

↑今日の宮崎はいい天気!!昨日の田植え機で植えたんだろうなあ



昨日僕にとって大切な方からお手紙をもらった(しかも笑顔の素敵な写真入り)
飛び上がるくらいうれしかった


「心」とは不思議なものですね
紙とペンのみの文章に「心」が宿っている
媒体は違うけどブログにも・写真にも・絵にも たしかに「心」が宿っている
形そのものは何もなく 見えないものだけど「心」は確かに存在していると感じるいや
むしろ音叉の様に共鳴しあっている
今この大切な人に何がしてあげられるだろう ふと手元にあった本をとりページをめくる
二編紹介します

1)-----------------------------------------------------------------------------------------
小さな犠牲なら、私たちも捧げられるかもしれない。
例えば、自分の庭に咲く一番美しいバラを、病んでいる人のために切って捧げることはできないか。
そう思った時、捧げようと思えば、もっともっと捧げ得ることに私は気づいた。
つまり、どんなに忙しくても、一日に十分の時間を誰かのために割くことはできないかと思ったのだ。
電話でもいい、葉書きでもいい、その人のために祈るだけでもいい。
要は小さな一歩から始め得るのではなかろうか、と
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2)------------------------------------------------------------------------------------------
この消火器は不用であったのか。役に立ったのか。
人生にも、これに似た用いられ方をされることがしばしばある。
人間は生きているだけで、尊い存在なのではあるまいか。
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二編とも 三浦綾子さんの「言葉の花束」の中の「小さな一歩から」です
大切な人に僕ができる 「春 光 の た よ り」 はこんなことしかできません
でも僕にとっての「小さな一歩」です
花を贈る代わりに春の花ブログに添付します
電話をする代わりに詩(うた)おくります

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「春 光 の た よ り」
春光のたよりを 吸いこんで からだ に 春をおしえてあげよう
春光のたよりに ふれて 春と握手しよう
春光のたよりを ほおばって 春の生命わけてもらおう
春光のたよりに 耳をすまして 春の足音聞いてみよう
春光のたよりに 目を通して しっかり頭に焼きつけよう
春光のたよりを 感じ 「生きてる」ことを実感しよう
おそれることはなにもない駒返る草たちが応援している
春光のたよりは君のそばでまっている気づいてくれることを
注釈)春光・・・春の風光すなわち、春のやわらかい日の光りをいう。
春は空と地中からいち早く動き始めるという通り、
光りと影が相まって春を実感させる
駒返る草・・・枯れ草となって、冬を過ごした草が、春を迎えてまた芽吹くこと
※注釈誤りがあればご指摘ください

↓花壇の花も野に咲くはなも懸命に生きて僕たちに福音をしらせてる









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