旅するはらっぱ~日々旅日記

from HP 「旅するはらっぱ」


各地の各智を旅する、

はらみづほの旅日記です。

●2012年・新春ダイアリー⑥ 交流エネルギー ≪きくちゆみさん≫

2012年01月28日 | さっぽろ旅
●しばらくごぶさたでした~(汗)

旧暦では1月23日が お正月でしたので、
タイトルはまだ、「新春ダイアリー」 のままで行きますね(笑)


●昨日&一昨日、札幌で 
「非暴力コミュニケーション(NVC)」
=「共感のコミュニケーション術」
=「平和をつくるコミュニケーショ術」

 
を学ぶワークショップ(WS)を行いました。

講師は、ジャーナリストで平和活動家の きくちゆみ さん。


主催は、私を含む、「NVC実行委員会さっぽろ」。

昨年6月は私の単身主催でしたが、
今回はNVCへの想いを共有している方々とともに
この実行委員会を作り、2日間で3つの連続講座を主催しました。

準備や告知の協力パワーで計40名の方々にご参加いただき、
学びと、気づきと、実践に満ちた、
濃密な平和時間を共有できたと感じています。

(皆さんもそうだといいな~♪)

(3番目のWS風景)


(最後のWS終了後まで残ってくださった方々と)


(↓これは、WSのラストにやった ボディワーク
 一人ずつ自分の “ニーズ” を声に出して言ってから前の人の親指を握って、
 一つにつながり、輪=環=和になりました♪)

つながることができた皆さんに、心から感謝です!


「非暴力コミュニケーション」
=NVC (Non Violent Communication) とは、

ガンジー、マザーテレサ、キング牧師など、
平和的な偉業を成し遂げた人々のコミュニケーション方法を研究し、
心理学者のマーシャル・ローゼンバーグ氏が体系化した手法。

(彼は現在80歳を超えていますが、ご健在だそうです)

対立を超え、互いの中に共感のポイントを見出し、
双方の ニーズ
 (根源的に必要としていること) を尊重しながら、
互いに、調和・発展していくためのコミュニケーション術です。


●日本語で読める関連書は、今のところ
『「なんでわかってくれないの!」と思ったときに読む本』(紀伊国屋書店)
1冊だそうですが、読みやすくて解りやすい内容でオススメです。


●東京では2月18日(土)~19日(日)に
明治学院大学 白金キャンパスで、
ゆみさんが学んでいた場所 「Bay NVC」 の
リーダーシッププログラムの講師の一人である、
ロクシー・マニングさんによるワークショップがあり、
ゆみさんから強力オススメメールが届きましたので、
興味がある方は定員になる前にご予約を♪


●私がNVCに出逢ったのは、2009年のこと。

2008年の終わりに出逢った ゆみさんに勧められ、
東京で開かれた外国人講師による2日間のWSに
参加したときの衝撃は、今も忘れられません。

その時のWSのテーマは、「怒りと嫌悪」。

当時、病気になるほど人間関係に苦悩し、
罪悪感や自己嫌悪でいっぱいだった私は、

そのWSでの
自分自身や参加者それぞれの具体的な悩みを
例題にしたやりとりを通じて、

・他者否定の気持ち(怒りや嫌悪)をたどってゆくと、
 自己否定に行き着くこと。

・自己否定の気持ち(自己嫌悪など)は、
 やがて他者嫌悪や他者否定につながってゆくこと。


を何度もワークして痛烈に思い知ったのでした。

(つまり、自己否定と他者否定はつながっている、ということです)

そして、もっと衝撃的だったのは、
講師の方の話と具体的なワークを通じて、

怒りや憎悪の源を さらに深くまでたどってゆくと、
どんな人も、どんな場合も、例外なく愛にたどり着く


という、普遍の原理と 感情の筋道を発見した時。

その瞬間、自分の内に大地震が起きるとともに、
胸の底に氷河のように存在していた
孤独や不安のカタマリが一気に溶け去り、

胸の真ん中から全身の細胞に向かって温泉が染み渡っていくかのように、
私は自分の内側が、温かな安らぎで満たされてゆくのを体感したのです。

それ以来、その温かな確信は私の消えない宝物となり、
たとえ打ちのめされ、倒れることがあっても、
やがてまた凛とほほ笑んで立ち上がらせてくれる力になっています。


●以来、日常生活の中で
試行錯誤やトライ&エラーを繰り返しつつも
NVCの実践を心がけてゆくうちに、
実際、人々との交流が、だんだん、ぐんぐんスムーズになり、

人とのコミュニケーションはもとより、
生きること自体への不安が消え去りました。


もちろん今も (3・11後は特に)、
疲れ果てたり、ムカついたり、イライラしたり、
悲しくて泣かずにはいられないこともありますが、

そんな時もどんな時も心のベースにはいつも、
自分と、他者と、与えられている現実への揺るぎない信頼が、
大地のように広がっているのを感じます。


●長年繰り返してきた無意識のクセや習慣は、
数回NVCを学んだからといって一朝一夕に手放せるものではないし、

この手法に出逢って3年目になる私も、もちろんまだまだ学びの途上。

9年前、イラク戦争直前に米国で活動中にNVCに出逢い

(ある講演会時に、聴衆から、マーシャル・ローゼンバーグ氏の
 講演テープをプレゼントされたそうです)、
この手法が生まれたアメリカで2年間学び続けた ゆみさんでさえ、
「苦節9年でも、まだまだよ」 とのことですが、

「まず自分自身が平和に満たされること」 
から始まる、このNVCという手法や、

「NVC的コミュニケーション」
=「“自分の根源的な望みや必要性” に基づいた表現」
を多くの人が実践し、


(特にNVCを学ばずとも、
 暴力的でないコミュニケーションを実践している人々は
 日本を含む世界中にいることでしょう)

人間界が 「生かし合う喜び」 で満たされることが、
私がNVCを広めたい理由であり、ニーズなので、

そのニーズを満たすために、今後も自分の個性や特技を、
クリエイティヴに生かしていきたいと思っています。


(私の場合、なぜ上記のことがニーズなのかというと、

 「生かし合う喜び」 で満たされた世界では、
 殺し合いや、傷つけ合いや、奪い合いの必要がないので、
 安心して楽しく伸びやかに生きることができ、
 自分の個性を思う存分発揮しながら他者とつながって、
 互いにムリなく支え合い、学び合いながら、
 ワクワクする毎日を創造できると思うからで、

 NVCが、それを実現するための一つの道だと
 実感しているからです)



●今回のWSでも、参加された方々それぞれが
いろんな発見を持ち帰られたことと思いますが、

私が最も胸に残ったことは、ゆみさんご自身の体験に基づく
“信念” についてのエピソードでした。

人一倍信念が強く、それを原動力にして
様々な平和活動をモリモリやり続けてきた ゆみさんは、
アメリカでのNVCトレーニングで、
“信念” の新しい意味合いに気づかされたとのこと。

それは、
“信念とは、一つの道しかないと思い込むこと” という視点。


 「強い信念を持って脱原発運動を20年やってきた私は、
  一刻も早く全ての原発を廃炉にしないと
  子ども達は全員死んじゃう!
 と思っていて、
  NVCトレーニングの時にもそう言ったら、

  『それは本当のことか?』 と問われたの。

  そのことによって、「全員は死なないし、ほとんどは生き残る」
  という事実に立ち返ることができたんだよね。

  もちろん“ただちに影響が出ない” だけで、
  多くの子ども達の健康や安全、そして安心のニーズは
  すでに損なわれている
し、

  実際に福島の子どもたちには、
  下痢や鼻血や甲状腺の異変などの症状も出てきているから、

  すべての原発を廃炉にしたい!
  という私の想いは今も変わらないけれど、

  確かに、今すぐ全員が死んでしまうわけではない。

  私は長い間 強い “信念” を持って生きてきて、
  “信念はいいものだ” と思っていたから、

  『信念とは、その道しかないと思い込むこと』

  と言われてショックだったけれど、ハッとさせられたの。
 
  一つの考えに囚われるんじゃなく、
  いろんな可能性を新しく探していくこと
 も大切だよね。

  NVCでは、手段は一つじゃない、無限にあるよ、
  
って、いつも言われるんだ。
  そして、ニーズまでたどり着けば争いはない、ってね」」



●そして、こんなエピソードも話してくださいました。

「先日 別の町でやったNVCワークショップに
 とても熱心な様子で参加してくれた人がいて、

 WSの最後に 『渡すかどうか迷ったのですが』 と
 その人が名刺を差し出してくれたら、
 そこには原子力関係の会社名が書いてあったの。

 WSが始まる前に渡されていたらスパイかと疑ったかもしれないし、
 以前の私なら敵対心や不信感を抱いたかもしれないけれど、
 WS後で心がつながった後だったから、

 私の口から思わず出たのは、『今、大変でしょう……』 という、
 その人の気持ちに寄り添う言葉だった。

 後日、平和を求めて真剣に思い悩んでいるその人からメールが届き、

 『どうすれば、世界のすべての人々が幸せになれるエネルギーを
  つくることができるのでしょうね……』


 と書いてあってね、

 私は、『一緒に探していきましょう』 と返信したの。

 敵だと思っていた立場の人と
 こんなふうに語り合えるようになるなんて、夢みたい。

 NVCをやっていなかったら、
 こんなコミュニケーションは生まれなかった。

 やっていてよかった! と、心から思ったわ」



いや~ ええ話やなぁ~!(笑&感動)

私もいつか、敵対してしまいがちな立場にいる方々とも、
人間同士のコミュニケーションが交わせるようになって、
互いの特性を活かしながら新しい可能性を切り開いていけるように
精進しようと思いまっす!


●今回のWSで ゆみさんが繰り返し教えてくださったことは、
 「自己共感」 の大切さでした。

 これは、
 “自分が根源的・普遍的に必要としているもの”
 を、自分自身がしっかり把握している状態
のこと。

 自分が根源的・普遍的に必要としているもののことを、
 NVCでは “ニーズ(Needs)” と呼び、

 何はなくとも まずこれを自分自身に問いかけて、
 その時々の自分のニーズ を
 正確に把握することがNVCの基本になるのですが、

 これが すんなりシッカリできるようになってくると、
 まるで、息を吐き切ったあと
 吸おうとしなくても自然と息が吸えるように、

 次は 相手とつながるコミュニケーション に向かって
 その時々のTPOに合った自分なりのやり方で、
 自然と踏み出せるようになるのだと思います。


●自分自身のニーズとしっかりつながり、
その上で相手のニーズにも共感することができれば、
心と心の間に橋がかかり、互いに心根でつながることができる。

事実上 「つながりを絶つ究極の行為」 である 「殺し合い=戦争」
の現場となっていたパレスチナ自治区で、
本当は戦う必要も欲求もない人々
が殺し合っている姿を目の当たりにし、

コミュニケーションの断絶
その大きな原因の一つであることを痛烈に体感した私は、

実践するたびにいつも 
“自分自身とも他者とも心根でつながれる喜び” が実感できるNVCを、

戦争
 (個人的・精神的な殺し合いも含めて) をなくす一つの方法として、

平和や安らぎを必要としている一人でも多くの人々に伝えたい! 
と思っています。
 (まだまだ未熟者ではありますが……汗)


●参考までに、ここでもNVCの基本をお伝えしますね。
(私には、“平和への貢献” と “効率性”  のニーズがあるので。笑)


 ①Observation(観察)
 …判断や意見を入れず、ありのままの事実だけを、
  カメラで見ているかのように客観的に認識して伝える。


 ②Feeling(感情)
 …気持ちや感じていること を認識して伝える。

 ③Needs(欲求)
 …根源的な望み・必要としていること を認識して伝える。

 ④Request(要求)
 …相手にイエス・ノーを委ねた上で、リクエストを投げかける。

……というステップで対話することが、
NVC(非暴力コミュニケーション)の基本。


対話の流れによって、この4つの作業の主体が
自分になったり相手になったりするのですが
 
(相手になる場合は、“推測” と “問いかけ” が前提です)

この4つの柱をしっかり身につけた上で対話できれば、

相手との間に共感が生まれ
スムーズな人間関係を築くことができる、

平和的なコミュニケーション=NVC

になります。


●このシンプルな4ステップが すんなりできるようになるまでには、
たくさんのWSやトレーニングが必要なのですが、

それはつまり、現代人はそれほどまでに ほとんどの場合、

NVCとは かけ離れた言葉
=自分の本質と かけ離れた、平和的でない言葉
 を話している、

ということ。


あなたがもし、人々との日常会話に
この4ステップとは かけ離れた言葉を使っていて、

今の人間関係に、不安や、孤独や、悲しみや、苦しみや、
イライラや、ムカムカや、ウツウツや、ビクビクや、
悩みや、不満や、ストレスや、ウンザリ……
を感じているならば、

その現実を変える第一歩として、

これまでの話し方をやめ、
この4ステップに基づく言葉を話してみること

をオススメします。


●興味がある方は 試しにまず NVCの大基本となる、

自分のニーズ
=根源的に必要としているもの
=最も大切に思っているもの


は何かを、考えてみてください。


言い換えればそれは、

自分は何が欲しいのか、
何をしたいのか、
何のためにそれをしているのか、


ということです。


“ニーズだと思ってしまいがちなもの” の代表格が
「お金」 や 「時間」 ですが、
この2つは ニーズを手に入れるための手段 であり、
ニーズそのものではない ので、ご注意あれ。


●あなたが自分のニーズを見つける助けになるように、
WSでもらった ≪ニーズの未完成リスト≫ から
いくつかの “ニーズ言葉” を挙げておきますね。

 つながり ・ 受け容れられること ・ 愛
 認めてもらうこと ・ 協力 ・ サポート ・ 貢献
 仲間 ・ 思いやり ・ 配慮 ・ 共感 ・ 親密さ
 尊敬 ・ 安心 ・ 安全 ・ 信頼 ・ 誠実さ
 喜び・平和 ・ 美 ・ 気楽さ ・ くつろぎ ・ 平等 ・ 調和
 身体的幸福 ・ 空気 ・ 水 ・ 食べもの
 活動 ・ 運動 ・ 休息 ・ 睡眠
 意識 ・ 創造性 ・ 発見 ・ 効率性
 成長 ・ 希望 ・ 学び ・ 刺激 ・ 理解
 自主 ・ 自立 ・ 選択 ・ 自由 ・ 空間…… などなど



ニーズはその時々で変化するかもしれませんが、

表面的な自分の欲求をたどって行った根っこにある
「根源的・普遍的なニーズ」

を正確に自覚し、自分自身を深く理解することができれば、
そのニーズがどんなことであれ、結果的に誰もが間違いなく、
安心や喜びにたどり着きます。
 (断言!)


●ゆみさんいはく、

 「NVCは、筋トレのようなもの。
  トレーニングすればするほど鍛えられ、身についていくのよ」



慣れるまでは筋肉痛になることもあるかもしれませんが(笑)、

習慣化すれば 交流の基礎体力 が付いて
どんな人とでもラクにつき合えるようになり、
生きること自体がラクチンで楽しくなります。


私もまだまだ発展途上ゆえ、
NVCできていない時も モチロンしょっちゅうありますが、

とりあえず 今のところは、
ブログという公共の場にこんなことが書けちゃうくらいまで、
恐れを知らぬ心持ちになることができました(笑)


(表面的には、コワイものも、イヤなことも、まだまだあるけどね) 


●最後に、自分自身に、そして、
今これを読んで下さっているあなたに、以下のことを問いかけて、

超ロングダイアリーへのおつきあいに心から感謝しつつ、
今日の日記を閉じたいと思います♪


・あなたは自分自身のニーズを把握し、
 それを満たす行動をしていますか?

・自分のニーズを満たすことにつながる言葉や態度を、
 家族や、友達や、かかわりのある人々に表現していますか?






●2012年・新春ダイアリー⑤ 交流エネルギー≪木村真三さん≫

2012年01月14日 | にっぽん旅
(前回のつづきです)

●大田さんは教育界のサムライですが、
ご自身の信念に基づいて行動している科学界のサムライと言えば、
放射線研究の気骨ある科学者、木村真三さん


●福島原発の事故後すぐ福島に入り、
正しい情報をすばやく確実に市民に伝えるため、

それまで所属していた厚生労働省管轄の組織
辞職願いを出して現地入りし、

独自に放射線量の計測を開始した木村さん。


(以前、茨城県東海村で臨界事故が起きたとき、
 「調査のため現場入りしたい」 という願いが叶えられず、
 科学者としての社会的責任を果たせぬまま被害者を出してしまった
 という苦悩の経験があり、

 今回も、責任問題を恐れる公的組織に属したままでは、
 現場入りが許されない
と判断してすぐに辞職願いを出し、
 フリーランスとして現地入りしたそうです)


その活動は、NHKのETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図」
という番組に表され大きな反響を呼んだのですが

(その番組はこのたび文化庁芸術祭賞の大賞に選ばれたそうです)

その木村さんが一昨日、私が何気なく聴いていたNHKラジオ
「ラジオビタミン」ゲスト出演

私は、京大・原子炉実験所の今中哲二さんとのご縁で、
去年の春、木村さんと出逢い いろいろお話したことがあったので、

思わずそのラジオにメッセージを投稿したら番組内で読まれ
その後もお電話で直接お話しすることができました。


●投稿したメッセージは、以下の通り。

「買って食って支える」 について質問です≫

◆木村さん、お久しぶりです。
去年の春、今中さんとご一緒に
札幌でお目にかかった、はらみづほです。

あの日以来、
私の心にはずっと木村さんの姿が生きていて、

“評論ではなく行動”
“他人の目ではなく自分の信念”


を実行しています。

あなたに出逢えて、本当によかった。
どうかお元気でいてください。

◆大好きなラジオビタミンですが、
一つだけ、番組内に出てくると
いつも心がこわばってしまう言葉があります。

それは、福島の食材についての、
“買って食って支える”という言葉。

公的に発表されている放射線数値は、
ガンマ線しか計れない機械で測った数値だと聞いています。

私は、“買って食って支える” ではなく、
生産者の方々を汚染されていない土地に“呼んで仕事の場をつくる”
ことが一番大事なのではないかと思うのです。

難しいのはわかっているけれど、
みんなの命のために、何としても。

このことについて、ぜひ、木村さんのご意見を知りたいです。
どうぞよろしくお願いします!



●上記の質問に対して、
木村さんは以下のように回答してくださいました。

「はい、それも一つの方法であり、
 それを望む方々がいらっしゃれば、
 その方々がコミュニティとして入っていけるような場
 提供することが必要でしょう。

 ただ、福島の中で暮していきたい
 と思っている方たちに対しては何をすべきか。


 それを考えながら、
 その中で最大限のベストを尽くすような答え
 見つけていくことが必要だと思います」



●私はこの答えを聴いて、

木村さんは 3・11以来ずっと、
「福島の中で暮していきたい」 という人々の要望に寄り添うために、
科学者としてできる最大限を実行して来たんだなぁ……!

とあらためて認識し、この回答を深く納得すると同時に、
心がニュートラルにリセットされるのを感じました。

 答えは一つじゃないんだ。

 いろんなニーズに合う、
 いろんな方法を考え出すことが必要なんだ。


という、当たり前の事ごとを再確認させられて。


●私の質問が読み上げられる前、
木村さんは番組の中で、こう語っていました。

「一人一人、自分がやれるところから、
 何をどうするべきかを自分で考えていくしかないんです。

 みなさんよく 『何をすればいいかわからない』
 とおっしゃいますが、それは考えていないからだと思います。

 もともと本当は考える力があるはずなのに、
 考えようとしない、見つけ出そうとしていないんじゃないか、と。

 ただ、そう言い放っていても始まらないので、
 考えるためのヒントや助けとなるようなことを
 伝えながら話をしていく、
ということを、

 私は今、放射線調査のため滞在している福島県内で、
 辻説法という形でやっています。

 私はみなさんに、市民科学者になってほしい。

 “市民科学者” というのは、
 故・高木仁三郎先生
(脱原発を訴えた核化学者)の言葉ですが、

 何年か前に高木さんの本を読んでこの言葉に出合い
 深く感銘を受けました。

 
 
(↑こちらが、高木仁三郎さんです)

 今は、市民科学者をつくる一助になることが、
 自分にできることの一つではないかと思っています」

 

●私はこれまでずっと、
放射性物質が満ちる土地で暮していくことなど不可能、
と思ってきたけれど、
それを望む人々が大勢いるのも現実。

その現実を否定し、目を背けていた自分に気づき、
そこからは何も生み出せないことを自覚しました。

遅ればせながら、私も科学の目を養いながら、
方策を考える一人に成長していきたいと思います。


今日も日本中、世界中で、
自分の信念に基づいて命を燃やしている人々がいる。


その方たちとの温かいつながりを感じながら、
私も、またとない今日を生きていきたいと思います。

この世に生まれた奇跡の今を、各地でそれぞれに、
心いっぱい楽しみましょうね!


●2012年・新春ダイアリー④ 交流エネルギー≪大田尭さん≫

2012年01月14日 | にっぽん旅
(前回のつづきです)

●先日このブログでお知らせした映画「かすかな光へ」の主人公、
大田尭さんに埼玉の講演会でお目にかかり、
幸運にもランチに同席させていただきました。


(私の隣が大田さんで、右端はこの会の主催者さん)

「せっかく北海道から来たのだから」
という周りの方々のご好意で大田さんのお隣に座らせていただき、
映画には出てこなかったお話を、直接伺うことができました。

映画に出てくる感動的なエピソードの一つに、

  戦後、農業や家業の手伝いで学校に行けない
  農村の青年たちを集めた、
  週に一度の学習の場 「農村学級」 に
  新任教師として参加した大田さんが、

  不良青年たちの勝手な言動で
  まったく収集がつかなかった初授業の翌週、
  “前回教室内で繰り広げられていた
   不良青年たち一人一人の勝手なおしゃべりや何気ないつぶやきを、
   手書きで丁寧に綴ったプリント” 
  を授業の資料として生徒たちに配り、

  それを読んだ 不良青年を含む生徒みんなが、
  そのプリントに綴られた温かな目線と、
  取るに足らない自分たちの言葉や様子が印刷物になったことに
  驚きと喜びを感じ、

  そこから、大田さんと彼らとの交流が始まり、
  クラスが少しずつまとまり始める、

というくだりがあるのですが、

「どうして、あんなやり方を思いついたのですか?
 誰かに教わった手法だったのですか?」


と、私が尋ねると、

「いやいや、あのときは本当に、
 どうしたもんかなぁ……と途方に暮れてね、
 苦肉の策で思いついたんですよ。

 こっちの話なんかちっとも聞かんし、
 こっちはみんなの様子を観察することしかできなくてね。

 とにかく、まずは名前を覚えようと一生懸命聞き耳を立ててから、
 だいたい誰が何を言ってるか覚えてたんですね。

 でも、最初からプリントにしようと思ってたわけじゃないから、
 ミスもあって、
 
 『先生、これ言ったのオレじゃないよ』 とか、
 『オレが言った言葉、間違えてるよ』 とか
 
 言われたりもしましたよ(笑)。
 でも、そんなことからも交流が始まってね」



私はこの言葉を聞いてホッとすると同時に、
深く共感・納得したのでした。

カベにぶち当たってどうにもならないように思える時も、
落ち着いて状況を見つめてみれば、
必要なものはそのつど ちゃんと与えられていて、

それを活用しさえすれば、
やっぱりちゃんと道は拓けてゆくんだなぁ……
って。

そして、誰かと交流したいと思ったときには、
自分の考えを一方的に押し付けるのではなく、
まず、相手の状況を観察し、相手の声に耳を澄ますことが大切。

と、あらためて教えられた気がしました。

「権威ある者が上から教え諭す」 という
日本の戦後教育のあり方に警鐘を鳴らし続け、
それとは正反対のやり方を実践し続けてきた大田さん。

私は、コミュニケーションを仕事とする一人として、
その姿に続きたいと思います。



●私が6年間世界一周していたことをお話しすると、
大田さんは、「そうですか」 とほほ笑まれ、

「私も1年半ヨーロッパで生活していたんですよ」とのこと。

まだ日本人の海外旅行者などほとんどいなかった1956年
39歳で単身イギリスへ留学し、
ヨーロッパで1年半生活されていたそうなのです。

大田さんが旅の大先輩だったことを知り、

「その旅では、どんなことをお感じになりましたか?」

と尋ねると、

「もうだいぶ昔のことだからよく覚えていないけれど、
 一人で見知らぬ土地に着いて、最初はとにかく孤独でしたね。

 孤独だったから、とにかく一人で町を歩きましたね。
 それで土地の人たちと触れ合って、
 家に招いてもらったり、いろいろ話をしましたよ」


とのこと。


お話を伺いながら、私も遠い旅の日々を思い出し、
深くうなずいていました。

私も世界一周の間、基本的にいつも孤独だったから。

でも、
孤独だったからこそ、
出逢いがひときわ温かく心に焼きついたんだ。


大田さんのおかげで あらためて そう思い返し、
切なく冷たい記憶だったあの日々の孤独を、
まぶしく愛しい光として、胸にしまい直すことができた気がします。


映画「かすかな光へ」の上映と、
大田尭さんの講演がセットだった、この日のプログラム。

主催者の方の、

「映画をご覧いただくだけでなく、
 映画上映のあとはぜひ、生身の大田尭先生に触れ、
 本物の時間を過ごしていただきたいと思います」


という始まりの挨拶が、胸にしみました。


大田さんとの本物の時間を授かった結果、
私は、映画を観ただけでは感じ切れなかった2つのことを、
しみじみと感じることができました。

◆1つ目は、孤独、について。

先のエピソードからだけでなく、生身の大田さんから、
私はとても 「孤独のチカラ」 を感じたのです。

映画の一角にもそのことは描かれていて、

最愛の奥様を亡くされた大田さんは痛切に孤独を感じ、
そのことによって
「孤独を抱える多くの人々への共感を得た」と語られていて、

私は、その切なさと度量の広さに胸がいっぱいになったのですが、

私は実物の大田さんご自身からも、
凛と澄んだ、強く、奥深い 「孤独のチカラ」 を、
シンシンと感じました。

人間はしょせん、みんな独り。
だからこそ、関わり合って、あたため合って生きていくんだよ。


大田さんの背中からは、そんな声が聞こえてくるようでした。


◆2つ目は、言葉の正確さ。

大田さんの言葉は、
ご自身の心にある事柄を、とても正確に表現しているんだなぁ……
と感じました。

言い換えれば、
自分の気持ちにたがわぬ言葉を発してしまわぬように、
とても気をつけていらっしゃるんだな、と感じたのです。


私は今、「非暴力コミュニケーション」という、
人間関係を快適にするためのコミュニケーション手法を学んでいて、

(1月、札幌でもワークショップをします)

その基本は、
自分自身の望みの源を自覚し、
それに基づいた言葉を話す
ことなのですが、

大田さんが発する言葉は、まさに、
どの言葉も、ご自身の心根に沿っていると感じました。

だから、暴力的でないし、人に伝わりやすい。
どの言葉にも、温かな心が感じられる。

そんな生身の大田さんの話し方や言葉に触れることができ、
言葉を仕事としている私は、
とても大きな確認とチカラを与えられました。

よく考えて、自分の心にウソのない言葉を、丁寧に話す。

心を真空パックで相手に手渡すような大田さんのお姿を、
私も見習って生きようと思います。


●シャッキリお元気な93歳の大田さんいはく、
「元気の秘訣は、夢を持つこと」

「あれもやりたい、これもやりたい、という夢に生かされている。
 私の夢は私から生まれたものだから、
 つまり私は自分に生かされているんです」


とのこと。カッコイイ!


すべてのいのちのつながりの中で生かされていることを
熟知している大田さんが、敢えてこの言葉を語ったことが、
胸に残りました。


見果てぬ夢に生かされながら、
私もその夢を一つずつ、カタチにしてゆきたいと思います。



(新春ダイアリー⑤ 交流エネルギー ≪木村真三さん≫ につづく)




●2012年・新春ダイアリー③ 交流エネルギー≪野口種苗・野口勲さん≫

2012年01月12日 | にっぽん旅
帰省していた埼玉から、久しぶりに雪の札幌に戻ってきました。

今年お目にかかった方々の情報を、取り急ぎダイジェストでお知らせします。

このブログを通して、素晴らしい方々の存在と活動を、
少しでも広くお知らせしたい!と思っています。


ビオプラス西條デザインの西條さんから
「埼玉にいるなら会いに行ってみては?」 と情報をいただき、
さっそく訪問した野口種苗の野口勲さん。


現代農業の大半を占める「F1種

(自家採種できず毎回タネを買わなくてはならない人工種)」ではなく、
その土地で採種され命をつないできた在来種
を全国から集めインターネット販売している野口さんにお目にかかり、
短い時間でしたが、お話してきました。

(情報をくださった西條さんに感謝!)


イロイロお聴きした中で最も衝撃的だったのは、

「今、イギリスやフランスでは、在来種の販売が禁止されている」

という話。

◆私 「えっ?!禁止されてるんですか???」

◆野口さん
  「そうです。自分のところで育てるだけなら罰せられないが、
   その種を販売してはいけないという法律ができてしまったので、
   ウチみたいな商売をすると牢屋に入れられてしまうんですよ」

◆私 「なんでそんなことに…?!」

◆野口さん
  「お金のためでしょうね。
   種を支配すれば、永遠に儲けられますから

◆私 「うわ~ モンサント みたい!
   そういうヒドイことしてるのって、アメリカだけじゃなかったんですね!
   フランスなんて、農業大国なのに……」

◆野口さん
  「アメリカにはまだ、
   在来種の販売について禁止する法律は、できていないんですよ。
   まぁ、遺伝子組み換えの問題はありますけどね。

   まぁ、日本も今のうちですよ。
   そのうちウチみたいな商売は許されなくなる。

   だから私は今のうちにできる限り
   在来種を各地に広めておきたくて、
必死でがんばってるんです。

   今は、オーガニック農家さんも含め、農業も、家庭菜園も、
   ほぼ100% F1種ですからね、非常に危ない状況ですよ。


   だけど、少しでも多くの固定種が各地に生きていれば、
   種を取って増やし続けられますからね」


種の問題は、食料の問題であり、
社会のしくみや環境を大きく左右する、いのちの問題


以前 少しだけ勉強したことがありましたが、
もっともっと知って関わる必要があると痛感しました。

野口さんの著書 「タネが危ない」、ぜひ読んでみたいです。



(新春ダイアリー④ 交流エネルギー ≪大田尭さん≫ につづく……)



●2012年・新春ダイアリー② ミツバチの羽音と地球の“展開”

2012年01月03日 | さっぽろ旅
鎌仲さんに内容をチェックしてもらったら、
いくつか修正(緑字で示しました)がありました~(汗)
もう一度読んでいただけると嬉しいです!


●ドキュメンタリー映画監督、鎌仲ひとみさん をご存知ですか?


◆かつてNHK特集の取材でイラクへ行き、

白血病をはじめとする各種のガンで亡くなる子ども達が
イラクに異常に多いのは、

アメリカ軍がイラク戦争で使っている “劣化ウラン弾” 
による被曝が原因と考えられ、

しかもその原料が、
日本のものも含む 原発の燃料を作る過程で出てくるごみ
であることを知った彼女は、

自分が無意識のうちに加害者の一人となっていた
という事実に衝撃を受けつつも、
その衝撃を原動力に、原発の取材を開始。

それまで広く知らされることのなかった原発事情に
冷静なジャーナリストの目でメスを入れ、


原発に関わる様々な立場の人々を取材し、

多角的な視点で事実を知らせるドキュメンタリー映画
次々と生み出してきた、パワフルチャーミングな女性なのです。

(私は、彼女の想いが自分のパレスチナ体験とダブって
 勝手に大いに共感し、心の姉貴!とお慕いしています。笑)


これは、私が最初に出合った彼女の作品。

放射性廃棄物である原発ゴミ再処理して
プルトニウムを取り出し、燃料とする
ために
青森県・六ヶ所村に作られた、“使用済み核燃料再処理工場”

4~5年前、その工場をめぐる数々の事実を伝えてくれたこの映画を
生活クラブ主催の上映会で観た 私と数人の友人たちは、
この作品をきっかけにして、それぞれに脱原発活動をスタート

以来、監督ともつながりながら、原発のない暮らしを目指し、
自主上映会、勉強会、交流会、各種イベント……と、
仲間みんなでそれぞれに、様々なアクションを重ねてきました。

●原発に関する鎌仲さんの最初の作品はこちらで、


●最新作は、こちら

これは、3・11の前に作られた作品ですが、
まさに原発と自然エネルギー両方の現実を捉えた内容で、
観るたびに胸がふるえ、ヤル気がムクムク湧いてくる名作です。

各地で自主上映されているので、
お近くで上映会がある方はぜひ足を運んでみてくださいね!

●さて、昨年の12月9日(金)に
西本願寺札幌別院で開かれた講演会
に参加した仲間たちで、久々に監督と再会!

事実を明快に伝えてくれる鎌仲さんの講演は、
衝撃をヤル気に変換してくれる明るいエネルギーに満ちていて、
「事実を知ること」 の大切さと力強さを、あらためて実感。

お話の中で特に印象に残った3つのことを、
みなさんにもお伝えしますね。


◆1つ目は、長野の実話

『ミツバチの羽音と地球の回転』 を自主上映した長野の人々は、
一般市民のみならず、地元の議員さんたちにも
積極的に働きかけ、チケットを “販売”

31人中8人の議員が上映会に参加し、映画終了後、
自然エネルギーを促進する議員連盟を立ち上げ、
市民は自然エネルギー信州ネットというネットワークを作り、
自然エネルギーを市民の手で増やす取り組みを模索し始めた

というのです!


議員さんと 『ミツバチ…』 を観て語り合う、という試み、
札幌でもマネしたい!と強く思いました。

私たちの暮らしは否応なく政治に組み込まれていて、
黙っていると知らないうちに、
トンデモない法律や決定がドンドン進められてしまうから、

政治=生活を快適にするためのもの にしてゆくためには、
やはり議員さんたちとの交流が欠かせないのでしょう。

これまでのいろんな経験からどーしても、
政治家=信用できない という印象が強かった私ですが(笑)、
この長野の例を聞いて、イケてる人たちもいるんだな~!
と思い直しました(笑)。


◆2つ目は、
“経済産業省は、東電から電気を買っていない” という事実。

経済産業省のみならず、
法務省、文科省、内閣府、総務省、国交省……と、
霞ヶ関はすでに脱東電&脱原発状態とのこと。


(詳しくは、こちらの記事でどうぞ)

日本には既に こ~んなに多種多様な電力会社 があって、
500アンペア以上の契約で、高圧受電設備を持っていれば、
各社の値段を比べ、安いところから自由に電気が買えるそうな。


(ここから先は、私の意見です↓)

つまり、
生活必需品の電気を独占企業から買うしかないのは
一般家庭のみ
で、

大きな組織や企業は電力会社を多数の中から自由に選べて、
それらの企業は原発以外の方法で発電しているから、
すでに事実上脱原発してるってこと。

なのに原発が国策だなんて、
それだけ取ってみても、あまりに不自然じゃない?!



不要な巨大施設を作ることを国策とし、
国民が支払う税金と電気代を
その莫大な建設費、運営費、処理費に充て、

国や企業はいろんな企業から安い電気を買えるのに、
国民には原発(=国策)のせいで高額になっている電気を
独占企業から買わせ、

政治家たちは、その独占企業や
巨大施設の建設・運営で儲けている関連企業から
大量の献金をもらってる……

それで増税するって、いったいどーゆーこと?!

これを国民の奴隷化と言わずして、何と言うんじゃ……?!


◆3つ目は、
“東京の放射能汚染状況は、
 チェルノブイリでは少なくとも2回(45日)、
 15歳以下の子どもは非汚染地帯に保養に出るようなレベル
 
 というお話。

放射性物質には、
アルファ、ベータ、ガンマの3種類あり、

例えば、
よく取りざたされているセシウムなどはガンマ線で、
ことさら恐ろしいプルトニウムなどはアルファ線なのだけれど、

国が発表している放射性物質の数値は、
この3種類のうちのガンマ線しか測れない測定器
で測った数値とのこと。

“未来への悪影響” を少しでも減らすなら、
東北はもちろん、東京や関東で暮らす子ども達も、
より汚染の少ない地域へ、少しでも長く、頻繁に
避難するに越したことはないですね。



(↑「原子力資料情報室」発行の冊子より)

●実際、
汚染数値が札幌より高い埼玉への帰省が不安だった私も、

・帰省後、以前と変わらぬ暮らしをしている両親と毎日を過ごし、

・父が丹精こめて作った家庭菜園の野菜を
 もしかしたら危険かも…と思いつつも料理して食べ、

・両親がつけているTVからの情報を浴び、

・原発の事実を知る活動から遠ざかっていると、

札幌で感じていた危機感がたちまち薄れ
福島原発事故の衝撃を忘れてしまいそうな自分を実感しています。


“慣れ” って、
生きていくにはある程度必要なものでもあるけれど、
浸りすぎて視野が狭くなると、本当に恐ろしいですね……


原爆の被害、水俣病の被害、チェルノブイリ原発事故の被害……
これまでに起きた無数の人災・公害は、
どれもまだまだ 終わっていない。

忘れる人や知らない人が増えただけで、
被害者の苦しみは今も続き、子孫たちにまで引き継がれています。

“ただちに影響のない” 3・11の原発事故結果を待たずとも、
これまでに起きた無数の人災や公害の被害者の方々が、
もう充分過ぎるほど、学ぶべき結果を示してくれている。

私にはそう思えます。


講演のしめくくりで、鎌仲さんが言っていました。

「自分が変わることが、世界を変える第一歩」。 

ちっちゃくても元気いっぱいのミツバチとなって、
2012年も、精一杯 ぶんぶんしたいと思います…!



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