第2回 「一日の王」映画賞・日本映画(2015年公開作品)ベストテンで、
私は、濱口竜介監督作品『ハッピーアワー』を第1位とした。
4人の女性の日常と友情を、5時間を越える長尺で丁寧に描き、
ロカルノ、ナントなど、数々の国際映画祭で主要賞を受賞した傑作で、
「一日の王」映画賞では、作品賞だけでなく、
監督賞、主演女優賞、助演男優賞も最優秀とした。(コチラを参照)
2015年におけるベストワンというだけでなく、
ここ数年においてもベストワンの作品ではないかと思っている。
それほど高く評価している『ハッピーアワー』なので、
濱口竜介監督の次作を、首を長くして待っていた。
そして、ついに、その濱口竜介監督の新作が9月1日より公開された。
『寝ても覚めても』である。
本作は、なんと、濱口竜介監督の商業映画デビュー作。
原作は、芥川賞作家・柴崎友香の同名小説。
主演は、東出昌大と、唐田えりか。
第71回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門に出品され、
すでに、世界20カ国での配給も決定している期待作。
それなのに、佐賀では、上映館がなかった。
どうしても見たかった作品なので、
この映画を見るためだけに福岡(KBCシネマ)まで出掛けたのだった。
大阪に暮らす21歳の泉谷朝子(唐田えりか)は、
写真展を開催している美術館で、
鳥居麦(東出昌大)と出逢う。
麦「名前は?」
朝子「え。泉谷……、朝子」
麦「あさ子の朝は、モーニングの朝?」
朝子「え……はい」
麦「いい名前」
朝子「あなたは」
麦「俺はバク」
麦は朝子に顔を近づけ、いきなりキスをする。
運命的な恋に落ち、付き合い始める二人。
だが、麦を見た朝子の友人・島春代(伊藤沙莉)は、
「顔はたしかにええ。けども。朝ちゃん、あれはあかん。一番あかんタイプのやつや」
と警告する。
半年後、春代の心配が現実となる。
麦は、靴を買いに出かけると言って、そのまま帰らず、
朝子の前から忽然と姿を消したのだった……
2年後。
大阪から東京に引っ越した朝子は、
麦とそっくりな顔の丸子亮平(東出昌大∕2役)と出会う。
麦のことを忘れることができない朝子は亮平を避けようとするが、
そんな朝子に亮平は好意を抱く。
そして、朝子も戸惑いながらも亮平に惹かれていく……
5年後。
朝子と亮平は共に暮らし、
朝子と以前ルームシェアをしていた鈴木マヤ(山下リオ)や、
亮平の会社の同僚・串橋耕介(瀬戸康史)と、
時々4人で食事を摂るなど、
平穏だけど満たされた日々を過ごしていた。
ある日、
朝子と亮平は、出掛けた先で大阪時代の朝子の友人・春代と出会う。
7年ぶりの再会。
麦の行方が分からなくなって以来、
大阪で親しかった春代も、麦の遠縁だった岡崎伸行(渡辺大知)とも疎遠になっていた。
その麦が、現在はモデルとなって注目されていることを朝子は知る。
亮平との穏やかな生活を過ごしていた朝子に、
麦の行方を知ることは小さなショックを与えた。
一緒にいるといつも不安で、でも好きにならずにいられなかった麦との時間。
ささやかだけれど、いつも温かく包み、安心を与えてくれる亮平との時間。
朝子の中で気持ちの整理はついていたはずだったのだが……
濱口竜介監督の商業映画デビュー作は、
突然行方をくらました恋人を忘れられずにいる女性が、
彼と“うり二つ”の男性と出会って揺れ動くさまを描いたラブストーリーであった。
映像が美しく、
静かに進行するストーリーの後に、驚きの展開が待っている傑作で、
商業映画としても成功している作品だと思った。
そして、ストーリーの展開以上に驚かされたのは、
ヒロイン・泉谷朝子を演じた唐田えりかの“美”であった。
〈こんなにも美しい女優がいたのか……〉
という驚き。
【唐田えりか】
1997年9月19日、千葉県生まれ。
2014年、アルバイト先のマザー牧場でスカウトされ芸能界入り。
2015年に大手企業CMに抜擢され、一躍話題になる。
2016年には、back number「ハッピーエンド」のMVに出演し、
圧倒的な透明感で話題になる。
TVドラマでは「こえ恋」(2016∕テレビ東京)、「ブランケット・キャッツ」(2017∕NHK)、「トドメの接吻」(2018∕日本テレビ)などに出演。
ファッション誌「MORE」の専属モデルとしても活躍中。
2017年からは、韓国にも活躍の場を広げ、
大手企業のCMや、
Brown Eyed Soulのナオルのシングル「Emptiness in Memory」MVなどに出演し、
さらなる注目を集めている。
本作『寝ても覚めても』で初ヒロインを務め、本格的に映画デビューを果たす。
本作『寝ても覚めても』での唐田えりかとの出逢いは、
古くは、
『ロミオとジュリエット』(1968年)でのオリヴィア・ハッセー、
『勇気ある追跡』(1969年)でのキム・ダービー、
『赤頭巾ちゃん気をつけて』(1970年)での森和代、
『おもいでの夏』(1971年)でのジェニファー・オニール
新しくは、
『阿弥陀堂だより』(2002年)での小西真奈美、
『ラブ・アクチュアリー』(2003年)でのキーラ・ナイトレイ、
『パッチギ! 』(2005年)での沢尻エリカ、
『天然コケッコー』(2007年)での夏帆、
『愛のむきだし』(2009年)での満島ひかり、安藤サクラ、
『最後の忠臣蔵』(2010年)での桜庭ななみ、
『SUPER8/スーパーエイト』(2011年)でのエル・ファニング、
『海街diary』(2015年)での広瀬すず、
『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年)での石橋静河、
『四月の永い夢』(2018年)での朝倉あき
との出逢いに匹敵する。
一目惚れしやすい(熱しやすく冷めにくい)私としては、(笑)
もうこれ以上、好きな女優を増やしたくないのだが、
またもや唐田えりかに一目惚れしてしまった。(コラコラ)
これまで素人や無名俳優を使って映画を創ってきた濱口竜介監督にとって、
従来の演出法に最もフィットしたのが、
新人女優の唐田えりかではあるまいか。
演技自体はまだまだであるが、
この映画における存在感はピカイチで、
唐田えりかにとっての(女優としての)初期の代表作になったと思う。
唐田えりかは語る。
オーディションでヒロインに選んでいただいたのですが、撮影まで約2カ月間の準備期間があって、そのとき、東出さんがみんなをご飯に誘ってくれました。東出さんからは「役柄では恋人同士なので、タメ口でしゃべってほしい」と言っていただいたり、意思疎通は取れていたので、撮影前から関係性はできていました。
そういう状態で撮影に入ったのは初めてでした。良い意味で、何も考えずに現場に居ることができたというか、「ああしよう、こうしよう」ではなくて、その場で感じたままに演じられたというか……。不安が少ない状態でお芝居ができたことで前向きになれました。そのおかげで、濱口監督からはお芝居の基盤を教えてもらいましたし、お芝居をもっと知りたいと思うようになりました。
濱口竜介監督の指導法とは、
「1に相手、2にせりふ。3、4がなくて5に自分」
ということであったらしい。
演じる上で、まずは相手をみる。
(たしかに濱口竜介監督作品には互いを見つめ合うシーンが多い)
それを意識すると、せりふが自然に出てくる。
感じたままに動くと、
自分はどうでもよくて、相手が一番と大切だと思えるようになってくるのだという。
デビュー以降、演技に対して前向きになれない部分があり、苦手意識があったのだが、
『寝ても覚めても』では、演技へのアプローチを含めて初体験が多く、
前向きになれるきっかけになったそうで、
濱口竜介監督には本当に感謝しているとのことだった。
本格的な映画デビュー作が、濱口竜介監督作品であったことは、
唐田えりかにとって、物凄くラッキーなことだったのではあるまいか。
そして、唐田えりかを見出した濱口竜介監督の“目”も称賛されるべきものであろう。
もうひとりの主役、
丸子亮平と鳥居麦を演じた東出昌大も素晴らしかった。
原作は4年前に読んでいたそうで、
1人2役で演じたそれぞれのキャラクターについては、
麦は爬虫類的というか目の前に邪魔なものが来たら何の遠慮もなく排除する、ちょっと超人的な存在なのかなと僕は思いました。亮平については原作とは印象が少し変わって、すごく優しい人で、人に強く出られないところから来る優しさや包容力のある好青年だなと思って演じていました。
と語っている。
2役の演じ分けについては、
濱口監督から、ワークショップの際に、
「作為的な演じ分けは必要ない」
と言われ、
同じタイトルの映画を、同じスタッフで、同時期に2本の作品を撮っているかのような感覚であったという。
東出昌大という俳優には、元々、声に特徴があるが、
撮影前に行われたワークショップでは、
感情的なニュアンスを抜いて、何度も何度もセリフを言うことを繰り返したそうで、
監督のイメージする声を出すために試行錯誤したとのこと。
そのため、東出昌大の声も、唐田えりかの声も、
(大御所と言われる俳優たちの思い入れたっぷりの大仰なセリフとは対極にあるような)
スッと見る者の心に入ってくるような声であった。
朝子の友人・島春代を演じた伊藤沙莉。
現在放送中のTBSの日曜劇場「この世界の片隅に」(2018年7月15日~)で、
刈谷幸子役として出演しており、
ここでも素晴らしい演技をしているが、
本作においても、ちょっとクセのある個性的な女性を実に巧く演じていた。
朝子の元ルームメイト・鈴木マヤを演じた山下リオ。
私が、山下リオというファッションモデル兼女優を知ったのは、
笑福亭鶴瓶がMCをしている「A-Studio」(TBS系)で、
アシスタントMCをしているとき(2014年4月4日~2015年3月27日)であったが、
以降、常に気になる存在であった。
この「A-Studio」のアシスタントMCを務めたタレントは、
SHELLY、本田翼、波瑠、早見あかり、森川葵など、
その後、一段と飛躍していった印象があり、
山下リオもその例に倣って羽ばたいている感じがする。
本作『寝ても覚めても』でも、演劇女優を目指しているという役であったが、
素晴らしい演技をしていて嬉しかった。
今後は、濱口竜介監督のような優れた監督の作品に、多く出演することだと思われる。
串橋耕介を演じた瀬戸康史。
20代前半の若いイメージがあったが、
1988年5月18日生まれなので、もう30歳。(2018年9月現在)
今年(2018年)は、
「海月姫」(2018年1月~3月、フジテレビ系)という印象的なドラマや、
現在放送中のドラマではNo.1の「透明なゆりかご」(2018年7月~9月、NHK)など、
大活躍している印象がある。
本作では、主役ではないものの、確かな演技で作品を支えていた。
この他、
岡崎伸行を演じた渡辺大知、
岡崎伸行の母・岡崎栄子を演じた田中美佐子、
東北の漁師・平川を演じた仲本工事が、
印象深い演技で作品を締めていた。
映画の終盤、朝子のセリフに、こんな言葉があった。
今までの方が全部夢だったような気がする。すごく、幸せな夢だった。成長したような気でいた。でも目が覚めて、私、何も変わってなかった。
このセリフを聞いて、
私は、中川龍太郎監督作品『四月の永い夢』(2018年5月12日公開)を思い出していた。
「世界が真っ白になる夢を見た」
「ふと目を覚ますと、私の世界は真っ白なまま、醒めない夢を漂うような、曖昧な春の日差しに閉ざされて、私はずっとその四月の中にいた」
というモノローグが印象的な傑作であったが、
どちらも、
いなくなってしまった彼への喪失感が描かれており、
“夢”という共通項と共に、
新鋭の監督作品、
美しい映像、
手書きのタイトル文字、
朝倉あき、唐田えりかという美しきヒロインなど、
似ている部分が多いような気がした。
今年(2018年)は、私にとって、
『四月の永い夢』と『寝ても覚めても』という傑作が公開された年であり、
朝倉あき、唐田えりかという美しき女優に出逢った年として、
永く記憶されることだろう。
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