文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

美土路は偉そうに言っているけど、GHQの威を借りた上での発言だった…戦後はGHQ御用達新聞だった

2021年07月02日 21時28分12秒 | 全般

以下は現在発売中の月刊誌Hanada、p196-p202に掲載されている、高山正之と『世界日報』メディアウォッチャー増記代司の対談特集からである。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。
日本国民は今すぐに最寄りの書店に購読に向かわなければならない。
世界中の人達には私が出来るだけ知らしめる。
創業以来の大赤字
捏造記事に謝罪もしない朝日に天罰     
「朝日新聞は本当に悪い」―言い続けた甲斐があった!
説教調の記事ばかり

増 
世論誘導の気持ちが強いのか、朝日の記事を読むと、説教を受けているような印象を持つこともしばしばです。
高山 
編集委員の吉岡桂子は「多事奏論」(六月五日付)で、中国が一人っ子政策、ふたりっ子政策をやめ、三人目も産んでいいと奨励した件で、「我々は産む道具じゃない」と怒りの筆法を振っている。さらに朝日は6月7日付の社説でも「出産の制限を全廃せよ」と批判する。よその国の話じゃないか。目くじら立てる必要がどこにある。
増 
常に上から目線で物事を論じているように感じます。
高山 
朝日の社長だった美土路昌一は1966年の全社員に向けた演説で「今日の日本におきまして、一つの独立した朝日王国と誇称してもいいくらいな力をもっているのであります」と言っている。
評論家の草柳大蔵も美土路の話を受け、朝日新聞を「王国」と評した。
増 
そういう意味で、朝日は戦後の日本のジャーナリズムを牽引した、ある種の権威・権力であったわけですね。
高山 
美土路は戦前、朝日の社会部に属し、戦後は全日空の社長を務め、その後、朝日に戻ってきた。
美土路は偉そうに言っているけど、GHQの威を借りた上での発言だった。
増 
戦後はGHQ御用達新聞だった。
高山 
それで一般読者や企業人も朝日ブランドというか権威を信じ込んで、朝日に書かれれば正しいと思い込んでいた。 
僕が産経新聞に入社したのが1965年だけど、そのときも朝日は絶対的な権威だった。
元朝日記者の永栄潔は『ブンヤ暮らし36年』(草思社)で朝日の体質を書いている。
企業の重役があいさつにきても、経済部の記者は「社長じゃなければ会わない」と言って突っぱねたとか。 
企業の労組とか朝日信奉者からのタレコミが一杯で、ネタは十分あった。
ただ取材も裏取りもしないから、企業労組のタレコミネタで書いたら、まったくの嘘たったこともある。
企業側は抗議に来て「訂正文を書いてくれ」と訴えたところ、「掲載されたものは仕方がない」と朝日は応じようともしない話も永栄氏の本にはある。
増 
どこかのお役所みたいです(笑)。
高山 
経済部に配属された新米記者は、ダイエーの創業者、中内切から食事に誘われるというのが慣習だった。
よその社だったら中内に食事に誘われるのはよほどのベテラン記者になってからだ。
少なくとも産経ではそういう状況は考えられない。 
実際に僕自身、現場で朝日記者の傲慢っぷりをいろいろ見てきた。
記者クラブで取材をしているとき、テレビ記者が「この記事はこうしたほうがいいのでは」と意見したところ、朝日の記者が「お前、朝日の俺が言っているんだぞ!」と一喝した。
「朝日はそんなに偉いのか」とチャチヤを入れたけど、朝日記者の一言でまわりも黙ってしまう。
増 
朝日以外の記者は、朝日に盾突くことをしなかった。
この稿続く。


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