一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(多良美智子) ……老後の極意……

2022年06月07日 | 読書・音楽・美術・その他芸術

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数年前に断捨離を終えてからは、
なるべく物を買わないように(物を増やさないように)している。
店に行っても衝動買いはせずに、
一度は買わずに立ち去って、
後日訪れたときに、そのときにもまだ「買いたい」と思っていれば、買うようにしている。
そのようにして買った本がある。
それが本日紹介する『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(多良美智子)である。
87歳の普通のおばあちゃんの日常生活や、日頃心がけていることなど記した本で、
パラパラっとめくって立ち読みし、心惹かれ、買いたいと思い、
二度目に書店を訪れたときに、その気持ちが変わっていなかったので購入した。
写真多め、活字大きめの本で、読みやすく、
一度通読した後は、寝る前などに何度も読み返している。


高齢の著名人(作家、学者、医者、評論家、俳優など)が書いた、
「人生論」や「老い方指南」の本は巷に溢れており、
面白く読めはするものの、浮世離れしているというか現実的ではなく、生活感もなく、
正直、我々“庶民”“平民”の日常生活にはあまり役に立たない。(笑)
〈普通の人が書いた、普通感覚の「老後指南書」のようなものはないか……〉
と思っていたときに出合ったのがこの本で、
最初から最後まで面白く、どの項目も示唆に富み、実践的で、とても役に立つ本であった。


【多良美智子】
昭和9年(1934年)長崎県生まれ。8人きょうだいの7番目。戦死した長兄以外はみな姉妹。早くに母を亡くし、父と姉たちに育てられる。小学生のとき戦争を体験、終戦後はミッションスクールに通う。大家族だったため、ひとり暮らしを夢見て、高校を卒業後、大阪で就職。27歳のとき、前妻を亡くし10歳の娘がいる9歳年上の男性と結婚。2男をもうける。
55年前、神奈川県の現在の団地に引っ越す。7年前に夫を見送り、以来ひとり暮らし。
昔から、お金をかけず家を居心地良くする工夫が大好き。読書や裁縫、映画鑑賞など「ひとりで過ごす時間」をこよなく愛する。65歳で調理師免許を取得、簡単でおいしい料理作りを楽しむ。そんな日常を2020年、当時中学生の孫が動画に撮り、「Earthおばあちゃんねる」としてYouTubeにアップ。またたく間に人気チャンネルとなり、登録者数が6万人を超える。最多再生動画は160万回超。「こんなふうに年をとりたい! 」の声が殺到している。



本書の著者紹介に、このように記してあったが、
孫が撮影しているYouTube「Earthおばあちゃんねる」を見てみると、
登録者数はすでに8万人(8.7万人)を超えており、
最多再生動画「部屋紹介」の動画も189万再生回数となっていて、(2022年6月7日現在)
その人気ぶりがうかがえる。


昭和9年(1934年)長崎県生まれということで、
私と同じ長崎県出身という同郷意識、親近感もあり、
また、私より丁度20歳年上ということで、
20年後の自分を想像し、20年後の自分に重ね合わせて読むことができた。


全部が参考になる内容なので、本当は全部を紹介したいのだが、
それでは著作権侵害になってしまうので、(笑)
私が特に感銘を受け、共感した幾つかを紹介してみよう。



①87歳の今も、55年住む団地に賃貸で暮らしている。

間取りは3DK、広さは50㎡ほどです。今のひとり暮らしには十分ですが、家族が5人いたときは狭かったです。でも、その「目の届く」狭さが私にはよかったのです。
長崎では広い家に暮らしていましたが、掃除も大変でしたし、家族がなんとなくバラバラだったように思いました。家族がどこで何をしているのかわかる狭い家が理想的でした。引っ越したいと思ったこともありません。
新築で入居しましたが、半世紀以上が過ぎ、部屋も古ぼけました。けれども、この部屋でずっと暮らしてきて、自分の居心地の良いように整え、とても愛着があります。どこよりも素敵な「城」なのです。
(21頁)

私は現在、2階建ての一軒家に住んでいるが、
(家を建てるときに配偶者の希望で2階建てにした)
2階に子供部屋をつくったものの、子供たちは1階の居間にばかり居て、
子供部屋を利用することはあまりなかった。
今は、夫婦2人だけになり、2階建ての家は広すぎるし、
〈平屋の方が良かったかな……〉
と思ったりする。
平屋だったら家の外壁や瓦のメンテナンスもしやすいし、自分でもできる。
本書を読んで、
〈もし、自分が都会に住んでいたら、団地暮らしもいいな……〉
と思ったことであった。



②中学生の孫と始めたYouTube。85歳で新しい世界が広がった。

当時中学生だった孫が、YouTubeを見ていたので、私も見る方法を教えてもらいました。昔からインテリアが好きだったので、いろいろなお家紹介の動画を見ていました。そうするうち、「自分でもやってみたらおもしろそう」と思い立ち、パソコンが得意な孫に相談、2人でYouTubeを始めることにしました。(34頁)

85歳でユーチューバーになるというのがスゴイ。
2020年8月に始めた当初は、見てくれるのは親族だけだったが、
2ヶ月後にアップした部屋紹介の動画がバズり、登録者が一気に増え、
様々な人との縁をつなげてくれたそうだ。
本書もそのひとつであろう。



③65歳で専門学校に1年通い、調理師免許を取得した。

1年間、週5日学校に通いました。朝から夕方まで授業があるので、お弁当持参です。
ハードでしたが、とても楽しい1年でした。料理は好きですし、長年しているので、調理の実習はすでに見についているものでしたが、講義がとても新鮮でおもしろかったです。調理の理論、栄養学、食品衛生など、あらためて体系立てて学ぶことができました。
10代の若い生徒たちの中で、いつも前の席で熱心に講義を聞いていました。学生時代はあまり勉強しなかったけれど、大人になってからの勉強がこんなに楽しいとは! 学びの楽しさを発見しました。
(51頁)

卒業前に、パリの提携校への研修旅行も経験し、
卒業後は、知り合いの居酒屋さんで働いたり、高齢者が集まるコミュニティでお昼ご飯を作るボランティアをしたとか。
調理師専門学校に通い、調理師免許を取得したことで、
何歳からでも好きなことを深めていける……と自信になり、
新しい世界も体験することができたそうだ。



④3食決まった時間にとるけれど、ごく粗食。

ひとり暮らしですが、三度の食事は自分で用意し、きちんととるようにしています。朝は7時、昼は12時、夜は6時半と時間を決め、1日の区切りの時間に。習慣になっているので、ご飯を食べないと、次のことに進めなくなっています。
ただ、年齢とともに小食になったので、食事内容はごく粗食です。
(56頁)

朝は、8種類の材料を入れたスムージー。
昼は、1日の中で一番しっかり食べる。肉、魚料理などで動物性タンパク質をとる。
夜は、夕食は1日の中で一番軽め。晩酌をするので、おつまみになるようなものを少しだけ。

夕食は軽く、寝る前に食べ過ぎない……
スーパーボランティア・尾畠春夫さんも、
「夜は、たくさん食べると、胃がもたれてよく眠れなくなっちゃうからね」
と、『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』(白石あづさ著)で明かしていた。
私は、どちらかというと、夕食をしっかり食べる方なので、
今後は、食べる量を減らしていきたいと思った。



⑤道端に生える素朴な草花を摘み、窓辺に飾っている。

花が好きですが、お店で買うことはありません。値段が高いこともあるけれど、野山に咲いているような、さりげない草花が好きなのです。団地の私の花壇、朝のウォーキング途中の道端などで草花を摘んできたり、ベランダで育てている野菜の花や葉を活用したり、そういうものを家の中に飾っています。(130頁)

私も、園芸種の花よりも、野山に咲いているような草花が好きなので、すごく共感する。
「道端に生える素朴な草花を摘み、窓辺に飾る」という心持が好いし、
自然に敏感になると、暮らしが一層彩り豊かになる。



⑥買って良かったスマートテレビ。便利な電子機器は積極的に取り入れる。

コロナ禍で10万円の給付金が出たとき、機械に詳しい長男から、「家にいる時間が長くなるから、スマートテレビを買ったらいいよ」とすすめられました。
「今あるテレビは古いけれど、まだ壊れていないのに」と最初は躊躇しましたが、機能を聞いたら、操作が簡単で高齢者にはよさそう。「貯金したら経済が回らないから、ここは使おう」と気持ちが変わりました。
(147頁)

スマートテレビとは、インターネットに接続できるテレビで、
YouTubeを見るのに便利だし、
テレビ番組の録画もできるので、好きだった古い映画を録画して見ているとか。
iPadも7~8年前から使っていて、
写真を撮って保存したり、
麻雀ゲームをしたり、
次男親子と「リモート夕食」をしたりしているそうだ。



⑦22万円ですんだ、自宅での夫の家族葬。自分でもそうしてほしい。

夫のお葬式は、自宅で家族葬にしました。祭壇も作らず、22万円ですみました。
以前、新聞に家族葬の記事が載っており、「こんなふうにしたい」と取ってありました。それを葬儀屋さんに見せたところ、「できますよ。こんなプランはどうでしょう?」と提案してくれました。
けれども、当初のプランには様々なオプションがつき、もっと高額でした。そうしたら、娘が葬儀屋さんに「母はこれからひとり暮らしをしていくので、節約をしないといけないんです」と言ってくれました。
娘と長男で「狭くて祭壇は置けないのでいらない」「花と写真はこちらで用意します」「お通夜はうちでやるからいらない」とどんどん内容を削っていったら、22万円になりました。
娘は、夫が亡くなる前に3件ほどお葬式を取り仕切り、お金をかけずにできることがわかっていたようです。
(195~196頁)

お坊さんも呼ばす、戒名もなく、完全な家族葬だったとか。
誰にも気をつかわず、家族だけで賑やかに送ることができたそうだ。
何百万円もかける葬式や結婚式には(極私的に)疑問を抱いていたので、
コロナ禍で、葬式や結婚式のあり方が見直されたのは、
ある意味、良い事だったと思う。
私の葬式も、子供と孫だけの簡素な家族葬にしてもらいたいと思った。



⑧「どうにかなる」でくよくよ悩まずに。実際に人生どうにかなるもの。

先のことはあまり考えません。そのときになったら、どうにかなると思っています。実際にそうなってきました。だから、今も将来を心配していません。「どうにかなるだろう」と。
それよりも、今このときを楽しみたい。日々前向きに。
(209頁)

過ぎ去れるを追うなかれ。
いまだ来たらざるを念(ねが)うことなかれ。
過去、そはすでに捨てられたり。
未来、そはいまだ到らざるなり。
されば、ただ現在するところのものを、
そのところにおいてよく観察すべし。
揺らぐことなく、動ずることなく、
そを見きわめ、そを実践すべし。
ただ今日まさに作(な)すべきことを熱心になせ。
(釈迦)

あすのことは思いわずらうな。
あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。
一日の労苦は、その日一日だけで十分である。
(マタイによる福音書6章・34節)

など、偉大なる先人の言葉に通じるものがある。
先のことばかり思いわずらっていると、「今」がおろそかになってしまう。
「今」を大事に、「今」を楽しみ、「今」を全力で生きることが、「明日」へとつながるのだ。



ほんの一部を紹介したが、
この他にも、
食事(特に料理について)、健康、人付き合い、お金、おしゃれ等、


老いても楽しく暮らす秘訣が満載なのである。




私も「かくありたい」と思った一冊であった。


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