映画と渓流釣り

物忘れしないための処方箋

その一言で朝が来る

2020-10-28 20:08:00 | 新作映画


「監督 河瀨直美」のクレジットが消えスクリーンが暗く沈む刹那、朝斗くんの小さな声が映画館を幸せの涙に変えた。この一言でわたくしたち大人はどれ程心を揺さぶられ、そして恩寵をうけさせてもらえただろう。こんなにも優しいラストメッセージを暫く聞いたことがない。永く辛い過去を経験してきた広島のおかあちゃんには神の福音以上の一言だったろう。
これまで沢山の映画を観てきたけど、照明がついて場内が明るくなってから泣かされた作品は初めてだ。涙が溢れて席を立てないのも、良い歳したオジサンとしては恥ずかしい限りだが仕方がない。ラストクレジットが始まると同時に出て行った観客がいたけど、あいつはこの映画の半分しか理解できていないと断言しよう。

原作は以前読んでいたので、物語は知っていた。
特別養子縁組。そういう制度があり、そうした親子がいることは知識として持っている。でも、コロナに感染した知り合いが周囲にいないのと同じくらい見えない存在でもある。わたくし事で恐縮ではあるが、三人の健康な子供に恵まれたため子を持つ苦労と言おうか、そのためのハードルを意識したことがない。だから養子(昔は里子って言ってたな)を望んでまで家族を形成することの重さを計り知れないでいるのが正直な気持ち。友達にも知り合いにも子を持たない夫婦は結構いるけど、本音(要らないのか、欲しいけど授からないのか)を突き詰めて聞いたこともないし、聞いても何のアドバイスもできそうにない。自らの経験談として子育てを語ることはできるけど、子を持つ喜びを他人に押し付けるほどの説得力を持てるとは思えない。

この話は深い。下手にドラマ化しちゃいけないお話だ。
だからこそ、河瀨直美凄い!演出だけじゃなく脚本と撮影まで監督が手を加えているからこんな傑作が生まれたんだ。夫婦が子を持とうと決心するまでの心の揺らぎを、丁寧にしっかり伝えるところが素晴らしい。朝斗くんが優しく聡明な子に育っているのは、この二人に出逢えたからだとみんな納得できる。対局にいる手放さなきゃならない子をお腹に抱え、(ちびたん)と呼びかける幼いお母さんを無責任に糾弾する事もできない。
ドキュメンタリーからスタートした河瀨監督だからこその挿話が、フィクションであるこの物語に強烈な楔を打ち付け、単に見世物じゃない真実味を加えた。原作も当然綿密な取材の上に書かれているだろうからリアルだけど、映像は文字で表せない真実をあからさまに見せつける。特別養子縁組家族との面談シーンは小説では絶対作れない。
度々挿入される木々を渡る風の音にどんな感情を見出すかは観る人それぞれだ。そこには監督の感情も見えない。自分で考えろってことだ。

唯一残念に感じたのは、若き広島のお母ちゃんを追い返した朝人くんママが、警察から事情を聴いて橋の上で佇む広島のお母ちゃんを探すくだりを随分あっけなく描いたこと。そこに行きつくまで丁寧な描かれ方をしていたから、あれ?もう?って感じちゃった。あそこは一つ二つエピソードを足しても良かったと思う。

カンヌで褒められた「萌の朱雀」や「殯の森」は退屈で所々寝ちゃったりしたけど、樹木希林主演の「あん」はそれまでの独りよがり(こんな難しい事考えてんだよ的な)作風から一転したストレートな感動作だった。今回の作品はそれまでの監督らしい作風とドラマチックな劇映画の面白さがうまく融合した成功例だと思う。これからもこのような作品を作り続けてほしい。

役者についても。
永作博美と井浦新の夫婦はお隣に住んでる善良で平均的な人たちだ。引きの演技というのだろうか、上手い役者にしかできない円熟味ある芝居だった。永作博美は「八日目の蝉」でも血のつながりがない子を愛おしむ母親を演じていたし、ご自身も二児の母親であることから自然体の名演技だった。
子を手放す若き母親を演じた蒔田彩珠はこの作品で将来を勝ち取ったと言っても良い。是枝監督のお気に入りなので、今後大きい役で一層の認知度をあげることだろう。そういえばNHK傑作ドラマ「透明なゆりかご」でも赤ちゃんを捨ててしまう高校生を演じていたな。主役の清原果耶と来春の朝ドラで姉妹を演じるらしいので楽しみだ。ホント、NHKの若手役者を見極める力には恐れ入る。
初めてその演技に魅入られたのが、ベビーバトンという仲介組織の代表を演じた浅田美代子。屋根の上で♪赤い風船♬を歌ってたことぐらいしか興味は無かったし、なんで役者の真似事なんかしているんだろうと見下していた。びっくりした。最初、本物のソーシャルワーカーかと思った。そのくらい自然体でおばちゃんくさかった。監督の演出もあるだろうけど、良い役者なんだと認識を改めた。

(会いたかった)そう言ってもらえる人生って捨てたもんじゃないよね。

きみの瞳が問いかけいる それって何?

2020-10-26 18:07:00 | 新作映画

三木孝浩監督作品だからこそ映画館まで出かけた。いつもの通り卒ない作品づくりだけど、ちょっこっと脚本に粗さがあるかな。この手のお話は思い切りファンタジーでいいと思うけど、細かいところはリアリティがないと観ている人が置いてけぼりになってしまう。

流星君が悪い人たちに刺されちゃう件も陳腐だけど、後遺症もないほど復活できるのかな?「街の灯」元ネタだっていうから、てっきり車椅子の流星君の手を取った由里子ちゃんがハッと気付いて(あなただったのね?)という結末かと思っていた。チャップリンの歴史的名作を知らない人がほとんどだろうからそれでも良いか。哀しいな。

題名。その言わんとするところが良くわからなかった。
最近の流行りで長ったらしい作品名多いけど、かえって意味不明にしちゃうのは考えもんだ。最後まで瞳は何を問いかけたのか分からず仕舞いのまま。俳句の夏井先生に叱ってもらおう。

吉高由里子を久しぶりに映画館で観た。調べてみるとかつての様に映画自体に関わっていないようだ。そうかといってテレビドラマに軸足を移したわけでもないから、需要が減っているのかそれとも本人の意思なのか分からない。年齢的にも同世代に強力なライバルが沢山いるからのんびり作品を選好みしている場合じゃないと思うけど。
横浜流星はもうちょっと背が高いと一層アクションが映えると思うけど、地の格闘技素養が生きて美味しい役だった。ナイーブな優しさも醸し出せる好青年らしさをもこの役にはプラスになっている。

祝!大繁盛 鬼滅の刃

2020-10-20 18:09:00 | 新作映画

週末、映画館は久しぶりに人で溢れていた。
「君の名は。」「アナと雪の女王」以上の大ヒットスタートらしい。
斯く言うわたくしもイオンシネマ港北ニュータウン初回7:00の上映を観るために、早朝6:30には映画館に到着していた。5分おきにスタートする番組編成を生まれて初めて目にした。金曜から日曜までの3日間で46億円超の興収ってのも初めて聞いた。どこまでロングランするかは分からないけど、コロナ騒動の今年、落ち込んだ業界に明るい灯をともしてくれたことを素直に喜びたい。

興行とは本当に博打だなと思う。どんなに良いもの作ってもヒットするわけじゃないけど、人を惹きつけるためには当然クオリティが高くなければいけない。でも、それ以上に必要なことはタイミングなんだと思う。公開の直前に海外で大きな賞を受賞したとかは当然追い風になるけど、既に認知されたコンテンツに対する飢餓感というものはいろんな要素が奇跡的にかみ合わないと生まれない。
アニメTVシリーズが好評で原作漫画の人気が爆発的になった頃合に結末を迎えてから半年、TVアニメ配信やCS放送で何度も観返しされただろうし、単行本コミックも読み込まれていたこのタイミングでの映画化。皆が欲していた鬼殺隊の活躍が絶妙なめぐりあわせでスクリーンを彩ったのだ。

わたくのようなオジサンは子供たちや若者の流行り廃りに疎いから、鬼滅の刃が騒がれてからやっとTVアニメも観たし、家の奥様が何年間も買いだめてある週刊ジャンプを一冊ずつコツコツ読んで原作も読破した。基本的にジャンプに掲載されるようなバトル物は嫌いなのだが、鬼滅には兄妹(家族)の絆が色濃く描かれているのでついウルウルしちゃう。

前提としてTVアニメを観ていない人には人物設定や背景が分からず戸惑うだろう。だから、一映画作品としての評価はできない。それでも、この劇場版の品質は大変高い。アニメーション技術は言うに及ばず、物語の起承転結、人物のキャラクター説明、そして一番大事な子供たちへのメッセージが分かりやすく描かれている。
残酷な暴力シーンも多々描写されるが、それを補って余りある正義と友愛が全編を覆う。TVシリーズで度々描かれた鬼へ対する憐情があまり描かれなかったこと、禰豆子の活躍が限定的だったこと等、不満なところはあるけれど煉獄さんの強烈な生きざまに涙は止まらなかった。
煉獄さんのご母堂がとても美しく、訪問着はこういう人にこのように着こなしてもらいたいものだと、むかぁ〜しむかし着物屋さんで働いていたことのあるわたくしは思うのでした。

ドラマ 大空港2013

2020-10-17 09:06:00 | 旧作映画、TVドラマ

結子さんつながりで、配信されていたWOWOW単発ドラマ「大空港2013」を観た。
三谷幸喜監督お得意のグランドホテル形式のドラマで、1時間45分流れるように次々役者が物語を展開してゆき大いに楽しめた。三谷作品の中でも「ラジオの時間」に匹敵する傑作だと思う。限定的に映画館でも上映されたようだけど、惜しむらくは最初から映画作品として制作し劇場公開してほしかった。

結子さんの魅力が100%生かされていたのは、三谷監督の結子さんへの演出家愛に尽きる。このドラマの2年前映画「ステキな金縛り」に重要な役で出演していたから相当気に入ったのだろう。
脇に散らばる役者も要所要所に笑いがとれるよう配置され、しょ〜もないお話を寄ってたかって時にはより面倒くさく拗らせながら進めてゆく群像劇は三谷監督にしか作れないだろうな。

あぁーまた繰り返しになっちゃうけど、無念なのは、もう二度と結子さんに会えない哀しみだよ。

コンフィデンスマンJP プリンス編 もう逢えない二人

2020-10-15 18:08:00 | 新作映画

全く観るつもりのなかった作品だったけど、結子さん最後の出演映画だと気が付いて急遽映画館へ。
何処の映画館も終了間近だったから、滑り込みでスクリーンに映える結子さんとお別れをすることができた。
初っ端と最後実はこの人に扮装してましたの2シーンだけの登場で些か不満ではあるけれど、結子さんの遺作を観ることで大好きだった映画女優竹内結子を天国にお送りしましょう。

一昨年放送されたテレビドラマは凄く期待して観たんだけど、何だかチャチで所々笑える挿話もあったけど良い人話が多くてガッカリだった。脚本の古沢良太は「三丁目の夕日シリーズ」も良かったけど「キサラギ」とテレビドラマ「デート〜恋とはどんなものかしら〜」は抜群に優れていたから、期待度も大きかったので余計残念だったことを覚えている。
結子さんがあんなことになって、配信で後追い視聴した前作「コンフィデンスマンJP-ロマンス編-」が思いの外面白かったし、香港の氷姫を演じた結子さんが実はダー子一味の裏バン的存在だったというオチが気に入った。今回も同じ役回りで登場することを知って密かに喜んでいたのだが。

映画そのものは前作には及ばなかったにせよ十分楽しめる娯楽作に仕上がっていた。
ダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)のトリオ+五十嵐(小手伸也)はもう完璧なチームワークになっている。チラチラ出てくる前田敦子、石黒賢、生瀬勝久そして赤星(江口洋介)も贅沢にキャスティングされている。弟子(子猫ちゃん)のモナコ(織田梨沙)コックリ(関水渚)も頑張っている。
それなのに、もう二度とスタア(竹内結子)とジェシー(三浦春馬)を観ることができないことが悲しい。