一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『大鹿村騒動記』 ……原田芳雄が選んだ「大鹿村」というユートピア……

2011年08月21日 | 映画
日曜日は大抵朝早くから山に行くことが多いので、
日曜日の朝のTV番組はほとんど見ることはない。
7月3日は父の四十九日法要で佐世保に行かなければならない日だったということもあって、珍しく私は家に居た。
その日の朝、フジテレビ系トーク番組『ボクらの時代』(日曜7:00~7:30)を見た。
出演者が、原田芳雄・大楠道代・岸部一徳という私の好きな俳優さんだったので、ワクワクしながら見た。
三人は『大鹿村騒動記』(2011年7月16日公開)という映画で共演しており、
そのロケでのエピソードなどを中心にトークは展開された。
話はやがて映画論、演技論へと進み、
とても興味深い内容だったこともあって、強く印象に残った。
映画『大鹿村騒動記』も見てみたいと思った。
番組中、闘病中でもあった原田から、老いていく自分について、
「身体もだんだん動かなくなる。動かなくなるから何かが出来なくなるんじゃなくて、動かないことが何かを出来ることになると良い」
との発言があった。
俳優魂を感じさせる言葉だった。
その時、画面に映る彼の様子を見て、元気そうでもあったので、
そんなに病状を深刻に考えていなかった。
その『ボクらの時代』を見てから8日後の7月11日に、
『大鹿村騒動記』のプレミア試写会があり、
舞台挨拶に車椅子で現れた彼を見て愕然とした。
やせ衰え、自分で声を発することができない様子に、呆然とした。
『ボクらの時代』の収録は5月4日だったという。
わずか2ヶ月あまりのうちに、これほど衰弱されていたとは……
その舞台挨拶から8日後の7月19日に、
原田芳雄は、上行結腸がんから併発する肺炎のため、還らぬ人となる。
71歳であった。

原田芳雄の遺作となった映画『大鹿村騒動記』を見に行った。
主演は原田芳雄だが、共演者がとにかく豪華。
大楠道代、岸部一徳、松たか子、佐藤浩市、冨浦智嗣、瑛太、石橋蓮司、小野武彦、小倉一郎、でんでん、加藤虎ノ介、三國連太郎……
原田芳雄の人徳というか、
「彼のためならば……」
と一堂に会した感がする。

雄大な南アルプスの麓にある長野県大鹿村。


そこでシカ料理店を営む初老の男・風祭善(原田芳雄)は、
300年以上の歴史を持つ村歌舞伎の花形役者。
ひとたび舞台に立てば、見物の声援を一身にあびる存在である。
だが実生活では女房に逃げられ、あわれ独り身をかこっていた。


そんなある日、公演を5日後に控えた折も折、
18年前に駆け落ちした妻・貴子(大楠道代)と幼なじみの治(岸部一徳)が帰ってくる。


脳の疾患で記憶をなくしつつある貴子をいきなり返され、途方に暮れる善。


強がりながらも心は千々に乱れ、ついには芝居を投げ出してしまう。
仲間や村人たちが固唾を呑んで見守るなか、刻々と近づく公演日。そこに大型台風まで加わって……。
ハテ300年の伝統は途切れてしまうのか、
小さな村を巻き込んだ大騒動の行方やいかに……。
(ストーリーはパンフレット等より引用し構成)


監督は、阪本順治。
原田芳雄は、過去に6度、阪本順治監督作品に出ているが、
主演作はなく、いずれも準主役や脇役であった。
今回、原田芳雄の主演作として、ガチで彼と真っ向勝負している。
(原田芳雄の最後の作品になるかもしれないという緊張感もあっただろう)
大鹿村の村歌舞伎を主題にすることは、原田芳雄からの要望だったとか。
彼は過去に大鹿村の村歌舞伎を題材にしたTV ドラマに出ており、
そのときに村歌舞伎の舞台に立てなかったこともあって、
今回ぜひ舞台に立ちたいという願望が強かったそうだ。
その思い入れの分、ラストの村歌舞伎のシーンは素晴らしい。
原田芳雄も実にイキイキと演じている。
思わず拍手したくなるような名場面であった。


共演者で特筆すべきは、やはり岸部一徳と大楠道代。


私が大好きな岸部一徳は、今回もまったく期待を裏切らない。
名作『大阪ハムレット』にも勝るとも劣らないヘタレ具合が抜群。
私は心のなかで拍手喝采であった。


大楠道代も素晴らしい。
認知症を患い、駆け落ちしたことも忘れ、少女のようにほほ笑むシーン、
狂気にかられたように食べものを貪るシーン、
正気を失ったり、取り戻したり、
くるくる人格が変わる難しい役を、違和感なく見事に演じている。


村役場の総務課に勤める職員を演じた松たか子も良かった。
原田芳雄、大楠道代、岸部一徳、石橋蓮司、三國連太郎とベテラン揃いで、
ともすればちょっと息苦しくなるような雰囲気の中、(笑)
明るくて、少し抜けたような役柄とその演技で、
見る者をホッと和ませてくれた。


その他、
石橋蓮司や、


三國連太郎や、


でんでんなどが、
さすがの演技で作品を盛り立てていた。

物語は、ほとんどがこの小さな村の中で展開する。
私は、以前、このブログで、映画『パンドラの匣』のレビューを書いたとき、
次のように記している。

世間から隔絶しているこの健康道場は、ある意味「ユートピア」といえる。
その内側がいかに過酷であろうとも、外部と遮断された内部は、文学的にとても魅力的な空間だ。
太宰治と同じく無頼派の坂口安吾は、『黒谷村』などで田舎の村を舞台に、
田中英光は、『オリンポスの果実』で船の中を舞台にユートピアを創り上げている。
ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で南海の孤島で、
イエールジ・コジンスキーは『異端の鳥』で異国の村々で、
大江健三郎は『芽むしり仔撃ち』で山奥の村で、
村上龍は『コインロッカー・ベイビーズ』で廃墟で、
文学的ユートピアを構築した。
太宰治もまた『パンドラの匣』で、文学的ユートピアを創っていたのだ。
死と隣り合わせにいながらも、患者や看護婦をお互いあだ名で呼び合う健康道場は、太宰治にとっての理想郷だったのかもしれない。
そのユートピア小説『パンドラの匣』は、映画監督・冨永昌敬によって、見事に映像化された。
我々は、映画を見ることによって、このユートピアで存分に遊ぶことができる。
実に贅沢な時間だった。

今回、『大鹿村騒動記』を見て、私は同じような感想を持った。
原田芳雄が選んだ「大鹿村」というユートピアで、
彼は、人生最後の演技を、存分に披露している。
そして私はただそのユートピアで、心ゆくまで遊ばせてもらった。


こんな素晴らしい遺作を残せて、原田芳雄は本当に幸せな役者だと思う。
公式発表はまだだが、
佐賀市富士町で開催される第28回古湯映画祭(2011年9月23日~9月25日)で、
原田芳雄の映画を一挙上映する「原田芳雄は活きている」という特集が組まれるらしい。
原田芳雄は、過去2回、古湯映画祭に呼ばれていて、
遅くまでスタッフと酒を酌み交わしたり、
一緒に温泉に入ったりと、
様々な伝説を残している。(笑)
佐賀・富士町の人々にも愛されていた彼だが、
今はもう残された映画でしか見ることができない。
今年の古湯映画祭では、
『大鹿村騒動記』はもちろん、
『竜馬暗殺』や『ツィゴイネルワイゼン』なども上映されるだろう。
ゲスト(出演交渉が難航している模様)によっては、
意外な作品が上映される可能性もある。
楽しみだ~
私としては、初々しかった頃の竹下景子も見られる『祭りの準備』に期待。
『大鹿村騒動記』を見たい人、
原田芳雄の過去の作品を見たい人は、
今年の古湯映画祭へ、ぜひぜひ。
アットホームな雰囲気の映画祭は、
きっとあなたを幸せな気分にしてくれることだろう。

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