一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

直木賞作家・角田光代講演会「つながる、つなげる。~本を、人を、未来へ~」

2023年11月04日 | 特別企画「逢いたい人に逢いに行く」


「逢いたい人に逢いに行く」という特別企画の第32回目は、
作家の角田光代さん。


今年(2023年)10月の始め、
私が利用している図書館の公式サイトで、次のような告知があった。

角田光代講演会「つながる、つなげる。~本を、人を、未来へ~」
11月3日(金・祝)13時30分~15時
場所:中央公民館大ホール(多久市北多久町大字小侍7番地1)
定員:300人
申込方法:電話か図書館カウンターかWebフォームでお申し込みください。

幅広い年齢層の読者を魅了している直木賞作家の角田光代(かくたみつよ)さんから、本や図書館について、作家視点でお話しいただきます。

▼作家/角田光代
1967(昭和42)年、神奈川県生れ。魚座。早稲田大学第一文学部卒業。
1990(平成2)年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。「対岸の彼女」で直木賞受賞。



多久市立図書館の創立100周年を記念した催しとのことで、
小さなわが町に作家が講演に来ることなどめったにないことなので、
すぐに参加申し込みをした。


私と、角田光代さんの小説との出合いは、
そのほとんどが映画の原作としてであった。
角田光代さんの小説が原作の映画には傑作が多く、
このブログ「一日の王」でも、

『八日目の蟬』(2011年4月29日公開、監督:成島出、主演:井上真央)
『紙の月』(2014年11月15日公開、監督:吉田大八、主演:宮沢りえ)
『月と雷』(2017年10月7日公開、監督:安藤尋、主演:初音映莉子・高良健吾)
『愛がなんだ』(2019年4月19日公開、監督:今泉力哉、主演:岸井ゆきの)

などのレビューを書いている。(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
原作を読むことによって、
優れた監督たちがどうして角田光代さんの小説を映画化したがるのか、
なぜ映像化されても傑作となりうるのかが、
少し判ったような気がした。


そんな魅力ある作家・角田光代さんの講演会なので、
11月3日を、首を長くして待っていた。
で、当日は少し早めに会場に到着し、
前から2列目の席で拝聴したのだった。(コラコラ)








定員300人に対し、350人ほどからの申し込みがあったそうで、会場はほぼ満席。
角田光代さんが一人で1時間半講演されるものと思っていたが、
ステージには二つの椅子がセッティングされており、


多久市立図書館の館長・辻成美さんと二人で登壇し、
辻さんが質問する形で講演会は進行した。
堅苦しいものになりがちな講演会であるが、
こうした質問形式にしたことで、会場はリラックスした雰囲気になり、
登壇している二人も楽しく会話し、観客も二人の会話を楽しんで聴くことができた。
辻さんの質問は、
角田光代さんが内に秘めている様々な思いを引き出し、
(幼少期から現在に至るまでの)文学との関わりや人生観などを上手く訊き出し、
とても興味深く聴くことができた。


そんな角田光代さんの話の中から、いくつかをピックアップしてみる。

7歳の頃から作家になりたいと思っていた。
「あいうえを」が書けるようになり、
短い文章も書けるようになり、
その文章をつなげて作文が書けるようになり、
書けば人に伝わるという喜びを覚え、
それが楽しく、面白く、
実際にあった事だけでなく、ウソも書くようになり、(笑)
1日に作文を17本くらい書いたりしていた。


大学卒業から1年後の1990年、『幸福な遊戯』で第9回海燕新人文学賞を受賞し、
角田光代としてデビューしたが、(大学在学中にコバルト・ノベル大賞受賞し、彩河杏名義でジュニア小説というジャンルで一度デビューしている)
海燕の当時の編集長(寺田博)からは、
「作品が厭世的すぎる。もっと希望のある内容を書け」
と指摘されていた。
そのことに関しては薄々理解をしていたが、認めたくなかった。
その後、『空中庭園』に対して久世光彦や井上ひさしが書いた書評などが転機となり、
寺田博の言う、
「もっと希望のある内容を書け」
という意味を理解し、希望のある小説が書けるようになった。
そして『対岸の彼女』で直木賞を受賞することができた。


私は天才型の作家ではないので、
アイデアが降ってくることも下りてくることもないし、
登場人物が勝手に動き出すこともない。
コツコツと地道に書いていくのみ。
自分のことは書かないし、すべて創って書いている。
仕事とプライベートは完全に分けており、
仕事をする場所へ通い、
午前9時から午後5時まで(現在は午前8時から午後4時半まで)、
そこで書く。(日曜日は休みで、土曜日は半ドン)
このスタイルは当時お付き合いしていた人のライフスタイルに合わせたもので、
30歳くらいから続けている。(その人とはその後別れたとのこと)


『源氏物語』の現代語訳に取り組んでいた5年間は、
自分の小説は書かずに、訳に集中していた。
現代語訳には、これまで、与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、瀬戸内寂聴などの文豪たちが挑み、さまざまな訳が出たことで、広く一般にも親しまれてきたが、
原稿用紙4000枚とも言われる長さゆえ、たとえ現代語訳でも読み通すには覚悟がいる作品だった。
何より小説としての面白さが堪能できる『源氏物語』ということで、
現代語訳には様々な工夫をした。
第一は、地の文の敬語をほぼ廃し、主語を入れたことで細部まで分かりやすくしたこと。
その他、歯切れのよい文章、生き生きとした会話を取り入れ、
最後まで読める現代語訳にした。
この“角田源氏”は大好評を博し、第72回読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞。
自信作なのでぜひ読んで欲しい。(文庫版も今秋刊行開始され、2024年10月に全8巻完結予定)


ただ、『源氏物語』の現代語訳に集中し過ぎて、
5年後に自分の小説を書こうとしたら、小説の書き方を忘れてしまっていて、(笑)
とても苦労した。


講演後の質疑応答にも丁寧に答えて頂き、
とても有意義な時間を過ごすことができた。



角田光代さんは、満員の会場を見て、開口一番、
「大事な連休の一日なのに、私の講演会なんかに来て大丈夫ですか? 誰かの講演会と間違えていませんか? 林真理子さんと間違えていませんか? 東野圭吾さんと間違えていませんか? 本当に私で大丈夫ですか?」
と言って笑わせ、講演後も同じことを言って再度笑わせてくれた。
素晴らしい人柄の作家というのが判ったし、
人柄が作風にも表れていると思った。
講演会に来て良かったと思った。


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