一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『窓辺にて』 ……中村ゆり、玉城ティナが魅力的な今泉力哉監督の傑作……

2022年12月06日 | 映画


今泉力哉監督作品である。


今泉力哉監督作品とは、
『愛がなんだ』(2019年)
で、出合い、以降、
『アイネクライネナハトムジーク』(2019年)
『mellow』(2020年)
『街の上で』(2021年)
『あの頃。』(2021年)
『かそけきサンカヨウ』(2021年)
『愛なのに』(2022年)脚本を担当(城定秀夫と共同脚本)、監督・城定秀夫
『猫は逃げた』(2022年)

などを鑑賞し、レビューを書いてきた。
今泉力哉監督作品は、
前衛的だとか、これまで見たことない映像世界というのではなく、
ありがちな題材で、ゆるめのテンポでストーリーが展開するのだが、
凡庸な映画にならずに、最後まで興味を持って鑑賞させられてしまう。
特に今年(2022年)は、
城定秀夫と今泉力哉が、互いに脚本を提供しあった、
R15+指定のラブストーリー映画を製作するコラボレーション企画「L/R15」の2作、
『愛なのに』(監督・城定秀夫、脚本・今泉力哉)
『猫は逃げた』(監督・今泉力哉、脚本・城定秀夫)
で、大いに楽しませてもらった。
なので、今泉力哉監督の新作『窓辺にて』も期待していた。

そんな中、「キネマ旬報」のキネ旬レビューを読んでいると、
あの女性映画評論家Kが、(この女性映画評論家Kに関してはコチラを参照)
本作『窓辺にて』に低い点数をつけて酷評していた。

固定カメラによる喫茶店のムダ話のような会話が延々と続くのには、またかとウンザリする。意味のない会話で相手の真意を探るのならまだしも、ただ喋っているだけのお喋り。さしずめ今泉監督にあっては意味のないお喋りは知的なゲームのつもりなのだろうが、あげく見えてくるのは妻の浮気を知っても何も感じない男のささやかな戸惑いだとはまさに肩透かし。女子高生作家や、不倫中の友人のエピソードも週刊誌レベル。低体温キャラの稲垣吾郞は一人のときが一番絵になることを発見。

私と女性映画評論家Kとは真逆の感性なので、
彼女が否定する映画は、私にとって傑作であることが多い。
なので、『窓辺にて』に対する期待は弥が上にも高まった。(笑)


本作『窓辺にて』は、今年(2022年)の11月4日に公開された作品であるが、
佐賀では(いつものごとく)遅れて12月2日より公開された。
で、佐賀での公開初日に、上映館であるシアターシエマに駆けつけたのだった。



小説を一冊だけ出したきり、フリーライターをしている市川茂巳(稲垣吾郎)は、


編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が、


担当している売れっ子作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気していることに気づいているのに、
何の感情も沸かないことにショックを受けていた。


一方、友人のプロスポーツ選手の有坂正嗣(若葉竜也)は、


妻・ゆきの(志田未来)と娘がいながらも、


人気モデルの藤沢なつ(穂志もえか)と不倫をしている。


友人にも誰にも相談できず悩んでいた市川は、
ある日、文学賞の取材で出会った高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)の受賞作「ラ・フランス」の内容に深く惹かれる。
小説の主人公が手に入れたものをすぐに手放す様が引っ掛かる市川は、
この小説にモデルがいるなら会わせてほしいと願い出る。


最初に留亜が紹介してきたのは、自分の恋人の優二(倉悠貴)だった。
金髪でバイクに乗った優二は、市川を下心があるオジサンだと決めつけ、
敵意を漲らせてくる。


次に留亜が引き合わせてきたのは、
伯父のカワナベ(斉藤陽一郎)だった。
森の中で世捨て人のように暮らすカワナベに、市川は自分の悩みを打ち明ける。


留亜やカワナベとの出会いをきっかけに、自分に正直に生きることにした市川は、
紗衣と向き合うことに……



淡々とした会話劇というのは、
面白くなければ寝落ちの危険性があるのだが、
今泉力哉監督が書いた脚本は素晴らしく、
約2時間半という長めの上映時間であったにもかかわらず、
最後まで楽しく見ることができた。


深刻な会話の途中にも、クスッと笑えるようなユーモアがちりばめられており、
脚本が練られているのが感じ取れる。
女性映画評論家Kの言う、
「固定カメラによる喫茶店のムダ話のような会話が延々と続くのには、またかとウンザリする。意味のない会話で相手の真意を探るのならまだしも、ただ喋っているだけのお喋り」
という部分は微塵もなく、
緻密に練り込まれた会話は、
シナリオを読んでまた確かめたくなるほど魅力的だ。


『愛なのに』のパンフレットには巻末にシナリオが収録されていたので、
それを期待して『窓辺にて』のパンフレット(900円)も買ってみたが、
シナリオは載っていなかったので、それだけは残念だった。
それでも、窓を模して切り取られた表紙(裏表紙も)は素敵だったし、


中には、高校生作家・久保留亜の受賞作「ラ・フランス」が綴じ込まれていて、
とても凝ったパンフレットで大満足であった。



フリーライターの市川茂巳を演じた稲垣吾郎。


今泉力哉監督が「当て書き」したこともあってか、
主人公の市川が稲垣吾郎そのもので、(稲垣吾郎が市川そのものとも言える)
これほど主役の俳優と役が一体化した映画も珍しいと思った。

今泉さんの書くセリフのトーンもそうですが、主人公が喋ることって、本当に僕が言いそうなことなんですよ。例えば「理解なんかされないほうがいいよ。期待に応えないといけないから」とか。監督に見透かされているみたいで、ちょっと怖い。僕も茂巳のように飄々としたところがあって、あまり強い感情に引き摺られない。今泉さんの作品が好きなのも、感性に似たものがあるからかもしれないですね。(パンフレットのインタビューより)

と、稲垣吾郎も語っていたが、
市川茂巳という主人公は、なかなか理解されにくいキャラクターであるにもかかわらず、
それが見る者に自然に受け入れられたのは、
市川茂巳が話す内容が、稲垣吾郎が(いかにも)言いそうなセリフばかりで、
そこに違和感がなかったからだと思われる。
多くの映画を鑑賞し、評論もしている稲垣吾郎なればこそ、
「今泉映画」への深い理解もがあり、
一見、演技をしていないように見えながら、緻密に計算された演技によって、
稲垣吾郎そのものが動き話しているような錯覚を、見る者に与える。
これだけ自然に、穏やかに演じられるということは、
演技における大いなる技量の持ち主ということではあるまいか。



編集者で、市川茂巳(稲垣吾郎)の妻・紗衣を演じた中村ゆり。


中村ゆりのことは、『パッチギ! LOVE&PEACE』(2007年)で初めて知ったが、
その当時はそれほど好いとは思わなかったが、
彼女が30代になった頃から好きになり、(20代の頃よりも更に美しさに磨きがかかった)
特に潤んだような目の美しさに魅かれるようになった。


主演映画にはあまり恵まれなかったが、
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)
『海よりもまだ深く』(2016年)
『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017年)
『愛唄 -約束のナクヒト-』(2019年)
『21世紀の女の子』(2019年)
『居眠り磐音』(2019年)
『Fukushima 50』(2020年)

などに出演している中村ゆりを陰ながら応援していた。
ここ数年のTVドラマで好きだったのは、
「今夜はコの字で」(2020年1月7日~3月23日、BSテレ東)
「今夜はコの字で Season2」(2022年4月9日~6月25日、BSテレ東)



東京を舞台に、
広告代理店に勤める吉岡としのり(浅香航大)と、
吉岡の大学時代の先輩・田中恵子(中村ゆり)が、


「コの字酒場」と呼ばれるコの字型のカウンターのある居酒屋で繰り広げる、
異色のグルメ&恋愛ドラマ。


年上の女性(大学時代の先輩)という設定が特に素晴らしく、
中村ゆりの魅力全開のドラマで、毎回楽しみに観ていた。


映画『窓辺にて』では、
担当している売れっ子作家の荒川円(佐々木詩音)と浮気しているという設定で、
ドロドロした不倫という感じではなく、
担当している作家に書かせるために……というようなニュアンスも感じられる。


夫婦仲も悪いわけではなく、冷めてもいない。
「なのに……」
という部分が本作の面白さであった。
編集者としての才能もあり、女性としての魅力もあるが、
何かが欠落している……
それは市川にも、
そして、この映画に登場する人物すべてに言えることであるが、
「不倫をしても、不倫を楽しんではいない」し、
「恋愛をしても、恋愛を楽しんではいない」のだ。

今回、浮気とか不倫をしている人がたくさん出る話にしようと思ったんですね。だけど、みんな罪悪感に縛られていたり、「こういうの良くないよね」って言ってるだけで、誰も恋愛を楽しんでいない(笑)。浮気や不倫が悪とされるのって、楽しんでるのがベースじゃないですか。だから誰も楽しんでいない浮気を描きたくて。(同上)

と語る今泉力哉監督も相当ひねくれているが、(笑)
ここに今泉力哉監督作品の魅力があることもまた疑いようのない事実である。
このように、一筋縄ではいかない脚本を理解し、繊細に演じた中村ゆりも、
稲垣吾郎と同様に、称賛されてしかるべきだと考える。



高校生作家・久保留亜を演じた玉城ティナ。


玉城ティナに関しては、2019年に見た3作、
『チワワちゃん』(2019年1月18日公開)ユミ 役
『Diner ダイナー』(2019年7月5日公開)ヒロイン・オオバカナコ 役

『惡の華』(2019年9月27日公開)ヒロイン・仲村佐和 役
によって、一気にファンになった。
特に『惡の華』は素晴らしく、
3年以上経過した今でも忘れることができず、度々思い出す程。
そんな玉城ティナが、「高校生作家」を演じるというのだから堪らない。

今回の留亜という役は、どこか玉城さんご本人と重なる部分があるように思えたんですね。実際、文芸誌に短編を書いたりなど作家活動もされているし、留亜の「高校生作家」という派手なレッテルや話題性が先行した周囲からの扱いと、本人の温度とギャップや違和感、みたいなことは、おそらく玉城さんにはよく理解していただける感情じゃないのかなと。(同上)


こう今泉力哉監督が語るように、
玉城ティナの「高校生作家」という役は等身大に近く、
そこに自身が“幼さ”と“可愛さ”をプラスして、最高のキャラクターを創り上げている。


この久保留亜が実に魅力的で、おじさんをメロメロにしてしまう。(笑)
「玉城ティナ、恐るべし」なのである。



茂巳の友人で、プロスポーツ選手(現在リハビリ中)の有坂正嗣(マサ)を演じた若葉竜也。


今泉力哉監督作品の常連といった感じで、
前作『街の上で』(2021年4月9日公開)に続いての出演。
若葉竜也自身は、

撮影中は「こいついいやつだなぁ」「素直だなぁ」と思いながら演じていたはずなのに……完成版みたらめちゃくちゃクズでした。不思議体験しました。(同上)

とコメントしていたので笑ってしまったのであるが、
本当にクズな役で、『愛なのに』の中島歩と比べてみたくなったほど。
見る者にそう思わせる演技が素晴らしく、
今泉力哉監督が好んでキャスティングする筈だと思った。



有坂正嗣(若葉竜也)の不倫相手・藤沢なつを演じた穂志もえか。
モデルでタレントという役で、
プロスポーツ選手との不倫という、いかにもな設定なのであるが、
清潔感のある穂志もえかが演じたことで、
こちらもドロドロとしたものにはならず、
どこか可笑しみがあり、爽やかささえ感じる不倫となっている。(笑)


今泉力哉監督作品『街の上で』でも、
主人公・荒川青(若葉竜也)の元カノを演じており、
前作に続いての共演。
『街の上で』での穂志もえかをまた見たくなった。



有坂正嗣(若葉竜也)の妻・有坂ゆきのを演じた志田未来。
本作の登場人物の中で、いちばん「普通」の感覚を持っている人物で、
ちょっと変わった人々の中で、「普通とは何か」を示唆する役目を担っている。
そんな役を尋常ではない(と言っては失礼だが)志田未来が演じるのだから面白い。
本当は、こんな感じの人物が最も恐いのだろうけれど……



パチンコ店で、市川の隣でパチンコをする女性を演じた中尾有伽。
留亜に呼ばれ、店を出る茂巳に、大量の玉を譲られ、困惑する女性を演じる。
出演シーンは少ないが、鮮烈な印象を残す。(このシーンは大好き)
中尾有伽もまた『街の上で』に続いての今泉力哉監督作品出演だ。



留亜の伯父・カワナベを演じた斉藤陽一郎。
小説「ラ・フランス」の主人公のモデルとなった2人目の人物として、
留亜から市川へ紹介される人物で、
TV業界で働いていたが、いろんなことがあって嫌気がさしたのか、
今は、山奥にある小屋で暮らしているという設定。
(留亜の父である)弟もTV関係の仕事をしていたが、
やらせ疑惑で、心を病んで失踪。
その失踪した弟の代わりに何かと留亜を気にかけている。
市川が、
妻が浮気していること、そのことにショックを受けていないことを、
最初に打ち明ける相手がこのカワナベという人物で、
なんでも受け止めてくれそうな雰囲気が秀逸で、
斉藤陽一郎の演技も素晴らしかった。



その他、
留亜の彼氏・水木優二を演じた倉悠貴、


紗衣の不倫相手で、人気小説家・荒川円を演じた佐々木詩音、


紗衣の母親・三輪ハルを演じた松金よね子などが、
個性あふれる演技で作品をより良きものにしていた。



女性映画評論家Kが貶した映画は、
私にとっては「傑作」になるということを、
またしても実証した作品であった。
女性映画評論家Kに感謝。(コラコラ)

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