
劇作家の鄭義信(チョン・ウィシン)が兵庫県立ピッコロ劇団に書き下ろし、平成19年の文化庁芸術祭優秀賞を受賞した「モスラを待って」が、ふたたびピッコロの舞台に帰ってきた。
怪獣映画の撮影に集う人々のドタバタと巨大なガのシュールな組み合わせが、なんとも言えぬおかしみを醸し出す。今回は宝塚歌劇団出身の剣幸(つるぎ・みゆき)が盛りの過ぎた女優役で新たに加わった。
映画人たちのおかしく切ない奮闘を「画面には映らない」、その思いを見るような、内藤裕敬の濃やかな演出が光った。
関西の地方都市のとある公園。
大みそかの夜に映画『帰って来たモスラ』が撮影されている。低予算の現場のなかで、助監督の太一(山田 裕)はスムーズな進行をするべく四苦八苦。
ところがベテラン監督(木村 保)は完全主義者のカメラマン(今井佐知子)の言いなりで撮り直しを繰り返す。
撮影は進まず、現場のスタッフもキャストもいらつく。
誰よりも映画を愛したはずの太一は、たまらず現場を飛び出してしまう。
そして、除夜の鐘が鳴る中、バトルはヒートアップするばかり……。
はたして映画はクランクアップするのだろうか・・・。

作者の鄭義信さんは、芝居では喰えないから松竹大船撮影所で美術助手をやっていたそうだ。当時の経験がこの作品のベースになっているという。
映画の現場に詳しい鄭さんらしく、ウンチク屋の録音スタッフの磯やん(森 好文)、ひたすら走り回る製作助手の野々村(橘義=初演と同役)、盛りの過ぎた女優千影(剣 幸)と後輩女優涼子(平井久美子)の対立など、キャラクターの色分けは鮮明だ。
磯やんの言う。「映画は現場の空気まで映しよるんや。画面見たら、すぐわかりよる」。
女優千影は恋人の太一(画像・中央)に「モスラも呼ばんと来てくれへんよ」と語りかける。
どちらも含蓄のあるセリフだ。
てんやわんやのドタバタが笑いを誘うが、基本は鄭さんお得意のセンチメンタル。
先が見えなくてドキドキハラハラしたり、いがみ合って喧嘩になったり・・・・
でも、そうしながら皆が家族のように一つのものになっていく。
見えないはずのものを見る
というのがこの作品の核心ではないだろうか・・・。
「なんで? モスラなの?」と思うでしょ。モスラは夢の象徴なのよ。
と語ってくれた剣 幸サン。
劇中で「モスラーや」の主題歌を披露するという”おまけ”が付く。


鄭さんの芝居は「焼肉ドラゴン」、「たとえば野に咲く花のように」を初台の新国立劇場で立て続けに見たが、鄭さんの書くセリフの端々には、情緒がある。リリシズムがある。
いつも登場人物のさりげない一言が胸に残るのです。
だから、鄭作品のおっかけは止められそうにない。