歩 い て 世 界 一 周 1月19日(土) 雪
日 数「日」 |
総歩数(歩) |
総距離(m) |
平均歩数(歩) |
|
今 日 |
11,480 |
8,036 |
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今 月 |
19 |
307,324 |
215,127 |
16,175 |
今 年 |
19 |
307,043 |
215,127 |
16,175 |
2005年から |
2,950 |
41,626,563 |
29,138,230 |
14,111 |
70歳の誕生日から |
6,482 |
123,576,179 |
86,503,325 |
19,065 |
ドイツ・オランダ、ベルギー.、フランス.イギリスを経てアイスランドのレイキャビックに向かう、後 804,633m
十八史略で面白いのは鶏鳴狗盗の話だ。
「芸は身を助く」という諺があるけれど、これは「芸」が「身」を助けたばかりでなく、その主君や朋輩の危険まで救ったという話だから面白い。また「馬鹿と包丁は使いようできれる」という諺もあるが下らん人間がひょんなことで、とんでもない役に立ったという話でもあるし、清濁の食客を数千人も抱えた名君にして成しえた物語だとも言える。
靖郭君田嬰は、斉の宣王の庶弟なり。薛に封ぜらる。子有り文と曰ふ。食客数千人あり。名声諸侯に聞こゆ。号して孟嘗君と為す。秦の昭王其の賢なるを聞き、乃ち先づ質を斉に納れて、以つて見んことを求む。至れば則ち止め囚へ、之を殺さんと欲す。孟嘗君、人をして昭王の幸姫に抵り解かれんことを求めしむ。姫曰はく、「願はくは君の狐白裘を得ん。」と。蓋し孟嘗君嘗て以て昭王に献じ、他の裘無し。客に能く狗盗を為す者有り。秦の蔵中に入り、裘を取りて以つて姫に献ず。姫為に言ひて釈さるるを得たり。即ち馳せ去り、姓名を変じて、夜半に函谷関に至る。関の法、鶏鳴いて方めて客を出だす。秦王の後に悔いて之を追はんことを恐る。客に能く鶏鳴を為す者有り。鶏尽く鳴く。遂に伝を発す。出でて食頃にして、追う者果たして至れども、及ばず。孟嘗君帰りて秦を怨み、韓・魏と与に之を伐ち、函谷関に入る。秦城を割きて以て和す。