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今まで学術書やいかついノンフィクションを紹介してきた。今回は、趣向を変え、小説を一つ紹介しようと思う。今回取り上げるのは、森村誠一氏(以後、敬称略苗字のみ。)の『野性の証明』、である。
本作は、森村の『証明』シリーズ三部作の一作、である。二年ほど前に竹之内豊主演でTVドラマ化された『人間の証明』や『青春の証明』の姉妹作である。姉妹作と言っても、各作品毎に設定もストーリーが異なり連続性が無いという意味で、「続き物」ではない。ただし、森村が敢えて『証明』と題打った三部作を送り出した事実から、三部作は共通のテーマの下に執筆されている。三部作各作品のタイトルから想像出来るように、『証明』シリーズは、人間の本性に迫っている。
『野性の証明』は、かような人間の一つの本性である凶暴性をテーマにしている。過疎が進んだある村で、凄惨極まりない殺人事件が発生する。老若男女を問わず、村人達が惨殺され、たまたまハイキングで村を訪れた女性まで不運にも犠牲になる。生き残ったのは、幼き少女頼子のみ。あまりに凄惨な光景を目にし、頼子は、事件の記憶を失う。そして、時は経ち、事件は迷宮入りへの道を進んでいく。
しかし、数年後、東北地方のある中級都市で、物語は新しい展開を見せる。頼子は依然記憶を失くしたまま、味沢という保険外交員の養子になっていた。縁も縁もなく、経歴さえ分からぬ味沢が頼子を養子に迎えたのは何故か。数年間手がかりを得ず意気消沈していた捜査本部が色めき立ち、一人の刑事北野が味沢を追う。
他方、味沢は、担当した保険金詐欺事件をきっかけに、事実上街を牛耳る大富豪大場を追い始める。その過程で出会った、「あの事件」で犠牲になった女性ハイカーの姉・越智智子の存在。北野と同じく「あの事件」を追いながら、大場の不正を暴くために一人闘う智子に複雑な想いを抱きながら、味沢は彼女に協力する。
二人に圧力をかける大場一族。闘いの狭間に垣間見える味沢の殺気。智子との出会いをきっかけにフラッシュバックを繰り返す頼子の記憶。確信を持って味沢の本性を暴くために奔走する北野。明らかになった元陸自特殊作戦要員という味沢の過去。「あの日」あの村の近くで、味沢が所属していた部隊が、原始時代の人間が直面した五つの恐怖(飢え・渇き・寒さ・孤独・外敵)を経験するという過酷な訓練を行なっていた事実。非業な死を遂げる智子。全てを捨て犯人への復讐を誓う味沢。二つの事件への想いが複雑に衝突し、次第に狂気へ走る関係者達。あの村から遠く離れた街で、二つの事件が交差し、物語は終局へと向かっていく。
物語の最後、頼子は、突然記憶を取り戻す。「あの人、お父さんを殺した犯人です。」、突然記憶が戻った頼子は、「あの事件」の「真」犯人を指指す。同時に、意外な真犯人と、彼をしてかように凄惨な行為を行なわせしめた意外な要因が明らかになる。そして、何とも無情且やるせないエンディングを向かえ、小説は脱稿される。
本作の特徴は、人間の凶暴性を、「野性」という形で人間が持つ本性の一つと定義した点であろう。人は、誰しも凶暴な一面を有している。ただ、その本性は、理性によって確立された社会で普通に暮らす限り、表面化しない。その意味で、作者森村は、「野性」と位置付けた。たとえ文明的な社会で生活していても、条件が揃えば人はその野性を露にする。文明と教育によって構築された理性は、野性を抑えるあくまで「安全装置」に過ぎない。
森村は、二つの事件に対峙する人々の姿を通じて、人間が持つ凶暴性という名の野性を「証明」しようとした。人間は、理性的な日常生活を送っていても乗り越えられない本性を、つまり野性を持ち合わせている。理性という名の安全装置に抑制されたいつ何時爆発するかもしれぬ野性を抱え、人は生き、社会を営む。しかし、人はその事実を忘れ、否、その事実すら認めようとしない。森村は、あくまで小説ではあるものの、人々の記憶に「眠る」野性の存在を証明し、高度に理性的な環境に生きる現代人達へ警鐘を発したのだろう。
その意味で、本作は、ただの活劇でも、ただの推理ものでもない、独特の深さを兼ね備えた作品である。あくまで小説であっても、独特の手法で人間の本質に迫り、たかが小説と切り捨てられない。そのエンディング故、読者にとって、読了しても物語は完結しない。並みの小説のように、読了後そのまま本棚の肥やしになり、読者の記憶から消えることはない。むしろ、読者にとっては、エンディングがスタートである。森村の主張は、読者の脳裏に鮮烈に刻み込まれる。私自身、読了後、随分考えさせられたものである。以上の意味で、本作は、第一級の社会派小説、である
以上が本作の魅力、であろう。刊行から数十年以上を経ていても、根強い人気を誇るのも頷ける。是非一度、お読みになられることをお勧めする。
追伸
ちなみに、本作は、1978年に高倉健主演で映画化されている。ついでに、劇場版の方も、この際簡単にでも紹介しよう。それは、次回に回す。