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分かりあえるのと通じない気持ち

2010-01-02 10:16:42 | 日記・エッセイ・コラム

あけまして、おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今年も相変わらず愚痴り年になりそうで、我ながら進歩しない自分が情けなくなってしまいます。精神に何かモヤモヤしたものを抱え、うまく口に出せず母親にだけ無理難題を主張する我が子は、はや年だけは立派な大人 同じ病気の人でも働いていたり治療の必要を認識しているというのに、我が子だけは駄々っ子みたいな大人。これも母親が甘やかしたせいで、こんな病気になったのだと田舎の親類たちには非難され、こんな親に育てられた子供はかわいそうと言われ、良かれと思ってやって来たわたしもトラウマを抱えてしまった。我が子のひとりを自殺させ、今また残った我が子に責められる。

かって、母親が我が子に悩まされ言っていた。自分は父親の命で、こんなとこへ嫁がされ貧乏くじをひかされたと。もう一人の子供であるわたしは、母親の愚痴りごとを聞かされるのに心の底からうんざりしていた。何しろ父親は自分の母親や妻に頭があがらない。要するに、優柔不断なのだ。けれど、思う。終戦間もない時代、近所から鬼ババと囃し立てられようと生きるのに必死だったのだ。鬼ババとはわたしの父方の祖母である。

今になって、わたしはあの頃を味わっているような気もする。因果応報 人生は繰り返す。わたしも我が子のひとりと分かり合えず、もう一人を死なせてしまった。父方の祖母も息子を戦死させたり娘を事故死させている。

しっかり育てた人たちはいざ知らず、わたしは頭脳のよしあしによっても左右されるような気がする。わたしの場合、子供の許容以上のことを求めてしまったのだと思う。しかも、自分の面子だけで.... ゆえに、子供たち、特に今無事に生きている子にうらまれても仕方ない。これこそ、自業自得としか言いようかない。わたしを憎むことで少しでも気持ちが楽になるなら、わたしが死んでも憎みつづけなさい。わたしはアナタにそれを望んでいます。

けれど、出来ないことは何があってもやってあげられないのです。何故なら、それが母子共倒れになるのを防ぐ方法だからです。アナタは大人。わたしと違う価値判断みたいんものがあるのでしょ。

わたしはわたし、あなたはあなた。そうした方向性しか今のわたしにはかんがえられないのです。

あの子は何年だったでしょうか? でも、年男云々に関係なく精一杯やってくれるよう祈っています。 ダメな母親より





新春 おめでとうございます

今年はわたしの年  ひつじです。    あっと驚くような 善いことめざしてがんばります\(^o^)/