映画と自然主義 労働者は奴隷ではない.生産者でない者は、全て泥棒と思え

自身の、先入観に囚われてはならない
社会の、既成概念に囚われてはならない
周りの言うことに、惑わされてはならない

元禄忠臣蔵 (溝口健二)

2012年12月06日 02時36分31秒 | 溝口健二

(前編 1941年12月1日 112分、 後編 1942年2月11日 112分)

「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」
『戦陣訓』(せんじんくん)は、1941年1月8日に当時の陸軍大臣・東條英機が示達した訓令(陸訓一号)で、軍人としてとるべき行動規範を示した文書.Wikipedia より
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この映画、大石内蔵助がまともに描かれるのは、二つだけと言ってよいと思います.他は支離滅裂です.
この映画、討ち入りの場面は全く描かれません.討ち入りが終わった後の泉岳寺の場面から描かれるのですが、その場面で大石内蔵助は、切腹するのではなく、公儀の裁きを受けるために投降する、つまりは捕虜になることを皆に伝えます.このシーンはしっかり描かれています.
今一つは、『赤穂の民あっての浅野家であり、浅野家あっての赤穂の民ではない』こう言って、藩のお金を民を優先して両替する場面.
それ以外は、自分勝手で支離滅裂、つまりは、武士=軍人の考え方は、自分勝手で支離滅裂.
『武士が顔面を切りつけられて、それでも刀を抜かないのは臆病者だ.武士とは言えないから、殺してもかまわない』と言うのが、描かれ大石内蔵助を初めとする赤穂浪士の考え方です.
『聖賢の教えに従えば国を守るべきであるが、我らは唐人ではない.日本人で武士であるから、武士の考え方が優先されるべきである』このような考え方によって、彼らは他人の家に押し入り、殺人を犯し、結果として国を滅ぼしました.溝口健二の描いた元禄忠臣蔵は、このような作品です.
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第二次世界大戦中の溝口健二作品
露営の歌(1938) フィルムが無く観ることは出来ませんが、相当に有名な失敗作のようです.
必勝歌(1945) この映画も、失笑歌と言われるほどの、酷い作品らしい.
菊池寛原作の宮本武蔵(1944) どうしてこんなに酷い映画なのだ、と書いているブログがあったので、菊池寛は国策小説かと言ってよい作家、その菊池寛を原作として酷い映画を撮ったとしたら、まさしく反戦思想と言えるはず、と書いておきました.
今一度、元禄忠臣蔵
1941年12月1日に元禄忠臣蔵は公開され、そして12月8日に真珠湾攻撃が始まりました.
この映画は、普通の映画の5倍ほど大金をかけて撮られたそうです.そして誰がどう見ても下らない映画です.大金をかけて、討ち入り=戦争を行い、国を滅ぼす、下らない映画を撮った、それが、溝口健二である.と、しておきましょう.

名刀美女丸 (溝口健二)

2012年12月06日 02時36分31秒 | 溝口健二
『名刀美女丸』 67分 公開年月 1945/02/08

監督   溝口健二
製作   マキノ正博
企画   牧野満男
脚本   川口松太郎
撮影   三木滋人

出演
小野田笹枝...........山田五十鈴
笹枝の父・小左衛門...大矢市次郎
刀匠・大和守清秀.....柳永二郎
刀師・清音...........花柳章太郎
清音の弟弟子.........伊志井寛



名刀は、熟練した刀鍛冶にしか作ることは出来ない.
弟弟子が力尽きて相棒を雇って欲しいと言っても、師匠の心を受け継いだ俺達にしか出来ない、駄目だと言って、刀を打ち続けるシーンが延々と続きます.

名刀=優れた兵器
当時の日本の軍需工場では、熟練工は徴兵に取られてしまい、多くの学徒動員の子供たちが働いていました.熟練どころか未熟な工員しか居なかったのです.
つまり、当時の日本では優れた兵器は作ることは出来ないと、言っているのですが、天皇に献上する刀を作るのだと、とか何とか言って上手く描きました.
戦時中の日本の検閲は、戦後のGHQの検閲に比べ甘かったらしいのですが、であったにしても、太平洋戦争末期の荒んだ時代に、好き合った男女が結ばれて幸せになる結末の作品を、よく撮ったものだと思います.








- 必勝歌より 当時の日本の軍需工場 -




噂の女 (溝口健二 大映  1954年6月20日 84分)

2012年12月06日 02時18分20秒 | 溝口健二
監督  溝口健二
企画  辻久一
脚本  依田義賢
    成沢昌茂
撮影  宮川一夫
美術  水谷浩
衣裳  長谷川綾子
編集  菅沼完二
音楽  黛敏郎
助監督 弘津三男

出演
馬淵初子.....田中絹代
馬淵雪子.....久我美子
的場謙三.....大谷友右衛門
原田安市.....進藤英太郎
お咲.......浪花千栄子
千代.......峰幸子
桐生太夫.....阿井三千子




彼女は、母親を頼らず生きていける人間に成長していました.けれども、自分と同じ年頃の娘が、体を売って稼いだお金に頼って生活していました.彼女が悩んだように、自分の力で生きて行ける人間が、体を売ったお金で生きている行為は卑怯な事と言わなければなりません.

医者と母親
医者の男は、自分の力で食べて行くのに困った訳ではありません.自分の病院を持ちたいという欲望を、自分の体と引き換えにお金を得ることによって実現しようとした卑怯な男でした.
そして、母親も、若い男をお金で自分のものにしようとした行為は卑怯と言えます.

家庭の事情で、芸者置屋に売られて、身を売ることになった女たち.
身を売ることは、決して自慢できることではない、恥ずべきことなのなのかもしれませんが、けれども彼女たちが卑怯な生き方をしているわけではありません.

母親は優しい女将さんであり、芸妓達に慕われていました.そして、芸妓たちは彼女を頼りにしなければ、生きて行けませんでした.
娘は、母親が病に倒れて、母親の代わりに女将を務める道を選びました.それは、母親に頼らず自分の力で生きて行く道であり、そして、母親に代わって女将を務めるということは、芸妓たちに頼りにされることでもありました.
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簡単に言えば、
自分の力で生きて行くことが出来る人間が、身体を売らなければ生きて行くことの出来ない人間のお金に頼って生きて行くのは卑怯だけど、身体を売らなければ生きて行くことの出来ない人間から頼りにされる仕事は、卑怯ではない.






雨月物語 (溝口健二 1953年 97分 大映)

2012年12月05日 19時27分03秒 | 溝口健二
雨月物語 (1953年 97分 大映)

監督  溝口健二
製作  永田雅一
企画  辻久一
原作  上田秋成
脚本  川口松太郎
    依田義賢
作詞  吉井勇
撮影  宮川一夫
録音  大谷巖
照明  岡本健一
美術  伊藤熹朔
音楽  早坂文雄
編集  宮田味津三
助監督 田中徳三

配役
若狭..............京マチ子
阿浜..............水戸光子
宮木..............田中絹代
源十郎............森雅之
藤兵衛............小沢栄(俳優座)
老僧..............青山杉作(俳優座)
丹羽方部将........羅門光三郎
村名主............香川良介
衣服店主人........上田吉二郎
神官..............南部彰三
右近..............毛利菊枝
自害する武将......光岡龍三郎
梅津の船頭........天野一郎
武将..............尾上栄五郎
家臣..............伊達三郎
目代..............横山文彦
村の男............玉置一恵
源市..............沢村市三郎
貝足商人..........村田宏二
鎧武者............堀北幸夫
〃 ..............清川明
〃 ..............玉村俊太郎
〃 ..............大崎史郎
〃 ..............千葉年四男
遊女屋の鎧武者....大國八郎
遊女屋の客........三浦志郎
〃 ..............越川一
〃 ..............三上哲
敗残兵............藤川準
〃 ..............福井隆次
〃 ..............石倉英治
〃 ..............武田徳倫
〃 ..............神田耕二
徴発の兵..........菊野昌代士
〃 ..............由利道夫
遊女..............大美輝子
〃 ..............小柳圭子
〃 ..............戸村昌子
侍女..............三田登喜子
〃 ..............上田徳子


朝鮮戦争
1.日本は朝鮮戦争の特需により、戦後復興を果しました.大儲けしたのです.
2.警察予備隊、保安隊、そして自衛隊と名前を変えながら、日本は再軍備をしました.
  また、軍人として出世をしようと考える人間が現れたはず.例えば航空幕僚長になった源田実.
 
この映画は、朝鮮戦争の時代に撮られました.
描かれた一人は、戦争に乗じてお金儲けをしようとした、陶芸師.
今一人は、武士(軍人)になって、出世をしようとした、百姓の男.

 
百姓の男は、妻を裏切った訳ではない.出世、仕事に夢中になって、妻、家庭のことを忘れ去っていたけれど、大将になって部下を引き連れて女買いに行ったとき、女郎になった妻に出会い、自分の愚かさに気がついたのだった.
 
それに対して、陶芸師は.この男は、美人に出会って契りを結び、妻を裏切っていた.そして、この男は自分の愚かさに、自ら気がつくことが出来なかった.僧侶に諭されても未だ信じられず、自分が殺されそうになるまで、気がつくことが出来なかった.
朝鮮戦争で大儲けしたことを悪いことだと自覚している人は、そう多くはないはず.私もそうだけど、戦後復興を果して良かった、と、思ってるだけではないのか?.
 
付け加えれば、戦争で金儲けをした陶芸師の男は、戦争で滅ぼされた家の亡霊、戦争の犠牲になって死んだ人の亡霊に食い殺されるところだった.

この映画の面白いところは、陶芸師が家に戻って妻が現れたとき、生きていると思ったのだけど、映画を観ている観客も、陶芸師と同じように誤解をしてしまう.
百姓の男が大将首を取ったとき、自決した大将の首を付き人が持ち帰ろうとした、その付き人を殺して首を奪った出来事だったように思うけれど、陶芸師の妻も同じで、どうして殺されたのか、よく分らないような描き方をしている.妻の亡霊が現れたとき、観客も妻が生きてるように、一瞬誤解してしまうように、描かれているのです.

陶芸師を殺そうとした武家の娘の亡霊と、陶芸師の間違いを優しく諭した妻の亡霊、二人の亡霊を考え合わせるところにも、何か見つけることが出来るかも.....



西鶴一代女 (溝口健二 1952年4月17日 137分 東宝)

2012年12月05日 19時07分38秒 | 溝口健二
西鶴一代女 (1952年4月17日 137分 東宝)

監督  溝口健二
製作  児井英生
原作  井原西鶴 『好色一代女』より
構成  溝口健二
脚本  依田義賢
監修  吉井勇
撮影  平野好美
照明  藤林甲
録音  紙屋正和
美術  水谷浩
音楽  斎藤一郎
編集  後藤敏男
助監督 内川清一郎

配役
お春 _____________ 田中絹代
奥方 _____________ 山根寿子
勝之介 ___________ 三船敏郎
扇屋弥吉 _________ 宇野重吉
お春の父新左衛門 _ 菅井一郎
笹屋嘉兵衛 _______ 進藤英太郎
笹屋番頭文吉 _____ 大泉滉
菊小路 ___________ 清水将夫
菱屋太三郎 _______ 加東大介
磯部弥太衛門 _____ 小川虎之助
田舎大尽 _________ 柳永二郎
お局吉岡 _________ 浜田百合子
侍女岩橋 _________ 市川春代
お局葛井 _________ 原駒子
老尼妙海 _________ 毛利菊枝
笹屋女房お和佐 ___ 沢村貞子
松平晴隆 _________ 近衛敏明
重役真鍋金右衛門 _ 荒木忍
重役田代甚左衛門 _ 上代勇吉
丸屋主人七左衛門 _ 高松錦之助
用人篠崎久門 _____ 水野浩
笹屋の大番頭治平 _ 志賀廼家弁慶
所司代役人 _______ 坂内永三郎
老人 _____________ 玉島愛造
丸屋の番頭 _______ 石原須磨男
貸衣装屋 _________ 横山運平
お熊 _____________ 出雲八重子
お杉 _____________ 平井岐代子
お仙 _____________ 金剛麗子
侍女袖垣 _________ 草島競子
中宿のおかみ _____ 津路清子
扇屋の客 _________ 国友和歌子
女乞食 ___________ 衣笠淳子
丸屋の仲居おまん _ 林喜美枝
丸屋の仲居おたま _ 大和久乃
お春の母とも _____ 松浦築枝
特別出演 _________ 文楽座三ツ和会






特殊慰安施設協会(RAA)
太平洋戦争敗戦時、アメリカに占領されると、日本人の男性は玉を取られて去勢され、女性は強姦されると多くの人が思い込んで居ました.
敗戦時、日本の政府は、日本女性の貞操を守るため、既存の売春施設=遊郭に協力を求め、ダンスホールを作るなどして、アメリカ人に対応しようとしました.この実態は『赤線地帯』で描かれます.
いまひとつ、日本政府は、素人の女性を募集して、アメリカ人向け特殊慰安施設を作りました.従事した女性の人数は全国で4千人と言われています.一人の女性が、一日に20人から30人の相手をする程、大変な人気だったそうですが、けれども性病が蔓延し、GHQの命令によって慰安所は閉鎖されました.慰安婦の女性たちは、退職金も貰えずに解雇され、彼女の達の多くは、パンパンと呼ばれる街角に立つ娼婦になっていった.『西鶴一代女』は、このような時代を背景として撮られました.

遊女が、羅漢の像を観て、初めて出会った男を思い出す所から、この映画は始まりますが、ラストシーンは、遊女のシーンではありません.遊女が捕らえられて、蟄居させられそうになり、逃げ出して諸国をさまようシーンで終わります.
国のために体を売ることを強要された女性が、生活に困りパンパンをしていると、国の恥だと警察に摘発された、この実態が、お世継ぎを生むことを強要された女が、遊女をしていたことを理由に、お家の恥だからと蟄居させられた、このように描かれているのですね.
松平家に嫁いだ『おはる』は殿様に愛されたけれど、沢山SEXをしたら、殿様が病気になりお暇を出されました.
日本人の慰安婦はアメリカ人に人気があった.けれども、沢山SEXをしたら病気がまん延して、慰安所は閉鎖され、慰安婦は解雇されました.
描かれた松平家は当時の日本の政府であり、遊女を淫売と言って、蔑み差別視する者たちは、当時の日本国民の姿なのです.
国の都合によって利用され、国の都合によって虐げられた女性.男の都合に利用され、身分で差別され、男女の差別を受け、遊女という職業によっても差別され、虐げられた女性.虐げられながらも社会の最底辺で生きた女性の姿を、溝口健二はそうした女性の視点から描き上げました.