一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『万引き家族』 ……時代が“安藤サクラ”にようやく追いついてきた……

2018年06月03日 | 映画


是枝裕和監督は、


1962年6月6日東京都練馬区生まれの55歳(2018年6月3日現在)。
1987年に番組制作会社テレビマンユニオンに入社し、
テレビ番組のADをしながらドキュメンタリー番組の演出家をつとめ、
1995年に『幻の光』で映画監督デビューした。

これまでの監督作は以下の通り。

『幻の光』(1995年)
『ワンダフルライフ』(1999年)
『DISTANCE』(2001年)
『誰も知らない』(2004年)
『花よりもなほ』(2006年)
『歩いても 歩いても』(2008年)
『大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-』(2008年)(2015年に再上映)
『空気人形』(2009年)
『奇跡』(2011年)
『そして父になる』(2013年)
『海街diary』(2015年)
『海よりもまだ深く』(2016年)
『三度目の殺人』(2017年)


22年ほどで、13作。
他にも、TVドラマやTVドキュメンタリーなども撮っているので、
多作ではないが、寡作でもない……といったところか。
好きな監督なので、
ほとんどの作品は見ているし、
楽しませてもらってきた。
その是枝裕和監督の新作が、6月8日(金)から公開される。
第71回カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルムドールを受賞した『万引き家族』である。


受賞を記念して、6月2日(土)と3日(日)に先行上映されることが決まり、
早く見たかった私は、
6月2日(土)の夜、仕事を終えて、映画館へ駆けつけたのだった。



東京の下町。
高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い平屋に、
家主である初枝(樹木希林)の年金を目当てに、
治(リリー・フランキー)と信代(安藤サクラ)の夫婦、
息子の祥太(城桧吏)、
信代の妹の亜紀(松岡茉優)が暮らしていた。
彼らは初枝の年金では足りない生活費を万引きで稼ぐという、


社会の底辺にいるような一家だったが、
いつも笑いが絶えない日々を送っている。


そんなある冬の日、
近所の団地の廊下で震えていた幼い女の子(佐々木みゆ)を見かねた治が家に連れ帰り、


信代が娘として育てることに。


そして、ある事件をきっかけに、
仲の良かった家族はバラバラになっていき、
それぞれが抱える秘密や願いが明らかになっていく……




感想を一言で言うと、
「安藤サクラの演技が素晴らしい傑作!」
であった。
他の出演者の演技も素晴らしいのだが、
彼女の演技が抜きん出ていた。


松岡茉優は、

安藤さんは絶望的な存在だった。うそでしょっていうぐらい、安藤さんはこの映画で絶望的な演技をされている。

と、その演技力を“絶望的”という面白い言葉で絶賛していたが、
そんな言葉を使わないと表現できないほどの演技だったのだ。

特に、安藤サクラが髪をかき上げながら泣くシーンがあり、
この演技が、『万引き家族』での安藤サクラを象徴するかのような演技で、
どんな褒め言葉も追いつかないほどの名演なのだ。


第71回カンヌ国際映画祭の審査員長で女優のケイト・ブランシェットも、

彼女のお芝居、特に泣くシーンの芝居がとにかく凄くて、もし今回の審査員の私たちがこれから撮る映画の中で、あの泣き方をしたら、安藤サクラの真似をしたと思ってください。

と、手放しの褒めよう。

是枝裕和監督も、

みんな素晴らしいんですけど、サクラさんの泣くシーンは、現場でカメラの脇で立ち会っていても「特別な瞬間だ」と思った。

お芝居でここまでたどり着けるのかと正直思わされた。何かを超えていた。

審査員たちが、何かとんでもないものを見たという顔をしながら、安藤サクラがすごいと言っていた。


と語っている。

映画『万引き家族』がパルムドールを受賞し、
ケイト・ブランシェットの言葉や是枝裕和監督のコメントなどが紹介され、
安藤サクラの演技の評価が高まるにつれ、
私のブログの“ある記事”へのアクセスが急増した。
それは、4年前に書いた『百円の恋』のレビューだ。
このレビューを、私は、

……安藤サクラの時代がやってきたことを実感させる傑作……

とのタイトルで掲載した。(タイトルをクリックするとレビューが読めます)
2014年に安藤サクラ主演の『0.5ミリ』と『百円の恋』が公開され、
そのどちらもが素晴らしい作品であったし、
安藤サクラの演技が秀逸であったので、

……安藤サクラの時代がやってきたことを実感させる傑作……

と書かせてもらったのだが、
2018年10月開始予定のNHK連続テレビ小説『まんぷく』のヒロインに決まり、
『万引き家族』の演技の高評価で、世間の目が一気に彼女に集まり、
今になってようやく、
安藤サクラの時代がやってきたこと、
時代が“安藤サクラ”にようやく追いついてきたことが、
一般の人たちにも実感として感じられるようになってきたのだ。
4年前にすでに安藤サクラの時代になっていたと私は書いたが、
その彼女をいち早くキャスティングし、
『万引き家族』の主役に据え、映画を完成させた是枝裕和監督の手腕は称賛に値する。



安藤サクラの演技を見るだけでもこの映画を鑑賞する価値はあるのだが、
安藤サクラ以外の女優たちの演技も素晴らしい。


一家が暮らす家の持ち主で、唯一の定収入である年金受給者・初枝を演じた樹木希林。


〈この方が不気味〉
と考え、
髪を伸ばし、入れ歯をはずして役作りしたそうで、
スクリーンで見る限り、“樹木希林”その人とは思えず、別人のように見える。
入れ歯をはずしているので、
食事のシーンでも、食べ物を噛まずにチュウチュウしゃぶるような感じで、
「いや、もう、さすがです!」
と言わざるを得ない。



JK見学店でバイトをしている亜紀を演じた松岡茉優。


まったく予備知識なしで見たので、
彼女があれほど大胆な演技をしているとは正直思わなかった。
胸もあれほど大きいとは正直思わなかった。(コラコラ)
顔が整い過ぎているので、この家族の中では、少々違和感があったが、
この役にかける彼女の思いがそれを上回り、
私の違和感などねじ伏せるような演技であったと思う。
是枝裕和監督は、

希林さんと安藤さんの2人に太刀打ちできる女優は松岡さんだと思った。

と、キャスティング理由を明かしているが、
女優としてのまっすぐな思いが、そのことを可能にしたのだと思われる。
安藤サクラ、樹木希林との共演は、
これからの松岡茉優の女優人生においてとてつもない財産となったことであろう。



リリー・フランキーが、
安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優のことを、「化け物だ」と言っていたそうだが、(笑)
それほど凄い演技をしていたという意味で、これ以上の褒め言葉はないと思われる。


安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優ときて、
もうひとり、忘れてはならない女優がいる。
近所の団地に住んでいたが、児童虐待を受けていたところを治に拾われ、
家族の一員となるゆりを演じた佐々木みゆだ。


オーディションによって選ばれたそうだが、
小さいながらに、その存在感が抜群であった。
子どもたちには台本を渡さず、
口立てで演出するという手法(是枝裕和監督の演出方法)が今作でもとられたそうだが、
その演技にもうならされた。



ここまで、
安藤サクラ、樹木希林、松岡茉優、佐々木みゆの4人の女優を紹介したが、
ふと思うに、『万引き家族』という映画は、
この年齢の違う、4世代と言ってもいいような4人の女性を描いた「女性映画」ではないか……
ということだ。
監督はそんなつもりで撮ったのではないかもしれないが、
見終わってみると、見事な「女性映画」であったと思えるのだ。



そんな女性(女優)たちの中にあって、
男性たちも頑張っていた。
父親・治を演じたリリー・フランキー。


『そして父になる』(2013年)
『海街diary』(2015年)
『海よりもまだ深く』(2016年)


に続く是枝裕和監督作品への出演で、
もう常連と呼んでもイイほどに是枝裕和監督作品に馴染んでいる。
教養はないが情の深い優しい父の役で、
工事現場で働いてはいるが、
足りない生活用品は万引きによってまかなっているという中年男。
ちょっといい加減で、適当で、助平で、
リリー・フランキー以外には出せない味があり、
演技の巧い4人の女優を相手にできるのは、
これくらいの軽みのある俳優でなければ……と思われた。


中年の男優では、
若い頃は二枚目俳優として売り、
年を取ってからはシブい中年男を演じているような元二枚目俳優が多いのだが、
そんな男優には、リリー・フランキーのような味は出せない。
これからも彼は有名監督たちから引っ張りだこ状態が続くことだろう。



小学校に通わず、治から教えられたテクニックを駆使し、
万引きを繰り返す少年、祥太を演じた城桧吏。


彼もまた佐々木みゆと同じくオーディションによって選ばれたそうだが、
その演技の巧さ、存在感は、『誰も知らない』(2004年)の柳楽優弥を髣髴とさせ、
すでに完成された男優の雰囲気さえ漂わせていた。


是枝裕和監督は、元々、子役を演出するのが巧い監督だが、
本作における城桧吏と佐々木みゆは、
これまでの是枝裕和監督作品の中でも飛び抜けた存在と言えた。



この他、出演シーンが少ない脇役にも、豪華なキャストが揃っている。
祥太が度々万引きに訪れる駄菓子屋の店主を演じた柄本明や、
亜紀の働くJK見学店の常連客・4番さんを演じた池松壮亮。


家族が起こしたある事件の捜査をする男性刑事・前園を演じた高良健吾と、
前園と共に事件の捜査に当たる女性刑事・宮部を演じた池脇千鶴。


初枝の別れた夫の再婚相手の息子・柴田を演じた緒形直人と、
柴田の妻・葉子を演じた森口瑤子など、


他の映画だったら、主役級の俳優ばかりである。
こういった俳優たちをキャスティングできるのも、
〈是枝作品に出たい!〉
と思わせる是枝裕和監督の力と言えるだろう。


俳優たちの優れた点を語ってきたが、
本作の映像の美しさにも触れておきたい。
撮影を担当したのは、近藤龍人。


このブログにも度々登場しているので、
ご存じの方も多いと思うが、
私が、今、最も優れていると思っている映画カメラマンである。
それは何故かと言うと、
私が「傑作」と思う作品の多くが、近藤龍人によって撮られているからである。

『天然コケッコー』(山下敦弘監督)
『パーマネント野ばら』(吉田大八監督)
『海炭市叙景』(熊切和嘉監督)
『マイ・バック・ページ』(山下敦弘監督)
『桐島、部活やめるってよ』(吉田大八監督)
『横道世之介』(沖田修一監督)
『四十九日のレシピ』(タナダユキ監督)
『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)
『私の男』(熊切和嘉監督)
『バンクーバーの朝日』(石井裕也監督)
『ストレイヤーズ・クロニクル』(瀬々敬久監督)
『オーバー・フェンス』(山下敦弘監督)


などなど、多くの優れた監督から声がかかり、
素晴らしい映像を残している。
本作『万引き家族』でも、近藤龍人にしか撮れないと思われる、
忘れられない映像が数多くあり、
近藤龍人が撮影を担当したからこそのパルムドール受賞であったかもしれない。


語りたいことは多いが、
この作品にばかり関わっている訳にはいかない。
なぜなら、
レビューを書きたいと思っている作品がたくさん控えているから……
ということで、
是枝裕和監督作品の好き嫌いは別にして、
今年(2018年)を代表する映画であるし、
この映画を見ていなければ、今年の映画界は語れないほど重要な作品である。
ぜひぜひ。

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