一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『フリーソロ』 …完璧なアレックスを完璧に捉えた傑作ドキュメンタリー…

2019年09月07日 | 映画


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『MERU/メルー』という映画を、
……山岳ドキュメンタリー映画の傑作……
というサブタイトルをつけて、このブログにレビューを書いたのは、
2017年4月21日であった。
2016年12月31日に公開された作品であるが、
佐賀では、シアターシエマで、4ヶ月半も遅れての、たった1週間の上映であった。


ジミー・チンとレナン・オズタークの撮った映像は壮大で美しく、
スケールの大きな山岳ドキュメンタリー映画となっている。
この映像を見るだけでも、この映画を見る価値は十分にあると言えるが、
そこに人間のドラマが加わり、
深みのある作品に仕上がっている。


との絶賛の記事を書いた。(全文はコチラから)
この『MERU/メルー』で監督として高い評価を得た、
エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ&ジミー・チンが、


再びタッグを組んだ作品が、本日紹介する映画『フリーソロ』なのである。


フリーソロとは、
身体を支えるロープや安全装置を一切使わずに山や絶壁を登るクライミングのことで、


本作『フリーソロ』は、
クライマー界の若きスーパースター、アレックス・オノルドが、
カリフォルニア州中央部のヨセミテ国立公園にそびえる巨岩エル・キャピタンに挑む姿を捉えたドキュメンタリーだ。


第91回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を既に受賞しており、
エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ&ジミー・チンが手掛ける作品への信頼もあるし、
絶対面白いだろうと思った。
(2019年)9月6日公開の作品であるが、
〈佐賀ではまた数ヶ月遅れになるだろう……〉
と覚悟していたのだが、
なんと、佐賀でも(イオンシネマ佐賀大和で)9月6日から公開されるという。
で、公開初日に、映画館に駆けつけたのだった。



ナショナル・ジオグラフィック誌の表紙を飾るなど、


世界的に著名なクライマーの1人として活躍するアレックス・オノルドには1つの夢があった。


それは、世界屈指の危険な断崖絶壁であり、
これまで誰もフリーソロで登りきった者はいない米カリフォルニア州ヨセミテ国立公園にそびえる巨岩エル・キャピタンに挑むことだった。


2016年、春
伝説的な絶壁エル・キャピタンには、
あらゆるクライマーが怖じ気づくほどの難所がいくつもあった。
アレックスはフリーライダーと呼ばれる約975メートルのルートを攻略するには、
“正確な地図”が必要だと考え、
憧れの存在であるベテランのプロクライマー、トミー・コールドウェルとともに、
現地でのトレーニングを開始する。






2016年、夏
エル・キャピタンへの挑戦に備え、アレックスはモロッコのタギアでの練習に励んでいた。
彼に同行するジミー・チンは、
『MERU/メルー』などの山岳ドキュメンタリーで知られる映像作家で、
彼が率いる撮影チームは全員が熟練のクライマーだ。
2009年からアレックスと交流を深めてきたジミーは、
究極の夢に向かって突き進むこの友人の勇姿をカメラに収めようとしていた。
 

2016年、秋
エル・キャピタンに戻り、練習に明け暮れるアレックス。
そんなある日、
序盤の難所フリーブラストから9メートル下に滑落した彼は、
足首に捻挫を負ってしまう。
これが、恋人・サンニと付き合い始めてから2度目のケガだった。


常人には理解しがたい危険を冒し、完全なる達成感を追い求めるアレックスと、
穏やかで幸福な生活を望むサンニ。
お互いの考え方を尊重しているが、人生の価値観がまったく異なっている。
ふたりをよく知るトミーは、
「彼らの関係は本当に素晴らしい。しかし危険なフリーソロには、感情に“鎧”がいる。恋愛感情はその鎧に悪影響を及ぼす。両立はできない」
と懸念を抱いていた。
それでも入念に準備を重ねたアレックスは、
いよいよエル・キャピタンでのフリーソロ実行を決意する。
ジミー率いる撮影隊も細心の注意を払い、アレックスの邪魔にならないようカメラポジションを決定していく。
ところが夜明け前に始まったそのフリーソロは、呆気なく中止された。
以前滑落したフリーブラストに差しかかったところで、
アレックスが突然引き返してしまったのだ。
ケガの影響なのか、精神的な問題によるものか、
それとも大勢の撮影クルーの存在が気になったのか、理由は判然としない。
かくして偉業への挑戦は翌年に持ち越された。


2017年、春
極限の恐怖にも動じない平常心を手に入れるために、アレックスは、
エル・キャピタンへの再挑戦に向けて黙々とリハーサルを重ねていく。
アレックス、ジミー、サンニは、
撮影がフリーソロに及ぼす影響について率直に意見をぶつけ合う。
「周囲に人がいるなら、さらなる準備と自信がいる。自分が万全なら平然としていられるはずだ」
と語るアレックス。
そして6月3日の早朝、
アレックスはひとり無言でエル・キャピタンへと歩を進めていく。
それは人類史上最大とも呼ばれる歴史的な挑戦の始まりだった……




映画を見た感想はというと、
冒頭からラストまで、
見る者も一緒にフリーソロしているような、
ピンと張った一本の糸を、さらにキリキリと引き絞ったような緊張感に襲われ、
それでいて緊張感がもたらす心地よさもあり、
まさに「クライマーズ・ハイ」(登山者の興奮状態が極限まで達し、恐怖感が麻痺してしまう状態のこと)までをも楽しませてもらった。
『MERU/メルー』よりも数倍楽しめたし、
文句なしの傑作であった。


アレックス・オノルドには、天才クライマーにありがちな気難しさがなく、
人間味があり、恋人にも優しく、好い意味での普通の感覚があり、好感が持てた。


本作『フリーソロ』は、
このアレックス・オノルドが、
エル・キャピタンのフリーライダーと呼ばれるルートをフリーソロで攻略するまでの数年間を、実に丁寧に撮っている。


アレックス・オノルドは、
綿密な計画を立て、フリーライダーというルートの難所をひとつひとつ検証し、
ロープを使った登攀で克服していく。
約975メートルのルートを1mm単位で、
指に、爪先に、記憶させていくのだ。
この積み重ねが、ラストの20分へと繋がっていく。


日常生活の風景も自然で、




恋人サンニとのやりとりもリアルだ。
ジミー・チンら撮影隊との信頼関係があるからこその映像であったと思う。


それでも1度目のトライは、途中で引き返す。
常に見られていることのプレッシャーもあっただろうし、
岩のコンディションが良くなかったという外的条件もあっただろう。

その後も、苦手意識のある箇所を、ロープを使ったクライミングで何度も検証し、
不安を取り除いていく。
そして、2017年6月3日の朝を迎える。

この日、アレックス・オノルドは、
エル・キャピタンのフリーライダーと呼ばれるルートをフリーソロで、
たった3時間56分で攻略するのだが、
この映画は、それを延々と映すのではなく、
ラスト20分に凝縮している。
この20分の映像が特に素晴らしい。


ほとんど凹凸のない垂直の壁を、
数ミリの突起や窪みに指をかけ、爪先を乗せ、登っていく。


ひとつの失敗も許されない。
ひとつの失敗は「死」を意味する。


フリーソロ・クライミングは、凄まじい集中力を要するスポーツです。自分をキャッチしてくれるような安全装置が全くないわけですから。簡単に言うと、完璧にこなさなければ、死を意味する。最もシンプルで、最も危険なクライミングスタイルなのです。あるのは、自分と岩のみ、ミスの余地は一切ないのです。アレックス・オノルドは、フリーソロに向けて綿密に計画を練るタイプで、彼には特別な才能があります。それは、「自分の恐怖を完璧に操ることができる」才能です。


こう語るのは、ジミー・チン(監督・プロデューサー・撮影監督)だ。


完璧な技術力、
完璧な精神力があってこその偉業なのだ。
その完璧なクライミングを撮影したジミー・チンら撮影隊の映像も見事だ。
一流のクライマーであるジミー・チンにしか撮れない映像であり、
こちらもまた完璧な仕事をしている。


ジミー・チンは、こうも語る。

この映画を作るにあたって、僕はアレックスが、100%準備が整った時にだけ、エル・キャピタンのフリーソロを実行すると最初から信じるしかありませんでした。実際、「エル・キャピタンのフリーソロの準備が100%整った」と思える人間がいたということ自体、いまだに信じられません。プロの登山家が絶好調の日にロープを使って登っても落ちる可能性があるくらい難易度が高いからです。フリーライダーのクライミングは、非常に不安定で複雑で、超人的な力と忍耐力以上のものが必要になってきます。非常に洗練された技術を使い、微妙な体位を保たなければならない。完全に摩擦の力だけで身体を支えなければならないこともあります。つまり、足を引っかける場所もなければ、手で捕まる場所もないということです。「完璧」でなければならない。そして、彼は完璧だったのです。


本作『フリーソロ』は、
完璧なアレックスを、完璧に捉えた、完璧な傑作ドキュメンタリーなのである。
この迫力は、映画館の大きなスクリーンで見てこそだと思われる。
ぜひぜひ。

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