一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『告白』 ……湊かなえと中島哲也と松たか子の「覚悟」が傑作を生んだ……

2010年06月13日 | 映画
湊かなえの小説『告白』を読んだのはいつだったろう……
いつも利用している図書館で借りて読んだのは間違いない。
2008年8月刊だから、2009年になってから読んだのだと思う。
本作は、2008年の年末に発表された「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位に、
「このミステリーがすごい!」では第4位に選ばれ、一躍話題になった。
それを見て、「読んでおくべき作品かな……」と思い、すぐに図書館に予約したのだ。
図書館に予約を入れたときには、もうすでに幾人かの予約者がいて、順番待ちをしてやっと読めた記憶がある。

第一章「聖職者」(初出:『小説推理』 2007年8月号)
第二章「殉教者」(初出:『小説推理』 2007年12月号)
第三章「慈愛者」(初出:『小説推理』 2008年3月号)
第四章「求道者」(書き下ろし)
第五章「信奉者」(書き下ろし)
第六章「伝道者」(書き下ろし)

という構成で、第一章にあたる『聖職者』が第29回小説推理新人賞を受賞している。
正直、それほど優れた小説だとは思わなかった。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、第一章にあたる『聖職者』は、賞への応募作として独立していて、これだけでひとつの短篇として読めた。

市立S中学校、1年B組。
終業式後のホームルーム。
担任・森口悠子は、生徒たちに、間もなく自分が教師を辞めることを告げる。
原因は“あのこと”かと生徒から質問が飛ぶ。
“あのこと”とは、数カ月前の、学校のプールで彼女の一人娘が死亡した事件……
森口は、静かに語り始める。
事故死と判断された娘は、実はこのクラスの生徒2人に殺されたのだと……
そして、犯人である少年「A」と「B」を(匿名ではあるがクラスメイトには分かる形で)を告発し、少年法で守られた犯人たちに、ある方法で処罰を与えると宣言する。


その後の第二章から第六章までは、一冊の本にする為に、なんだか後から無理してくっつけた印象があった。
『聖職者』の衝撃の告白とされる復讐の方法も、元ネタがすぐに思いつく程度のもので、推理小説としては面白味に欠けた。
ただ、本来は『聖職者』だけで終わる筈だったものを、出来はともかくとして、これだけ裾を広げられた手腕は褒めてもいいかなと思った。
その後、本作は第6回本屋大賞も受賞。
ベストセラーとなった。

今年になって、映画『告白』の6月公開 を知り、楽しみにしていた。
それは、原作や監督に興味があったからではない。
先程述べたように、原作はそれほど面白いとは思わなかった。
監督の中島哲也も、私としてはあまり評価していなかった。
『嫌われ松子の一生』や『パコと魔法の絵本』のこれでもかというような煌びやかな映像に辟易していたし、「どうだ凄いだろう」と言わんばかりの演出にもうんざりしていた。
では、なぜ見に行きたいと思ったかというと、
それは、主演が「松たか子」だったからだ。

原作を読んだ限りでは、担任・森口悠子は、とてもイヤな役柄だと思った。
このオファーを、松たか子がなぜ受けたのか?
そして、どのように演じているのか?
それが知りたかった。

で、見た感想はというと――
これは、とんでもない傑作だった。
松たか子の感情を抑えた演技、


少年「B」の母親を演じた木村佳乃の狂乱、


岡田将生の熱血すぎてウザいKY教師ぶり、


そして、生徒達の無軌道さ……


見事なキャスティング、
それに、演出。
それらのものを引き出したのは、優れた脚本だ。
あの原作を、なんともまあこれほどまでのものに仕上げるとは……
脚本と監督を手掛けた中島哲也に最大の讃辞を、拍手を……である。
この映画を見て、原作を完全に超えていると思った。
原作の不備な点を見事に補っているし、原作を読んでいても読んでいなくても全く関係ないと思えるほど、独自の作品世界を創り上げている。
いつものあの煌びやかな極彩色の映像ではなく、青みがかった暗めの色調を採用。
短いシーンを多用し、重ねることにより、スピード感が増し、緊張感も高まった。
凄い作品に仕上がっている。


それにしても、松たか子は、女優としては少なからずリスクを伴うであろう役柄を、どうして引き受けたのか?
『キネマ旬報』(6月下旬号)で、次のように語っている。

この役をやることで、「どう思われるのだろう?」といった気持ちもありました。でも次の瞬間、「どう思われてもいいかな」と割り切れたんです。それはまず、小説を書かれた湊かなえさんの覚悟があり、それを映画にしようとする中島哲也監督の覚悟があったので、自分も覚悟しなきゃいけない、と。「とにかく、やるんだ!」というシンプルな気持ちになれました。

松たか子は、この覚悟があったからこそ、素晴らしい演技ができたように思う。
学級崩壊していると言えるほど騒がしい教室。
淡々と話しかける松たか子。
作品冒頭から、なんだか一人芝居のような独白が続く。
TVドラマや映画だけではなく、舞台もずっと続けてきた彼女だからこそできた、冒頭のシーンだったと思う。


中盤、松たか子の演じる森口悠子が、深夜の路上で慟哭する場面がある。
このシーンが圧巻!
そこに至るまでが、ほとんど無表情だったので、その落差と、彼女の演技力に圧倒される。


そして、ラスト。
松たか子は、一瞬、複雑な表情を見せる。
それが、怒りなのか、赦しなのか、哀しみなのか、喜びなのか、空しさなのか……
見る者の判断に委ねられる。
この一瞬の表情こそが、他のどんな女優にも真似のできない松たか子の真骨頂であった。
そして、スクリーンが暗転し、闇の中で、松たか子の一声が……
見る者を試すかのような……
エンドロールを見ながら、私は心の内であの最後の一言を反芻していた。


すでに、ハリウッドからのリメイクに関するオファーがいくつも来ているというし、
英国、アイルランド、台湾、香港での配給も決定。
アメリカ、カナダ、スウェーデン、スペイン、韓国で開催される5カ国7映画祭では、正式招待を受けている。

最後に……
映画館に行って、娘を殺された女教師の「命の授業」を、あなたも受けてみないか?
その授業で、あなたは、
「絶望」を抱くか……
それとも「希望」を見出すか……
「命の授業」は、誰もが受けておかなければならない「人生の必修科目」なのではないかと、私は思った。

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