力も必要です。
    そう言う意味では、今回、怒濤のように届いたお祝いメッセージに、本当に感謝です。すべてに返事を書けないのが、とてもとてもつらいです。でも物理的にちょっときびしい。

    感謝は、恐縮ではなく、行動で返すべきです。
    だから、がんばります。

終戦記念日

2012年08月16日 10時59分12秒 | Weblog

二週間ぶりのサブロウ日記です。

14日のお休みも稚内に行ってきました。
こちらは快晴でした。
お盆ということもあり、いつもはがら空きの宗谷岬公園も観光客でいっぱいになっていました。
 稚内空港は展望デッキの改装工事が終わり、わりと近くから飛行機を見ることができます。
 ただし、金網越しですけどね。
 この辺はセントレアのようにワイヤーにしてくれると良かったですね。
 
 
 15日は終戦記念日です。
 正午に、日本を守るために戦ってくれたご先祖様に感謝の意をこめて黙祷しました。
 日本が植民地にならずに済んだのは明治維新から第二次世界大戦まで戦ってくれたご先祖様のおかげです。
 そのご苦労には素直に感謝しています。
 日本に生まれて本当に良かったと思っています。
 
 
 追伸
 お勧めの本です
 竹田恒泰著
 なぜ日本は世界で一番人気があるのか?

オリンピックに寄せて

2012年08月01日 21時15分10秒 | Weblog

こんばんは

ロンドンでオリンピックが開かれていますね。
マスコミは例によって「メダル」ばかりを見ています。
僕は選手のオリンピック出場にいたる道のりや積み重ねに思いを馳せます。
 自分自身がパイロットになるためにどんなハードルを乗り越えたか、どんな邪魔に会い、どんな助けを得たかを思い返すとき「メダル」という結果だけを見ることはできません。

 残念ながら自分はプロパイロットになることはできませんでした。
 だからオリンピックで結果を残せなかった選手たちのその後の人生を思います。
 以前「フルスイング」というドラマがありました。
 高畠さんという実在の教師の話です。
 高畠さんはプロ野球の選手でした。
 怪我で選手生命を絶たれて、打撃コーチとして大成されました。
 そして無くなる前の数年間高校の教師として生徒の指導にあたったそうです。

 結果の残せなかった選手たちにも高畠さんのような人生があるのではないか、そう思いながらオリンピックを見ています。

 

井上さん

コメントありがとうございます。

元気にやっております。

 

こうじさん

今日も大型特殊の教習やってきました。

 確かに飛行機の教習に通じるものがあると思いますね。

  来週あと一回教習したら検定とのことです。