一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『わたしの叔父さん』 ……愛おしくて抱きしめたくなる傑作……

2021年04月22日 | 映画


100年前に起きたパンデミック「スペインかぜ」は、
日本では終息するまでに約3年を費やしている。

第1波
1918年(大正7年)8月~1919年(大正8年)7月
感染者数2116万8398人 死者数25万7363人 致死率1.22%

第2波
1919年(大正8年)8月~1920年(大正9年)7月
感染者数241万2097人 死者数12万7666人 致死率5.29%

第3波
1920年(大正9年)8月~1921年(大正10年)7月
感染者数22万4178人 死者数3698人 致死率1.65%

合計
感染者数2380万4673人 死者数38万8727人 致死率1.63%


当時の日本の人口5500万人に対し、
半数とまでは言えないが、約2380万人(人口比・約43%)が感染、
約39万人が死亡したとされる。
有名人では、
1918年(大正7年)に、新劇運動の先駆けの一人として知られる島村抱月が、
1919年(大正8年)には、大山捨松、竹田宮恒久王、そして、
東京駅や日本銀行本店などを設計したことで知られる佐賀県出身の建築家・辰野金吾も、
「スペインかぜ」により死去している。
患者数・死亡者数が最も多いのは第1波であるが、
第2波では患者数が減少する一方、致死率は上昇している。
世界全体では、
当時の世界人口を18億人から20億人と推定すると、
推定感染者数は約5億人(人口比・25~30%)で、
4分の1から、3分の1の人が感染したとされる。
世界全体の推定死者数は、
1927年からの初期の推定では2160万人。
1991年の推定では2500~3900万人。
2005年の推定では5000万人からおそらく1億人以上とされているが、
2018年のAmerican Journal of Epidemiologyの再評価では約1700万人と推定されている。

対して「新型コロナウィルス」の方は、
2021年4月21日現在、
日本の感染者累計は54万7691人、死者数9772人。
世界の感染者累計は1億4175万4944人、死者数302万5835人となっている。
「スペインかぜ」に比して、現時点での数は少ないが、
これから増えてくる……とも言え、予断を許さない。
ワクチン次第という側面はあるが、
終息までには、少なくとも後1~2年(或いは2~3年)はかかると判断するのが妥当だろう。


日本だけではなく、世界中が「新型コロナウィルス」によって疲弊している中、
私自身の生活に、ここ数年、大きな変化はない。
数年前から登山を近場の山に変更していたので、自ずと遠出はしなくなっていたし、
5年前に禁酒し、一昨年に65歳で定年退職したこともあり、
外飲みはもちろん外食もほとんどしなくなっていた。
現在は、午後から半日のみ仕事をしているが、
煩わしい会社の付き合いなどはないし、大勢で何かをするということもない。
「新型コロナウィルス」が蔓延する前からこのような生活をしていたので、
コロナ禍にあっても、私の生活にほとんど変化はなかったのである。
唯一、県外に出る理由があるとすれば、
佐賀県では上映されない(どうしても見たい)映画を見に行くことであったのだが、
それも今年(2021年)から止めにした。
個人でできる「新型コロナウィルス」対策として、(他人に強要はしない)
「新型コロナウィルス」が終息するまでは、県外に出ないことに決めたのだ。
なので、映画レビューも、しばらくは、佐賀県内で見た映画のみの感想ということになる。


『わたしの叔父さん』という映画の存在は、
2019年10月28日~11月5日に開催された第32回東京国際映画祭コンペティション部門で、最高賞にあたる東京グランプリを受賞した作品として知った。


美しいデンマークの農村風景の中で、酪農家として生きる若い女性クリスと体の不自由な叔父の姿を描いた作品……とのことで、
審査委員長を務めたチャン・ツィイーが、

この映画は、詩のような語り口で、我々に穏やかに物語ってくれました。監督は抑制的で、繊細なカメラワークをもって、忘れ去られる人間の情感をとても力強く表現しました。

と評していたのが印象に残り、
〈見たい!〉
と思った。
日本では、今年(2021年)の1月29日に公開された作品であるが、
佐賀県では、シアターシエマで、約3ヶ月遅れで公開された。
何ヶ月遅れようとも、映画を、映画館で見ることができるのは嬉しい。
で、ワクワクしながら鑑賞したのだった。



のどかで美しいデンマークの農村。
27歳のクリス(イェデ・スナゴー)は、


叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)とともに、


伝統的なスタイルの酪農農家を営んでいる。


朝早くに起きて、
足の不自由な叔父さんの着替えを手伝い、
朝ごはんを食べ、


牛の世話をして、


作物を刈り取る。
晩ごはんの後はコーヒーを淹れてくつろぎ、
週に一度、スーパーマーケットに買い物に出かける。


だが、ふたりの穏やかな日常は、ある夏の日を境に、少しずつ変化する。
クリスはかつて抱いていた獣医になる夢を思い出し、
教会で知り合った青年からのデートの誘いに胸を躍らせる。


戸惑いながらも広い世界に目を向け始めたクリスを、
叔父さんは静かに後押しするのだが……




静かな映画であった。
冒頭から、酪農家として働く老いた男と若い女の日常が映し出され、
二人共、言葉を発さず、音楽も流れない。
淡々とした日常が、固定カメラで撮られ、
最初はなんだかドキュメンタリー映画を鑑賞している気分になった。
映画のタイトルが『わたしの叔父さん』だし、
「酪農家として生きる若い女性クリスと体の不自由な叔父の姿を描いた作品」
という内容を知っていたので、叔父と姪の関係と判るが、
違うタイトルで、映画の内容を知らなかったら、
祖父と孫娘の物語と思ったかもしれない。


調べてみると、
本作の主人公クリスを演じているイェデ・スナゴーと、
叔父さんを演じているペーダ・ハンセン・テューセンは、
本当の叔父と姪の関係だそうで、
イェデ・スナゴーの叔父さんは実際も酪農家で、


ピーダセン監督は、この農場に滞在しながらストーリーを考え、
撮影もしたとか。

演じる相手が実の叔父さんですから、リラックスして演技できました。朝食を食べるシーンのような日常の繰り返しはうまく演じられたと思います。
キャラクター的には、叔父の世話をするうちに自分の夢を忘れてしまった女性なので、最初は無表情で演じ、獣医のヨハネスや合唱団のマイクと出会ってからは、開放的な表情も若干出すように務めました。
(「東京国際映画祭」公式インタビューより)

とイェデ・スナゴーは語っていたが、
本物の叔父さんと姪ならではのリアルさがあり、
特に叔父さんを演じたペーダ・ハンセン・テューセンは、
演技未経験ながら、普通の俳優には出せない味があり、感心させられた。



1958年のフランス映画『ぼくの伯父さん』をはじめとして、




叔父(伯父)さんと姪(甥)の関係を描いた映画はたくさんあり、
このブログにレビューを書いている作品だけでも、
連城三紀彦の短編小説を映画化した細野辰興監督作品『私の叔父さん』(2012年)


北杜夫の小説を映画化した山下敦弘監督作品『ぼくのおじさん』(2016年)


第44回 日本アカデミー賞で最優秀作品賞と最優秀主演男優賞(草彅剛)を受賞した内田英治監督作品『ミッドナイトスワン』(2020年)などがある。


『男はつらいよ』シリーズにも、
佐賀県でロケされた『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年)というのがあるが、




この作品以降、
60歳を過ぎた渥美清の体調を考慮し、
年に2本作っていたシリーズを次作から年1本にし、
また甥の満男の登場シーンを増やすことで、寅次郎の出番を最小限に減らす工夫がなされ、
伯父さんと甥っ子の物語の色合いが強くなっていった。


姪っ子、甥っ子にとっての叔父さんや伯父さんは、
父親や母親との“濃密な関係”とは違う“気軽な関係”で、
両親には話せないことでも叔父さん(伯父さん)には話せるというような、
どこかホッとするような存在である。
そういうところから様々な物語が生まれているのだが、
本作『わたしの叔父さん』は、他の作品とはちょっと違う。
映画の中盤で明かされることなのであるが、
主人公のクリスは、両親を亡くして以降、
体に障害を抱える叔父さんと一緒に暮らしており、
酪農の仕事と、叔父さんの介護に専念してきたため、
社会との関わり方がわからないほど孤立したものとなっている。
その叔父と姪の関係性は、よくある“気軽な関係”ではなく、
ある意味、本当の親子関係よりも“濃密な関係”と言えるかもしれない。


なので、クリスが将来の夢や恋愛に思いを馳せるとき、
引っ込み思案になったり、逆に大胆な行動に出たりして、
相手を(受け入れたり拒絶したりして)戸惑わせてしまう。


叔父さんの方も、クリスとはいずれ別れる日がくるのを覚悟しており、
ヘルパーさんに来てもらったりして、
クリスがいなくなっても一人でも生活できるように試してみたりするが、
クリスがいないときに限って滑って倒れたりして、思うようにいかない。


クリスと叔父さんは、
お互いを思いやればやるほど、一歩が踏み出せなくなるというジレンマに陥る。
そんな二人を、固定カメラはそっと観察するように撮り続ける。
こう書いてくると、なんだか堅苦しい映画のように感じる方がおられるかもしれないが、
そんなことはなくて、そこかしこにユーモアが潜ませてあり、
クスッと笑える場面もあったりする。
そのあたりのサジ加減が、この(ピーダセン)監督は実に上手い。


それら、ギャグや、カット割り、テンポなど、
あらゆることに尊敬する小津安二郎の影響があるそうで、
そのことをピーダセン監督は次のように語っている。


小津は本当にたくさんの監督に大きな影響を与えた人です。ギャグもそうですが、私はストーリーを語るスタイルに、ものすごく影響を受けています。マスターショットの使い方ひとつを取ってもそうで、ワイドで撮って、映るすべてのものを使って表現するのが本来あるべき映画であることを、小津作品から学びました。
ちなみにローアングルのショットを、デンマークでは「オヅ・ショット」と言うのですよ(笑)。『東京物語』とか、家族の感情の移り変わりを描いている面でも、非常に影響を受けています。
(「東京国際映画祭」公式インタビューより)

このクリスと叔父さんの関係は、
『東京物語』の周吉(笠智衆)と紀子(原節子)の関係性にも似て、
鑑賞者の胸にグッと迫り、人生経験を経た人ほど感動させられる。
舞台となっているデンマーク・ユトランド地方の素朴な美しい風景も素晴らしく、


私にとって、いつまでも心に残る作品となった。
愛おしくて抱きしめたくなる傑作との出逢いに感謝!

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