一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『あゝ、荒野』(前篇) ……菅田将暉と木下あかりの演技が秀逸な傑作……

2017年10月13日 | 映画


映画『あゝ、荒野』の原作者は、
かつての激動の時代に、演劇、映画、文学とマルチに活躍した寺山修司(1935~1983)。
彼が遺した唯一の長編小説『あゝ、荒野』は、
1960年代の新宿を舞台に、
少年院に入り、早すぎた人生の挫折を味わった新次と、
吃音と赤面対人恐怖症に悩む“バリカン”こと建二が、
それぞれの思いを胸に、
裏通りのさびれたボクシング・ジムで運命の出会いを果たし、
もがきながらもボクサーとしての道を歩んで行く物語。
かれらを取り巻く訳ありな人々も同時に描きながら、
それぞれの“心の荒野”を見つめた群像劇ともなっている。


映画は、
その原作を大胆に再構築し、
2020年の東京オリンピック後を舞台にした、
新たな物語として生まれ変わらせているという。
主人公の新次に、若手実力派俳優の筆頭格・菅田将暉。
もう一人の主人公“バリカン”には、韓国映画『息もできない』で各映画賞を総なめにしたヤン・イクチュン。
その他、ユースケ・サンタマリア、でんでん、木村多江、高橋和也、モロ師岡など、
魅力あふれる役者陣も顔を揃えているようだ。
監督は『二重生活』の岸善幸。


〈見たい!〉と思った。
上映館を調べてみると、九州では、

福岡 中洲大洋(前篇10月7日、後篇10月21日公開)
熊本 Denkikan(前篇10月7日、後篇10月21日公開)
大分 大分シネマ5(前篇10月21日、後篇10月28日公開)
鹿児島 天文館シネマパラダイス(前篇10月21日、後篇11月11日公開)

の4館のみと、
前篇2時間37分、後篇2時間27分という、計5時間超えの作品である所為か、
上映館が極端に少なく、佐賀での上映予定も無かった。
で、小林千穂さんのトークショーに行くついでに、
10月8日に福岡の中洲大洋で見たのだった。


2021年、
ネオンの荒野・新宿。
ふとしたきっかけで出会った、
新次(菅田将暉)と、
“バリカン”(ヤン・イクチュン)は、
見た目も性格も対照的。


だが、共に孤独な二人は、
ジムのトレーナー・片目(ユースケ・サンタマリア)とプロボクサーを目指す。


お互いを想う深い絆と友情を育み、
それぞれが愛を見つけ、自分を変えようと成長していく彼らは、
やがて逃れることのできないある宿命に直面する。


幼い新次を捨てた母(木村多江)、


“バリカン”に捨てられた父(モロ師岡)、


過去を捨て、新次を愛する芳子(木下あかり)、


自殺願望者たちを集めて、
自殺防止イベントを開催する川崎敬三(前原滉)をリーダーとする大学生たち……


孤独という暗闇の中で生きる彼らは、
もがきながら、闘いながら、都会の荒野で彷徨うのだった……



10月8日に見たのは、前篇のみだが、
それでも2時間37分もの上映時間なのである。
退屈するのではないかと危惧したが、杞憂であった。
157分間、たっぷり楽しむことができた。
まだ10月21日公開の後篇(2時間27分)を見ていないので、
総合的な評価は下せないが、
傑作の部類に入るのではないかと思った。
1960年代の物語を2021年に置き換え、
上映時間5時間超えの2部作として再構築してあるので、
所々にほころびはあるし、弱い部分もある。
だが、それらを補って余りある“熱”を感じた。
ワクワクさせられた。


何よりも、誰よりも、
主演の菅田将暉が熱い。
菅田将暉という俳優を強く意識したのは、
『共喰い』(2013年9月7日公開)という作品であったが、
その後、
『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年5月21日公開)
『セトウツミ』(2016年7月2日公開)
『溺れるナイフ』(2016年11月5日公開)
『帝一の國』(2017年4月29日公開)
などで素晴らしい演技を魅せ、
ギラギラとした目の輝きを持続している。
それは、本作『あゝ、荒野』(前篇)でも変わらない。
彼の発する熱が、見る者にビシバシと伝わってくる。


菅田将暉という俳優には、
いつも、動物的な本能を感じる。
考えている以前に身体が動いているというような……

ボクサーの役なので、初めて本格的に鍛えたんですけど、身体ができあがってくるにつれ、「俺、男だ」っていう自覚が強まっていくんです。また面白いもので鍛えると強くなるんですよ、人間って。で、強くなると力を使ってみたくなる。使うと、弱い人が見えてくるんです。それは“昔の心が弱かった自分”や“単純に力がなかった自分”、もしくは同じような他者であったり。そんなふうに、ある種の原始的な価値観が強まっていったんですけど、自分じゃないみたいな感じがして不思議でもありましたね。それから、新次と同じようにいろいろな欲も強くなっていって。食欲もそうですし……たとえて言うと、何回射精しても萎えないし満たされない、みたいな感じ。それくらいパワフルで凶暴な自分が、間違いなく役以外に存在していました。ボクシングをやっている間、よく爪を切っていたんですけど、爪や髪の毛が伸びるスピードもふだんより速いんですよ。そうやって野性味を帯びる感覚もまた、新鮮でした。(『キネマ旬報』2017年10月下旬号)

菅田将暉自身がこう語っているように、
役作りのために身体を鍛えたことにより、
一層、ある種の原始的な価値観が強まり、
野性味を帯び、パワフルになり、
食欲も性欲も強くなり、
それでいて、それらに満たされることはなく、
常に飢えているような状態を維持している……
見る者にもそれが強烈に伝わってきて、興奮させられるのだ。



一方、“バリカン”を演じたヤン・イクチュンは、どうだったか?


前篇を見た感じでは、
新次(菅田将暉)の“動”に対し、
“バリカン”は“静”という印象であった。
その対比が面白かったし、
これからどうなっていくのだろう……という興味が湧いた。
ヤン・イクチュンは語る。

バリカン建二は言葉を駆使することが苦手な人物で、散髪の技術があったことで生活できたわけですけど、ある瞬間から職業を捨てて生きていこうとする。吃音から口をつぐみ、言葉を発さない彼が生きていくには、身体を使って他者に触れ、通じ合うしか手段がないわけです。彼にとっては、それも苦手なことだったと思うんですが、一方ではその生き方を追い求めていた部分があったのかもしれません。日常的に父親から暴力をふるわれ、吃音ゆえに周りの人間たちの視線という暴力にもさらされていましたが、リングに上がることによって、合法的かつ正当に殴り殴られる権利を手にする。それは彼なりの表現で自分のことを語りたかったからであり、新次ともしっかりと向き合って心を通じ合わせたかったからではないのかな、と感じました。(『キネマ旬報』2017年10月下旬号)

原作本(寺山修司『あゝ、荒野』)は読んだことがなかったので、
映画をより深く理解するために、映画鑑賞後に読んでみた。
その中に、次のような記述があった。

あの、殴りながら相手を理解してゆくという悲しい暴力行為は、何者も介在できない二人だけの社会がある。あれは正しく、政治ではゆきとどかぬ部分(人生のもっとも片隅のすきま風だらけの部分)を埋めるにたる充足感だ。相手を傷つけずに相手を愛することなどできる訳がない。勿論、愛さずに傷つけることだってできる訳がないのである。(角川文庫247頁)

この小説では、
“ネオンの荒野”
“シーツの荒野”
“カウンターの荒野”
“心の荒野”
というように、様々な場所、様々な状況で、“荒野”という言葉が使われている。
新宿という街そのものが“荒野”であり、
人の心も“荒野”なのである。
『あゝ、荒野』という物語の登場人物はすべて、
その“荒野”に生きており、
胸の内にも“荒野”を抱えている。
彼らは、その“荒野”で、
肉体と肉体をぶつけ合いながら、
心を通じ合わせてゆくのである。
それが、
男と男の場合は殴り合いであり、
男と女の場合はセックスということになる。
この映画に、この二つのシーンが多いのは、そのためである。




菅田将暉とヤン・イクチュンの他にも、
私の好きな、木村多江や高橋和也、


でんでんなども出演しており、


出てくるだけで、なにやら胡散臭い雰囲気を醸し出す、
ユースケ・サンタマリアやモロ師岡なども魅力的な演技を見せている。


これらベテラン勢の中にあって、
新次を愛する芳子役の木下あかりが強く印象に残ったのだが、
私は、この映画を見るまで、木下あかりという女優を知らなかった。
1992年12月31日生まれなので、24歳。(2017年10月現在)
熊本県出身、福岡県育ちで、
福岡で演技を学んでいた時にスカウトされ、デビューしたそうで、
これまで、舞台やTVドラマや短編映画には出演しているが、
重要な役を得ての長編映画は、『あゝ、荒野』が初めてのようである。
存在感があり、裸も厭わぬ体当たりの演技は、見る者を魅了する。
本作によって、私の中で、木下あかりという女優がしっかり記憶された。


このレビューのサブタイトルを、
……菅田将暉と木下あかりの演技が秀逸な傑作……
としたが、実は、スペースの関係で、短くしている。
正しくは、
……菅田将暉とヤン・イクチュンと木下あかりの演技が秀逸な傑作……
である。
本来なら、
……菅田将暉とヤン・イクチュンの演技が秀逸な傑作……
とすべきであろうが、
木下あかりの今後の活躍を期待して、彼女の名を残し、
……菅田将暉と木下あかりの演技が秀逸な傑作……
とした。


静かなる映画初監督作『二重生活』で我々を魅了した岸善幸監督が、


まさかこのような激しい映画『あゝ、荒野』を撮るとは思いもしなかったが、
どちらかと言えば、この『あゝ、荒野』の方が岸善幸監督の本質に近いのかもしれない。
前篇、後篇に分けて制作することに批判的な私であるが、
前篇でこれだけ興奮させられたので、
後篇にも期待する気持ちが高まっている。
後篇公開日の10月21日が楽しみになってきた。(後篇のレビューはコチラから)


後篇のレビューはコチラから。

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