移日々之事物

気になったこととかに関する戯言とか

人生の岐路

2006-01-28 01:21:10 | Weblog
今年のセンター試験はめちゃくちゃだったようですな。

センター試験といえば人生における岐路の一つでしょう。この結果しだいでは将来が大きく変わってしまったりもすることかと思います。

にもかかわらず今回はいろいろと問題が多かったようです。まぁ毎年何かしら起こっているような気もしないでもないですけど。

特に話題となったのが英語のリスニングテストの件ですかね。機具の不具合とか監督者のミスとかで被害をこうむった人が多いというのが大きかったでしょう。

そして新たに発覚したのが教科書どおりに答えると間違いになるというとんでもない事実です。これは教科書のほうが間違っていたということですが、この問題を作った側にも責任を問われるようなことがありました。

誤った事実を載せていた教科書を出版していた会社が責められるのは当然のことです。しかもそれが検定を通って使われるようになって結構な年月がたっていたというからなおのことです。

その事実に気付くことなく見過ごしてきたということは、それだけ間違った知識を持ってしまった学生がいるということです。誤った知識を教えられるということが以下におかしいことかというのは言うまでもありません。

それにしても出版社や検定した人も実際に使っていた教師もなぜ気付かなかったのか。いい加減な仕事をしていたんじゃないかと疑われても仕方がありません。

さて、もう一つのほうであるセンター試験の問題作成者の責任という部分ですが、こちらは教科書に載っているような問題や表などを使用しないという決まりがあるのにそれを破った形になっているということです。

これに関しては正直なんとも言いがたいです。数学の問題とかならともかく政経や近代史などでのグラフとかは類似してしまっても仕方ないところがあるかと思います。歴史的事実をそういった形でまとめたものならば違うほうがおかしいのですから。

規則を破ったことは責任を問われるべきことですが、あまり厳密に考えるのもどうかと感じてしまいました。しかし謝罪がないのはよろしくないと思いました。

どういったものであれ規則を破り被害を受けた人がいるのならば謝罪はあるべきだと思います。それをしないのはどうでしょうか。

しかもセンター試験とは最初に言ったように人生における重大な分岐点の一つ。そこで問題に繋がる行為をしたのだから一言あって当然でしょう。

もっともそんな重大な場面を左右しかねないことで問題が多発するということ事態があってはいけないことです。英語のリスニングテストの件といいこの件といい、センター試験というものが受験者にとってどれだけ重いものかという認識が薄いような気がしました。