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佐藤俊樹『不平等社会日本―さよなら総中流』

2007-07-19 | 
不平等社会日本―さよなら総中流
佐藤 俊樹
中央公論新社

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「親も高学歴の専門職・管理職で本人も高学歴の「相続者」たちが、自分の成果をみずからの「実績」とみなす。みずからの力によらないものまで、みずからの「実績」にしてしまうのだ。それは、人生の選択という経験の希薄化とあいまって、「実績」というコトバの意味を曖昧にし、空虚にしていく」(P108)

「何かが人並み以上にできるはずだという意味での「実績」ならば、できるはずのことへの責任がともなう。できるはずのことができなければ、それはその人間たちの責任である。それに対して、既得権には責任はない。自分が選んだわけでもないのに、手に入っているものだからである。目的意識を欠いたまま、「実績」が曖昧な形で既得権に変質していく――そのなかでW雇上(ホワイトカラー雇用上層)という選抜システムのエリート集団が責任感を消滅させていくのだ」(P110)

 昨今のグッドウィルの問題とかで、格差や労働のアウトソーシング化が気になっていたので佐藤俊樹先生の『不平等社会日本―さよなら総中流』を読んでみた。佐藤先生は、現在の社会学界ではキレ者と名高い先生である。ゆえに、この本は学術本レベルのクオリティを持っており(多少、佐藤先生自身の価値観も語られているが、新書としての読みやすさわかりやすさ落としどころのためだろう)、そんじょそこらの印象論、感情論ではない。

 「国民的」という言い回しは嫌いなのだが、この本には国民的名著、必読の書という肩書きを与えていいのではないかと思う。理由は二つ。一つは、この本が戦後から90年代までの格差の変遷の実態を暴いたという日本についての啓蒙の書であるということ。もう一つは、まあ、日本研究でもしている人でもなければ、外国の人には関係のない本という、消極的な理由からである。それでも『バカの壁』や『国家の品格』など、理系の学者が思い上がって書きちらした啓蒙的日本論とかとは隔絶した感がある。ゆえに『バカ』や『品格』を潰すために、この本を「国民的名著」と持ち上げたい。

 この本の趣旨を強引に一言で要約すれば、戦後、学歴などの雇用の選抜システムは格差をなくす方法に働いていたが、団塊の世代の就職期以降から選抜システムの効果が飽和し、逆に格差を生み出す方向に働くようになってしまった。しかも、現在いる所謂「エリート」は、格差社会の上層にいることを所与のこととしているので、責任感が生まれなくなっている。また、こうした流れは社会の構造的変動でもあるので、現代に以前は考えられなかったような犯罪が起こっても当たり前、といったところだろうか。ちょっと、僕の興味に傾いているところはあるけど、大きくは外れていないと思う。

 また、この本はSSM調査という経年的な調査を統計的解析の技法によって分析しているので、ちょっと読みづらい。実は基礎的な統計の知識をもっている僕でもちょっと苦しい。それでも、そういった分析を飛ばして読んでも意味は繋がるので、安心して読んでいただきたい。

 出版が2000年ということで、多少分析自体は古くなっているが、言っていることは古びるどころか、むしろ予言的な響きすらもっている。これだけ政治で格差のことが肯定にせよ否定にせよ叫ばれているのだから、もっと日の目を見ていい本だとは思うのだが。だから、格差に興味のある方には、図書館にも置いてあるはずなので、読んでほしい。それに、統計の苦手な社会学の院生にとってはちょっとした統計の読み取りの訓練にもなるおまけつきだ。

「「団塊の世代がわるい」という悪玉善玉論をいっているのではない。学歴-昇進という単一の選抜ルートが社会全体をおおう動きは、彼ら彼女らが子どものころからすでに進行していた。誤解をおそえずいえば、それは戦後社会にとって既定の進路であり、それによって「努力すればナントカなる」状況が開かれたことは、決して否定されるべきではない。このシステムが拡大することはさまざまなよい効果をもたらしたが、飽和した後はそれが悪い効果に転じたのである。飽和することでみずからを空洞化させる効果を生んだのだ」(P120-121)

「私は、現実の市場の公正さはほとんど信じていないし、市場の効率性もあくまで条件付きで認めるべきだと考えている。だが、市場の倫理はもっともっと重視されるべきだ。それは他人に不当に損害をあたえないかぎり、ある人間の欲望をとやかくいうべきではない、ということである。「うまくやったなあ」と羨ましく思えるのなら、他人に迷惑をかけない範囲で自分も「うまくやる」方法を必死で考えればよい」(P147)

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