百醜千拙草

何とかやっています

メルク訴訟の和解金額に思う

2007-12-04 | Weblog
しばらく前に、メルクがCox2 inhibitor、Vioxxの薬害訴訟で、最終的に27,000件の訴訟に対して合計$48.5億ドルで和解に至ったというニュースを聞きました。ニュースはメルク側および原告側双方にとって良い結果となったとありましたが、まあそうかなと思います。関節炎治療薬VioxxはCelebrexと並んで、胃腸障害のない鎮痛剤として、年間25億ドルの売り上げのあった薬で、3年前に販売中止するまでの5年間、市場に出ていました。Vioxx服用患者のなかに心血管障害や脳血管障害を起こすものが出てきて、薬剤は販売中止に追い込まれ、最終的に訴訟に発展してしまいました。まずかったのは、メルク側がこうした血管障害による死亡例を知っておきながら、約半年間にその発表を見送ったということでした。半年で1.25億ドルですからまず大金です。そうしたメルクの不誠実な態度も追い風となって、三万件近い訴訟の口火を切った最初の個別訴訟は、原告への2億ドル余りの補償(結局はテキサスの法律により2千万ドル程へ減額)という判決となり、メルク関係者には大きなショックを与えました。その後の個別訴訟では、5原告の勝訴に対し、メルクの11勝という展開になり、因果関係の証明が困難なこともあって、原告側も裁判に勝つのは容易ではないことがはっきりしてきました。結局、双方歩み寄って、この金額となったようです。それにしても思うのは、今やトップ製薬会社の中では規模的にはそれほど大きいわけではないメルクが、48億ドルという金を出せる経済体力で、製薬会社というのは金持ちなのだなとあらためて感心してしまいました。これが、ロッシュやノバルティスだったら、どれぐらい金持ちなのだろうと思ってしまいました。アメリカ一の金持ちのビルゲイツの総資産額が600億ドル余り、第二位のWarren Buffetが500億ドル余りと思いますから、今回の補償額はバフェットの総資産額の約一割の金額です。またアメリカNIHの年間予算は、290億ドル弱といったところでしょうから、今回のメルクの和解額は、そのNIH予算の15%強に当たります。アメリカ全国の大学などの生命科学系の研究機関の大多数が、研究費と給料をNIHにたよっているわけですから、メルク一社がポンと出せる(?)補償金から想像するに、民間の製薬会社やベンチャーでは、大学の研究室とは桁違いの研究費が投入されているのだろうと思います。十年前の 痩せ薬、Fen-Phenの薬害訴訟では、Wyethは210億ドルの補償を負ったらしいですから、今回のメルクの和解額というのは、少なくて済んだ方なのだろうと思います。
製薬会社ももちろん、良い薬を作って、患者の役に立ち、自社も経済的に潤うことを考えてやっているのでしょうが、こういった予期しなかった副作用がでてしまい、訴訟に発展してしまうと、患者側、会社側、双方にとって不幸なことになります。弁護士一人が笑っているようです。こういう訴訟で弁護士に支払われる金銭というのは、私にはどうも「ムダ」のように映ってしまいます。研究者としての立場からは、Vioxxの研究、開発に関わった人の無念さを感じずにはおられません。新しい薬を開発し、社会の役に立つというのは、製薬研究者の夢だと思うのですが、結局、苦労して世の中に出した薬がむしろ害となり、患者さんにも会社にもマイナスになって、市場から撤回されてしまうというのは、研究者としては断腸の思いでしょう。再び、企業の研究規模に話を戻しますと、ちょうどVioxxが問題となりかけたころ、メルクはボストンに新しい研究施設をオープンするところでした。物価、地価の高いボストンのメディカルエリアにわざわざ研究施設を造るということは、世界トップクラスの研究者を引き込んで、基礎研究に相当な投資をしようとしているということです。基礎研究からは一円の収入もまず見込めませんから、その研究成果の一部が何十年か先に臨床応用されて収入に繋がるまで、お金は出て行く一方です。メルクの2006年度の収入支出を見てみると、226億ドルの収入で、純利益は44億ドル、研究開発の年間コストは47億ドルと計上されています。メルク一社でNIH総予算の15%の研究費が投入されているというのは、改めてスゴいなあーと思ってしまいます。バランスシートを見てみると、メルクの総資産、445億ドルのうちLiquidな資産は150億ドル程度で、総負債額は270億ドルですから、実は、会社が今後も200億ドルの年間収入を維持していかなければ、現在の規模のメルクを維持できないということだと思います。薬の独占販売期間が過ぎるとその薬による収入はGenericsのために急激に落ちるでしょうから、その収入額を維持するためには、コンスタントにある程度ヒットする新薬を市場に出していくことが求められています。そう考えると、製薬業界とはリスクの高いハイテク産業です。製薬会社の多くが、リスクの高い自社での研究開発を止めて、研究開発はベンチャーにアウトソースし、そのライセンスを買い上げるという方策をとっているのも無理はないです。そうそう新しい薬が発明できるわけがないのです。そんな中で、メルクのボストンでの新研究施設オープンという積極策は、自立した製薬会社で居続けるために、製薬業界のハイリスクハイリターンという性格と大会社の安定維持という相反する目的を両立するための唯一の策というようにも映ります。それにしても、こういう製薬会社のトップというのはストレス溜まるでしょうね。結局は、結果のみで判断されるわけですから。、、、私は人の心配をしている場合ではありませんでした。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーンバーグの死去に因んで | トップ | エゴの問題 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事