百醜千拙草

何とかやっています

ブランドもののゴミ箱

2016-02-19 | Weblog
共感を覚えた話。
私も以前から、結果の意義は二の次で、研究手法、方法に問題がなければとにかく出版するというスタイルの編集方針の雑誌は、いかがなものかと思っております。

"without any requirement for ,,," Yas's Green Recipes から

編集委員を引き受けたものの、その役目を果たすのに少し重荷を感じている雑誌がある。この雑誌の出版社は、いわゆるメジャージャーナルとその姉妹誌をたくさん抱えていて、超高額な講読料や話題性重視(偏重)の編集方針(と世間で思われている)で、時折り研究者コミュニティーからやり玉に挙げられている。その出版社が抱える雑誌のうち、私が編集委員を引き受けたのは Open access, Peer review, Fast decision を唱う、比較的新しい流行りのスタイルをとっている雑誌である。編集方針には「本雑誌に掲載する論文の要件は、技術および方法論が確かな原著であること。インパクトや新規性は問わない*」ことが明記されている。論文の重要性の評価は読者に委ねるということだ。
、、、、
なぜこれほどまでにこの雑誌社は論文の不採用を嫌がるのか? もしかすると、インパクトには欠けるが中堅どころのそこそこの論文を根こそぎ自分たちの雑誌で掲載して、他社の雑誌に回したくないのではないか? と勘ぐりたくもなる。
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さらにすでに書いたように、この雑誌で採用された論文の質は必ずしも良いものばかりではない。つまるところ「研究のインパクトは論文を掲載した雑誌のインパクトと無関係で、個々の論文がそれぞれ別個に評価されるべきだ」との考え方に基づいて考案されたこのような雑誌の編集システムはかなり危うい状態になっていると私は感じている。
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一方、有名な雑誌社のブランド名が影響しているのか、この雑誌の Impact factor は実は低くない。その Impact factor を目当てにまた大量の論文が投稿されて、またオフィスにスタックしてと、悪循環に陥っているようにも見える。普通に考えればこのような雑誌の Impact factor が高止まりするはずはないのだが、、、。この雑誌とほぼ同じコンセプトで編集されている別の雑誌の Impact factor は年々下がってきている。、、、、


どうみてもこれは金儲けのためであろうというのが透けて見えるのが何とも。私、記事の中で引き合いに出されているPLoS Oneに関しては、同情的な部分もあります。PLoSは商業雑誌での偏向出版傾向を排して高品質の論文を掲載するという名目でアカデミアの人が中心となって始めたものですが、高いリジェクト率から編集コストがかさみ、その結果として資金繰りが悪化し、一時は廃刊の危機にも瀕しました。それを救ったのがPLoS Oneであったと私は思います。つまり上位PLoSタイトルにリジェクトされて本来であれば他に流れてしまったはずの論文の受け皿を作ることで、掲載料を集めて運営資金を工面し生き延びることができたのだろうと想像するからです。(PLoSに関しては8年前に、Natureがフロントページで取り上げた際に、記事にしたものがあります。)極論すれば、PLoS Oneは経営上の必要からやむなく始めた不本意なジャーナルではなかったかと思うのです。しかしながら、その当初の成功は存在意義を正当化し、PLoS上位ジャーナルから流れてきたであろう比較的高品質の論文がインパクトファクターを押し上げ、このスタイルの「実験方法に瑕疵がなければ、知見の意義を問わずにとにかく出版する」ような科学出版が成り立つと、人びとは考え始めたのだと思います。その結果が、毎日数本はやってくる新興雑誌からの編集や投稿の依頼メールに表されるように、アカデミアの研究者の労力をタダで利用しつつ、研究者からの投稿料を目当てに科学出版業界に新規参入してくる金儲け主義の怪しい連中ではないかと思います。近年、中国など科学振興に投資している国からの総じてクオリティーのあまり良くない論文が激増しており、そうした論文の出版のニーズが増大しているために、ビニネス チャンスがあると思われているのでしょう。

研究者側にとってみれば、長期的にはクオリティーの低い論文を出すことは出さない場合に比べてマイナスとなりかねないと思います。しかし、短期的には話は別です。質よりも量で評価する文化のある所も数多いですし、競争の激しい若手にとっては、キャリアがかかっていますから、苦労してやった研究なのだからとにかく論文は出したいし、長期的な評判を考えているような余裕はないという場合の方が多いでしょう。それで、結局、とにかくたくさん論文を出版したいという人々が、レビューの甘いこの手の雑誌に、クオリティーの低い論文を大量に投下することになっているのだと思います。それはレビュープロセスを麻痺させる上に、結局、ジャーナルの紙面は質の悪い論文で希釈され、インパクトファクターの単調減少を招くことになります。これがPLoS Oneに今起こっていることではないのでしょうか。こうなると、まともな論文ならこうした雑誌に投稿しようとする人はいなくなって、ますます雑誌の評価が下がり、「ゴミ箱」雑誌とみなされていくことになると思います。

私が何よりこの手の雑誌が問題だと思うのは、科学出版というものが基本的にアカデミアの人々のレビューや編集における無償の奉仕活動によって支えられているという事実を、雑誌社側も低品質論文を投稿する側もきちんと認識していないのではないかと思われる点です。レビューアやアカデミック エディターがわざわざ貴重な時間を割いて論文の審査するのは「お互い様」だからです。論文の評価は仲間内でやっているのです。そのことを思ってみれば、質の悪い論文を投稿することに普通は自己規制がかかると私は思います。しかし、残念ながら、切羽詰まっている人々や他人の苦労よりも短期的な自分の利益のことしか考えられない人々は少なくないです。

上のリンク先で取り上げられている雑誌は、N紙系列のSR紙であろうと思われますが、最近のこの出版社の経営方針には、私も疑問を覚えています。ブランド名を利用した金儲け主義としか思えません。いくらN紙ブランドとはいえ、このような状態で長続きする訳がないと思います。ゴミ箱と認識される前に編集方針を変えて、よりSelectiveにしていかないと、SR紙もPLoS One同様の運命を辿るであろうと想像します。8年前にN紙はそのフロントページでPLoS Oneを批判的に取り上げましたが、そのN紙出版グループが(金儲けのために?)PLoS Oneに追随するというのはなんとも情けない気がします。大臣職をチラつかせられた瞬間に脱原発主張を過去にさかのぼって封印したどこかの二世議員を思い出させますな。所詮は商業雑誌、地獄の沙汰も金次第ちゅーことですかね。


こんなのを見つけました。シャネルのゴミ箱だそうです。
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