一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『母なる証明』 ……圧巻のラスト30分、踊るキム・ヘジャに鳥肌が立った……

2009年11月08日 | 映画


ポン・ジュノ監督作品『母なる証明』を見に行ってきた。
福岡のソラリアシネマまで……(笑)
佐賀でも、シアター・シエマで12月19日(土)より公開が予定されているが、それまで待てなかった。
それほど見たかった映画なのだ。
ポン・ジュノ監督作品と言えば、『殺人の追憶』(2003年)と『グエムル ―漢江の怪物―』(2006年)。
特に、『殺人の追憶』を初めて見た時の衝撃は、忘れることができない。
韓国版フィルム・ノワールとも言うべき作品で、その完成度の高さに舌を巻いた。
ジェイムズ・エルロイの『ホワイト・ジャズ』、
あるいは、トマス・H・クックの『緋色の記憶』を読んだときのような、
単なるミステリーではない、文学の香りただよう傑作だった。
ポン・ジュノ監督は、作品数は少ないながら、国際的にも広く認められ、すでに若き巨匠として韓国を代表する監督としての地位を確立している。
この才能溢れる監督の新作が公開されたのだ。
1ヶ月以上も我慢できなかった。(こらえ性のない奴とお笑い下さい)
でも、見に行って良かった!
福岡まで見に行った甲斐があった。
それほど素晴らしい作品だった。

漢方薬店で働きながら、一人息子のトジュン(ウォンビン)を育て上げた母(キム・ヘジャ)。
二人は貧しいながらも母ひとり子ひとりで懸命に生きてきた。
息子は、内気だが、朗らかな「子鹿のような目をした」純粋な青年であった。
ある日、二人が住む静かな町で、凄惨な殺人事件が起こる。
一人の女子高生が無残な姿で発見されたのだ。
事件の第一容疑者として、トジュンの身柄が拘束される。
彼の無実を証明するものは何もない中、事件の解決を急ぐ警察は形ばかりの捜査を行い、トジュンの逮捕に踏み切ろうと画策する。
一方、弁護人はやる気もなく、有罪判決は避けられそうもないように見えた。
無実を信じる母親は、ついに自ら立ち上がり、息子の疑惑を晴らすため、たった一人で真犯人を追って走り出すのだった……(ストーリーは、パンフレットから引用し構成)


こう書くと、単なるヒューマン・ミステリーのようだが、それは違う。
この作品も『殺人の追憶』と同様、フィルム・ノワール的雰囲気ただよう作品なのだ。


映画が始まると、草原を歩いてくるキム・ヘジャが映し出される。
そして音楽が流れ出す。
その音楽に合わせて突如キム・ヘジャが踊り出す。
何が何だかわからないのだが、見る者はグッと惹き込まれる。(この導入部の素晴らしさは、映画を見終わってからあらためて再認識することになる)


事件の謎を追ううちに、韓国社会の闇、人の心の闇が、次第に浮き彫りにされていく。
このあたりが通常のミステリー映画とはまったく違うところ。
少女が殺される廃屋、
廃品回収業者の住む掘っ立て小屋、
朽ち果てたような遊園地、
空虚感ただよう巨大な墓地……
ポン・ジュノ監督の描き出す寂れた風景は、登場人物たちの心象風景のようだ。
それでいて美しい。


母親役のキム・ヘジャは、1941年生まれというから今年68歳。
1963年にデビューし、今では「韓国の母」と称されるほど親しまれている女優。
「私を本当に崖っぷちに追いやるほどの演出をしてほしい、どんどん痛めつけてもいいから」
と監督に申し出たとかで、息子を溺愛する母親を、過激に、挑戦的に演じている。
彼女なくしてこの作品はなかったと思わせるほど素晴らしい演技を見せている。


息子のトジュン役のウォンビン。
ペ・ヨンジュン、チャン・ドンゴン、イ・ビョンホンと共に「韓流四天王」と称されている日本・韓流ブームの先駆者の一人。
2005年に韓国の徴兵制度により江原道春川102補充隊に入隊。
入隊後、以前から痛めていた膝の症状が悪化し、左側ひざ十字靱帯部分断裂との診断を受けたため、2006年に手術を受けたが、兵役続行は困難と判断され、同年除隊。
しばらくの間リハビリに専念していた。
本作は、兵役後初、実に5年ぶりとなる復帰作となる。
「脚本を読んだとき、この役は、俳優としてのターニングポイントになると確信した」
と彼が語っている通り、純粋無垢な青年を繊細な演技で完璧に演じている。
1977年生まれというから、もう32歳になっているのだが、まだ10代のような純真さを保ち続けている稀有な男優である。


トジュンの友人・ジンテ役のチン・グ。
最近では、今年NHK総合で放送されたドラマ『スポットライト』で、主人公のソン・イェジン(大好き!)扮するテレビ局報道記者をサポートする後輩(イ・スンチョル記者)を演じていた。
このドラマではコミカルな演技をしていたが、『母なる証明』では一転、冷酷な面と、温かい面を併せ持つ複雑な内面を持つ青年を巧みに演じていた。
これからが楽しみな男優である。


脚本も美術も撮影も、そして特に音楽が秀逸。
最初とラストに流れる曲は、いつまでも耳に残る。
とにかく素晴らしい作品だ。
私が百回讃辞を唱えるよりも、(私の好きな)次の三人のコメントの方が効果があると思うので、紹介する。

『ディア・ドクター』で話題の西川美和監督は、
《戦意喪失してしまうほどパーフェクトだ。
お願いだからそこまで面白くしないで、
と何度も悲鳴をあげそうになった。
ポン・ジュノという人が隣の国にいる、
それだけでたまらなく怖いし、涙が出るほど楽しい。》


小説『悪人』の作者・吉田修一は、
《とにかくこの作品で注目してほしいのは母と息子の眼差しである。
監督は正気と狂気の境をとても丁寧に描いている。
しかしその技は巧妙すぎて、よほど注意していないと
見逃してしまう恐れがある。
待ちに待ったポン・ジュノの新作は、十人見れば、
十通りのストーリーが浮かぶような稀有な作品だ。》


国内外からオファーが絶えない男優・香川照之は、
《『殺人の追憶』を超えるサスペンス。圧巻の展開。
踊るキム・ヘジャ、佇むウォンビンが、私たちを不断に圧倒する。
驚愕の一本だ。》


福岡では、ソラリアシネマとT・ジョイリバーウォーク北九州にて公開中。
佐賀では、シアター・シエマで12月19日(土)より、
長崎では、長崎セントラル劇場で、1月2日(土)より公開予定。

県によっては公開が来年にずれ込むが、待ちきれない人は福岡へ。

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