ジョルジュ・サンド George Sand

19世紀フランス女性作家 George Sandを巡って /日本ジョルジュ・サンド学会の研究活動/その他

スリズィCERISY LA SALLE国際学会・2

2006年05月06日 | G.サンド研究
次に、各発表の概要について、筆者が学会参加の際に取ったメモ書きと各発表者のレジュメを参考に以下にまとめてみたい。

【発表の概要】

初期作品に検証される「エクリチュールの二元性」に着目した発表のほか、「『イズィドラIsidora』における誘惑とエクリチュール」は、この作品が男性作家の美学的規範に沿って書かれている点で十九世紀の娼婦文学の一環をなしているとしながら、「誘惑者のテクスト」『イズィドラ』は伝統的な文学創造のメタファーを根底から覆すサンドの現代性を表象する小説であると論じた。また、作品中の地理的表記には集合的な想像力を継承する神話が刻印されているが、こうしたいわば「想像上の現実」を再構築する典型的なサンドの「空間のポエティック」を強調した発表のほか、1850年代以降、劇作家として認められ始めたサンドの「劇作のポエティック」は、作者固有の独創性に富んでいるだけでなく、幻想とフィクションの問題に連結する倫理と美学についての深い考察を礎にしていることを指摘し、創作における演劇と小説との相関性に言及した発表、劇作に関しては、このほか、デュマ・ペールの「あらすじに重点を置く十九世紀の伝統的な劇作法」に対し、「登場人物を中心に作品を構築する」サンドの斬新な劇作詩法に着目した発表もあった。

他方、小説『レリヤ』(33年版・39年版)と「ピグマリオン神話」との比較と分析を通し、小説理論の構造においてバルザックやスタンダールとは論を異にするサンドを、「レアリスト詩学」あるいは「レアリスム文学」のテキストに対する「意義申し立てをおこなった最初の十九世紀女性作者」として捉えた発表、あるいはA.モンタンドンの「社会詩学論sociopo?tique」とバクーチンのラブレーとドストエフスキーのテクストにおける「民衆の祭と笑い」に関する理論に立脚し、語りと意味論をも射程に入れつつ、サンドの「文学空間の旅人」あるいは「都会の散歩者」としての側面と女性作者に固有の「想像と表象のエクリチュール」とを社会的相互作用という観点から照らし出した発表など、ポエティックのテーマについての発表には印象深いものがみられた。

序文については、サンドはほとんどの作品に序文をつけているが、作品そのものの内容についての直接的な記述はみられないとし、サンドの序文の特殊性は、「創作の過程の文脈化」にあり、そこには常に「小説を発明し」(ゾラの言葉)、創造する自己があること、またジェームズ、ドストエフスキー、 プルーストにとってサンドの作品は「驚異とロマネスクの威光への入門書」であったことを序文のディスクールを例に提示した「序文の舞台-ジョルジュ・サンドとインスピレーション」、このほか、当初は他の作品の序文にしようと考えていた断章が、結果的には小説となった作品について、政治的・宗教的題材を扱うことを禁止する出版社との連載小説に関する契約がゆえに、「小説の目的に関する小論文」ともいえる極めて文学的な作品となった小説の存在を明らかにした「『ラ・フィユルLa Filleul』極めて文学的な小説」などが注目された。

画像はCerisy城の全景です。
Mille remerciements a Madame Kyoko Murata pour cette maginifique photo!

         Copyright@Sohie 2005



スリズイCERISY LA SALLE国際学会・1

2006年05月06日 | G.サンド研究

以前のブログでお約束していたスリズィ城でおこなわれたサンド・コロックに関する情報を、二回に分けてアップします。生誕二百年を記念してフランス国内で開催された最も大規模な国際学会であり、現代サンド研究の先端を代表する国際コロックだったといえるでしょう。

スリズィ・ラ・サル CERISY LA SALLE国際学会

文学者を始め、哲学者、数学者、写真家、建築家など様々な学問分野における著名人の国際学会を開催することでよく知られるフランスのスリズイ・ラ・サルCerisy La Salleで、大がかりなサンド学会が開催されたことは、サンド研究史上、画期的なことであった。2004年7月初旬、モン・サン・ミッシェルに程近いノルマンディ地方に位置するスリズイの古城には世界各地から七、八十名近いサンド研究者が参集した。テーマは「エクリチュール:実践と想像力」であった。日本サンド学会からは筆者を含む三名が参加し、最先端のジョルジュ・サンド研究の息吹に触れることができた。
主催者側が発表した、スリズィ・ジョルジュ・サンド国際学会の概要は以下の通りである。

期日:2004年7月1日~8日
テーマ:「サンドのエクリチュール:実践と想像力」
主催者: ブリジット・ディアズBrigitte Diaz
     イザベル・ナジンスキーIsabelle Naginski

【シンポジウムの概要】
 ジョルジュ・サンドはその百編におよぶ膨大な作品を残したことから、しばしばバルザックのように「十九世紀の最も多産な作家」という言葉に収斂されてしまいがちな作家である。この国際シンポジウムでは、このようなサンドのイメージの影となって疎かにされがちな「サンド文学における創作論」を主要テーマとした。テーマの分類と内容は次の通りである。

(1) 作品の成立過程の問題ー自筆原稿を考察する
一部の批評が好んでサンドにつけるレッテル「最も実り豊かな作家のひとりである」というカリカチュア化された作家像ではなく、「仕事をする作家」としてサンドを捉える。創作のために情報収集した資料や作品の創造過程について、また、Leliaや Spiridionのように、同名の題名でありながら異なる二編をもつ作品や、あるいは演劇化された作品を取り上げ、作品の他の形への移行の問題を照射する。 
 
(2) エクリチュールの実験室
作品創造に携わる作家の生涯を通して、サンドはどのようなエクリチュールを目指し、その作品はどのような変遷過程を経て小説として練り上げられ完成をみたのか。サント・ブーヴ、フロベール、バルザック、シャンフルリなどとの往復書簡にその足跡を辿ることができるであろう。小説の推敲、小説創造の過程、出版と読者の反応をも射程に入れた考察を試みる。

(3) 序文のディスクール
サンドは、39本の序文、および後に付け加えた前書きや覚え書き、そしてサンド全集のために付した注目すべき三つの特別な序文を残している。文学の理論化を頑なに拒否しつつ、しかし、そこには自分の作品をどのように読者に読んでもらいたいか、いわば、作家が読者に読んでもらいたい作品の読み方が提示されてるがゆえに、これらの序文を戦略的テクストとして捉えることが可能だ。このほか同時代人の読者に向けて書かれた数多くの序文に準ずるディスクールも見逃すことはできない。

(4) 小説のジャンルの問題
サンドは様々な文学のジャンルに挑戦した。小説はもちろんのこと(私的な小説、叙情的な小説、田園小説、レアリスム小説など)、コント(短編、童話)、中編小説、書簡、日記、自伝、演劇など、詩を除く様々な文学ジャンルにおける創作を試みた。ユゴー、ヴィニー、ゴーチエにも検証される、このような超域的なジャンルの横断あるいは間ジャンル性について考察する。

(5) 文体の問題
当時の批評はサンドには「美しい文体」が欠けていると批判した。サンド自身は、まつり縫い
oulet(縁かがり)をすると同じくらい容易に小説を書けると言ったが、それでは、サンドは「文体をもたない作家」なのだろうか。こうした固定観念とは裏腹に、サンドは言葉についてあるいは語法に関して深い洞察を巡らしている。文体について恒常的に自ら問いかけをおこなうサンドを蘇らせる。

(6) 作家を考える
サンドは、十九紀という「革命された世紀」(二度の革命を経験したという意味で使用される)において、自らの作家の位置、社会的あるいは女性作家としてのステイタスについてどのように考えていたのだろうか。当時の文学空間において、サンドの作家としての場所はどこにあったのか。現前の作家の社会的位置について、恐らくサンドが自ら望み、再構築しようとしたであろうサンドの作家としての位置について考察を試みる。


*写真はスリズィの古城を正面から撮影したものです。

Copyright@Sohie 2005