一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『死体の人』 ……唐田えりかの女優としての覚悟が感じられた秀作……

2023年03月30日 | 映画


この映画を見たいと思った理由はただ一つ。
唐田えりかの出演作であるから。


唐田えりかを、美しき映画女優としてはっきり認識したのは、
濱口竜介監督作品『寝ても覚めても』(2018年9月1日公開)においてだった。
第2回「一日の王」映画賞・日本映画(2015年公開作品)ベストテンで、
私は、濱口竜介監督作品『ハッピーアワー』を第1位に選出した。
次作を、首を長くして待っていたのだが、
その次作『寝ても覚めても』で、私は唐田えりかに出逢ったのである。
唐田えりかの“美の衝撃”について、
私は次のように記している。

濱口竜介監督の商業映画デビュー作は、
突然行方をくらました恋人を忘れられずにいる女性が、
彼と“うり二つ”の男性と出会って揺れ動くさまを描いたラブストーリーであった。
映像が美しく、
静かに進行するストーリーの後に、驚きの展開が待っている傑作で、
商業映画としても成功している作品だと思った。

そして、ストーリーの展開以上に驚かされたのは、
ヒロイン・泉谷朝子を演じた唐田えりかの“美”であった。
〈こんなにも美しい女優がいたのか……〉
という驚き。



【唐田えりか】
1997年9月19日、千葉県生まれ。
2014年、アルバイト先のマザー牧場でスカウトされ芸能界入り。
2015年に大手企業CMに抜擢され、一躍話題になる。
2016年には、back number「ハッピーエンド」のMVに出演し、
圧倒的な透明感で話題になる。
TVドラマでは「こえ恋」(2016∕テレビ東京)、「ブランケット・キャッツ」(2017∕NHK)、「トドメの接吻」(2018∕日本テレビ)などに出演。
ファッション誌「MORE」の専属モデルとしても活躍中。
2017年からは、韓国にも活躍の場を広げ、
大手企業のCMや、
Brown Eyed Soulのナオルのシングル「Emptiness in Memory」MVなどに出演し、
さらなる注目を集めている。
本作『寝ても覚めても』で初ヒロインを務め、本格的に映画デビューを果たす。


本作『寝ても覚めても』での唐田えりかとの出逢いは、
古くは、
『ロミオとジュリエット』(1968年)でのオリヴィア・ハッセー、
『勇気ある追跡』(1969年)でのキム・ダービー、
『赤頭巾ちゃん気をつけて』(1970年)での森和代、
『おもいでの夏』(1971年)でのジェニファー・オニール
新しくは、
『阿弥陀堂だより』(2002年)での小西真奈美、
『ラブ・アクチュアリー』(2003年)でのキーラ・ナイトレイ、
『パッチギ! 』(2005年)での沢尻エリカ、
『天然コケッコー』(2007年)での夏帆、
『愛のむきだし』(2009年)での満島ひかり、安藤サクラ、
『最後の忠臣蔵』(2010年)での桜庭ななみ、
『SUPER8/スーパーエイト』(2011年)でのエル・ファニング、
『海街diary』(2015年)での広瀬すず、
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年)での石橋静河、
『四月の永い夢』(2018年)での朝倉あき
との出逢いに匹敵する。
一目惚れしやすい(熱しやすく冷めにくい)私としては、(笑)
もうこれ以上、好きな女優を増やしたくないのだが、
またもや唐田えりかに一目惚れしてしまった。



手放しの絶賛である。(笑)
ところが、2020年1月、『寝ても覚めても』で共演した東出昌大との不倫が発覚。
世間のみならずいろんなメディアからも大バッシングを浴び、
レギュラーとして出演していたTVドラマを途中降板させられ、
専属モデルを務めていた雑誌からも降ろされるなど、
TV界からも映画界からも一時姿を消した。
2021年9月、ファッションショー「Rakuten Fashion Week TOKYO 2022 S/S」(東京コレクション)で発表される短編映画『something in the air』に主演し、
1年半ぶりに女優業再開。


2022年11月26日公開の『の方へ、流れる』で3年ぶりに映画主演したが、
この作品は、佐賀はおろか、九州での公開もなく、見ることができなかった。


本日紹介する『死体の人』(2023年3月17日公開)は、
「まだ存在しない映画の予告編」を審査する映像コンテスト「未完成映画予告編大賞 MI-CAN3.5 復活祭」の最優秀作品を映画化したもので、
『本のゆがみ』などの草苅勲がメガホンを取り、
『猿楽町で会いましょう』などの渋谷悠が同監督と共同で脚本を担当している。
主演は、『SR サイタマノラッパー』シリーズの奥野瑛太。
唐田えりかがヒロイン・加奈を演じている。
この『死体の人』も、佐賀での公開はなく、残念に思っていたところ、
福岡のKBCシネマで公開されることを知り、歓喜。
先日、福岡まで出かけ、




やっと見ることができたのだった。



役者を志していたものの、
気がつくと“死体役”ばかりを演じるようになっていた吉田広志(奥野瑛太)。


開いたスケジュール帳はさまざまな方法で“死ぬ予定”でいっぱいだ。
「厳密にリアリティを追求するなら……」
と演じることへの強いこだわりを持つ彼だが、
効率を重視する撮影現場では、あくまで物言わぬ“死体”であることを求められる。


劇団を主宰していた頃の後輩俳優は要領よくテレビで活躍を果たしているが、
彼にはそれができない。
死体役には死体役のリアルが彼の中にはあるのだ。
ひとりのときでも発泡酒を口にすれば“毒死のシーン”を、
浴槽に浸かれば“溺死のシーン”を演じ、
常に死に方を探求する日々を送っていた。


そんな《死体の人》が、人生を変えられるような運命的な出会いを果たす。


ある日、自宅に招いたデリヘル嬢・加奈(唐田えりか)との情事の後、
彼は、
「ベタな質問で恐縮なんだけど……何でいまの仕事をしてるの?」
と彼女に問いかける。
それはそのまま《死体の人》にも跳ね返ってくる質問だった。
「けっこう喜んでもらえるし、こんなことくらいでしか人を喜ばせられないから」
と答える加奈に対して、
「俺なんか誰も喜ばせられないよ……」
と自嘲気味に《死体の人》は続ける。


明るく振る舞う加奈だが、彼女もまた自身の人生に問題を抱えていた。


しかし、ある日唐突に《死体の人》の元に、
母(烏丸せつこ)が入院するという報せが父(きたろう)から入る。


気丈に振る舞う母だが、どうにも病状は良くないらしい。


さらにそこに、新たな問題が発生。
偶然見つけた妊娠検査薬を何気なく自分で試してみたところ、
何と陽性反応が出たのだ。
これはいったいどういうことなのだろうか?
消えゆく命、
そして、新たに生まれてくるかもしれない命。
《死体の人》こと役者・吉田広志は、一世一代の大芝居に打って出る……




とても面白い映画で、感心した。
上映時間の94分が短く感じたし、もっと見たかったという思いが強い。
後味も悪くなかった。
それにしても、あの唐田えりかがデリヘル嬢を演じるとは……


あのスキャンダルがなければ絶対に(とまでは言えないけれど)やらなかった役ではないか。
しかも、この役はオーディションで勝ち取ったという。


今回オーディションを受けたのですが、今まで挑んで来なかった役に挑戦したいと思い、受けました。これまでは大人しめの優等生といった役どころが多かった印象なので。出演が決まったときは嬉しかったです!自信はなかったのですが、お芝居できることに対して嬉しくて楽しみでした。(「ムビコレ」インタビューより)

まず髪をピンクに染めるとか役柄に必要だと思うことは、自分で決めてやってみました。他にもクランクインの前に加奈の住む部屋に一泊したんです。実際に生活してみたらどんな感じなんだろうなというのを味わってみたいと思って。
ゴミが散らかったままの汚い部屋の状態で、そこにひとりで泊まったとき、すごく心細くなりました。ひとりでいること自体が不安で怖くなりました。加奈の役柄そのままに、本当に彼氏が自分の支えのすべてみたいに感じた時間でした。
(「ポパイ」インタビューより)

加奈という役は、最初は恋人に依存しているような弱いキャラクターであるのだが、


吉田広志(奥野瑛太)と出逢ったことにより変化が生じ、
彼女の中でやっと守るものができて強くなっていく。


他人に依存する人生から、自分の本当の人生への第一歩を踏み出す。
その決断に至る過程が素晴らしく、
その加奈を演じている唐田えりかも素晴らしかった。
唐田えりかの覚悟が感じられたし、
女優としても進化していると思った。



主人公の“死体役者”・吉田広志を演じた奥野瑛太も良かった。


ここ数年では、
『糸』(2020年8月21日、瀬々敬久監督)
『スパイの妻』(2020年10月16日、黒沢清監督)
『罪の声』(2020年10月30日、土井裕泰監督)
『タイトル、拒絶』(2020年11月13日、山田佳奈監督)
『すばらしき世界』(2021年2月11日、西川美和監督)
など、優れた監督の作品に出演しているイメージが強く、
TVドラマでは、
NHK朝ドラ「エール」での吟(松井玲奈)の婚約者・鏑木智彦役が印象に残っている。
短髪で、目がギョロっとしていて、恐い人という印象。(コラコラ)


本作『死体の人』は、草苅勲監督からのオファーによる出演であったようだが、
最初に本作のオファーがあったとき、監督に「僕はミスキャストです」と伝えたとか。

脚本を読ませていただいたとき、「草苅さんにとって一生に1本書けるかどうかの作品だな」と思いました。ご自身のパーソナルな部分を包み隠さずさらけだしている気概のようなものを感じたのと同時に、主人公の吉田広志は草苅さんなんだなと思いました。

草苅さんは終始優しくて温かい視点で物事を眺めている方ですが、どちらかというと僕は撮影現場で何クソ根性みたいなエネルギーを燃やしてきてしまった。草苅さんの前で草苅さんを演じるには、いまの自分は下手に現場を重ねてきたことでホコリが付いているんじゃないかなと思ったんです。そういう意味でも「ミスキャストじゃないですか?」というお話をしました。
(「an·an」インタビューより)

見る側としても、最初は「アクが強すぎないか……」と心配していたが、
日常生活のなかで死に方をいつでもどこでも練習して、
本番ではついやりすぎてしまう尋常ではない男が、
奥野瑛太という俳優の風貌や雰囲気と実にハマっていて、
見事なキャスティングだと思わされた。


吉田広志(奥野瑛太)が、偶然見つけた妊娠検査薬を自分で試してみたところ、
なんと陽性反応が出てしまう……という可笑しみを含め、随所に笑えるシーンがあり、
それだけではなく、感動させられるシーンも用意させられていて、
演じている奥野瑛太という俳優の奥深さが感じられる作品であった。



吉田広志(奥野瑛太)の母を演じた、烏丸せつこ。


思い悩む《死体の人》役者の息子に、死ぬ間際、
「よく見ておきなさい」
と、自ら死んでいく人間の様を息子に晒す母親を、
烏丸せつこは鬼気迫る演技で魅せる。


今では老婆を演じられる貴重な存在である女優・烏丸せつこであるが、
若き頃はクラリオンガールとして若者を虜にしていた。
その美貌絶頂のときに取材したことのある者としては複雑な心境ではあるのだが……(笑)



吉田広志(奥野瑛太)の父を演じた、きたろう。


病院でのシーンで、
(父親役の)きたろうが監督に、
「ここのツッコミのセリフ、これにしたほうがいいんじゃない?」
と言って変えたら、
(母親役の)烏丸せつこがツボに入って、笑いが止まらなかったとか。
きたろうの笑いのセンスに感心したことを(舞台挨拶で)奥野瑛太が語っていたが、
きたろうの醸し出す可笑しみ、ユーモアが、
本作を明るく前向きな作品にしていたように思う。



主人公に奥野瑛太、ヒロインに唐田えりか、
主人公の両親に烏丸せつこときたろう……というように、
この4人のキャスティングが絶妙で、
加えて、脚本(渋谷悠・草苅勲)が素晴らしく、
このことが本作を成功へと導いていたように感じた。
〈見て良かった!〉
と思った。

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