タイの映画である。
タイの映画といえば、
2年前にこのブログでも紹介した『タイムライン』を思い出す。
唐津くんち、呼子朝市、呼子漁港、虹の松原、唐津城、祐徳稲荷神社、大川内山など、
佐賀県内でロケのあったタイ映画で、
その上映会が、2014年9月13日に、シアター・シエマで行われた。
事前に応募していた100名を招いての特別上映会で、
招待状を受け取っていた私は、
上映会の後で、監督と主演女優によるトークショーもあるとのことで、
ワクワクしながら出掛けたのだった。
〈どんな映画なんだろう……〉
と期待しつつ見た映画は、
映像が美しく、
いまどき珍しい直球勝負のラブ・ストーリーであった。
上映後、
ノンスィー・ニミブット監督と、
主演女優トーイ・ジャリンポンさんが登場し、トークショーがあった。
ノンスィー・ニミブット監督も、
女優のトーイ・ジャリンポンさんも、
とても明るく、社交的な雰囲気の持ち主で、
いろんな話を楽しく聞くことができた。
(写真撮影もOKだった)
トークショー終了後は、
サイン会もあり、サービス満点だった。
サイン会の途中、
私のカメラに気づくと、笑顔でVサインをしてくれたのだが、
その屈託のない可愛い笑顔を、今でも忘れることができない。
それ以降、
タイと佐賀県の関係は友好で、
佐賀県フィルムコミッションを通じてのロケ地の誘致などが活発に行われるようになった。
昨年(2015年)の1月に佐賀でロケし、
2月にタイ本国で放送されたTVドラマ『STAY 佐賀・チャンジャキットゥントゥー』は、
佐賀でもTV放送されたのだが、
物語の95パーセントが佐賀ロケの映像が使われていたこともあり、
とても話題になったし、
このTVドラマがヒットしたお蔭で、
タイからの佐賀県への観光客も急増したのである。
このTVドラマ『STAY 佐賀・チャンジャキットゥントゥー』を監督したのが、
タイ映画史に残る名作『フェーンチャン ぼくの恋人』のニティワット・タラトーン。
そして、本日紹介する映画『すれ違いのダイアリーズ』も、
ニティワット・タラトーン監督作品なのである。
日本では5月14日から公開されているが、
佐賀では3ヶ月遅れで、
シアター・シエマ(8月13日~8月19日公開)で公開されたので、
先日、やっと見ることができたのだった。
ソーン(スクリット・ウィセートケーオ)はいい奴だけどかなり情けないお気楽男子。
恋人に定職を持つように叱られて、仕方なく仕事探しを始めたものの、
ようやく見つけた仕事は、
誰もが行きたがらない山奥の湖に浮かぶ水上小学校の先生だった。
そこは電気や水道もなく、
携帯電話もつながらない場所だった。
赴任したものの、スポーツしか自信がないソーンは毎日失敗ばかり。
生徒の子供たちとも打ち解けられず、孤独なソーンは、
ある日、誰かの日記を見つける。
読んでみると、それは前任の女性教師エーン(チャーマーン・ブンヤサック)の日記だった。
そこには、自分と同じように僻地の学校で寂しさを感じ、
子供達の教育や恋人との関係に悩むエーンの正直な心の中が書かれていた。
その悩みに共感したり、ある時は教え方を学んだりするうちに、
ソーンは会ったこともない彼女に恋してしまう。
はたして二人は逢えるのか……
美しい自然に囲まれたタイの水上学校で、
日記に支えられ、子供たちに教えられ、
ダメ先生が成長していく物語で、
とても面白く見ることができた。
これは2つの実話から生まれた物語で、
実在する水上学校の話と、
日記を読んで恋をした男性の実話が元になっているそうだ。
“水上学校”の部分は、
もうそれだけで、映画『世界の果ての通学路』(2014年9月5日にレビューを書いている)を思い出させるようなシーンが多く、映像美とも相俟って、とても感動した。
そして、“日記を読んで恋をした男性の話”の部分は、
それ以上に感動的だった。
スマホやネットが全盛の現代にあって、
日記が主役の映画とは、
なんともアナログな設定ではあるのだが、
これがすこぶる好い。
スマホやネットだと、すぐに答えが出る。
だが、日記だと、そこには答えはないし、
すぐに結果も出ない。
日記を読み、相手のことを考え、思考する時間が長い。
年単位のスタンスとなる。
だからといって、映画は間延びしてはいない。
日記を書いているエーンと、
一年後に日記を読んでいるソーンを、
同時並行的に描くことで、
見る者を飽きさせない工夫がなされているのだ。
構成が素晴らしいし、
脚本も練られている。
〈ラストはどうなるのだろう……〉
というワクワク感、期待感を観客に抱かせ、
最後の最後まで楽しませてくれる。
ソーンを演じるスクリット・ウィセートケーオは、
香取慎吾をちょっと小柄で軽薄にしたような感じで、
エーンを演じたチャーマーン・ブンヤサックは、
鈴木紗理奈をちょっと大柄にして顔をきつくした感じで、
(大変失礼な言い方だが)最初は正直、二人とも美男美女には見えなかった。
それがどうだ、
物語が進むうちに、
それぞれが精神的に成長するにしたがって、
どんどん格好良く、美しく見えてきたのだ。
そして、最後には、まさに美男美女にしか見えなくなってしまった。
こうした体験ができるということは、
この映画の質が高かったからだと思われる。
単なる恋愛映画ではなく、
教育や就職や人生の諸問題を絡ませながら、
若い男女二人の成長物語になっているところが、
この映画の優れている点である。
もうこれ以上は話すまい。
この程度の予備知識で見てもらいたい。
この映画は、きっとあなたを幸せな気分にしてくれる筈。
そして、何度でも見たいと思う筈。
私がそう思ったように……