写生自在 1
建て増して軒端の梅となりにけり 迦 南
道々に戦果のラジオ初詣 〃
春雷や主人の座なる熊の皮 〃
▽ 建て増しての句、こういう何でもないような句材は、ついつい見落とし
てしまい勝ちですが、詠まれてみるとなかなか面白いですね。こちらの
迂闊さを思い知らされたような、そんな心持ちがします。朝鮮での自宅
増築時の詠句とすれば昭和12年の作。
▽ 道々にの句、これは昭和17年正月の句。前年12月8日に米英に対し
て宣戦布告をして日本軍が破竹の勢いを示していた時期。萬歳、萬歳
の声が聞こえてくるようですね。この時迦南は朝鮮を引き払って鹿児
島市に住居を移していたしていたので、このラジオ放送は鹿児島での
もの。戦意高揚の句と言えぬこともないのですが、今となってみれば資
料的価値で評価できます。
▽ 春雷やの句、こういうのは春雷と熊の皮との取り合わせが巧くかみ合っ
ているかどうかで評価がきまります。春雷というのは吃驚りするような
音を出すこともありますが、大抵は1,2回で終わり、もっと鳴って欲し
いと耳をすましたりもするもので、夏の本格的な雷に比べると優美と
言ってよいくらいのものです。ですからここへ虎の皮などを持って来る
と、雷の優美さとの間に乖離を生じて失敗作となり、熊の皮くらいで
ぴったりと調和するのです。また、狐や狸では春雷に対して位負けであ
るのと同時に主人の貫禄を落としてしまいます。